第十七話 幻影庭園
昼休憩を取った後は幻覚狐のいる初心者ダンジョン幻影庭園だ。ここでは状態異常を治せる治癒草も手に入るから採取も行う。
ただ必要な知識パラメータが高いのか魔法班くらいしか見つけられないので場所を指示してもらって戦闘班が採取していく。
幻覚狐は近接能力がない代わりに魔法能力が高いので戦闘班の天敵なのだ。他に冒険者があまりいないせいか頻繁に襲ってくるのもあってMPが枯渇する。
ここでは発見した幻覚狐は魔法班が魔力操作で防御しながら近接戦闘を行うか、盗賊プレイヤーが高い器用を生かして隠密攻撃で暗殺する。
戦闘班は囮兼いざという時のアタッカーだな。ここではMPがないのは命がないのと同じだからダンジョン外に休憩に出て人員交代もしなければならない。
幻覚狐は周囲に漂わせた魔法の霧を纏っているだけでなく生態的に全くの無音で動くので、隠密技能を持ってないはずなのに発見するのがやたら難しい。
気が付けば包囲されていて慌てて剣を抜いて切りかかったら味方を切っていたというのが幻影庭園ではよく起こるそうだ。
魔力感知の技能がなければ幻覚狐が出してる魔法の霧すら見えないそうだから目印が全くない。恐ろしいところだ。
「東2、南3、北2」
「隠密場所と離れてる。念のため準備」
「了解」
ボソボソっと小声で声を交わしあって該当場所を確認していく。確かにいる。霧が漂ってるのが見える。
皆、突撃イノシシとは全く違った雰囲気で静かに動いている。ここでは大ネズミほどではないが大声を出すとモンスターがなだれ込んでくる。
こうして静かに採取をしていても周囲の幻覚狐が気付いて包囲をしているのだ。朝とは別種の緊張感がある。
「っ!」
魔法班が東と北に向かって行ったのを隙と見たのだろう南の幻覚狐が静かに、しかし結構な速度で向かってきていたのを隠密場所から移動した盗賊プレイヤーが急襲した。
鉄の剣が一匹の幻覚狐に突き刺さる。でも幻覚狐は声一つ零さない。死ぬ時ですら静かに眠るように死ぬのが幻覚狐だ。
南の残り二匹の幻覚狐の身体からそれまでとは比較にならない量の霧が吹き出る。予兆は全くない。魔力感知がないと魔法をいつ使用したかすら判断できないだろう。
MPを減らさない為に盗賊プレイヤーが無理をせずこちら側に逃げてくる。戦闘班も静かに南側に近寄って行く。
それを見て近寄って来ていた幻覚狐の足が止まる。こっちも途中で近寄るのを止めて睨み合う。
しばらく対峙をしていると東と北の幻覚狐を退治したのだろう魔法班が近寄ってくる足音がして来た。それを聞いた幻覚狐は鳴き声一つ出さないで近くの草むらに撤退していく。
何処までもクレバーだ。これも完全に逃げたわけではなくこっちが感知できない程度の距離で監視をする為に過ぎない。
「南2、生存」
「東、掃討」
「北、掃討」
「一匹を解体して誘き寄せる」
「了解、他の方位の監視も厳重に」
「おう」
まるで詰将棋だな。何処から幻覚狐がやって来るかを推測しながらこちら側の強力な駒で取り、他の駒で足止めをする。
幻覚狐もこっちを監視しながら、どの駒が危険かどの駒が獲物か判断して隙をうかがっている。
周囲を監視するのと平行してMP残量に注意してメンバーを入れ換えながら長時間、同じ場所に居続けなければならない。
一瞬の判断が必要な突撃イノシシと長期的な判断が重要な幻覚狐。
まあ、そりゃ多くの冒険者で、はぐれる羊を待ってればいい化物ヒツジに冒険者がなだれ込むのもわかる。だって、しんどいもの。
気力操作じゃなくて魔力操作が冒険者のスタンダードになっても初心者ダンジョンの様子は変わらないんじゃないかな。




