第十四話 歴史改変
今日一日はダンストにやって来て初めての休日だ。やっと休める程度には稼げるようになったと言ってもいい。
部屋も雑魚寝の20ゴールドから四人部屋ベッド付の50ゴールドに変更した。ちょっとした寮生活みたいなもんだな。
ルームメイトは魔法職志望の伊藤、戦闘班の岩田・田中だな。岩田は戦闘でよく組んで大ネズミを倒してた奴で田中は現実でヒーローを目指してる奴だ。
昨夜は久しぶりに風呂に入ってぐっすりと寝た。公衆浴場に行くだけで50ゴールドもするが、井戸水で身体を洗うだけはやはり厳しい。
毎回、返り血で真っ赤になるまで狩りをしてたんだ。血の匂いが身体にしみついて取れないような気がする。参る奴は参るだろうな。
幸いログアウトをした人間は俺達のパーティでは一人だけだ。それから残った二十人に脱落者はいない。
十年も寿命を縮めて簡単に諦める方が変だと思うんだが、世間的には俺達の方が異常なんだろう。現実でクラスメイトを見回したら何人かは脱落者が見つかる。
まあウルフの件を今思い返したら、随分と危ない橋を渡ったとは思うんだが。
「なあ中島は剣術道場を探しに行かねえの?」
「うーん、熟練度稼ぎにはなるかもしれないけど、俺はいいや。このゲームで流派があるとも聞かないし」
「秘匿情報かもしれないのに」
「そん時は教えてくれ」
「へーい」
岩田に道場探しを誘われたが断る。ダンジョンを休みの日にまで修練をしようとする岩田はリアル格闘技経験者だ。とにかく強くなりたいらしい。
最初に声をかけてきた時もウルフを倒した俺に興味を持ったからのようだ。すまんな只のゲームオタクで。
「俺も参加していいか?」
「お、さすがヒーロー。話がわかる」
「やめてくれ。まだ何の結果も出しちゃいない」
岩田と一緒に田中も道場探しに行くらしい。ヒーローなんてゲームシステムを取り込んで組合に書類を出すだけで名乗れるのに律儀な奴だ。
政府と協力体制を築いているとはいえヒーロー組合なんてプレイヤーが始めたボランティア活動が大元だ。下手したら只の民間人が名乗ることすらある。
日本では災害が起きるたびに全国からボランティアが集まって自腹で活動をしたり、寄付金を払うことがよくあった。
もしかしたらヒーロー願望は口に出さないだけで結構な人間が心の中にくすぶらせていたのかもしれない。ゲーム世界はそれを表面化させただけで。
もっともゲーム世界が広まってから、これまでとは比較にならない残虐な事件も多い。
半分は元から心の中にあった願望なんだろう。ヴィラン願望とでも呼ぶべきか。他人を苦しめたいという人間はやはりいるものだ。
これまでは圧倒的に政府、警察の方が強かった。民間人じゃ太刀打ち出来ずヤクザも日陰者に過ぎない。息を潜める以外に選択肢はなかった。
それがプレイヤー以外には止められないような世界に移り変わった。力こそが正義というか。野心を煽るには十分すぎる。
それにゲーム世界の中には業を深めるほど強力なプレイヤーになれるシステムもある。レベルシステムも殺害が基本にあるシステムだし。
現実でゲームシステムに従っても能力は上がらないが、ゲーム世界から持ってきた能力は使える。
ダンストの一世界を地獄に変えた黒魔術。悪魔に生贄を捧げる外法。あれはシステムではなくて設定された能力に過ぎない。
ステータス上は何一つ変わらなくてもマスクデータでもあるのか確実に生贄を捧げることでプレイヤーは強力になっていく。
特に影響力の強い現実世界で生贄を捧げると効果的なんだそうだ。
ゲーム世界はどうということはない小悪党を世紀の犯罪者に、ちょっとした善人を歴史に残る偉人に変える。
すでに金さえあれば寿命を延ばす薬も現実で手に入る。現実世界を舞台にしたプレイヤーの激突は止めることは出来ないだろう。
「伊藤は今日も気力操作を習いに行くのか?」
「そのつもりだよ。何なら一緒に来るか?」
「やめとく。女子ばかりの集まりってだけでも気後れするのに、他人のハーレムとかどう対応すればいいのかわからん」
「別に普通なんだけどな。学校のクラスメイトに話しかけるようなもんだぞ」
