第三十四話 目から鱗
三つの初級ダンジョンを回ってみた結果、影狼森林1500ゴールド、生首畑2250ゴールド、高速鳥停2700ゴールドの報酬相当の素材が手に入った。
初めての素材ということもあり、それほど売らなかったので現金はあまり手にしていないが中々の成果と言っていいと思う。
ただ高速鳥停は飛行モンスターが近寄って来なくなったこともあり、初回ほどの稼ぎは期待できない。
生首畑は狩場とするには危険で、影狼森林は苦戦をする割にゴーレム工場以下の稼ぎしか手に入らない計算になる。
せめて隠密を見破れる盗賊職がもう少しいれば違うんだが。ビッグウルフの素材は魔法適応の毛皮だったことが判明したし物理攻撃の方が有効そうなのだ。
でもあの巨体に素早さは戦闘職が複数人で拘束してやっと抑えることが可能になるくらいのものだったし、これ以上、戦闘班から対処する人間を回すと魔法班の護衛が足りなくなる。
高橋には常にシャドウウルフの位置を把握してもらう必要があるからビッグウルフに目印となるダガーを投擲してもらう以上の期待は出来ない。
最悪の場合、ビッグウルフが何匹も出てくるケースも想定しなくてはならないし。ああ、これはハーピーにも言えるのか。
そうなると生首畑を狩場にするのが最適解になってしまうんだが、あそこに行くくらいならガーディアンに目を付けられてるかもしれなくてもゴーレム工場に行きたい。
「皆はどう思う?」
「あー、とりあえず高速鳥停にもう一回、行ってみるのはどうだ?」
「ネズミの巣穴と同じで数が少なくなったのは一時的な話かもしれないしな」
「それでハーピーが連携して攻めてきたら対処できないだろ。ゴーレム工場がやっぱいいんじゃねえの」
「落下攻撃にミスって巻き込まれたら大ダメージな上にガーディアンが出てきたら終わりだぞ」
「それは他のダンジョンでも同じじゃね?」
「ゴーレム工場は監視カメラがあるんだよ。あれ、見られてるって威圧感がヤバいんだよな」
「生首畑で魔法無双すれば」
「却下」
「素材回収の度に死ぬ思いはしたくない」
他のパーティメンバーもこれといった結論を出せず、とりあえず高速鳥停で飛行モンスターが近寄って来るか確認だけでもしようという話になりかけた。
伊藤がいなくなって魔法班を纏めていた新リーダーの竹林が発言するまでは。
「なあ、何で初級ダンジョンに拘ってるんだ?」
「え?」
「いやだって今更、初心者ダンジョンに行ってもな。安全だけど稼げないだろ」
「ホントにそうかぁ? ちょい俺に任せてくれよ」
にやりと笑って竹林が自信満々で親指で自分を差す。魔法班だけあって頭がいいんだろうけど、竹林って微妙にチャラいんだよな。
別に迷惑を掛けられたこともないんだが、ちょっと苦手かもしれない。
翌日、竹林に連れられて最初に向かったのは猪突荒野だった。
そういえば前は毎日のように来ていたのに特技を手に入れてからは始めて来るな。
以前のように戦闘班が複数地点に別れようとするのを竹林に止められた。どうやら真正面から群れに対峙するつもりらしい。
「今ならブレイクで突撃イノシシの突進も止められるんじゃねえか? 可能ならバラバラになるより壁になってくれた方がありがたいんだが」
「んー、やってみるか。修理した盾の様子も見たいし」
「サンキュー」
高橋に一匹だけ突撃イノシシを誘き寄せてもらって真正面から挑む。
猛スピードで突進してくるイノシシとか現実だと大怪我するに決まっているんだが、この世界だと兎の方が危険なんだからおかしなものだ。
突進してくるイノシシの斜め前方に位置するようダッシュで距離を詰めると、気力操作で突撃イノシシの鉄骨盾に予め纏わせていた気を炸裂させる。
ブレイクは対象に当ててから発動させるんじゃなく、当たる寸前に発動させることで攻撃された反動をなくすことが出来る。
衝撃で態勢を崩すことはあってもダメージは減るんだが、今回の場合はこれでいい。
突進特技で自分自身の素早さ以上のスピードを出していた突撃イノシシは顎の下から襲い掛かった衝撃によろめいて棒立ちになっている。
