第十二話 ベイビー冒険者
パーティ全員に千ゴールドの投資をするって話は意外と早く済んだ。
アイテムボックスを使えるようになってから大ネズミの虐殺が更に捗ったからな。一日の食費・宿泊費を引いても一人300ゴールドは黒字になってる。
防御力も上がって傷も滅多に負わないし体力が上がったからHPも下がりにくくなった。鉄の剣は一撃で大ネズミくらい簡単に倒す。
まあ、職業と装備を得て適正狩場じゃなくなったんだろうな。全員が10レベルになったわけじゃないから注意は必要だけど。
化物ヒツジは羊肉が美味いしアイテムボックスに入れておけば腐らないから基本的に売ってない。毛皮は装備の更新に使ってるし。
問題はさすがに大ネズミの湧きが減ってきたことかな。以前は一日かそこら時間を置いただけで前みたいに襲い掛かってくるようになったから今回も誘い込む罠かもしれないけど。
微妙に賢い気がするから大ネズミは油断が出来ない。大ネズミが出ないのに業を煮やして内部に入ったパーティがどれくらい犠牲になったんだろう。
「戦闘班で魔力感知と魔力操作を覚えてない人っている?」
「いないと思うけど、どうした」
「戦士ビルドの突撃イノシシと幻覚魔法を使ってくる幻覚狐って魔力操作が出来れば怖くないんじゃないかって」
「あー、なるほど。ちょい待ち。おーい集まってくれー」
戦闘班の岩田が散らばってるプレイヤーを集め始めた。
職業を得たプレイヤーが、たかが大ネズミ相手に固まって戦う必要もあるまいと散らばってみたら予想以上に釣られて出てきたので、疑似餌として現在はバラバラに戦っているのだ。
まあ、湧きが少なくなったということは学習したか本当に少なくなってきたのか。ただ避けられているだけにせよ稼ぎが少なくなるのは間違いない。
ならば冒険者が多すぎて狩りづらい化物ヒツジではなく突撃イノシシと幻覚狐を大量に狩ろう。
「うーん、言ってることは理解できるけど化物ヒツジを狩ってる奴らも同じことが出来るだろ? それなのに偏ってるなら事情があるんじゃね?」
「単にイノシシと狐も大量の冒険者がいるだけなんじゃないか」
「ああ。大ネズミが人気なさすぎるだけってか」
「汚い・キツイ・危険。3kの職場だよな」
「いや臭い・汚い・給料が少ないだな」
「物理的に帰れないとか」
「不謹慎なのは止めろ。とりあえず行ってみるだけ行くのはどうだ?」
考えていたのとは別の反応に驚いた。冒険者が行かない理由に気づいてなかったのか。
「いや、たぶん冒険者は少ないと思う」
「何か心当たりが?」
「化物ヒツジを狩ってる奴らは気力操作を使ってるんだと思う。あれでも防御は無効化できる」
「あ、そうか」
「幻覚狐の魔法は魔力操作がないと精神パラメータが低い前衛じゃキツイ」
「突撃イノシシは気力操作で防御を無効化しても体力とHPが高いから無意味」
「うっそだろ。最初からそっちに狩りに行けば良かったじゃん」
「いや、前衛の全員が魔力操作を覚えたの最近だから」
「化物ヒツジの方が報酬いいのに危険は少ないんだよな。だから冒険者が集まってるんだが」
「なんで気力操作だけ覚えてて魔力操作が使えないんだよ?」
「魔法職とか普通は貴族がなるもので一般パーティだと地雷扱いだからな」
「戦士パーティばかりだからな冒険者って。生産職にしたって冒険者パーティだと奴隷限定みたいなもんだし」
「そういう風潮から自由なはずのプレイヤーは大ネズミと戦わず格上に挑戦してたからな」
「死んだプレイヤーって戦士ビルドじゃなかったということだろうし」
「現実のネットにも一般プレイヤーが情報を秘匿するから防御貫通は書き込まれてない」
「そういやハーレムパーティをダンジョンじゃ一度も見たことないぞ」
「高レベルプレイヤーに貢がれてるんだと思ってたけど、金回りがいいのは魔力操作を覚えてたからか?」