「クラスメイトの女子に話しかけるのが、まずハードル高い」
確かにと笑って伊藤も部屋を出ていく。むしろクラスメイトの方が話しかける必要性がないから難しいまである。
部活や行事で必要があって話しかけるのと個人的に話すのは違うのだ。こいつ、さては気があるなと他のクラスメイトの注目まで浴びるという罰ゲーム状態になりかねない。
ここで委縮するかしないかがリア充とコミュ障の境目を分ける。まあ、無理に話しかけても会話が苦痛な自分は最初からコミュ障に分類されるが。
さて漫画もアニメもゲームも小説もないファンタジー世界でどうやって暇を潰そうか。
次からはアイテムボックスで持ち運び出来るから限界まで持っていこう。本くらいなら一枠でストック出来るだろう。
しかしこのアイテムボックスは性能がいいのか悪いのかわからんな。変に分類されるかと思えば、モンスター素材としてバラバラにした部位も纏めてスタックしたりする。
牙や爪が分けて分類されるのに骨と肉は一緒とか、どういう基準だろう。モツとロースは一緒なのにハツだけは別換算だ。
食用と装備に活用できる重要部位という分類だろうか。でも骨だって武器として十分に使用可能だ。金属武器より強い骨すらある。
元のゲーム由来と考えるには個人毎の差すらあった。もはや悩むだけ無駄か。
そういえばゲームシステムによってはアイテムボックスから武器を発射して串刺しにしたりも出来るらしい。
ダンストでは空間の歪みを作り出して自分の手で内部に収納しなくてはならない。入れる時はちょっと面倒だ。ああ、空間の歪みを防御に使うことも出来ないな。
ただ出すときは身近に空間の歪みを作り出して目録を見るまでもなくスムーズに出せる。直感的に内部のアイテムがわかるから武器の換装とかには役に立つ。
大きさや重さも自分で持ち上げられるなら自由だ。内部にアイテムが入ってることの弊害も全くない。
ダンストのアイテムボックスが習得を推奨されてるのはこの点があるからだろう。単純なシステム由来だから能力設定による弱点がない。
下手に空間魔法だとか何かに由来する異能だとか設定が付いてると時間が停止してるくらいじゃ封印できないアイテムがある。
クトゥルフ神話とかSCPに由来するアイテムとかな。
生物ではなくアイテムである以上アイテムボックスは問答無用で保管、維持する。これは危険物を完全に封印することと相違ない。
ただプレイヤーが死ぬとアイテムがどうなるかは不明だ。ただのシステム由来だから設定がなく、どうなってるか全くわからない。
完全になくなるんならプレイヤーの命と引き換えに危険物を闇に葬ったりも出来るが人道にもとることもあり禁止されている。
ログイン・ログアウト時に身に着けていた衣服と同じ謎だな。あれもその世界に現れる時に普通に身に着けているが詳細はわかってない。
再ログインの際に前回の衣服と全く同じものが現れるから消失するわけでもないんだが、何処に行っていたんだろうか。
これを深く考えるとゲーム世界毎に違う自分がコピーされているとか、怖い話になってくるので止めよう。別に知らなくていいことだ。
「周りが勤勉に鍛えてるとだらけて休むのに罪悪感があるな」
俺達のパーティでも特にあの三人が特殊なだけなんだが。ぶっ通しで半月以上ダンジョンで殺し合いを続けて休みもしないとか異常だぞ。
まあ、一日のほとんどを狩りに使うようになったのはさすがに最近だ。アイテムボックスもなかったし、最初は一時間くらいもなかった気がする。
それだけ猛烈な勢いで大ネズミが襲い掛かって来てたということでもあるが。
レベルが低いのが奴らにもわかっていたのか、数分の空き時間すらなくて狩ったら逃げるように撤退していたっけな。
懐かしい。たった半月くらいなのに随分と変わった気がする。
十レベルになれずにアイテムボックスを習得できなかったとネットでは結構な人間が嘆いていたから、もっと時間がかかると思っていたがあっという間だったな。
