第二十話 青春
帰ってきた伊藤の様子はあからさまにおかしかった。
話をしても上の空だし何かを考え込んでいてこちらを見ない。その状態がダンジョン探索にまで影響して動きが悪くなっている。
ハーレム先輩の方も一見は普通だったけど毎日やっていた朝練がなくなった。休みを取った日からだ。
しばらくしたらまた訓練をしてくれるそうなのだが不安しかない。
それとなく女子に事情を聞きたかったが、向こうも動揺していて話をしてくれなかった。時間が欲しいということだ。
「なあ、これってそういうことだと思うか?」
「先輩に限ってまさかとは思うんだが……」
「何か俺まで不安になってきた」
ぼそぼそと相談するが詳しい事情がわからないから不安を口に出す結果にしかならない。
何で当事者でもない俺達が他人の色恋沙汰でこうも翻弄されているのか。ラノベで主人公の恋模様で世界の命運が決まる類の話でモブはこういう心境なのかもな。
まあ、世界が滅ぶわけでもなし、デリケートな話だから触れないでおこうということになった。
伊藤は魔法班でも数少ない呪文保持者だから稼ぎは多少減ったが問題というほどでもない。というか、一回伊藤と話したんだが不穏すぎて追及できなかった。
「なあ、中島。もし俺がいなくなったら困るか?」
「そ、そりゃあ困るに決まってんだろ」
「そうか。そうだよな」
ああ、どうしよう。コミュ障にカウンセラー技能があるわけないだろ。いい加減にしろ。
そわそわして慌てている内に数日が過ぎて事態がやっと動いた。
ハーレム先輩が俺達の泊っている宿屋に直接やって来たのだ。パーティの全員で一室にいるんだが空気が重い。先輩も見たことない険しい顔をしているし。
「啓介。結論は出てるんだろ」
「でも先輩、俺がいないと」
「迷惑になるかもしれないって?」
俯いている伊藤に先輩の顔が更に険しくなる。やっべえ、怖い。
「ねむてーこと言ってんじゃねえぞ! ケイスケェ!!」
聞いたことのない声で怒鳴った先輩が伊藤に詰め寄って襟を掴んで無理やりに顔を上げさせる。
謝れ、何があったか知らないけど、とりあえず謝っとけ。殺されるぞ。
「お前は恥ずかしいことをやったのか! 顔も上げられないようなことをしたのか!」
「ち、ちがう」
「それなら何で胸を張らない! こいつらは事情も話せないほど信頼できないのか!」
「そうじゃない!」
伊藤も声を荒げて先輩に掴みかかった。何だ、何が起こってるんだ。
「俺じゃなくてアンタの方が幸せに出来るだろ! それだけ人の心がわかりながら、どうして何もしてやらなかったんだ!」
「本当にそう思ってるのか。啓介」
「だって、俺には、俺には一緒に帰ってやることしか出来ない」
「それが出来るんだろ、お前には。僕じゃあ逆立ちしたって出来ないことだ」
怒鳴っていたのが嘘のように優しい声で先輩は話しだした。伊藤も涙声で答えている。
ちょっと外野には感動的なことが起こってるらしいことしかわからないんで、説明をいいですかね?
まずは伊藤が魔法使いになる為にハーレムパーティの女子に教えを乞いに行ったときに時間を戻そう。
美里と弥生。この二人が伊藤に魔力操作を教えることを許可したプレイヤーだ。先輩の別ゲームシステム能力により簡単に魔力操作・気力操作を覚えた二人には重要性がわかっていなかったようだ。
俺らも指導はしてもらったがシステム能力までは使わなかったところ見ると男性プレイヤーをそこそこ警戒してたな、先輩。
伊藤が中々、技能を覚えられないのを見て焦った二人は先輩を紹介することにした。技能を教える別個の技能が必要なのではと思い至ったらしい。
初見の高レベルプレイヤーに会いに行くのはリスクがあったが、男性プレイヤーと黙って会ってるのも二人にとって危険なのではと思った伊藤は承諾した。
この時期はまだ戦闘班だけが成果を出して他はお荷物になってた。何もしないくせに解体・採取班にいちゃもんをつけた奴がいたこともあり何としても技能を習得しなければならなかった。
事情を最初から丸ごと知っていた先輩は伊藤に感心して技能を教えることにした。
こうして伊藤はハーレムパーティに足しげく通うことになったんだが、話す人間は経緯から美里と弥生がやはり多かった。
美里と弥生は現実でも仲の良い幼馴染でゲーム世界にやって来たのも二人一緒だったらしい。超常チェーンメールは同一ジャンル同一ゲーム世界なら同行者設定で同じスポーン地点にログイン出来る。
