第十三話 魔法貴族vs魔女狩りvs黒魔術師
結論を言うと乱獲計画は治癒草の必要もなく無事に終わった。
レベル自体は化物ヒツジより低いのだ。幻覚狐は魔力操作で精神を補えるなら体のいい的だったし、突撃イノシシの攻撃が危険だと言っても生産班から性能のいい防具を作ってもらっている。
薬草で治る範囲の怪我しかしないなら無傷のようなものだ。死ななきゃ安い。
そもそも突撃イノシシが危険だと思ったのは職業を獲得する前。ウルフの即死攻撃と同じ警戒だった。
体力とHPが上がった今、たとえ無防備にウルフに噛まれたって戦闘班なら死なない。まあ、非戦闘員や魔法職志望者もいる以上、現時点でも一番に警戒しなきゃならないけど。
剣術や護衛技能の応用で突撃イノシシの突進は誘導して回避できるから、そっちは思ったよりも冒険者がいたが、牧場草原ほど乱獲は咎められない。
やはり思った通り魔力操作は出来ないらしく、鉄の剣でも中々イノシシは仕留められないのだ。
普通の冒険者は長時間イノシシとやりあって攻撃を躱して全身汗だくになりながらやっとの思いで糧を得る。
それよりは周囲を冒険者に囲まれて安全に過ごしながら数匹のはぐれ羊を狩る方が圧倒的に楽だ。イノシシは時間がかかるから化物ヒツジと稼ぎが大して変わらないし。
突撃イノシシをほぼ一撃で切り殺す俺達はどうやら高レベルパーティと間違われたらしい。尊敬された目で見られた。
解体をしてる生産班が初心者冒険者で戦闘班は冒険を教えている先達ってところかな。もっと仲良くなれたら魔力操作を教えてもいいけど、どっちにしろ資金稼ぎが一段落してからだ。
幻覚狐は周囲に常に霧を纏っていて近づくと魔法にかかる。パッシブタイプの状態異常攻撃だ。
これも魔力操作で防御できるが戦闘班じゃなくて魔法職志望者達が相手をすることになった。
攻撃する時だけ魔力を消費すればいい突撃イノシシと違い、常に魔力を纏わなくてはいけない幻覚狐を相手にするとMPが枯渇する。
魔法職志望者は高い精神力でそもそも幻覚に掛かりづらいし戦闘班に比べたら魔力操作が上手く、わずかなMP消費で行えるしMP総量も多い。
魔力操作はそもそも魔法職の技能だから精神パラメータが高い方が上手く操作が出来るのだろう。
それに幻覚狐は魔法ビルドだから近接能力が低い。鉄の剣さえあれば魔法職志望者でも楽に狩れるのだ。
他のダンジョンと比べたら冒険者も少ないし、魔法職志望者も頭を悩ませていた戦闘経験値を稼げるしで色々と助かった。
おまけに、いざという時の為に買っておいた治癒草と同じものが幻覚狐がいたダンジョンで発見された。
魔法職志望者の高い知識じゃないと発見できないらしく他のプレイヤーには採取技能があっても見つけられなかった。
まさに魔法使いの為のダンジョンだな。
「たしか初心者ダンジョンは貴族プレイヤーが産業育成と後進育成で植えたんだよな。ホントに魔法使いの為にあるんじゃねえの?」
「それにしては冒険者がいないんだが」
「魔女狩り世界でもあったように魔法使いは権力がないと弱者として低レベルの内に淘汰されるからな」
「職業を得て呪文を覚えると立場が逆転するからな。恐ろしいんだろ」
「秘伝書を金がある奴が買い占めるから余計に格差が広がる件。貴族に反逆する大義名分としての魔女狩りだったのに、戦士が貴族になったから大義名分しか残らなかったという」
「でもダンストって職業熟練度が上がったら別の職業を獲得できるだろ。魔法職にだってなれるじゃん」
「禁書として呪文書がなくなると職業に就いたって意味がないのよ」
「戦士ビルドだと高レベルで魔法職に就いたはずなのに呪文書を覚える知識が足りないという恥ずかしいパターンがあってな」
「魔女狩りで一番悪いのは他所から黒魔術を持ち込んだプレイヤーだろ。悪魔に生贄とか捧げるんじゃねえ」
「お、クトゥルフ案件かな?」
「邪神は全く関係ないよ」
「評判が悪すぎて濡れ衣を着せられるの笑う」
「自業自得でしょ」
現実になった以上、クトゥルフ系の脅威は笑えるものじゃないんだが、まあフィクションとして笑い飛ばした方が精神的に楽だ。
それに発狂が魔法の状態異常と同じ仕組みなら魔力操作で一時的に耐えられる可能性がある。いや、上位プレイヤーがSAN値習得を勧めるなら無理か?