時間よりも命の危機を感じる頻度が高かった印象がある。何処かで一歩足を踏み外していたら同じようにネットに泣き言を書き込んでいたかもしれない。
「いや、現実に戻って後悔できるだけ幸運なんだ」
少なくともプレイヤーの何人かはこの世界に来て死んだのを知っている。家族は帰ってこないプレイヤーをずっと待ってるのだろうか。
ゲーム世界の悪質なところは時間の圧縮率にある。遺体も見てないのにもう手遅れだと言われても理解できないだろう。だってゲーム世界なんてもの半年前はなかったのだ。
それなのに現実世界はもう信じられないほどの影響を受けている。
ゲームが現実になって嬉しい反面、時々すごく怖くなる。本当にこのままで大丈夫なのか。何か途方もない間違いをおかしてるんじゃないのか。
「やめやめ。ステータスを見てニヤニヤしてる方が俺らしい」
残念ながら前回とレベルは変わってないから特に見るとこもないが。
強いモンスターを相手にしたはずだが、たぶん簡単すぎたんだろうな。弱点を突くのはいいが経験値は低くなるという弊害がある。
それでも強力なモンスターは経験値が最低までダウンした下限経験値自体が高いはずだが、相手は初心者ダンジョンのモンスターに過ぎないからな結局。
ついでに言うと上限経験値という不利な状態でも上昇する経験値には天井があるので素直に強いモンスターに挑む方が建設的だ。
よくもまあそんなあやふやなものを検証しようとしたもんだ。まあ、この情報はゲーム時代からあったから比較的に検証するのは楽な部類だが。
ああ、ダンストシステムに由来するから別ゲームではまたシステムが違う。
上位プレイヤーが情報訂正を嫌がるのもわかるな。こんなに細かいことを根掘り葉掘り何時までも問われ続ければ嫌気が差すだろう。
ゲームシステムの検証勢はもう現実での物理法則を解き明かす学者みたいなもんだ。人生をかけてやるから相手をするとそれ以外には何も出来なくなる。
半年はゲーム時間で五十年だから五つのゲームシステムを経由する間に寿命を克服するほどの大冒険をした上位プレイヤーが相手をするわけがない。
ん、いや違うぞ。上位プレイヤー【詐欺師】が十以上のシステムを宿してるのは知ってる。でも、おかしい。
ゲーム内で十年の滞在時間も過ごせないような人間が頂点に立つほど強くなれるわけがない。
つまり半年以前から現実で超常チェーンメール及びゲーム世界を知っていたか、現実で時間を操作するかしない限り。
ああ、そっちか。
神様を含めた各種勢力が現実に影響力を持ってる以上、時間操作なんて行えない。でも上位プレイヤーの中には最近、ゲーム世界にログインしたプレイヤーもいる。
つまり自分自身に時間操作能力を使ってゲーム内で経つ時間を百倍の圧縮率から更に圧縮してやがるな。
寿命もない上位プレイヤーはゲーム世界に何年だって滞在できる。いったい奴らは今、何歳なんだ?
そしてゲーム内での時間圧縮の倍率が違うってことは現実に帰った上位プレイヤーはゲーム世界での未来を知ってるということにならないか。
その状態でネットに書き込むってことはゲーム世界の未来を改変してるってことに。考えすぎか?
でも上位プレイヤーの情報が中途半端にあって個人情報を隠す理由には一応なるんじゃないだろうか。
俺達は上位プレイヤーが改変したゲーム世界内にいる為、改変前のゲーム世界にいた上位プレイヤーの情報を正しく知ることは出来ない。
そこにまた上位プレイヤーがログインして自分の都合の良い未来へと誘導する。それを繰り返している?
「SFの世界になってきた。自分の頭じゃ無理だ、この仮説が正しいのかさえわからん」
少なくともそういうことが可能な能力を上位プレイヤーが持ってることは確実なのだ。
相手を同じ人間だと考えることすら危険なのかもしれない。数百年、数千年も生きてるなら、既にそれは人間に似たナニカだ。
知恵熱が出そうだな。もう今日は美味い物を食って一日ダラダラするか。
鍛錬か情報収集でもしなきゃいけないような気になってたが構わんだろう。朝飯を食いに行った時に見た他の奴らも似たようなもんだった。
今日はここまで。




