第二話 奇跡の代価
リンクを押した途端に世界は切り替わった。何時の間にかうたた寝してて目を覚ましたような。不思議と何の違和感もない。
でも、身体を見るとゴワゴワとした頑丈な衣服に代わっているし手には何時の間にか木刀を持っている。
ダンストの初期装備、冒険者の服と木の棒だ。服はともかく木の棒ってちゃんと作り込まれた木刀なんだな。
あとは100ゴールドと薬草が三束ほど。これで全ての所持品になる。身体を触って探すとお金は服の裏側ポケットに、腰に結ばれた袋に薬草があった。
宿は20ゴールドで、一食5ゴールドほどだから三日は普通に暮らせる。最初の金稼ぎに薬草は重要だから、よく観察しないと。
どう見ても雑草にしか見えない草が紐で三つに雑に束ねられてる。こんなんでも食えば掌を貫通するほどの傷でも簡単に治ってしまう、霊草なんだ。
後先、考えないで使ってしまうと自然に生えている薬草と只の雑草の区別が付かなくて死ぬ。本当に。
素人が辞典もなく植物を判別できるわけがないなんて心配はしなくていい。薬草が纏う魔力的な物が見てると自然に分かるって話だ。
ここら辺は他のゲーム世界では起こらないから、ダンストのシステム恩恵を受けている。初心者におススメのゲーム世界にダンストが上がっている理由だ。
ダンストはモンスターを倒すレベルシステムと職業の熟練度システムを採用している。そして初期職業に就くための前提スキルは比較的、簡単に習得できる。
他のゲーム世界で採用されてるスキル熟練度システムでも似たような効果のスキルはあるし、そこでは膨大なスキルがあるという。
でも習得・育成に掛かる努力と時間はダンストの比ではない。現実と似たように辞典を持って山地に入って植物をいくつも調べなければならないという。
まあ、熟練度システムでゲームを作ると難易度が自然と高くなるのは仕方がない。ダンストの職業熟練度も基本的には年単位の修練が必要だ。
だからこの採取技能はちょっとした裏技みたいなもんだ。他のゲーム世界でも先達プレイヤーの涙ぐましい努力が結果を結びつつある。
〈採取技能を習得しました〉
アナウンスがあった途端に只の雑草が光って見えるようになった。いや実際に光ってるわけじゃないんだけどオーラがある的な。
薬草を眺めて三十分くらいか。他に何もしないで集中して見るだけだが、安全地帯を出た後だと途端に難しくなる。
ゲーム世界にスポーンして1,2時間くらいは他者の干渉を阻む結界が守ってくれる。スポーン地点にいる限り。
他にも簡単に習得できる技能はあるが、町に着くまでは余計な体力は使わない方がいい。
弱いとはいえモンスターの勢力下にある地帯を走り抜けて宿屋まで走らなければならないからだ。
最初期は結界を永続だと思ったり余裕で雑魚モンスターを倒せて調子に乗ったりして死ぬかログアウトする人間が多かったという。
ダンストにはスタミナという項目がない。疲れ辛さや肉体的状態異常に掛かりづらくなる体力パラメータはあっても増減する項目はHPとMPだけだ。
じゃあ永遠に走り続けられるかというとそんなことはない。ゲームだと可能でも現実では不可能だった。
でも走り続けても現実のように息切れしてへたり込むこともない。これは酸素不足に値する状態異常が実装されてないからだという見方が多い。
それでは走り続けるとどうなるか。
簡単だ。HPが減る。しかも攻撃されていないから痛みもない。
たぶん前衛のHPを使用して特技を発動するのがシステムとして組み込まれたんだろう。
これは現実でも同じ現象が起きるから、そう判断された。何回もの注意喚起と共に。
HPはなくなると死ぬから。死ぬまで走り続けるという笑えない事態が引き起こされたからだ。
ゲーム世界のシステムは現実の法則を上回る。疲労という状態をなかったことにするくらいは簡単だ。
でもゲーム世界のシステムに記述されない限り他は全て現実の法則に則る。過労死が問題になるくらい疲労は人間を殺しうるんだ。
他にも即死案件は多い。別のゲーム世界に慣れた人間でも知らないと簡単に死ぬデストラップはゲーム世界に多く仕掛けられている。
例えばステータスウィンドウ。
ダンストでは何処でも何時でも開けるからログアウトに不安はない。
でもゲームによっては安全地帯限定だとか、消費アイテムが必要だとか条件がつく場合もある。
その場合はダンストプレイヤーでもそのゲーム世界の法則に従う必要がある。
現実ではより便利な方のシステムが優遇されるから何処でもステータスを開けるようになるけれど、ゲーム世界内部では他のゲームシステムはナーフされることもある。
レベルシステムとかは特に影響が強い。ゲームではレベルのないゲーム、現実を模倣したゲームも多い。
その場合はビルをジャンプで飛び越える超人でも五階から飛び降りて怪我をすることもある。
レベルさえ上げ続ければナーフされようが関係ないと鍛え続けるのが上位プレイヤーたるゆえんでもあるのだが。
