第二十五話 平和ボケ
小野の謝罪回りが終わった後、連携の訓練も兼ねて数日の休みを取ることにした。
精神的に消耗してるだろうしな。焦って自滅されても困る。
初心者の宿は訓練できるように中庭が解放されてるから助かった。いくつかある初心者の宿だが、ダンストでは格下には名前を付けないって風習があるから宿にすら名前はない。
名前を付けないことが冒険者ギルドの援助を受ける条件の一つだっていうんだから徹底している。それじゃ宿の客寄せも出来ないだろうに。
まあ、冒険者ギルドが直々に初心者冒険者の斡旋をしてるから心配はいらないのか。むしろ宿に空きが出来たらすぐに冒険者ギルドに通達しなくてはならないらしい。
泊まれる宿が足りないくらいには初心者冒険者は多いのだ。初心者プレイヤーも次々と来てることだし。
「さっき中島の話を聞いて驚いたよ。俺達ってまだゲーム世界に来て一月くらいしか経ってないのな」
「ああ。たしか36日目だ」
「もう数ヵ月は冒険してる気がすんのにな」
「意外と順調にここまで来たよな」
「魔力操作と気力操作を格安で覚えられたからだな。2万ゴールドなんて大ネズミだけで稼ぐとか地獄だぞ」
「魔力操作は金で覚えられないから気力操作の1万で済むな。それでも二ヵ月くらいは必要」
「いや、木の棒でそんなに大ネズミ倒せないから。装備を含めると三ヵ月くらいだな」
「一人で稼ぐ必要ないじゃん。全員の金を集めて伊藤みたいに一部の人間を先に鍛えれば」
「金を持ち逃げされそう」
「そしてパーティ崩壊か。悲しい」
「え、そんな程度で済むと思ってるのかお前ら」
小野が俺らの会話に驚いたように口をはさむ。そういえば小野は別の冒険者パーティの情報収集に血道を上げていたんだったな。
リアルな底辺冒険者の苦労が聞けるかもしれない。
「お、何か情報があるのか。それともパーティ崩壊どころか殺し合いに発展するとか?」
「さすがにトラブルにはなっても現代人がそこまでモラル崩壊してるとは思えないんだが……」
「大ネズミを倒して気力操作を覚えるって話だ。いや装備を整えるのもそうだな」
小野は何かを思い出したのか渋面を作って話し出す。
「まず気力操作なんて存在すら初心者プレイヤーは知らないから覚えるのは不可能だ。金で解決するのは事前情報があって初めて成立する」
それはそうだろう。秘匿情報なんてあること自体、ゲーム世界に来るまでは知らなかった。
「すると化物ヒツジは討伐不可能になる。あの硬い毛皮を貫通するには鋼の剣が必要だ。鉄のメイスだと逃げられずに死ぬからな」
当たり前のように狩るようになったが特技も相まって普通に戦うと面倒なモンスターだ。技能がないと4000ゴールドも初期投資が必要なのか。
「幻覚狐は論外、初心者プレイヤーは突撃イノシシを次のターゲットと定めて金を貯めて装備を整えようとする」
魔力操作がないと素の精神で幻覚狐の魔法を耐えることになる。魔法職にでも就かなければ不可能だ。
「銅の剣くらいなら見逃されるだろうが鉄の剣を買うことは至難だ」
「ん? どういう意味だ?」
「1000ゴールドなら最低でも大ネズミを十日も倒せば行けるよな?」
小野は憎しみで人が殺せたらという顔をすると結論を言った。
「初心者が大ネズミを相手にずっと戦ってると、舐められて恐喝されるようになる」
「うっげ」
「マジか、マジかぁ……」
それは現地人の先達冒険者か。ヤクザやマフィア紛いの危ない冒険者もいるとは聞いていたが、そこまでか。
「たとえ職業を手に入れるほどレベルが上がっても銅の剣で突撃イノシシは厳しい。奴隷のように他の冒険者に貢ぐためにネズミの巣穴に潜るような生活を強いられる」
低レベルの間は装備の強さが冒険者の強さだ。職業を得て明確に強くなっても、それを覆せるほどではない。
「大体のプレイヤーはここらで心が折れてログアウトする。避けたければ連中の仲間に入れてもらうか、目を付けられる前に上のダンジョンで活躍するしかない」
そうか、それで小野達は牧場草原に行ったのか。パーティの資金を集めて鉄の剣を買って、金づるとして目を付けられないように。
だが先達冒険者に潰された。本当なら猪突荒野に行くべきところを牧場草原に誘導されたのだ。
「でも俺達って絡まれたことってないよな」
「馬鹿にされたことはあってもな」
「恐喝なんて小野達にされたくらいだぞ」
「それはもう謝っただろ。羨ましかったんだよ。犠牲者が出る前に先輩プレイヤーの庇護が得られて」
なるほど。俺達がターゲットにされなかったのはハーレム先輩のおかげか。
確かに一週間もする前に伊藤が魔力操作を習い始めていた。
「うおお、伊藤サンキュー! 愛してる!」
「やべえな。本当に危なかったのか」
