第十八話 ハーレム先輩
「MPを節約しながら戦うから幻覚狐は精神的にキツイ」
「薬草みたいにMPもお手軽に回復出来ればいいのに」
「たしか薬草と治癒草を混ぜ合わせて魔力回復ポーションにするから500ゴールドもするんだっけ」
「そのオリジナル性はいらんかった」
「魔法使いは貴族ばっかだから気にしないんだよな値段なんて」
「でも値段を気にしないから呪文書を格安で販売してくれてるわけで」
「買う人間が少ないから余るだけだろ」
「値段なんて気にしないから武人貴族が秘伝書を買い漁るんだよな」
「最後に実験で治癒草を食いながら魔法を受けてみるってのはどうなったんだ?」
「幻覚で治癒草を飲み込めてないって錯覚させられたらしい。気が付いたら舌を噛み切ってて口の中は血だらけ」
「うっげ、マジか」
「大丈夫なのか、そいつ」
「回復ポーションを、ああ体力回復の方ね。ぶっかけといたから平気」
「念のために用意しておいて良かったな。薬草も食えないだろ、それ」
「でも効果がなかったのは何でだ?」
「幻覚狐の魔法は継続魔法だ。一度、回復しても次の瞬間には幻の中」
「質が悪い……」
「治癒草があっても無意味っぽいな。しかも幻覚は本人が自発的に治そうとするのも難しいか」
「これは状態異常回復ポーションが必要だな」
「でも300ゴールドもするんだぞ。全員分を揃えるのは厳しい」
「4,5本買って幻覚に掛からないよう用心するしかないな。アイテムボックスのおかげで使わなきゃ増やしていける」
「稼いでも稼いでも金が足りない」
「それは準備を入念にしてるからだな。そのおかげで今日も生きてる」
「まあ、暮らすだけなら大ネズミを倒せばいいだけだしな」
「嫌だよ。あいつらの顔はもう見たくない」
「十レベルになっても大ネズミを退治するとか笑われるしな。鬱陶しい」
「特に同期の奴ら。ネズミ野郎と言った口で次に会ったら情報を教えろだぜ? 何様だよ」
「俺らはお前らの親でも教師でもないんだっつの」
「牧場草原の先輩、よく辛抱してたなホント。目が死んでたけど元気にしてるだろうか」
「町にいないって言ってたよな。もしかして……」
「さすがに自殺まではしないだろ。高レベルプレイヤーって複数のゲーム世界を渡り歩いた超人モドキなんだぞ?」
「寿命を克服できなかった人でもあるんだよな。挫折して癒しが欲しいって時にあいつらの相手をしたのか」
「後輩に指導するのって優しいとか尊敬されて心の充足を得るためだもんな」
「待て待て。まだ牧場草原の先輩の寿命がそこまで削れてるとは限らないだろ。ドラマに影響されすぎだよ」
「テレビって小さなことを何処までも盛っていくからな」
「中二病芸人が最初、凶悪な異次元からの犯罪者扱いされてたの、今になってみると笑いしか出ない」
「あいつってゲーム世界に行って一月もしないでログアウトして以降、ログインしてないライト層だものな」
「俺達だって半月くらいしか経ってないのを考えるとダンストでの職業持ちくらいまでは行ってるのか」
「うっそ、もっと弱いと思ってた。すげー雑魚ムーブするじゃん」
「大物ぶって登場して次の瞬間にやられるの、もうお約束みたいなもんだから」
「最初にガチのヴィランにそれをやって、最終的に仲良くなるのどういうコミュ能力だって話だよな」
「中二病芸人、一応はヒーロー組合に所属してるからな」
「知ってる奴はファンだけだぞ」
「ち、ちげぇよ。別にファンとか」
「何故か中二病芸人のファンって恥ずかしがって名乗り出ないよな」
「だって噂されたら恥ずかしいし」
「ファンなのに恥ずかしいのか」
「お前だってAV女優のファンとか世間に言えないだろ」
「なんか違くね!?」
幻影庭園を出て、ようやく普通に話せるようになって一気に騒がしくなった。
やっぱりピリピリと緊張感で満ちてると焦燥感とストレスが凄いものな。やっと日常に戻ってきたってのを会話で確認してるんだろう、無意識に。
「啓介、やっと見つけた!」
俺達と同年代くらいの女子が叫びながら近づいてくる。纏っている装備は高価そうで初心者ダンジョンでは見たこともないような装備だ。