でもファンタジー世界の冒険者に美里は順応できて、弥生は順応できなかった。まあ命の危険もあるし血生臭いからな。無理もない。
それで伊藤に相談するうちに自然と仲が深まって友達以上、恋人未満のような状態になってたらしい。弥生を中心とする三角関係の出来上がりだ。
ここまでなら只の恋愛問題で済んでいたんだが、ここで出てくるのが小野達だ。
最近の俺達のパーティは突撃イノシシと幻覚狐を一日で30匹は討伐している。これは戦闘が強いだけじゃなく、生産班の高い器用による迅速な解体がなければ成立しない。
戦士ビルドしかいない小野達は幻覚狐を狩れず突撃イノシシに限定しても解体時間の関係で数を稼げない。
化物ヒツジのいる牧場草原に薄く広がっていた方が小野達には合っていたんだろう。突撃イノシシは近場に固まる必要があって釣り役もいないなら単価が低くなっただけ苦労する。
この結果に指導料を払っていた小野達は騙されたと憤慨したそうだ。俺達が稼いでいたのも知ってただろうし焦りもあったんだろう。
それで初級ダンジョン、ゴブリン戦線で活動するハーレムパーティに黙ってついて行った。
初心者冒険者には仲の良い初級冒険者パーティにゴブリン戦線に連れて行ってもらって装備を整えるという伝統がある。
ゴブリンは先輩が女子に用意した初期装備を身に纏っている。売る際はいくらか目減りするが一匹で3000ゴールドも稼げると考えたら破格なのはわかるだろう。
でも女子は初級冒険者ほどの経験がない。たとえ先輩に指導してもらって装備と呪文・特技が揃っていても未熟なのは否定できない。
だから戦闘中に隠密技能でついて来ていた小野達がゴブリンに襲い掛かって驚いたし、魔法を止めることが出来ずに小野のパーティメンバーの一人に被弾した。
幸い魔力操作を覚えていたから即死することはなかった。先輩が迅速に救助とゴブリンの排除をやったこともあり死者は一人も出ていない。
でも人間に魔法を撃った弥生には耐えられなかった。撃った、人間を撃った……と、ずっと呟いていたそうだ。
これが俺達が休日を取る一日前だ。
魔法を撃たれた小野のパーティメンバーはログアウトをした。冒険を続ける勇気が湧かなかったらしい。
それで小野達は先輩や弥生に文句を付けに来た、なんてことはなかった。むしろ槍玉に挙げられたのは小野だ。
真面な奴も中にはいたんだろう。牧場草原で安定して稼げていたのに周りを挑発して問題ばかりを起こし、無理に格上のダンジョンに来て別のパーティに無断で寄生しようとする。
そんな小野にこれまでの不満が爆発したのだ。小野もパーティの行動を決めていただけあって支持する仲間がいるからパーティが割れる事態になった。
小野のいるパーティは牧場草原のプレイヤークランに所属してるようなものだから問題が波及して酷いことになっていたらしい。
止めないと最悪、殺し合いになっていたかもしれないと先輩は言った。ここ数日の間、ずっと調停を頑張っていたらしい。お疲れ様です。
こうして先輩が小野達に忙殺されてる間、弥生のケアをしていたのが伊藤だ。
弥生は本心では帰りたがっていたが幼馴染の美里がいるから無理にゲーム世界に留まろうとしていた。
「独りぼっちになっちゃう」
これが伊藤が聞きだした弥生の本音だった。
それで伊藤が返した言葉がこうだ。
「俺が一緒にいてやる」
「いつまで?」
「ずっとだ。死ぬまで一緒にいてやるよ!」
告白だな。
狩りの時に伊藤が俺に聞いたセリフ、いなくなったら困るかはそのままの意味で、ゲーム世界からログアウトしようかと考えていたんだな。ただの弱音だと思ってた。
普通に諸々を話してくれていれば受け入れたんだが。いや困るのは困るんだが、さすがに引き止められねえよ。
ただこの時、伊藤は現実に帰ることが本当に正しいのか悩んでいたらしい。
現実での一月ちょっとがゲーム世界では十年になる。弥生と美里が離れ離れになって次に会う時に同じ関係でいられるのか。
またゲーム世界の影響で現実は物騒になっている。ここで帰って力を得られずに弥生を守れるのか。
そしてトラウマを克服させず逃げるように促す自分は本当に弥生のことを想って行動したのか。単に弱みにつけ込んで恋人になろうとしてるだけじゃないのか。
もし、早間先輩ならもっと違う道を選んでいたんじゃないのか。
これが今回の全貌で、伊藤とハーレム先輩の会話理由だ。
