第二十二話 命の尊厳
「それでゴーレム工場で何とかやっていけそうなんで鉄のメイスを買おうってとこですね」
「そうか。鉄のメイスは両手装備だから盾の装備枠が削れるから気を付けた方がいいだろうね」
「マジですか。先に言えよアイツ」
ゴーレム工場へ行った翌日。朝練のついでにハーレム先輩とこうしてたまに話す。時々、ためになるアドバイスを貰えるんでついつい現状を話すんだよな。
プレイヤーは上位プレイヤーの影響で個人情報は秘匿するのが常識なんだが、まあ初心者プレイヤーの情報なんてこの人に価値はないだろう。たぶん。
「そっちはあれからどうなんです? 俺が話を聞いてからでも十日は経過しましたが」
「内部分裂や乱闘の危険はもうないね。五日くらい牧場草原で狩りをしてたら通常運行になってくれた。ただ……」
「ただ?」
「小野君が本格的に孤立しだしたんだよ。頭の痛いことに」
伊藤がログアウトをした原因のゴブリン戦線乱入事件からずっとハーレム先輩は小野達のパーティの面倒を見ている。
正直、被害者の立場なんだから放っておけばいいのにと思うが先輩に言わせるとそれは悪手なんだとか。
ここまで関係を持っていて中途半端に放り出すと逆恨みで何をしでかすかわからないという。ハーレム先輩本人どころか女子にすら勝てない実力で大したことは出来ないとは思うが。
恨みつらみは最も嫌なタイミングで最も弱い者に向かうことが多いから気を付けた方がいいのだとか。特にプレイヤーは場合によってはどんな弱者でも化ける可能性があるという。
確かにゲーム世界にログインしてる間に家族に手を出されたりしたら防ぎようがないな。憶えておこう。
「それで、牧場草原の先輩に助けを借りることにしたんですか?」
「ん、遠野先生のことか。先生とは別のルートで知り合ったんだが小野君達の面倒を最初に見ていたみたいだし話は聞いてるよ」
以前に牧場草原で一度だけ会った目が死んでる先輩が朝練にいたから、最初は何事かと思った。
どうやらハーレム先輩が連れて来たらしい。まさか男を自分から招き入れるとは思わなかった。しかもハーレム先輩に先生と呼ばれるほどの人だったのか。
今はハーレム先輩の元で魔力操作の訓練をしてるのだとか。高レベルプレイヤーなのは間違いないんだが、ダンストは初めてログインしたらしく色々と情報が足りていないんだとか。
なるほど、小野達に教えなかったのは最初から知らなかっただけだったのか。ワザとだと思ってた。
「君達にも迷惑をかけたみたいですまないな」
いつの間にか隣に牧場草原の先輩、いや遠野先生が立っていた。
高レベルプレイヤーは実力が違いすぎて気配を捉えることが出来ない。最初からそこに居たような挙動を取ることがハーレム先輩も時々ある。
「いえ、えっと先生は何も悪くないじゃないですか。小野達の責任でしょ」
「指導した生徒が問題を起こしたらそれは教師の責任だ。などと、さすがにそこまで言う気はないが魔力操作を教えられなかったのは私の力不足なのは間違いない」
「遠野先生。お金を払えば習得できる気力操作と、限られた人間にしか知られてない魔力操作を同列に語るのは無理がありますよ」
ハーレム先輩のフォローが入ったが、魔力操作ってそこまで希少技能なのか。まあ知っていたらもっと魔法使いが増えてるだろうしな。
習得できた俺達も小野達も本当は文句を言えないくらい幸運だったんだ。高レベルプレイヤーがここまで人格者なのは稀有な例だったはずだ。
ネットに書き込まれた高レベルプレイヤーは黒魔術をバラ撒いたり、ダンジョン核を別世界で無断で養殖したりといい話を聞かない。
悪い話の方が人の口にのぼりやすいだけかもしれないが。ヒーローとヴィランの戦いはゲーム世界内でもあるのかもしれない。
「そう言ってくれるのは有り難いが……」
「彼らの為に王都の神王と会ってきたのでしょう? 僕だってそこまでは無理だ」
「物のついでに過ぎない。神とは最初から面会を求める予定だった」
ダンスト世界の意志あるダンジョン核の一つ。人間の生みの親。加護という僧侶職を与える特殊能力を持ち、システムにさえ介入できるという神様に会った?