黒髪の明らかに日本人とわかるモンゴロイド、黄色人種だ。二人組で全く同じ装備を着ている。こっちに声をかけてくるということは憶えてないがハーレムパーティの人かな。
それを裏付けるように伊藤が前に出る。啓介って伊藤のことなのか。
「美里と弥生か。そんなに慌ててどうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたもないっ! アンタ詐欺をやったんですって!?」
「ハァ!? え、ちょ。全く身に覚えがないぞ!」
「やっぱりケイスケ君が犯罪をやったなんて思えないよ」
「弥生は黙ってて。万が一、本当にやったなら先輩を紹介したアタシ達も巻き込まれるんだから」
詐欺の一言で急に雲行きが怪しくなってきた。相手は俺達よりも装備が高性能でレベルも高いだろう二人組だ。この場で無理やり連行されても抗えないぞ。
ダンストで普通の取り調べを受けられると思わない方がいい。権力で判決が変わるから、どっちが貴族に庇護を得られるかの勝負になる。
「アタシ達の、ううん。早間先輩の知識を利用してダンジョンで活躍した。ここまではいい?」
「ああ。そうだよな?」
「おう」
「早間先輩ってハーレム先輩のこと?」
「しっ黙れ」
伊藤が不安そうな顔でこっちを見てくるから肯定する。ハーレム先輩は早間って名前ね。
「アンタらね……。まあ、今はいいわ。それで同期のパーティに知識を教えて貰うようにお願いされた」
「あいつらか」
「お願い?」
「既に不満そうなのが気になるけど進むわよ。アンタ達は2千ゴールドを払うなら教えてもいいと返答した」
「すっげー引っ掛かるんだけど」
「まあ、大筋は間違っちゃいない」
「同期のパーティは2千ゴールドを支払った」
「ダウト」
「ふざけんなよ、あいつら」
「そっちの言い分はわかったけど、一応は最後まで行くわよ。アンタ達は金を受け取っても何も教えず、指導してくれた早間先輩の名前を出してたらい回しにした」
「ガチでキレそう」
「これは戦争ものでは?」
「落ち着け。つーか、あいつら何で早間先輩に指導してもらったことを知ってるんだ?」
「え、啓介が名前を出したんじゃないの?」
「そんな不義理なこと出来るかよ」
「やっぱりケイスケ君は悪くないよ。あの人達、責任を取れってハヤマ先輩に詰め寄ってたけど、ずっと前から悪口を言いながら私たちの事を付け回していたもの」
「嘘、本当に?」
「ミサトちゃん鈍いよ。女の子なんだからストーカーとかには気を付けないと」
話が通じない宇宙人みたいな奴らだと思ってたけど嘘を吐いて冤罪まで被せてきたか。
それも高レベルプレイヤーの先輩まで巻き込む形で。牧場草原の先輩と付き合いがあったから甘く見てるんだろうけど、誰もが気弱と思えるほど優しくはないんだぞ。
「とにかく早間先輩に弁解をしないと」
「そうね。むしろ先輩が詐欺にあってるような感じみたいだし」
「その必要はないよ」
声がするとすぐ隣に金髪の男が立っていた。日本人の顔と金髪碧眼の西洋人の特徴が奇妙に融和していて違和感がない。
自然体なのに研ぎ澄まされた気配がただ者ではないとわかる。装備は女子と同じもので高価だけれど、この人物に比べれば貧相に過ぎる。
周囲の全てを引き付けるような男。この男があの、ハーレム先輩か。
「早間先輩あの、ご迷惑をお掛けして」
「啓介が悪いわけじゃないことくらい直ぐに分かったから大丈夫。そろそろ暗くなってきたのに外に飛び出した娘を迎えに来ただけだから」
「あ、ごめんなさい」
「すみません」
「いいさ。気が動転するのもわかる。同じプレイヤー、同じ人間の悪意にはまだ慣れてないだろうしね」
どうやらハーレム先輩にはどっちが嘘を吐いたか含めて事情がおおよそわかっているらしい。余裕の態度だ。
「あの、どうして同期が嘘を吐いてると思ったんです?」
「中島君か。大したことじゃない、ちょっと目がいいだけさ」
笑ってウィンクするハーレム先輩。あの、男にやられても。
しかし目がいいか。魔眼でも持ってるのかな。初見で俺の名前も既に知っているということはステータスも見られている?
