第二十七話 人間不信
それから同室の田中と微妙に気まずくなって、でも特に何事もなく時間が経った。
アニメとかだと仲直りイベントとかあったりするんだけど、そうだよな。リアルだとこうなるよな。
コミュ障あるあるだよ。余計な一言をつい言っちゃうんだよ。自分でも性格が悪いなって後から思ったりするんだよ。
うーあー。もう、時間を戻してくれぇ。なかったことにしてくれぇ。
言ったことはまごうことなき本心だったから下手に謝ることも出来ない。謝るにしても何を謝るんだ。お前の未来とか別にどうでもいいから、なかったことにしてくれとか言うのか。
それこそ喧嘩を売ってるだろ。気まずいのが嫌だから表面上は愛想よくしてくれってのが本音だろ。くそ、俺って性格が悪いな。
もうこうなったら仕方ない。時間が全てを解決してくれる。ギクシャクしてる内に何が原因だったかなって曖昧になるのを待つしかない。それで行こう。
「それはちょっと、よろしくないね」
ハーレム先輩の邸宅に朝練に行った際、唐突にそんな言葉が投げかけられた。
田中と口論になってからも朝練は続けていたから事情は知ってるだろうけど、こんな風に口を出されたのは初めてだ。
というか、人が密かに出した結論を読心して異議を唱えるの止めてもらってもいいですかね。
「でも中島君は僕に相談とかしてくれないだろう? こちらから聞かない限り。ゴーレム工場の奥地へそろそろ行こうって時に様子見をするのも危険そうだしね」
こちらに来なさいと私室で個人面談をする羽目になった。ガチで嫌だ。
「田中に言った言葉が間違いだと、俺は思えません」
「救う人間の選別ね。下手をしたら選民思想に通じるけれど気づいているかい?」
「それは誰をも救える超人の意見でしょ。自分を救うことすら危うい人間が両手に抱えられるのなんて一部だ。後悔しないように厳選した方がいい」
「うん。そこは僕も同意見」
やはりか。思った通りだ。ハーレム先輩は公平無私の聖人じゃない。ただの英雄だ。
「でも、中島君。君がその見解を言ったのは別に田中君の将来を憂いてじゃないだろう?」
「はい確かに。つい口が滑って」
「それも違うね。君は田中君が鼻についただけだ」
ハーレム先輩の透き通るような青い瞳がこちらを覗き込んでくる。
心の奥底まで見てくるような視線がここまで居心地悪いとは。自分でも自覚できてなかった汚い感情がさらけ出されていく。フィクションでテレパスが嫌われるわけだ。
「中島君は基本的に人に興味がない。身近な数人以外の名前を未だに憶えないのも僕をあだ名で呼ぶのも人付き合いが面倒くさいというのが理由だ。
しかも田中君と正面切って喧嘩をせずに問題を曖昧にしようとしてるのを、表面的に取り繕うことでパーティ間の連携を保とうとしている協調性だと思ってる。
田中君が人を見る目がないというのも実は裏付けのない印象に過ぎない。あの言葉は将来的にヒーローの陥る状況を想定して正論で理論武装をした悪口だ」
聞いてしまえば、そうだとしか答えられない。自覚なんてなかった。これは本当だ。
「田中君が鼻についたのは実は羨ましかったからだ。中島君は本音で人とぶつかり合ったことがない。
なあなあとその場しのぎの言葉で誤魔化すか、相手が傷つくだろう言葉を正論で理論武装して叩きつけてきた。
それでいて変に筋が通った意見が言えるから後になって相手の為を思った忠言だったと信じてしまう。言っておこう、それはただ無神経なだけだ」
俺がコミュ障なのが、本当によくわかるな。ちゃんとした人付き合いがこれまで出来たことがない。
「君がよく口にするコミュ障という言葉も心を守る言い訳に過ぎない。本気で人と向き合うことが怖くて、そういう能力がないのだと自分に言い聞かせて来た。
原因はイジメだね。大した被害じゃないが、君はイジメもしたしイジメられもした。人と人が本当に分かり合えることはないという哲学に至っている」
冗談じゃない。人の心にズカズカと踏み込んできやがって。お前だって人のことを言える人間じゃないだろう。
「早間先輩だって俺のことを言えるほど、人間を信じてはいないでしょうに」
「ほう。正論の理論武装を始めたね。客観的な自分というものは中々、聞けないものだ。聞かせてくれ」
これまでの見聞きしてきた先輩を思い出す。先輩はまごうことなきヒーローだ。そこは間違いない。
「先輩は救う人間の順番を決めている。一番は女子だ。これは好意を抱かれてるからじゃなく、男子を信じていないからだ。先に男を鍛えれば女を襲いかねないと思っている。
二番目は俺達。これも好意が理由じゃない。人数が他のパーティよりも少なく弱いからだ。考えが足りず行き当たりばったりで思わず助けてしまった。伊藤を助けた理由もこうだ。