よくもそんなことが出来たな。人間の上位存在という設定の為かダンストの神様は信者さえいるなら現実にさえ影響力を持つのは知ってるだろうに。
しかもダンスト原作と違ってこの国、トーラス王国の神様は権力を持った王でもある。普通なら門前払いをされてお終いなはずなんだけど。
「蘇生、死者の束縛こそ禁じられたが、プレイヤーの魂を現実に連れていくことは赦されたよ。あるべきものはあるべき場所へ。話のわかる良い神だった」
「なるほど。D世界の死者蘇生不可は神様の妨害が理由でしたか……」
「私もそこは神と同意見だ。道理に反する」
「ですが冒険者としては忸怩たる思いです。ダンストで用意されてたはずの蘇生魔法やアイテムが軒並み機能しないか存在しないのは納得がいかない」
D世界じゃ死者を生き返らせることが出来ないってことよりダンストの蘇生魔法やアイテムが普通に効果があるってことの方が驚きなんだが。
それって現実に持って帰れたらとんでもないことになるのでは。いや、ネットでゲーム世界内でしか効果がないって情報は上がってたか。
まあ、回復魔法が使えるのはダンストじゃ僧侶職だけだし、神様の勢力圏じゃないと無理だってことなのかな。
それか腕がもげようと時間経過で生えてくるダンストのとんでもシステムの恩恵か。こっちの方が可能性は高そう。
あらゆる傷もHPを回復することで癒すこの世界の薬草も、現実や別のゲーム世界に持って行くと滋養強壮の効果がある漢方にまで効果が落ちる。
治癒草もダンスト世界内なら他のゲーム世界で猛威を振るったというヒュドラの毒を簡単に癒すほどの絶対性をダンスト内では発揮する。
ゲーム世界ではそのゲーム世界内の設定が最も強く、他のゲーム世界に由来するものは大体は弱体化する。
まあ、上位プレイヤーや高レベルプレイヤーが凄まじい影響力を持ってるようにその法則も絶対じゃない。場合によっては強化されることもあるだろう。
じゃあ設定のない現実世界はどうだというと、これも場合によるとしか言えない。
ダンストの薬草や回復魔法が大した効果を発揮しないのに攻撃魔法はほぼゲーム世界内の威力と変わらない。
身体能力は現実じゃ相応に下がるのに特技はむしろ効果が上がってるような気がする。こんな感じで一つのゲーム内の力すら千差万別だから検証していかなくてはならない。
死者蘇生も現実で可能にするゲーム世界があるし。ちょっと目が合うだけで発狂する邪神が潜んでいるけど。
他にもダンストで黒魔術が流行ったように別世界のシステム能力をゲーム世界自体が取り込むこともあって、その場合は二重にシステム強化された黒魔術師プレイヤーが爆誕することになる。
つまり世界によって相性のいい能力やアイテムが存在するのだ。
A,B,Cで表現される同一ゲームの平行世界ですら相性が異なってくるから世界観による違いってわけでもない。
今回の話を聞くにダンストの神様のように世界内に存在する上位存在が色々と絡んでいそうだな。
現実だって強い影響力を持っているのは現実に登場する神話に出てくる神様だったりするし。まあ、その割に科学由来のアイテムや能力が魔法より強いって話も聞くが。
「君はモンスターに死を強要するのに自らの死は不当だと文句をつけるのか」
「それは世界のありようだ。誰もが望んで争ってるわけじゃない」
「そう、世界の理だ。この世だけではない。命は生まれ育ち食らい合い産み育て死んでいく。一つの大きな流れなのだ。死だけを否定するな」
「遠野先生の視野はあまりに大きすぎる。それは人間の価値観じゃない、神の視点だ」
「感情のままに行動するには私達はあまりに大きな力を持っている。流れが滞れば淀む。淀めば、よくないものを呼び込む」
「そこだけは確信を持って言える。違う。よくないものは最初から居た。先生には見えていなかっただけだ」
内容が高度すぎてもはや禅問答だな。何を言ってるんだかわからん。
まあ、少なくとも嫌がらせで小野達に情報を教えなかったとか邪推してた自分達の器の小ささが理解できたことだけは確かだ。




