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デスゲームが最近のブームな件  作者: 八虚空
ファーストログイン『Dungeon History』
24/66

第二十三話 復讐譚では救えない

 朝練が終わって今日もゴーレム工場へ狩りに行く。

 正直、この過密スケジュールは過労死しかねないんじゃないかと思うんだが、疲労を感じなくなったせいであまり辛くない。

 気が付いたら精神的にダメになっていたってこともあるから、もっと休みを取るべきかな。でも娯楽が少ないんだよな。


「ウルフ発見!」


 盗賊プレイヤーの高橋が大声を出して警告してきたので、そちらを見る。たしかに黒い影が結構なスピードで近づいてきている。

 まあ、すぐに退治されるだろうとノンキにしていたら新調された鉄のメイスが空ぶって当たらない。

 しかも一人じゃない。三人もだ。


「やっべ早い」

「メイスが重すぎるんだよ!」

「言ってる場合じゃない! 生産班のとこに向かってるぞ!」


 体力が低くても戦闘職に分類される魔法班に盗賊プレイヤーは気力操作を覚えている。でも、職業の大枠からして違う生産職は戦闘関連の技能を覚えられないのか、誰も気力操作を身に着けていない。

 それは戦闘職が誰も生産技能を身につけられていないこともからも明らかだった。何人かは生産技能を得ようと努力していたのを知っている。

 つまり生産班はウルフにとっちゃ美味しい獲物だってことだ。どうやって判別してるのかわからんが、いざとなったら肉盾になるか。

 そう覚悟していたら岩田が先に同じことをしようとしたのか持っていたメイスを落としてウルフの前に立ち塞がった。いや、右腕を構えている?


「ふっ。クラッシュ!」


 無手のままでそう叫ぶと拳に赤い光が纏わりつく。これは間違いなく特技が発動している。

 低い位置を高速で進むという素手では対処しづらいだろうウルフを容易く捉えると拳はウルフの頭を木端微塵に砕いていった。威力も十分だ。

 岩田は終わった後、しばらく残心していたのか微動だにしなかったが、長く息を吐きだすと両手を交差させて腰に引き戻した。やっていたという空手の構えかな。


「すっげぇ素手でモンスターを倒しやがった!」

「おおっ。特技って武器がなくても発動できるのか!」

「助かった。本当に危ないのかと思った」

「いざとなったら肉盾になってたから心配すんな」

「ブレイクってこういう場面で活躍する特技なのかも」

「広範囲でノックバックの吹き飛ばしが出来るなら確かに使用法が変わるかもな」

「岩田が空手やってて良かったな、ホント」

「試しにやってみたんだが素手で特技を発動するのって無理じゃね?」

「気力操作で特技を発動する際に集まる力の流れを変えるんだ」

「ははーん。さてはずっと練習してたな?」

「まあな」

「それにしても初心者エリアを通るたびにウルフに会うな。運が悪すぎない?」

「集団で通るとエンカウントしやすくなるらしい。行商とか非戦闘員も大量に連れていくから目を付けてるんだろうな」

「初心者冒険者とかも不安だからパーティで初心者エリアに来るみたいだけど、隠密を察知できなくて犠牲者が出るらしいからな」

「ネズミの巣穴を最初の狩場に決めて良かった」

「ソロだったら死んでるよな普通に」

「ゲームシステムを取り込んだ後、単独で瞬く間に高レベルプレイヤーに成り上がる話ってよく聞くけどな」

「それ上位プレイヤーの新人時代じゃねーか」

「英雄譚とか話にはよく出るけど、それだけ稀有な例ってことだからな」


 ゲーム世界に来て一回目のログインで高レベルプレイヤーになるって俺達がハーレム先輩並みに強くなるってことだからな。

 まるで出来る気がしない。たとえ普通のゲームでも初心者が廃プレイヤーを倒すとかバランス崩壊ってレベルじゃないしな。

 ただ詳しい名前も能力も判明してないが、新人時代の上位プレイヤーが高レベルプレイヤーと揉めて打倒したって話はよく聞く。

 【魔法少女】と【戦闘狂】、【レベル信仰】に【詐欺師】あたりは確実に事実だと証明されている。

 悪質なプレイヤー犯罪結社が相手だったからな。大まかな事件の全貌はわかるから好き勝手に創作されて広まっている。

 作家が好き勝手に上位プレイヤーに設定を盛って話を膨らませるから、尚更に本当の上位プレイヤー像がぶれていく。

 あだ名から少女だって明言されてるのに魔法少女とか男の娘扱いされたりとか本当に酷いからな。実在する人物で遊ぶな。歴史上の人物みたいに死んでないんだぞ。


「ん? なあ、ゴーレム工場で誰か戦ってね?」


 話しながら昨日も来た初級ダンジョン、ゴーレム工場に近づいていくと戦闘音が聞こえてくる。

 他にも冒険者が探索してるのか。人気はないと思っていたが特技を習得してるなら大ネズミと同じ要領で戦えるしな。牧場草原の人混みに嫌気が差したか向上心がある奴が来ててもおかしくない。


