第十話 牧場草原
明けて翌日。俺達は化物ヒツジのいる初心者ダンジョン、牧場草原に来ていた。
どうでもいいけど初心者ダンジョンってのはどうしてこうもしょぼい名前をしてるのか。
ネズミの巣穴だって冒険者ギルドによく話を聞いてみると、奥に踏み込むと次々に大ネズミに群がられて脱出できなくなる危険地帯なんだそうなのに。
初心者冒険者の手引き、ダンスト編に何故か入り口の大広間で戦うようにと注意書きがしてあったのはこのせいか。明かりがなくて奇襲されるからだと思ってた。
詳しい理由が書かれてないのはわざとだな。結構な数のパーティがネズミの巣穴で行方不明になってると知ったら初心者は行かなくなるし。
プレイヤーならば最悪でもログアウトで逃げ出すことが出来る。大ネズミの駆除が出来て、他のダンジョンに比べたら死者の少ないネズミの巣穴を推奨する理由か。
モンスターをレベルで見るとスライム1、一角兎3、大ネズミ3、ウルフ5、幻覚狐6、突撃イノシシ7、化物ヒツジ8になる。
それで報酬はスライム5、一角兎100、大ネズミ30、ウルフ500、幻覚狐300、突撃イノシシ500、化物ヒツジ800ゴールド。
危険なのに大ネズミを退治しに行く馬鹿はいない。でも報酬に釣られて上のモンスターに挑むと死傷率が跳ね上がる。
だから技能や装備が最低限になるまではネズミの巣穴で訓練をさせるのだとか。
他にも現実からやって来たプレイヤー集団はいるのだけれど、大ネズミ討伐を拒否したプレイヤーはログアウト以外で人数が減ってるとこもあるらしい。
生き残った奴だけが正義なのはRPGでは仕方ないけれど、もうちょっと慎重に行けなかったのか。まだD世界は三期制がログイン出来るようになって一週間だぞ?
一番、最初の待ち合わせ時間に合わせたから間違いない。スタートダッシュするにも先輩プレイヤーがいるんだから無意味だし。
俺達もレベルの高い化物ヒツジを獲物として選んだけど、それはむしろ安全パイを取ったからだしな。
幻覚狐は精神が低いと問答無用で幻を見せてくる。突撃イノシシは筋力・体力・素早さが高い戦士ビルドの上に突撃の特技で一撃が重い。
化物ヒツジは高レベルだけどステータスは平均的で器用貧乏だし、毛皮が硬くて人間の装備に該当するけど、それも突き抜ける方法は教わった。
殺せるようになると毛皮はいい装備や収入源になるから狩られまくっているのが化物ヒツジだ。
HPが15しかない伊藤を前線に立たせるのは不安だが、護衛技能を有した前衛が何人もいるから庇うだけなら平気なはずだ。
「いいんだな伊藤? 他の奴に技能を教えてから化物ヒツジに挑戦してもいいんだぞ?」
「お前らしくないぞ中島。初日にウルフを倒して二日目には大ネズミに不満そうにしてたじゃないか」
「反省してるよ。上を見すぎて足元が疎かになってた。変に急いだって上位プレイヤーになれるわけじゃない」
「死亡プレイヤーの話か。心配するな俺達は十分に訓練してる。それに戦闘に貢献しないと魔術職にはなれないしな」
「これからやるのは戦士の真似事だけどな」
「違いない」
笑って準備をする伊藤。緊張はしていないみたいだな。
遠目に見える化物ヒツジは一頭。群れで行動するが大ネズミみたいに常に一緒なわけでもない。餌を食べてる内に群れからはぐれることもある。
隠密が使える盗賊ビルドの高橋が見つけてきてくれた。これからは斥候も活用していくことになるだろう。
「いくぞ」
静かに宣言すると隠密を使える前衛集団が走り出す。まずは注意を引き付けてこっちに意識を向けさせることからだ。
のんびりと草を食ってた化物ヒツジは察知技能を持っておらずこちらに気づかない。天然の鎧を持ってるからか反応は鈍い。
そこに銅の剣が多数、突き出される。だが硬質な音を立てて羊毛に弾かれた。装備としての性能だけでなく生体鎧の特技による効果も合わさってとはいえ硬い。
まあ、鉄の剣でも浅い傷しかつけられないらしいので、この結果はわかっていた。
それでも実際に目にすると驚く。あんなに柔らかそうな見た目で鎖帷子みたいな質。初見だと詐欺だな。
「メエェェエエェエエ!!」
爆音とも言える声が化物ヒツジから放たれる。目は明らかにこちらを馬鹿にしたように見下している。
デカいというのはイコールで強さだ。上から体重をかけて足を振り下ろされるだけで高威力となる。
戦い慣れていないと確かに危険だろう。無抵抗に受けてしまえば大ダメージとなる。
だが、身体を持ち上げるまでに時間がかかっているし攻撃の前動作が解りやすすぎる。
「せりゃあ!」
その時間があれば後ろに回り込んでいた伊藤が魔力を流した鉄の剣を体重のかかった後ろ脚に振り下ろすのは難しくない。