「まあ、その前に様子見をされていたのは初日に中島がウルフを納品したからだな。俺が声をかけたのも噂を聞いて興味があったからだ」
「噂って? 俺ってそんなに目立ってたか?」
何故かこっちに話題が飛んできた。初日にウルフに出くわすとか不運にも程があるだろうと思っていたが意外と良い影響もあったのか。
「初心者プレイヤーには別のゲーム世界で鍛えてきた人間が一定数は混じる。初心者冒険者に毛が生えたような奴が多いが、中には初心者冒険者詐欺がいるんだ」
「ああ。力を隠しておいて絡まれたら本気を出すっていうラノベあるあるか」
「本当に現実でそれをやる奴がいるんだ」
「いや、娯楽でやってるんじゃなくてヤバい奴に目を付けられないように潜んでいるんじゃないか? ダンスト外の力を持ってるとか金になるだろ」
「なるほど。つまり中島は下手なチンピラに絡まれない防波堤になってたけど、本当にやばい奴とか組織を誘引する撒餌になってたということ?」
「それはなんていうか、感謝すればいいのか責めればいいのか、わかんないな」
「ハーレム先輩と知り合った今は大丈夫だろ。素直に感謝してくれよ……」
何というか二重の意味でヤバかったんだな。高レベルプレイヤー以外にも別ゲーム世界経験者はいるはずなのに姿を見なかったのは隠れ潜んでいたのか。
確かに、小野が語ったルートを辿ると、銅の剣に冒険者の服を装備したアイテムボックス持ちのプレイヤーが出来上がる。
そんなの搾取して下さいと宣伝してるようなもんだ。おいしい獲物か手強い敵か吟味されていたのか。
ダンストが初心者プレイヤー推奨世界になってたのってアイテムボックスが理由だったよな。絡まれてログアウトをしてもアイテムボックスだけは習得できるだろってことなんじゃないか。
つまり初心者プレイヤー推奨世界は最低でも便利なシステムや能力が手に入る世界だってことで。そりゃ狙われるわ。
「UAとか他者に伝授可能な特殊能力が最初に手に入ったよな」
「オーラな。習得すると個人毎にユニーク能力が手に入る」
「シャンバラはプレイヤー拠点という名の個人用異世界が貰える」
「戦争で領土を広げないと一軒家くらいの広さだけどな」
「魔界道楽記はモンスターをテイムして配合する」
「個体毎に親密度とかあるから奪い取るのは無理だが、プレイヤー本人を従属させちまえば関係ないな」
「駄目だ。初心者プレイヤー推奨世界経験者とか名乗り出れねえよ」
「俺らからしても普通に魅力的だからな」
「プレイヤーじゃない現地人にとっては宝の山か」
「下手に低レベルのまま複数世界を渡り歩くと寿命以外でも危険だな」
小野が言った連中の仲間に入れてもらうって、つまり特殊能力保持者を集めている連中がいるってことじゃないか?
普通のチンピラだと思って喧嘩を買うとそこそこのレベルがあっても逆に痛い目を見るのかもしれない。
「でも牧場草原に初心者プレイヤークランって呼ばれるほど大規模な集団がいるよな。小野も所属してたみたいだけど」
「ああ。俺達が助けられた後、高レベルプレイヤーが何人か集まって恐喝してた現地人冒険者の掃討をしたみたいなんだ」
「小野がハーレム先輩の家に入れたのは、それでか!」
「なるほど。最初から面識がないと女子をストーカーしても先輩には会えないもんな」
「奴隷扱いされてた被害者プレイヤーの集団だったのか、あれ」
「犯罪めいたことする割に妙に連帯感があると思ったんだよな」
「そりゃハーレム先輩も調停するよ。自分が助けたプレイヤーじゃん」
裏じゃそんな一幕があったのか。確かに女子もハーレム先輩が暴漢を始末してたのを見たことがあると話してたな。
「助けられた中に別ゲーム世界経験者はいなかったけどな。遠くに連れ去られた後みたいだった」
「え、ログアウトしたんじゃなくて?」
「ダンストには奴隷の首輪があるからな……」
「ガチの犯罪者集団じゃねえか。誘拐とかチンピラってレベルじゃないぞ」
「しかもそれってハーレム先輩や遠野先生が後れを取ったということなんじゃ」
「恐喝してた現地人冒険者とか末端なんだよ。向こうにも高レベルプレイヤーがいるんだろ」
「俺達って平和ボケしてたんだな」
「やけに暴漢の注意喚起されるなって思ったら、そういうことか」
知らない間にダンストでもヒーローとヴィランの抗争が起こっていたのか。しかもヴィランによる組織犯罪に抗う形で。
連れ去られたプレイヤーは平気だろうか。奴隷の首輪をされて自由を奪われたなら十年でログアウトすることもままならないはずだ。
十年の時間が経過したら更なる寿命を支払ってダンストに滞在しますかって確認画面が出る。自動でログアウトされることはない。
前もって現実に帰還するなと命令してしまえばダンストに拘束することなんて簡単なのだ。
「むしろデカい組織が後ろにいて恐喝されてたプレイヤーは助かったけどな」