「うっそだろ。ソロで戦ってないか?」

「え、もしかして高レベル冒険者とかなの?」

「それにしては強くなさそう。いや、俺らと比べると強いけど」

「あれくらいなら俺でも動けるぞ」

「岩田って俺らの中でもトップレベルに強いじゃん」


 武装は鉄のメイスに鉄の胸当て、隼の靴とハーレムパーティの初期装備と大して変わらない。盾を持ってないのと幾つかアクセサリ装備が足されてるくらいか。

 レベルも装備も俺達とそう変わらないだろうに続々とモンスターが集まってくるゴーレム工場の中でソロは無謀だ。ほら今も囲まれて足を腕だけになったマッドゴーレムに掴まれてる。

 特技はブレイクか。腕からじゃなくて足から特技を発動することで上空に飛びあがって包囲を抜けだそうとしている。上手いな。

 だが、方角が悪い。抜け出した方向はゴーレム工場の奥に続く場所だ。このままでは力尽きて死ぬのを待つだけだ。


「魔法班、戦闘班じゃ間に合わない。援護射撃をしてくれ」

「OK。ボール系だと巻き込むかもしれない。アロー系で一斉掃射だ!」

「魔力回復ポーションを一応、準備しとこう。戦闘班、接近するなら攻撃射線を避けて走れよ!」

「ダッシュの特技があったら余裕で間に合うんだが」

「ブレイクの連打でもいけるかもな」

「防御用に習得したけど意外と応用性が高い感じでワクワクしてきた」

「俺も次はブレイクを習得するかな」


 幸いソロ冒険者を助けることに異論は出なかった。一回は戦ったことのある相手だというのもプラスに働いたな。昨日だったらちょっと躊躇っていたかもしれない。

 呪文の詠唱と属性の異なる光が集まった後に現象に変換された魔力が解放された。魔力は気と違い放つ魔法属性によって集まる光の色が異なる。

 魔力感知と気力感知の両方を習得しているが、魔力と気を見間違えることはない。ここら辺は感覚なので言葉にするのが難しい。光の籠り方が拡散されてるというか密度が薄いというか。

 まあ細かいことは省いて重要なことだけ言うと魔力光が見えるなら魔法が放たれる時間もだいたいは予測できるということだ。

 回避できるかどうかは微妙なところだが、巻き込まれないように走ることなら容易い。目で光を見てるわけではないのか、背中を向けていても魔力の光はわかる。

 ハチの巣にされていくゴーレムを横目にスラッシュで邪魔な相手だけを倒して奥へと向かう。人数がいるならマッドゴーレムとクレイゴーレムは怖くない。

 それよりもソロ冒険者のHP残量の方が不安だ。特技でHPを消費していた上にゴーレムの攻撃が命中していたのを見た。ゴーレムが防御型モンスターだと言っても攻撃力もそこまで低いわけじゃない。


