第二十九話 結界魔道具
半死半生で初級ダンジョン、ゴーレム工場から脱出できた俺達はしばらくの間、休みを挟むことにした。
せっかく倒したブロンズゴーレムとアイアンゴーレムだが、装備の材料にするにはモンスターのレベルが高いから手間がかかるらしい。
うちの生産職は装備の中でも防具に特化してて、毛皮や革に骨を扱ったことはあっても金属を利用した経験はない。
土や粘土くらいならともかく高温の専用炉が必要な鉄とかは専門の職人に指導をしてもらう必要があるらしい。
そういう指導料や場所代に生産班は戦闘班が買った秘伝書と同じくらいは使っているんだとか。
装備を作ってもらってる上に必要経費まで出させているのが申し訳なくなったが、生産班も必要な技術やコネが手に入って損だとは思わないらしい。
鍛冶の下働きのバイトとか普通はやりたくても中々、仕事が回ってこないとか。信頼がないからな。
金を払って指導してもらってるうちに内弟子のような立場に自然と収まることに成功したと嬉しそうにしていた。
順調な生産班と比べて魔法班はちょっと行き詰まっている。理由は簡単。秘伝書と違って呪文書は習得に必要な知識パラメータが高いのだ。
レベル不足を補うために多様な敵に対応できるようになろうとこれまでは下級呪文を習得してきたが、火力不足が目立ってきた。
とりあえずは8千ゴールドする魔攻+30の魔法装備を買うらしい。魔攻+20の魔法の杖と違って属性がついてるから使用魔法が偏るのが悩みなんだとか。
あとは各種アクセサリー装備を購入して魔法攻撃力を底上げしてなんとか誤魔化すしかない。
戦闘班はそろそろ気功特技を手に入れるべく貯金を始めようかというところだ。威力の高いクラッシュも欲しいんだが、先に防御力を上げて生存性を高めた方がいいんだろうか。
まあ3万ゴールドもするから、しばらくは入手できないだろう。
唯一の盗賊職の高橋は安価に使い捨てに出来る投擲装備を揃えることにしたんだとか。他にも盗賊ビルドのプレイヤーはいたんだが、別の班に合流したらしい。
盗賊職は戦士職と同じくスラッシュは習得できるが、クラッシュにブレイクは習得できない。
その代わりに習得できる特技がショットにチャージだ。両方とも消費HPは10で、ショットは戦士職が筋力と体力の平均の加算が得られるように素早さと器用の平均の加算が得られる。
ショットは投擲技。武器に気を込めて投げることで発動する。精密性アップと威力向上の効果がある。隙は少なく消費も軽いが威力は弱く固定15だ。代わりに一度に複数の攻撃が可能。
チャージは増幅技。武器に気を込めて一撃の威力を上げる特技だ。他の特技にも使用可能で固定20の上昇をする。ダッシュと同じでステータス補正はない。
高橋はスラッシュを後回しにして近接能力を捨てた代わりにショットとチャージを覚えたことで遠距離物理の鬼と化している。
スリングを利用することで只の石がゴーレムを破壊する凶器になった。これで韋駄天特技や武器を使い捨てにすることで威力を加算したらどうなるんだろうか。
ダッシュも習得する必要があったから高橋がこの組み合わせを覚えたのは最近だが、それでも高橋がいなかったらゴーレム工場を生きて出ることは出来なかっただろう。
休む前の状況はこんなだった。まあ、初心者冒険者パーティにしては頑張ってると思う。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル15 ・職業 壱ノ戦士
HP55/55 MP30/30 攻撃68(18+50) 防御90(17+73)
筋力28 体力26 素早さ14 器用12(9+3) 精神13 知識14
・呪文なし
・特技 スラッシュ(固30、消10)ダッシュ(固20、消1/10s)
ブレイク(固30、消10)
・技能『採取』『察知』『解体』『隠密』『剣術』『護衛』
『魔力感知』『魔力操作』『気力感知』『気力操作』
『調息』『瞑想』
・装備『鋼の剣(攻+50)』『滑らか毛皮のグローブ(防+5、器+3)』『化物ヒツジの鎖帷子改(防+18)』『幻覚狐の消音靴(防+5、隠密補正)』『ゴーレム追加装甲一式(防+20)』『突撃イノシシの鉄骨盾(防+25)』
・アイテムボックス(10×99)
これが休み明けの自分だ。
生産班の努力で防御力がとんでもないことになっている。防具だけならハーレムパーティに迫ることも可能なんじゃないだろうか。
武器も4千ゴールド支払って鋼の剣を買ってきた。最初は休み明けにまたゴーレム工場で稼ごうと向かってみたんだが、屋根からの質量攻撃が継続していたので別のダンジョンに向かうことになったのだ。
落下したゴーレム素材は有り難く頂いて資金源にさせてもらった。マッドやクレイゴーレムが落下してくるだけなら入口で粘れば続けられそうだったが、嫌な予感がするから止めておいた。
ダンジョンのガーディアンに目を付けられて良いことなんてない。万が一、本人が出てきたらログアウトする以外なくなる。