前足が浮いているから即座に身構えることすら出来ない。ダッシュの最中に攻撃されると上手く受け身が取れなくなったりするから、混乱する気持ちは良くわかる。
でもその隙は致命的だ。後は魔力を鋼の剣に纏わせて切りつけるだけで終わった。
特技もそうだけど武器も以前の時より良くなっているしな。想像以上に突撃イノシシが弱く感じる。
「よし行けるな。そんじゃ後はアロー系の魔法で群れを丸ごと狩るから壁役よろしく」
「わかった。戦闘班はブレイクで突撃イノシシを防ぐんじゃなく、衝撃を与えて勢いを逸らすことを意識してくれ」
「えっと盾を直に当てないって解釈でいいか?」
「ああ。普通に防御するとダメージはなくても突進の勢いに押されて弾き飛ばされる可能性があるからな」
「魔法班は瞑想を忘れないで行くぞ。俺達のMPがどれだけ持つかが稼ぎに直結すんだからな!」
「おう。ついに魔法無双が出来るな」
「魔法いまいち地味だったからな。首狩り兎は上手く行ったと思ったのにケチがついたし」
そういえば以前、猪突荒野で狩りをしてた頃は魔法を使えるメンバーがちょっとしかいなかったから実戦には回さなかったんだよな。
せいぜい鉄の剣で幻覚狐を狩る時間が伸びたくらいで。魔力回復ポーション高いし、いざという時の保険って扱いだった。
本格投入したのはゴーレム工場からか。金剛体でゴーレムは魔法にもそこそこ強いからフラストレーションが溜まっていたか。
実際、突撃イノシシに魔法を使用してみると面白いように次々と倒れていった。これは既に作業だな。
「うははっ思った通りだ。魔力操作で簡単に倒せるんなら魔法なら遠距離で楽に終わるに決まってんだよ。見ろよ、アロー系で一発だ!」
「これは楽しい。もはやシューティングゲーム」
「魔力回復ポーションも500ゴールドしかしないんだから最初から魔法でゴリ押しで良かったんだよ。一個で50MPも回復するんだから黒字の方が多いじゃん」
「いや、それは待て。薬草でよく同じ状態になるから知ってるけど、ポーションで無理に回復し続けると気持ち悪くなるぞ」
「栄養ドリンクをがぶ飲みするのと同じだからな」
「でも一,二本くらい平気だろ。何で今までやらなかったんだ?」
「薬草のコスパが良すぎたんだ。無料で好きなだけ取れたからポーションを大量購入しようとは思わない」
「あと、解体にも時間が必要だからな。上のダンジョンに行って個体の報酬額を上げようとしてたんだと思う」
「まだ初級ダンジョンで乱獲できるほど俺ら強くないのにな。マジでここで狩り続ければ良かったのか」
「装備素材や初めての食材とか手に入ったし無駄じゃなかったぞ。色々と勉強にもなったし」
「何度か死にかけたけどな」
「でも、しばらくは猪突荒野と幻影庭園でいいだろ。あっちも思ってたことがあんだよな」
「いや考えがあったんならもっと早く言えよ」
「当時はリーダーを引き継いだばかりで余裕がなかったんだっつーの」
その後に行った幻影庭園でも言われて見れば確かにと思うことを聞かされた。
そうだよな。魔法班がわざわざ剣で攻撃するより戦闘班がダッシュで倒した方が楽に決まってるんだよな。
以前は特技を覚えてなかったからMP不足で危なかったけど、今なら倒す時間を短くできるから大量に狩れる。
危ないなら治癒草じゃなくて魔力回復ポーションを戦闘班も使えば良かったんだよ。何で気付かなかったんだ、俺。
目から鱗が落ちる思いだ。知らず知らずの内に思考が硬直してたな。
その日、俺達の稼ぎは一人4千ゴールドの新記録を達成した。
生活費もハーティ共通費も引いてない帳簿上の数字に過ぎないが、ゴーレム工場の二倍だ。危険もなく狩りもほぼ作業。
ずっと牧場草原にいる被害者クランが不思議だったけど、体験してみるとわかる。マジで色々と楽だ。駄目になりそう。
秘伝書とか装備とか揃えられたら初級ダンジョンに挑戦することを予め決めとかないと離れられなくなりそうだな。気を付けないと。