「大丈夫か。いまポーションをっ」


 アイテムボックスから体力回復ポーションを取り出しながらソロ冒険者に駆け寄ると驚いた。小野だ。

 身体に纏った防具のほとんどがボロボロになっていて機能していない。なのに目だけが爛々と輝いていてゴーレムを見つめている。


「中島か。余計なことをするんじゃねえ」


 ポーションでHPが回復した途端、何事もなかったように小野は立ち上がる。だが、その状態で戦い続けるのはいくら何でも無茶だ。

 こちらも薬草を食べながら言葉を探す。お互いに存在しないかのようにすれ違って以来、会話をしていない。

 そもそも馬鹿にして来たり、恐喝して来たり、冤罪を吹っ掛けてきたりと良い印象が微塵もない。和やかに会話をすること自体が無理だ。


「命を助けて貰った上にポーションまで恵んでもらって、それはないんじゃねえか?」


 走って助けに来たソロ冒険者が小野だったことが判明して戦闘班の目も一気に冷たくなった。

 まあ、体力回復ポーションだけじゃなく魔力回復ポーションまで使ってるだろうしな。それで礼の言葉の一つもなければ文句も言いたくなる。


「金は払わねえからな。横殴りして楽にゴーレムを倒したんだ。お前らの方がゴーレム素材を渡すべきだ」

「乞食かよ。ダッセェ」


 幸いにゴーレムは残らず倒された後だ。ここで多少のいざこざがあったとしても残りのパーティメンバーが集まってくるだろうし、戦闘面で不安はない。

 敵に小野が含まれなければ。


「そもそもゴーレム工場に鉄のメイス持参でやってくるとか俺らの真似じゃね」

「ああ、こいつって他のパーティに粘着して情報収集するんだったな」

「だけどボッチじゃ戦力が足りませんでしたってオチか」


 皆の声に馬鹿にするようなニュアンスが混じり始める。まあ、これまで散々、迷惑を掛けられてるからな。気持ちはすごいわかる。

 でもここはダンジョンの中だ。日本の法が適用されづらいゲーム世界の中でも更なる無法地帯。小野が死ぬ気で襲い掛かってきたら何人かは道連れにされるかもしれない。


「小野。先輩プレイヤーに指導してもらえるなんて凄い幸運なんだぞ。もっと……」

「コウウン? お前、いま運が良いって言いやがったのか」


 真面目に生きろと言葉にするより先に小野が噛みついてきた。小野の地雷を踏んだらしい。

 完全に開いた瞳孔でこちらを見ている。ふと、遠野先生を思い出した。死んだ目。いや、死んだ人を見る目。


「嫌がらせのように中途半端な指導をしたクソに、金を取りやがったくせに役に立たない指導しかしない無能。そんな奴らと会えたことを幸運に思えだと?」

「遠野先生は高レベルプレイヤーだけどダンストに来たのは初めてだったから、魔力操作は知らなかったんだそうだぞ」

「早間先輩に指導してもらったのに役に立たなかったのはお前らが無能だっただけだ」


 小野の言葉を矢継ぎ早に切り捨てていくパーティメンバー。まあ、客観的に見てあの二人に感謝こそすれ恨むなんて筋違いだしな。

 そして最後に田中がその言葉を言った。


「先輩に会わなかったら牧場草原で全員が死んでたんじゃないか? 助けてもらったんだから、もっと感謝しろよ」

「あぁああぁあああああぁあ!! 黙れよクソどもが!!!」


 ブレイクの特技を発動したせいか地面に打ち付けられたメイスは深く広くクレーターを作った。

 それでも気が済まないのか何回も続けてメイスを振り下ろし続ける。HPも特技を発動できなくなるほど減ったんだろう。もう小野の気は見えない。


「遅い!遅い!遅すぎるんだよ! もう死んでんだ!手遅れだったんだ! 間に合わなかったんだよ!!」


 泣いている。能面のようにこれまで全く変わらなかった小野の表情が一変していた。


「俺みたいなクソが生き残って、何でダチが死ななきゃいけなかったんだ!」


 叫んでいる。ずっとずっと我慢していたんだろう。血を吐くように叫んでいる。


「畜生、畜生。何が化物ヒツジは鉄の剣さえあれば低レベルでも楽勝だよ。通じやしねえだろうがっ。酒代くらいじゃ気は教えられなかっただと!? ふざけるなよ!!」


 俺らが知らなかった小野の経験した理不尽が吐き出される。


「パーティの奴らも不利になった途端に見捨ててログアウトしやがって! 格上のダンジョンに行くのはお前らも賛成したことだろうが!!」


 もしかしたら俺らが辿るはずだった未来を吐き出している。


「アイツには病気の妹がいたんだぞ! 末期ガンだ! 一部の高位能力者にしか治療できない! 金がいるんだよ!!」


 俺にはない。切実な動機が語られる。


「アイツの妹に何て言えばいいんだよ。俺だ。俺なんだ。ゲーム世界にアイツを誘ったのも、ダンジョンに誘ったのも、俺なんだよ……」


 助けを求めるような声が小野の口から出る。

 ずっとそうだったのかもしれない。小野はずっと助けを求めていたのかもしれない。

 誰もが小野の熱気に圧されて口を開けなかった。ただ一人。田中を除いて。


「それでお前は今、何をしてるんだよ」

「何がだよ……?」

「親友の妹の治療費を稼がないといけないんだろ。それでお前は何をしているんだ?」

「ゴーレムを倒してるだろうが……」

「犯罪すれすれの行動でパーティから孤立して、死ぬ可能性の方が高いソロでゴーレムを倒している? もう一回、聞くぞ。何をしてるんだよ」

「うるせぇな。お前には関係ないだろうが。何をしてでも金を稼がないと……」

「何をしてでも金を稼がないといけないんだろうが! くだらないプライドの為に選り好みしてんじゃねえって言ってんだ!」


 小野の胸倉をつかんで田中が叫ぶ。こいつが怒るのを初めて見た。

 ヒーローを目指してるだけあって田中は正義感の塊のような奴だが、他人を糾弾することは少ない。自分の意見は本当に正しいのかと慎重になりすぎて身動きが出来ないタイプだ。