ダンストは違うがゲームによっては魔法は冒涜的な物で精神的な耐性やスキルが必要になるという設定のものもあるからSAN値って意外と役に立つんだよな。
精神パラメータで発狂のリスクを下げられるといっても知識パラメータで発狂の頻度が上がったりするからクトゥルフ系は面倒くさい。
まあゲームが複数、現実化してる影響で対抗策はいくらでもあるから元ネタほどプレイヤーに恐れられることはない。
「なあ、幻覚狐と突撃イノシシの販売額はいくらになったんだ?」
「それそれ。生産用と食用に全部は売らなかったけど相当な値段だったでしょ」
幻覚狐は300ゴールド。突撃イノシシは500ゴールド。化物ヒツジほど高くはないが、30ゴールドの大ネズミとは段違いの報酬だ。
今日は化物ヒツジの討伐にも行かずに一日中、二つのダンジョンで狩をしていた。さすがに向こうから絶えず波状攻撃をしてくる大ネズミほど狩れてはいないが。
「突撃イノシシ18匹、幻覚狐24匹を換金してきた。さすがに毛皮を剥いだら放置の大ネズミほど解体も楽じゃないから数はこれくらいになるな」
「イノシシが9000ゴールド、狐が7200ゴールドで合計1万6千2百ゴールドか!」
「一人810ゴールドの報酬になるぞ。大ネズミがどれだけ稼げないかわかるな」
「うっそ。俺、大ネズミみたいに百も倒してないから不安だったんだけど」
「大ネズミが例外すぎる。化物ヒツジとかパーティで6匹くらいで満足してるんだぞ」
「あれって俺らが邪魔されてたわけじゃないんだ」
「向こうのパーティは俺らの半数だから一日480ゴールドの稼ぎか。確かにパーティ仲間を選抜したくなるな」
「いや、俺らが会ったのは一部に過ぎなくて牧場草原に薄く広がってるらしいぞ。もはやクラン」
「噂話を聞いたけどトラブってるらしいな。やっぱ先輩は抜けたか」
「俺は同期より殺しても殺しても減らない大ネズミの方が怖いんだが」
「死後に病毒を発するせいで大ネズミしか死体を食えないから餌が豊富で天敵もいないんだぞ、そりゃ増える」
「どう考えても俺らが狩らないとダンジョン災害が起きるんだが、今まで無事だったのは何でだ?」
「定期的に毒餌を与えてるらしい」
「それ耐性が出来てダンジョン災害が起きるフラグだろ」
「むしろダンジョン災害が起きて稼げるダンジョンになった方がギルドも嬉しいんじゃねえかな」
「ネズミの繁殖力で強いとか町が蹂躙される未来しか見えない」
「大ネズミはネズミほどの繁殖力はないって思われるらしいから平気だってさ」
「確証はない」
「まあ、いざとなったら強力な冒険者がダンジョン核を砕きに行くだろ」
「ネズミの巣穴がなくなったら初心者、いやベイビー冒険者か。無職の冒険者が困るような」
「初心者エリアでウルフに怯えながら一角兎を多人数で狩るようになるな」
「それ大ネズミよりも稼げないだろ」
「ウルフとか今の俺らでも怖いんだよな」
「気による防御貫通が致命的すぎる。秘匿していい情報じゃねえ」
「一応、初心者エリアにウルフが出没したらギルドが冒険者を派遣してる。後、秘匿はむしろ冒険者側の意思なんだよな」
「俺らが苦労したんだから、お前らも苦労しろという熱い意思を感じる」
「それに気力操作の情報が出回ったら牧場草原に今以上の冒険者が来る。最悪、殺し合いになるぞ」
「魔力操作の情報を伝えた方がいいんかね」
「俺らもトラブルに巻き込まれるぞ。ハーレムパーティの先輩が限られた人間にしか伝えてないの見ればわかるだろ」
「特に貴族は知ってて当然の情報で、魔法使いの数が劇的に増える可能性があるとなると不穏な気配しかしない」
「高レベル高位階の冒険者とかは全く気にしないだろうけど、低レベルほど情報秘匿に血眼になってる気がする」
「貴族は権威と魔法使いとしての箔付けで権力を牛耳っててレベルと熟練度自体は低い奴が多いんだよな」
「逆にめっさ高レベルの貴族とかもいるけどな。戦争で成り上がった貴族プレイヤーとか」
「他の貴族は凄いコンプレックスになってそう」
「数字で世界に評価されるって怖いな。お前は劣ってると誰もがわかる形で名指しされるんだぜ」