「え、何でだ?」
「普通の現地人冒険者でも新人を恐喝して財布代わりにするとかよくあることなんだよ」
「倫理観が違う……」
「プレイヤーを最終的にログアウトさせるだけなら先輩も動かないだろうしな」
「あの人、命や貞操が助かるなら寿命くらい差し出せってスタンスだよな」
「手痛い授業料って認識なんだろうな。ゲーム世界に来ること自体に反対な気がする」
確かに。女子だけを鍛えるのも恐喝じゃすまないからって理由だろうしな。
小野の件で頭を悩ませていたのは現実に帰還することが救いにもならないって理解してたからか。
「話を戻すけど中島が別ゲーム世界経験者って噂、やっぱりヤバいんじゃね?」
「あ、そうだよ。ハーレム先輩の庇護があっても狙うような組織があるじゃねえか」
パーティメンバーの視線がこちらに一斉に集まってくる。待てよ、初日にウルフ倒しただけで別ゲーム世界経験者ってのは言いすぎだろ。
「心配すんな、もう疑われてない。早間先輩が指導するだけで放置してる時点でな」
「まあジャイアントキリングするような経験、冒険者ならそれなりにある話か」
「引退した冒険者とか大物を倒した経験を何回も話すもんな」
ほっとした溜息と一緒に緊張が緩む。溜息を吐きたいのは俺だよ。
むしろ噂が立ったのは別ゲーム世界経験者を探すように上から言われて神経過敏になってたからだろうな。
ウルフを倒すなんて運が良かったとか、現実で格闘技を習っていたとか、いくらでも考えられる。プレイヤーじゃなくてちょっとレベルの高い現地人だったとかな。
ソルトの町はそもそも貴族プレイヤーの領地だ。いくら高レベルプレイヤーのバックがあるからといって安心できるとは思えない。
実際に捨て駒として扱われたしな。気が逸って願望を事実かのように話してたんだろう。
「なあ、クエストを受けるのは初級冒険者になってからにしようぜ。管理されたダンジョンより何が出てくるかわからない依頼の方が怖くなってきた」
「そうだな。商人の護衛任務とか山賊退治とかでFOEが出現するかもしれん」
「おい。山賊退治は外れクエストだから受注すんじゃねえぞ」
パーティメンバー全員が職業を手にいれた俺達はもうクエスト制限を受けていないが、ゴーレム工場が稼げることもあってクエストを受注したことがなかった。
ハーレム先輩がゴブリン戦線を探索できるようになるまでは訓練をするようにと女子に促していたのもあって、俺達も自然と自粛していた。
「傭兵団が戦争がない時期に副業で山賊をやってたりするんだろ? 報酬額が違うから避けられると思うんだが」
「それもあるが、違う。問題なのは普通の山賊の方だ。お前ら山賊の正体は何だと思ってるんだ?」
「そりゃ食い詰め者とかだろ。元冒険者だったりすんのかな」
「近い。正体は税金が払えなくなった村人」
「ガチでか。え、だって村を襲ったりするじゃん」
「別の村とか中世じゃ外国みたいなもんだぞ。それに旅人とか行商とか襲って金を奪った後は善良な村人のフリをするからな」
「山賊の拠点と気づかないで村に泊めて貰ったら寝込みを襲われたりするのか」
「場合による。普段は本当にただの村人なんだよ。追い詰められたら手段を選ばないだけで」
「飢饉とかになったら餓死するんじゃなくて山賊に変貌するのか。まるでバイト感覚だな」
「ああ、似たような感覚なんだろうな。だから山賊を殺しつくしたりすると恨みを買うし、拠点を襲おうとしたらこっちが山賊扱いされて犯罪者になる可能性がある」
「うわっラノベじゃ見たことないぞ」
「村人は妙に牧歌的に描かれるからな。昔の日本だって刀狩りされるまでは村に武器があるし落ち武者狩りで村人が兵士に襲い掛かるだろ」
「ああ、確かに聞いたことある」
「おまけに元冒険者とかいるし、自警団とか組織されてるから山賊って意外と強いぞ」
「駆け出し冒険者とかむしろ狩られる側じゃねえか。雑魚のつもりで山賊退治のクエストを受けてたら詰むわ」
「おまけに山賊が出没する付近の村に泊まることになるよな。成功しても夜に寝込みを襲われる心配をしなきゃいけないのか……」
「これって現地人の間じゃ常識だからな」
「小野が仲間になって良かった。情報収集って大事だな」
なるほど。さすがに元パーティでリーダーを務めていただけあって小野は優秀だな。
俺達が行き当たりばったりに初心者の手引きに従っていた間に色々と調査をしていたのか。
一見すごい順調に見えていたけど、運が良かっただけなんだな。俺達って。
まあ、特技・呪文を習得して一定水準を上回ったのも確かなんだ。不足してた常識も小野が補ってくれるし後ろ盾もある。
慎重にやっていけば少なくともそこらのチンピラ程度は怖くなくなるだろう。ダンストにいる間に力を蓄えるんだ。