三番目が小野の元パーティ。詐欺行為を行ったように放置をすれば犯罪に手を染めてもおかしくない上に縁が出来てしまった。見捨てれば他のパーティにも被害が行きかねない。
それにただの恐喝だと思い放置をしていたら一部の人間が誘拐されて見つからなくなった。甘く考えていた自分に対する自責の念が見捨てることを許さない」
先輩はアルカイックスマイルを維持したまま表情を変えない。この人が笑顔以外を浮かべたのを自分は一度しか見ていない。
「四番目が他の初心者プレイヤー。高レベルプレイヤーの先輩達を出し抜いた何者かが存在している。攫われた人間を取り返すよりも先輩はこの町で新たな被害者を出さないことを選んだ。
下手に犯人を追いかけて、もし返り討ちにあったら。一番に優先した女子よりも更に上に位置するだろう付き合ってる女性達を置いていくことになる。
その懸念が一部の存在。攫われたプレイヤーを見捨てるという選択を取らせた」
そう、この人は全ての人間を救おうとはしていない。英雄ではあるけれど、正義の味方ではないのかもしれない。
「先輩はそんな自分自身を他人が思うほど評価していない。いや、納得しきれてない。先輩の在り方は最大多数の最大幸福を追求するものだ。
会ってもいないから、ここは完全な想像になるが、ハーレムを作ったのも同じ理由かな。俺は人を信じられないから、人を平等に愛するなんてことが可能だと思えない。
ハーレムメンバーの中にも序列が出来るはずだ。もしかしたら最愛の人だっているかもしれない。でも、先輩は他のハーレムメンバーの為にその人を選ぶなんてことは出来ない。
それが伊藤を英雄視させた。先輩は現実に帰る伊藤に自分では逆立ちしたって出来ないと言った。それはゲーム世界からログアウト出来ないなんて現実的な意味じゃない。
他の全てを切り捨ててでも一人の手を取ることが出来ないという意味だ。伊藤は一人で取り残されるかもしれない美里を知っていながら弥生と一緒に帰るという選択をした。
弥生の為に美里を切り捨てた。もしかしたら死ぬかもしれないゲーム世界に置いて行くという選択だ。先輩には無理だ。」
多数の為に少数は切り捨てられても。一人の為に他の全てを切り捨てることは出来ない。
伊藤もそれがわかっていた。だから先輩なら弥生をトラウマと向き合わせて克服させると確信していた。
そしてそれが先輩には可能だろう。誰もが幸せになるかもしれない選択肢。それが伊藤を悩ませた。
「最大多数の最大幸福。字面はいいけど、それは少数を切り捨てるという意味であり、もっと幸せになれるだろう最も大切な存在を蔑ろにするという意味だ。
先輩は伊藤が俯いていると怒った。それは不安になっていただろう弥生の為じゃない。先輩の英雄が情けない面をしているのが我慢ならなかったからだ」
もしくは。過去の自分でも見ていたか。
「人間不信の救世主願望。それがアンタの正体だ!」
言い切ってしまって今更、不安になってきた。
俺ってハーレムの実態も知らなくて妄想で考えてるんだよな。ここが先輩に言われた裏付けのない印象ってやつか。
「ふふっ」
失笑だろうか。怒ってぶん殴られるより辛いぞ、それは。
「直感が優れているのかな。確かに妄想染みた予想だ。前提が間違っているせいで全然事実と異なる部分もある。それでも七割方、正解だよ」
何処か晴々と先輩は笑った。アンニュイな口先だけの笑顔じゃなくて大口を開けて笑う顔は初めて見たな。
「それで、どうだい中島君。スッキリしたんじゃないかな」
「え?」
「一方的にそれらしい理屈を言葉にするんじゃなくて、相手を見て相手のことを考えて心の底から気持ちを伝えあう」
青く透き通った目が見える。驚きに目を見開いた自分が映っている。
「それが本音でぶつかり合うってことだよ」
なるほど。先輩がモテる理由がわかった気がするな。
でも、この勢いで田中とまで仲直りしろっていうのはハードルが高いです。
・ハーレム先輩こと早間
特殊バッドエンドを迎えた前作主人公枠。
長編シリーズの主役をやる内に手に入れた脅威的な力量と複雑骨折した人間関係を抱えている。
ぶっちゃけこいつにぶん投げれば大抵の問題は解決する。
ただし新シリーズの主人公が育たないことで発生する問題は考えないものとする。
またバッドエンドの影響で情に流されて迷わなくなった代わりに若干、過激思想になっている。
愚者ポイントが高く弱者救済の邪魔になると判断したら容赦なく処分しにくるだろう。
今回のことで中島と田中に愚者ポイントは付いていないが、危ないところだった。
ちなみに小野は2ポイントの愚者カウント、1ポイントの弱者カウントがなされている。