「まあ初心者冒険者限定の状況だろうけどな。レベルアップさえすればもっといいダンジョンに行くだろうし」
「ゴブリン戦線とかな。それに高レベルパーティは後から魔法職の新人とか育てたりするらしい」
「なあ……。牧場草原で会った先輩プレイヤーは魔力操作を教えたと思うか?」
「言うな。疲れてるんだ先輩は。ゆっくりと眠らせてやれ」
「むしろ牧場草原で何とかやっていけるように気力操作を教えて、死なないように冒険のイロハを教えて、迷惑をかけた周囲に頭まで下げてたんだぞ」
「これ以上を求めるのは惨すぎる」
「意趣返しと考えても可愛いもんだよ。ホント」
「俺にはマネ出来ねえ」
牧場草原の先輩プレイヤーが魔力操作を教えなかっただろうことよりも、ハーレムパーティの先輩が魔力操作を教えてくれたことの方が驚くべきことじゃないだろうか。
間接的にとはいえ、よく伊藤にこんな金になる技術を教えたな。女子の方は事情に詳しくなかったからだと仮定しても。
「今は気力感知と気力操作を教わってるんだろ?」
「あ、ああ。魔法使いはウルフにやられることが多いから、習得しておいた方がいいって向こうから教えてくれてる」
「信じらんねえ。どれだけ気に入られたんだ」
「ハーレム先輩、実はホモ説」
「女に金を貢ぐだけじゃなく男にも指導を欠かさないとは。これは真の人たらし」
「前に言ってた暴漢プレイヤーの件で思うところがあるんじゃねえかな。最初は初心者プレイヤーの支援で男も面倒を見てくれてたんだろ?」
「寿命を全て失っても、なおヒーローを続けた奴もいるし漫画みたいな人間って時たまいるからな」
「あれ、危なかったよな。一度は本当に死んだんだろ? 上位プレイヤーが感心して寿命を延ばしたのって死後の話だったはず」
「ノンフィクション映画化されてるよな」
「微妙にヒーロー組合の広告にされてて鼻につくが」
「それはしゃあない。ヒーローをやるにしても現実では金が要る」
「俺は現実でヒーローになる為にゲーム世界に来たからヒーロー組合批判は勘弁してくれ」
「お前、そうなの!?」
「こんな身近にヒーローの卵がいるとは」
ゲーム世界なんて存在が明るみになる前はヒーローになりたいなんて口走ったらオタクか頭がおかしいと思われて距離を置かれていたな。
平和で危険とは無縁な世の中だったけど夢一つ言えない、言い様のない閉塞感が漂っていたような気がする。
超常チェーンメールが広まって死者が出て悲劇は確実に増えたけど、こういう希望に満ちた目をする人間が多くなったように思う。
まあ、自分の目的はひたすらステータスを増やして上位プレイヤーを目指すことだ。現実との繋がりは薄くなっていくんだろうけど。
とにかく今は金稼ぎだ。パーティとしても個人としても呪文書・秘伝書を買えるようにならないとレベルが上がらない狩場で延々と生活費を稼ぐ日々を送ることになる。
万が一を考えて消耗品も買っていくべきか。化物ヒツジと違って幻覚狐と突撃イノシシは逃げるのが難しい。
・アイテムボックス(10×99)
薬草×17、羊肉一食分×5、水袋×4、木の棒×1、銅の剣×1、冒険者の服×2、解体ナイフ×1、大ネズミの毛皮×48、銀貨×1、銅貨×80
アイテムボックスを習得できて嬉しくて、つい私物を全部入れたが満杯になってるな。
一部のアイテムはリュックに纏めて枠を空けるか。大ネズミの毛皮はパーティの戦利品を預かってるだけだから冒険者ギルドで全部出すけど。
ちなみに同一種のアイテムでも枠を二つ使えば99個以上、持てる。最初はそうやって大ネズミの毛皮を運んでもらってた。
水袋はプロが大ネズミの毛皮で作った水筒だ。病毒を発する大ネズミで作られたのに抵抗があったけど煮佛消毒はちゃんとしてあるらしい。
銀貨・銅貨はゴールドで表現してたダンストのお金だ。銀貨1枚で100ゴールド、銅貨一枚で1ゴールドだ。金貨は1000ゴールドになる。