「でも売り言葉に買い言葉とはいえ、指導者の許可もなく情報を売りつけようとしたことは褒められたことじゃないね」
「すみません。ついカッとなって」
「俺も止めませんでした。すいません」
「うーん、ここは今回の情報料2千ゴールドを僕に払うことで罰としようか。啓介も無償で指導を受けてることが居心地悪いようだし」
本当に見てきたように語るなこの人。しかも誰が言ったかまでちゃんと把握してる。
そうだよな、高レベルの先輩プレイヤーって常人じゃないよな。牧場草原の先輩は交渉に役立つゲームシステムを全く取り込まなかったんだろう、不運な人だ。
「小野君達にも魔力操作の訓練を施すから喧嘩しないようにね」
「え、マジで」
「早間先輩それはちょっと」
「なに、本人達が言うように2千ゴールドの情報料をしっかり貰うから大丈夫。指導した全員からね」
なるほど。罰としてこっちのパーティは伊藤一人分の金額を、嘘を吐いて陥れようとした小野達はパーティ全員から巻き上げる気か。
「家にまで突撃してきたのは五人だけだったから彼らも1万ゴールドで技能を覚えられる。不満そうだったけど普通に教えを乞う場合の最低額なんだけどね、これ」
「アタシ達も払った方がいいかしら……」
「うん、初期装備まで用意してもらってダンジョン報酬も分けてないですし」
「君らは先に強くなって僕を安心させてくれ。わからないだろうけど女性は中世をリアルに表現しようとしたダンストじゃ本当に危ないんだ」
たしか財産権と相続権が女性にはないんだっけ。つまり襲って武器や金を奪っても違法ではないし、親や夫がいないならダンジョンを自由に探索することも出来ない。
女は男の所有物という男尊女卑が最大の時代を参考にした世界観。ローマとか例外はたくさんあるんだがゲームだし極端に表現するものな。
ダンストのゲーム本編じゃ娼館のスパイ組織や暗殺一家の子供とか女性だけで活躍するのは少数例だった。後はだいたいハーレムメンバーだ。
「え、マジでか。ダンストって初心者推奨ゲーム世界じゃなかったか?」
「普通の状態では但し書きで男性限定と注意されてる。D世界は貴族プレイヤーが取り締まってるから危険はないはずだけど」
「法律上はね。差別感情は簡単に消えてなくならない。現代日本とは比べ物にならない数の暴漢が出現するぞ、夜歩きなんて論外だ」
「ごめんなさい」
「悪かったわね。ちょっと動揺しちゃって」
一種のキャバクラだと思ってたけどハーレムパーティは想像以上に真面なチームだな。ちょっと驚いた。
こっちの心の声が聞こえたのかハーレム先輩が苦笑を浮かべてこちらを見る。読心の力まであるんだろうか。
「あー、ハーレムなんて言われて揶揄されるのには慣れてる。気にするな」
「アタシは少なくとも違うからね!?」
「私も。でもハヤマ先輩に本気の娘もいるのはわかってあげて下さい」
「それもわかっている。ただ僕には既に付き合っている娘が複数いる。最低だと思うかもしれないがハーレムにする以外に思いは受け止められない」
「何で二股三股されるのがわかってて好きになるのかしらね」
「私はちょっとわかる気がする。命がけで戦ってると心細いもの」
早間先輩ってファンタジーだからカッコイイ英雄に見えるけど、実態はホストなのでは。
いかんいかん、この人がいなかったら俺らのパーティは行き詰まってただろうし、冤罪で牢屋にぶち込まれたかもしれないんだ。
恩人に考えることじゃない。そもそも最初からハーレムなのはわかってた。株も今更、下がらん。
「それじゃ僕達は帰るけど君達も気を付けて。暴漢が襲うのは女性だけじゃないから」
「集団で安心してるだろうけど、初心者冒険者なんて集まっても蹴散らされるだけだから気を付けなさいよ!」
「ケイスケ君、また今度ね」
「おう。二人ともサンキューな」
「早間先輩、ありがとうございました!」
「「したー!」」
一斉に頭を下げて早間先輩達を見送る。なんていうかラノベに出てくる主人公のような人だったな。
俺達は舎弟のモブか、被害者位置の後輩ってとこか。まあモブなのはわかってた。ラノベで普通、ハーレムを率いた先輩なんて出てこないもの。
宿屋に帰ったら皆の共通費用から伊藤に2千ゴールドを渡しとかないとな。後、要らないことを言って変な言質を取らせたことも謝らないと。
俺って交渉が苦手っていうより、やっぱコミュ能力が低いわ。次から別の奴に対応してもらおう。今回みたいなのはもう勘弁。




