第十六話 猪突荒野
「B地点に三匹!」
「こっちはC地点に二匹だ!」
「待った、対象外のイノシシがこっちに来てるぞ!」
「A地点からは遠い!C地点、頼む!」
「だー、誘き寄せすぎだつーの!」
「魔法班が対処する!C地点はそのまま当たれ!」
「死ぬぞ馬鹿!」
「生産班、使い捨ての魔法スクロールで援護!」
「だあらっしゃー!食らえ500ゴールドキャノン!」
「虎の子のファイアーボールで足止めか勿体ねえ」
「HP15に突撃イノシシを突っ込ませるくらいなら金で壁張った方がいいだろ」
「たかがイノシシ一匹分だ。パーティメンバーが死ぬよりは何倍もいい」
「ま、確かにそうか」
入口でトラブルがあったが猪突荒野に入ってからは特に問題なく突撃イノシシを狩れている。
基本的に突撃イノシシは戦闘班が規定のポイントに分かれて隠密で待ち、足の速い盗賊ビルドが遠距離から投石で注意を引き付けて不意打ちで倒すという戦法を取っている。
隠密状態でも声を出すと気付かれるから本当は声を出しちゃいけないんだが戦闘中は気が立ってつい声を張り上げてしまう。
まあ突撃イノシシは方向転換が苦手だから気付かれても突撃進路にいなければ十分に対処可能だ。もう隠密で不意打ちは皆、忘れているな。
魔法班――もう志望職が面倒くさくてこう呼ぶ――も鉄の剣を持ってるから攻撃は通じるんだがHPが怖すぎて生産班と一緒に待機している。
さっきから声を上げて早期発見と指示を出しているのが基本的に魔法班だ。戦闘班同士で連絡も取るから分かり辛いけど。
「プキィー!」
「グゴッブグ」
奇妙に甲高い声と低くて籠った声が交互に響く。イノシシって思ったよりも静かなんだよな。
動きも思ったよりは遅く釣り役の盗賊プレイヤーは簡単に逃げてるんだが、近くに寄ってきた後の突進がヤバい。
あれは一角兎が逃げる時にだけ発揮する脱兎と同じ条件付き特技だ。人間で言うなら火事場の馬鹿力。
ゲームでも特技に分類されてるだけはあり早く力強く、今の俺達が盾で受け止めてもノックバック性能があるのか容易く吹き飛ばされる。
しかも複数の群れが次々に突進特技を使用してくるから纏まって固まってると一網打尽にされる。
だからこんな風に群れを釣り出して少数単位にバラバラにして各個撃破していくしかない。幸い特技の発動前はわかりやすく硬直時間がある。伊藤が言うにはその間だけ、赤い光を纏うらしい。
護衛技能の応用で闘牛士のように盾で軌道を調整してやると簡単に突進してくれる。こんな風に。
「ピュキィ」
盾を前面に構えるとちょうど、ど真ん中を通っていくから最初から身体から斜線になるように盾を構える。
突撃イノシシが突進する為に硬直する瞬間、足を動かして位置を調整する。一,二と口で数えてタイミングを計るとジャストでこっちに飛び込んでくるから同時に盾を後ろに引き戻す。
突撃イノシシと盾がぶつかった勢いを利用して弧を描くようにくるりと回転する。その際、抜き身で構えていた逆側の手に握った鉄の剣を遠心力を利用してイノシシの首に持っていく。
後は実際に切る瞬間だけ魔力を剣に流し突撃イノシシの頑丈な身体を無意味なものとする。
これだけ出来れば一撃で突撃イノシシは殺せる。
自分でも何を言ってるんだと思うが、壱の戦士による職業補正か実際に出来てしまう。仲間もやってるし平均的な技量なんだろう。
それに現在の戦闘班は一回くらいぶっ飛ばされたって痛いで終わる。急いで避難をすれば危険もない。
念のために一人で相対せず三人くらいは一つの地点にいるから曲芸染みた真似もせず大きく飛びのいてすれ違いざまに攻撃していけば数回で倒せるしな。
今回、無理をしたのは想定外のイノシシがパーティに突っ込んできたからだ。魔法スクロールも使ってるし無事だとは思うが、念のために早めに片付けておこう。
「B地点、一匹打倒!」
「C地点、同じく!」
「こっちもだ!C地点掃討!」
「B地点、打倒!」
「B地点、瀕死!すまん抜けた!」
一匹だけ突撃イノシシが生き残ったので急いで追いかける。突撃イノシシは死ぬまで走り続けるから下手をすると生産班が襲われたりするんだ。
念のために昨日の報酬でファイアーボールなど各種魔法スクロールを全員の共通予算から購入している。一つ500ゴールドと高いが頭割りにすると25ゴールド稼ぎが減るだけだしな。
今後はパーティ予算として予め確保していく予定だ。金銭問題でもめるのが嫌でわざとそういう物を作らなかったが、さすがに個人で買わせるには高すぎる。
金を惜しんで死者を出す方が馬鹿らしい。生産班も魔法班も盗賊役も数が足りてないんだ。一人で何役も兼任してもらってやっと回ってるのが現状だ。
「っし、B地点掃討!」
突撃イノシシに追い付いて首を跳ね飛ばす。一角兎の脱兎と違って突進は攻撃に重点を置いてるので効果時間が短い。俺の素早さでも十分に追いつける。
想定外のイノシシに対峙した魔法班の様子を見てみると既に一匹は倒したようで地面に崩れている。残り二匹を盗賊役が必死に戦闘班の方向へ誘導しようとしてるな。
あ、片方を魔法スクロール込みで魔法班が倒した。残りもC地点の戦闘班が近くまで駆け付けてるから何とかなるだろう。
「ふぅ終わったか。しっかしこれレベル上がってもいいだろ」
相手の攻撃はさほど効かず、こっちの攻撃は一撃で殺せるとはいっても別に討伐が楽なわけじゃないんだよな。
まあ、本来は乱獲できるようなモンスターじゃないと考えると十分すぎるほど楽に狩れてるんだろうが。