現金は180ゴールドだけか。一日360ゴールドも稼いでいたわりに貧乏だが鉄の剣を揃えたばかりだ。全体で2万ゴールド以上も稼いだと考えるとよくやったと思う。
これで買える消耗品といえば体力回復ポーションか。HP50を回復できる薬草の上位互換。20HPしか回復できない薬草より効果は高いが100ゴールドもするんだよな。
薬草が販売価格で考えても25ゴールドしかしないのを考えると高いが、ポーションは身体にかけるだけで効果を発揮する。
食わないと効果がない薬草と違って気を失った味方とかにも咄嗟に使えるし便利なんだよな。あと薬草と違って腐らないから消費期限が長い。
まあアイテムボックスがあるから時間は気にしなくてもいいんだが、HPがヤバいからって十個も薬草は食えないからいずれは必要になるか。
幻覚狐の魔法にかかった際の保険となる状態異常回復ポーションは更に高い。珍しいから原料状態でも買うと80ゴールドもする。ポーション状態で300。
それでも準備しないでダンジョンに向かうなんて馬鹿しかいないから買うしかない。
・アイテムボックス(10×99)
薬草×17、治癒草×1、大ネズミの食用リュック×1、大ネズミの武装リュック×1、冒険者の服×2、大ネズミの財布×1
うん? リュックで纏まらずに別個表記になっている。
冒険者ギルドで毛皮を換金して買物した後、生産班に作ってもらった大きさ長さの違うリュックにわけでアイテムボックスを整理したんだが、内容物によって表記が変わっている。
羊肉とかバラバラの形に肉の部位さえ違っても纏められたのにリュックは駄目のようだ。アイテムボックスは不思議、というか元のゲームシステムの影響か。
たしか兵糧一週間分なんてアイテムもあったな。アイテムの役割によって分類されるのか。
まあ出す際に同じ大ネズミのリュックでスタックされてると面倒だし、これでいいか。解体ナイフはリュックから出していた方がいいかもしれんが最近は解体してないんだよな。
生産班の手際が良すぎるんだ。高器用で解体技能を活用するとここまで綺麗に早いのかってくらいに活躍してくれる。
化物ヒツジはともかく大ネズミは一日で数百匹は倒してるから解体でもたつくと稼げなくなる。300ゴールドも黒字になってるのは生産班の努力のおかげなのだ。
そう考えると幻覚狐と突進イノシシの乱獲計画も生産班がいないと成り立たないな。一般パーティが職業を得られても行き詰まる理由がわかる気がする。
まあ、イライラして下に八つ当たりするから余計に職業至上主義が蔓延してるんだが。低レベルだと職業があるかないかで力量に大差がつくし。
まさか初心者冒険者を名乗るなら職業に就いているのが大前提だとは思わなかった。無職だとクエストすら受けられないとは。
今までクエストを受けずにダンジョンでモンスター素材を冒険者ギルドに納品してたからな。思考停止して初心者冒険者の手引き、ダンスト編に従っていたのか。
色々と秘匿情報があるのはわかってるんだし、以後はもう少し考えて行動すべきかもしれない。
クエストは現地人・プレイヤーのどちらからだとしても人間が依頼を出している。難易度がバラバラでダンジョンのように安全マージンが取れない。
それに10レベルに到達してるのは戦闘班のみでまだパーティ全体が初心者冒険者の水準に到達してないしな。乱獲計画を進めた方がいい。
ちなみに初心者冒険者、ビギナーにもなってないという10レベル未満の冒険者をベイビーと呼ぶらしい。
ベイビーこんなとこにママはいないぞ、お家に帰ってねんねしな!ってのがよくある煽り文句だ。
ママは先輩冒険者の指導者でお家は雑魚寝してる宿屋だ。もっと訓練して下地を磨いてからクエストを受けろという有難い言葉だ。死ね。