「辛酸を舐めてやり返してやりたい気持ちはわかる。理不尽だと周囲に喚き散らしたいのもな。でも、それで少しでも状況は良くなったか?」

「わかってたまるかよ。ちょっと事情を聞いただけのお前に。搾取されたくなきゃ搾取する側に回るしかねえんだ」

「お前を騙した冒険者はそんなに儲かってるように見えたか。酒代なんて二十ゴールドもしねえだろ」

「この世界に来たばかりの俺らにとっちゃ全財産の五分の一だろうが! もう忘れやがったか!」

「そんな昔のことは忘れたな。今じゃ二十ゴールドなんて一日の稼ぎの百分の一だ。過去に囚われて、はした金を何時までも気にしてんじゃねえ」


 気の教授をしてもらうには1万ゴールドの授業料が普通は必要になる。

 二十ゴールドの酒で教えて貰うのは無理があるが、中途半端に鉄の剣なら牧場草原で活動できると教えるのは悪意があるな。


「いいか。親友の妹が病気になって、親友が死んで悲劇の主人公になったつもりだろうが言ってやる。お前は幸運なんだよ」

「このっ!」

「まだ金を稼げば妹の方は助けられるだろうが! 普通なら絶対に無理な病気だろうと! 先達の助けまで得られるんだぞ!」


 ゲーム世界が公になって現実では様々な問題が起きた。大量の人死にが出たしプレイヤーはともかくゲーム世界には否定的な人は多い。

 でも治療不可能な病気を治せるようになったり、アイテムボックスの影響で食糧不足が緩和されたりと恩恵も大きい。


「頭を下げて、これまで迷惑をかけた人に謝って、最初からやり直すんだ」

「そんなこと今更」

「格好悪いから嫌だってか? 甘ったれてんじゃねえ!」


 考えもしていなかったのか小野の顔が歪む。田中の方法は何処までも正道だ。何とか裏をかいて稼ごうと思考が凝り固まっていた小野には思いつかなかったのか。


「どっちにしろ無理だ。元のパーティには俺の居場所はもうない。終わってんだよ」

「それはまあ、そうかもな」

「あー、今のパーティリーダーはゴブリン戦線で火炙りになった奴の友達なんだっけな」


 張り詰めた空気が緩和されて田中以外のメンバーもやっと発言できるようになった。

 ハーレム先輩が下手をしたら殺し合いになっていたかもしれないと言うほど揉めてたんだっけな。謝っても許しては貰えないだろう。


「それでも謝るんだ。事情を話して理解してもらって助けてもらう。一人じゃ目標が達成できないなら、絶対に必要なことだ」

「どうにもならなかったら、どうすりゃいいんだよ」

「その時は……」


 一瞬だけ田中は間を空けて俺達を見た。


「俺達が手伝ってやる。いいか、皆?」


 ふむ。これは俺が手伝ってやるって言おうとしたのを言い直したな。

 いざとなったら田中はパーティを抜けてでも小野を手伝おうとするかもしれないな。

 他の奴を見回すと歓迎している奴ばかりじゃない。苦渋の決断をするみたいに顔をしかめている奴もいる。

 それでも、俺達は小野がパーティに加わることに賛成した。

 いつの間にか来ていたパーティメンバー全員な。さすがにこの空気で断れないってのもあったろうな。

 だけどまあ善意が理由だったのは確かだろう。

・小野

復讐もの主人公。ちょっとヤンキー気味のアウトロー気質だが、根はそこまで悪くはない。

どん底に堕ちてからの恨み辛みで這い上がってからが本番。だったのだが、主人公として覚醒するには悲劇が足りなかった。

自業自得な部分は綺麗に忘れて周囲に責任転嫁するので問題ではないが、希望が残された状態で理解者を得てしまったのが致命的。

主人公としての運命力は低下したので以後、華々しい活躍をするのは難しいだろう。

だが彼が主人公であることに変わりはなく覚醒のチャンスは残されている。

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