ステータスの話に戻すと他にレベルが2上がって能力が上昇しているな。体力1と素早さ1と精神3のパラメーターアップだ。
レベルアップのステータスポイント以上に能力が上がっているのは修練の効果に分類されるのかな。ハーレム先輩との対話がゲーム世界に来て特訓してきた肉体強化以上の精神修練だと判断されたんだろう。
まあ、わからなくもない。あれは本気で辛かった。
初めて訓練で能力アップが出来て嬉しくもあるが、当面はもういいかな。
最後に最も注目すべきところは技能の項目だ。瞑想と調息が新しく習得したと表示されている。MP回復補助が瞑想で、HP回復補助が調息になる。
休みの間に自然にあるマナを呼吸で取り込めないかと魔力と気力の感知・操作をフル稼働させていたら表示されるようになった。
これまでHPとMPは眠るのが一番効率的に回復できて、次点で食事と休憩だったのがこの技能を習得したおかげで睡眠時並みに休憩で回復できるようになった。
他にも戦闘中だろうと呼吸を工夫することでHP低下の抑制どころかじわじわと回復することも確認できている。
パーティメンバーに教えたところ、魔法班が一番喜んでいた。魔力回復ポーションって高いもんな。薬草で回復できるHPとは別の苦悩がある。
これも秘匿情報に分類される重大情報なんだろうが、ハーレム先輩なら知っていて当然だろうと思い報告しておいた。知らなくても、この前のお礼くらいにはなるだろう。素直にお礼を言うには複雑な心境だが。
「瞑想に調息か。僕も初めて聞いたよ」
「え、もしかしてオリジナル技能なんですか?」
「流石にそれはないね。新境地の開拓とするには心当たりがある。単に僕が現地組織に嫌われているだけだろう」
初心者プレイヤーの保護活動に現地人は反対なんだろうか。それか単にハーレム男が嫌いなだけかな。
どっちもありえそうだ。
「先輩なら自力で習得できると思うんですが……」
「事前情報もなく未知の技能を獲得は出来ないよ。ちょっと僕を買い被りすぎてるね」
うん? 心を読めるんなら普通に習得できるはずなんだが。まさか読心は誤解に過ぎなかった? まさか。
「それにHPやMPが足りないなんてダンスト世界に来て経験したことがなかったからね。工夫しようとする切っ掛けがなかったんだ」
嘘だろ。俺達が習得してる特技や呪文が低レベルだから10や20の消費で済んでいるけど、高レベル特技だと100や200の消費じゃ済まないはずだぞ。
そこまで至ると特技は特技でしか防げないという領域に突入するから必然的にHPとMPはリソース源となる。
高レベルだと特技の打ち合いの千日手になるのも珍しくないから先に特技を打てなくなった方が負けというアイテムや財力も総動員した総力戦も起こるんだが。
それなのに足りなくなることがないから考えもしなかった? ハーレム先輩っていったい何レベルなんだ。
「これは無料でもらっていい情報じゃないな。ちょっと待っててくれないか」
密かに戦慄していると先輩は家の奥に向かって歩いて行った。何か貰えるらしい。
戻ってきた先輩の手には片手で持てるサイズの黒い植木鉢があった。中に透明な石がギッシリと詰まっている。
「この魔道具は結界生成器と呼ばれている。冒険者が野営をする時の必需品だね。本体を中心に石を一定の範囲に置けば魔力を込めた分だけ攻撃から守る結界を作ってくれる」
おお。確かに今までは日帰りだったけど、これからは野宿することも当然ありうるか。
魔法職ならちょっとでも欲しいMPだけど他の奴にとっては魔法を受けた時に使用することがあるかもしれない保険に過ぎない。正直、幻覚狐を狩らないと余って使い道がないんだよな。
「魔道具としては廉価で10万ゴールドしかしない代わりに込められる魔力も低い。過信はしないでくれ」
「え、ええっ。そんなに高いんですか?」
「安いよ。情報料としてもね。でもこれが君達に一番必要なものだと思う」
調息と瞑想ってそんなに重要な情報なのか。まあ、確かに高レベルはHPとMPのリソースの削り合いだということを考えるとそうなのかもしれない。
「それじゃあ、遠慮なく頂いておきます」
「ああ。魔力登録をするとその人間は素通しになるから注意をするように。上手く利用しなさい」
なるほど。これは休憩をする時だけじゃなくて生産班が解体をする時に身を守る壁にも利用できるのか。
確かに戦闘能力がないのにダンジョンに普通に連れ出していたな。向こうも生活費を稼ぐのに必要な行動だったとはいえ、これからは町で仕事をして平和に暮らせるのに無理に危険な場所に連れていくって話になる。
冒険に連れ出してクエスト経験値を稼ぐことで、普通の生産職では不可能なパワーレベリングを行い、高レベルの装備を作れるようにしたいから置いて行くってのはナシだ。
これは生産班とも話し合って同意が取れている。だからダンジョンに連れて行くのは問題ないはずなんだが。
まあ、それでも、解体時に身の安全を保障するくらいは当然の話か。