「ステータス開示がタブー扱いされる理由だな」
でもステータスがあると努力が形になってると目に見えてわかって楽しいけどな。
レベル10になった夜はステータスウィンドウを表示させっぱなしにしてずっとニヤニヤして見てた。
一度でも能力が上がったら下がらないし劣化しないというシステムもいい。そこはゲームシステムにもよるが、ステータスが劣化するシステムを搭載する気には中々なれない。
まあ、搭載したとしても他のゲームシステムのステータスまでは下がらないし、そういうゲームほど大きいメリットもあったりはするんだが。
「なあ、さすがに生活費をもっと上げようぜ。ちゃんとしたベッドで寝たい」
「大ネズミの毛皮をしいて板張りに雑魚寝だからな。HPが回復しても疲れてる気がする」
「それより食事だよ。肉はもう飽きた」
「そうか? 今回、新しく狩れたイノシシ肉とかすげー美味いぞ」
「宿に持ち帰って丼にしてもらおう」
「幻覚狐は魔法職が主軸になって狩らないといけないし鉄の剣を買わないか?」
「そろそろレベル10に到達するぞ?」
「俺は知識が増えても魔法は覚えられないから呪文書は後でいいや」
「一日で結構、稼げるようになったし鉄の剣を買っても平気でしょ」
「今なら二日で買えるのか。買っとくか」
「俺はそれより休暇が欲しい。さすがに毎日の狩りはキツイ」
「それな」
「えー、レベル上がるの楽しくない?」
「そりゃ上がったら嬉しいけど血みどろの狩りは精神にくる」
「大ネズミはしばらく見たくない」
「じゃ明日は休みにして、以降は獲物は狐とイノシシってことでいいか?」
「OK」
「ダンジョン災害が怖いけど」
「そりゃ俺達が心配することじゃねえわ」
「巻き込まれて死ぬことを警戒するくらいでいい」
「いざって時の為に強くなるにしても大ネズミ以外を獲物にした方が早いしな」
「ログアウト手段を持つプレイヤーを大ネズミに当てるってのは正しいんだが、もっと高値にしてくれと」
「まあ他の広場で大ネズミを狩ってる奴らもいるしダンジョン災害は平気でしょ」
「え、俺ら以外にもいんの?」
「冒険者ギルドに行ってからネズミの巣穴に向かってたのは何の為だと思ってたんだ?」
「ネズミの巣穴は複数の広場があるから今日一日は俺らがA地点を独占して狩りをしますってパーティで申請してたりしてるんだぞ」
「知らなかった……」
「そこらへん生産班が頑張って事務手続きしてくれてるからな」
「現地人と仲良くなって技術を教えてもらわにゃいかんから、気にせんでええよ」
「剣術道場とか俺も探してみるかな」
「魔法はどう訓練すればいいんだろう」
「貴族の管轄だからな。まあ、原作を考えたら研究なんだろうけど」
「無から物質を生み出す魔法で物理学を研究する意味とはいったい?」
「マナがいい感じにエネルギーとなってこう精霊が!」
「無理やりすぎるんだよなぁ」
「まあ人がダンジョンから生まれる世界だ。宇宙の法則からして違うんだろう」
「そもそもゲームが現実となることを科学的に解明できるの?」
「解明したら世界創生を人類が出来るようになるのか」
「超常チェーンメールの黒幕、未来人説」
「俺は世界五分前仮説を押すね。現実なんて無かったんだよ!」
「それ病むやつだから、やめい」
科学的な検証か。上手く行ったら凄いことになるだろうし文明も進歩するんだろうけど興味ないな。
正直に行って単純に強くなることにもさほど惹かれない。
ゲームシステムを取り入れてステータスを向上させる。そういう仕組みで強くなるんじゃなきゃ上位プレイヤーも目指してなかったかもしれない。
わかりやすいステータスが好きでレベルを上げることが好きな所謂ゲーマーなんだろうな、自分は。
上位プレイヤーになって何がしたいのって聞かれても別にないし。ゲームで自分が育てたキャラが天元突破したらテンション上がるじゃないか。
まあ、さすがに人生かけて寿命を捨ててまで挑むかと聞かれるとちょっと悩むが。まあ、幸い寿命は長かったしお試しで参加しても問題なかった。
きっと現実で普通に生きるよりゲーム世界でファンタジックに生きる方が楽しい。
少なくとも今はまだ思った通りだ。