そんな先人達の知恵で初心者プレイヤーは鉄板とも言われるスタートダッシュをすることが出来る。ありがたいことだ。
ダンストにログインしたら、まず採取技能を取る。薬草が判別できたら結界に守られた安全地帯を調べる。薬草が植わってることもあるからだ。
残念ながら見当たらなかったが、あとは何時でもログアウト出来るようにステータスウィンドウを開いたまま準備体操をして身体をほぐす。
心の準備が出来たら町までダッシュだ。HPは薬草を食いながら回復させる。倒せても雑魚モンスターは極力無視。ダンストはレベルアップしてもHPは回復しないのだ。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル1 ・職業なし
HP30/30 MP20/20 攻撃15(10+5) 防御12(9+3)
筋力15 体力12 素早さ10 器用5 精神7 知識12
・呪文なし ・特技なし
・技能『採取』
・装備『木の棒(攻+5)』『冒険者の服(防+3)』
最初に表示されたのは自分の名前とログイン回数、ログイン可能数だ。十年の寿命が代償に使用されるから寿命自体は更に数年長い可能性がある。
よし寿命は思ってたより長い。いま自分は17歳だからプラス80歳ちょいで97歳から106歳くらいが享年か。十年短くなっても最短で87までは生きられる。
でも他は見るところのない短くて弱いステータスだ。器用の低さが前衛に大事な攻撃と防御を下げ、精神力のなさが後衛に大事なMPを下げ、中途半端なビルドになっている。
いや、ここからだ。確かにステータスを手に入れたんだ。現実では絶対にありえないことだ。
レベルアップと就職をして、装備と魔法習得に必要な呪文書に特技習得に必要な秘伝書を手に入れて、冒険を通じて技能を充実させていく。
そして別のゲーム世界にログインして新しいステータスを手に入れ世界観を逸脱した強さになる。
そこから寿命の克服が出来るゲーム世界にログイン。ログイン出来なくなる前に上位プレイヤーへ至る。
半年の間にそこまでのロードマップは出来上がってるんだ。上位プレイヤーは個人情報以外でゲームシステムを隠したりはしない。
どのゲーム世界なら寿命を克服できるか、方法まで含めて丁寧にネットに書き込んでいる。成功する人間は少ないけど確かな情報だ。
何故、超人となってまでひたすらに隠れ潜むのか。それだけが疑問視されている。
漫画やアニメのように現実で正体がバレて迫害されるのを恐れているのか。確かに今でもプレイヤーになることについては賛否両論だ。
でも、中二病芸人のおかげでプレイヤーそのものへの風当たりは弱い。
何もかも投げ捨てて救助活動をしたヒーローと並び称されて英雄と個人で名指しされているのは伊達じゃないんだ。
それにプレイヤーの総数はもう迫害できるような数でも強さでもない。現代兵器の性能の方が上回る場合も多いといっても一般人に紛れ込んだプレイヤーをどうにかするなんて現実的じゃない。
同じ上位プレイヤー対策に能力を隠してるにしても姿まで隠す必要があるか? 何か黒幕にされてると考えるには自分から姿を隠してるんだよな。
謎だ。が、同じく上位プレイヤーとなったら必要になるのかもしれんとプレイヤーは能力を隠す傾向にある。
現実で堂々と活躍するのはこれ以上のログインをやめた二流所しかいないと陰口を叩かれるのは、この風潮が原因だ。
実は裏で上位プレイヤーも関わってるかもしれないが現実のプレイヤー組織も部外者に情報をくれるほど優しくはない。
ゲーム世界と時間の流れが違う以上、現実のネットで得られる情報は古くなるし広く浅く網羅するに留まる。しかも、ゲーム世界と只のゲーム情報が混じるから誤報も多い。
ダンストのゲーム世界と言っても全ての事情がゲーム通りに進行してるわけじゃない。酷い時には歴史が違うどころか魔法使いが迫害されて習得できなくなるなんてパターンすらあった。
世界線が違うと考えるのが一番、筋が通る。無印の原作とは辿った歴史の道筋が違うんだ。幸いD世界は比較的にイレギュラーな部分はないとされている。
せいぜい主人公達がいないってくらいだ。これは他の世界でも同じだったから仕方ない。原作キャラが発見される世界はダンスト以外のゲーム世界を統合してもよほどのレアケース。
宝くじに当たったようなもんだ。確かその世界では原作キャラを主軸とした組織を結成してラスボスと対峙してるんだっけ? 情報秘匿されていて曖昧にしかわからない。
ステータスを見て考え込んでる間に時間制限が過ぎたのか安全地帯を囲んでいた霧が晴れてきている。この霧がスポーン地点の結界の役目を果たしている。
もう怖気づいてる時間はない。後はもう走り続けるしかないんだ。
右手に何時でも食えるように薬草を持って構える。ステータスウィンドウはログアウト画面にして視界左によせる。
準備はこれ以上ないほどやった。後はもう考えない。最後にもう一回、ログアウト画面を見て霧の中を走りだした。