甘酸っぱいな、おい。こんな風にド直球に繰り広げられた恋愛模様なんて漫画でしか見たことないぞ。
「美里ちゃんも悩んでいたよ。弥生ちゃんと一緒に現実に帰るべきか」
「どうなったんですか?」
「弥生ちゃんに泣かれてた。私のために夢を諦めないでって」
「ああ、そうか。そうだな」
「何の夢なんです?」
「ヒーローになりたいんだってさ」
意外と多いなヒーローの卵。
伊藤に美里から伝言があるんだそうだ。しょうがないからアンタも弥生と一緒に守ってやるから、絶対に弥生を幸せにしなさい、だとか。
こういう場合、美里って伊藤か弥生のことが好きだよね。漫画に毒されすぎかな。
まあ、考えていたよりもずっと青春してて良かった。何かキラキラしてる。ドロドロの人間関係を想像してた俺は心が汚れてんな。
小野達とかに事前に会ってると物事の尺度をそっちに引き寄せられるけど、あいつらは普通じゃないからな。
「それで伊藤はログアウトするって結論でいいんだよな?」
「ああ。俺は俺に出来る精一杯でやっていこうと思う。お前らには迷惑をかけてしまうが」
「いやいや、伊藤が魔力操作の技能を習得して来なかったら今頃どうなってたか」
「まだ大ネズミのところで武器を買うために貯金してたんじゃないか」
「そうすると生産活動も碌に出来ないから戦闘班だけが苦労して他はお荷物状態か」
「解体スピードで報酬が跳ね上がるから解体班は必要不可欠だぞ」
「薬草がないと戦闘続行できないから採取班もだぞ」
「牧場草原で制限された数のモンスター狩るんじゃなきゃ普通は切り捨てないよな」
「いきなり牧場草原に行った小野達がどう考えてもおかしいんだよな」
「あいつらも最初は大ネズミを頑張って倒していたらしいぞ」
「どうして牧場草原に行ったんだ?」
「戦わないで分け前だけを要求する奴がいたから報酬が足りなくなったとか」
「ああ、つまり真面な生産職と駄々をこねる無駄飯ぐらいを混同したのか」
皆、安心したのかガヤガヤと騒がしくなる。
まあ小野達以外にも牧場草原で狩をしてたプレイヤーは多かったから、戦士ビルドと他ビルドのプレイヤーが上手く行くのは難しいんだろう。
ゲーム世界に来てまで他人に合わせてお行儀よく出来る奴ばかりじゃない。単に同じ宿だってだけの関係だからな。パーティはいくらでもあるし。
所持金も少なくてその日暮らしの上に、十年も寿命を代償にしてるからな。イライラもする。
「あ、伊藤。これ現実での俺のスマホ番号」
「佐渡。いいのかログアウトするのに」
「これで二度と会わなくなるってのも何か寂しいだろ。まだ一月も経ってないんだけどな」
「アイテムボックスに入れたら現実にここで書き込んだ紙も持ち込めるのか。気付かなかった。俺のも持って行け」
「俺も俺も」
「待て待て、ちゃんと名前は書いたか? スタックされて誰のかわかんなくなるぞ」
「この際だから、全員で交換しとかねえ?」
「アイテムボックスの枠が少なくなるぞ」
「いや、リュックに別のと纏めとけよ」
「これから十年後に会いに行くのか。同窓会みたいになりそう」
「それまで生きていたらな」
「不謹慎なことを言うな」
「ハーレム先輩も交換しません?」
「いいけど、せめて名前で呼んでくれるかな?」
「ハヤマ、ハヤマ先輩だから名前」
「しまった。いつもハーレム先輩と呼んでるから」
「聞き捨てならないんだが……」
「気にしないで下さい。ちょっとしたやっかみです」
「ハーレムは何だかんだ言って男の夢だからなぁ」
まあ、めでたしめでたしで締めていいんじゃないかな。
・伊藤啓介
ギャルゲーもの主人公。初対面にも関わらず二人の女子とすぐさま打ち解けられるコミュニケーション能力を持つ。本来なら複数の女性にフラグを立てる運命力を誇るが時間が足りなかった。
・美里
ギャルゲーにおけるツンデレヒロインのように見えるが実態は少女漫画主人公。
弥生に恋愛感情にも似た深い友情を抱いていて内心は複雑。
伊藤と恋人になる可能性もあったが、その場合はシリーズ化するほどの長期間のラブコメが始まる。
・弥生
ギャルゲーヒロインにして少女漫画の親友枠。
子犬めいた典型的なかわいい系のヒロインだが、中途半端にフォローされたまま放置をされるとヤンデレになる可能性があった。
ハーレム先輩がいる限りその未来は阻止されるので、ヤンデレ弥生ちゃんが見たいならハーレム先輩が長期不在である必要がある。