先ほど銅の剣を弾いたのが嘘のように簡単に鉄の剣は足を切り落とした。
「メェェェエエエエエエエ!!!」
今度は先程とは違い泣き叫ぶように悲痛な声を上げると化物ヒツジは地面に倒れ込んだ。
地球ならこれで勝負は終わったようなものだが、ここはゲーム世界。部位欠損なんて時間経過でなかったことになる。
油断しないように前衛で攻撃を叩き込みながら鉄の剣を装備させた魔法職志望に隠密で隙を狙わせる。
鉄の剣も魔力操作が使えるプレイヤーも少なかったから時間こそかかったもののトラブルもなく無事に化物ヒツジは討伐された。
化物ヒツジをターゲットにしようと決まったのは伊藤が高レベルプレイヤーから気と魔法の防御貫通を聞いてきたからだった。
さすがに素肌に当たるように攻撃しないと防御を無視して体力や精神に直接的な攻撃は出来ないらしいけど、隙を付けばいかに強いかはウルフが証明してくれてる。
気の操作も魔法もまだ覚えてはいないが武器に魔力を流すことなら魔力操作でも可能だった。
HPが低い魔法職が剣を手に戦うことが少ないから知られていないだけで、魔法に物理攻撃があるのと同じ仕組みで防御を貫通して精神にダメージを与えられるらしい。
ここら辺はダンストのゲームシステム判定に由来する設定だな。他のゲームシステムなら魔法によるものだろうと物理攻撃なら物理で防御できるだろ。
まあこれなら化物ヒツジの毛皮が如何に硬くても倒せるんじゃないかということで、皆の資金を集めて鉄の剣を数本だけ買った。
後は魔力操作が使えるプレイヤーに必死に隠密を教えて本番というわけだ。
「おい、お前らプレイヤーか? 見ない顔だな」
なんとか化物ヒツジを倒して解体していると牧場草原を狩場にしてるらしい冒険者パーティに会った。向こうもプレイヤーなのだろう日本人ばかりだ。
話してみると、こっちと違って向こうは幾つか別々の宿に泊っているプレイヤーでパーティが構成されているらしい。
冒険者ギルドに教えて貰った犠牲者を出した冒険者パーティだ。死者は少なくてもログアウトをするプレイヤーが多かったらしく戦えるプレイヤーだけで再度パーティを作り直したらしい。
「解体してる奴らって全く戦わないわけ?」
「まあ、そうだな。HPが少ないから無理をさせるわけには」
「うっわ。まだログアウトしてないのかよ、寄生虫じゃん」
「は?」
牧場草原に来て大ネズミとは比較にならないモンスターを倒せたという高揚感は他プレイヤーと会って早々に消え失せた。
しかも報酬だけをいうなら実は大ネズミを倒していた時と変わってない。最近は二回はネズミの巣穴を往復していたから一匹30ゴールドだろうと一人240ゴールドは稼いでいた。
化物ヒツジは800ゴールドもするからプレイヤー二十人くらいでも六匹倒すだけで大ネズミと変わらない額になるんだが、どうにも数を稼げない。
今回わかったように一部の技能を保持する冒険者にとって化物ヒツジは簡単に倒せる。しかも金になる。
これで何が起こるかというと冒険者による化物ヒツジの奪い合いなわけだ。縄張り争いをして冒険者同士がいがみ合いになることもあるんだそうだ。
大ネズミばかりを殺して大した装備もしてない上に職業も持ってない俺らは他の冒険者に思いっきり舐められた。特にプレイヤー達に。先輩プレイヤーじゃない、同期だ。
同期は一部のプレイヤーが死のうと格上のモンスターを狩っていたらしい。先輩プレイヤーに助けられて。
それはお前らが見ていられないと手を差し出されただけじゃないのかと。
本人達にとって自分達は危険も顧みず大物に挑み続けた勇気あるプレイヤーで、俺らは臆病風に吹かれて巣穴に籠ってたネズミ野郎なんだそうだ。殺してやろうかな。
ひたすらに怒りとストレスばかりの邂逅だったが、それでも争うわけにはいかない。相手には格上の人間も混じっているし装備も強力だ。
高レベルの先輩プレイヤーのハーレムパーティーを、内心で強力な装備を貢がれてるだけの勘違い女共とか金を毟られてるのに気づかない詐欺られ男とか、僻んでた時期も正直あった。
とんでもない。あれは一種のキャバクラなのだ。先輩プレイヤーも女子もよくわかってる。だから礼儀正しいし一線は超えない。
本当に勘違いして調子に乗ったプレイヤーっていうのはホントにもう見てられない。明らかに周囲の迷惑になっているのに気づかない。
後で謝りに来た先輩プレイヤーに気づけよマジで。女子みたいにせめて精神的な癒しを提供しろよ。
君達は青春してるみたいで清々しいなって言ってた先輩は目が死んでたぞ。十日間くらいは様子を見なければとか言ってたが、お前ら大丈夫か?
そんなわけで予想外の障害と苦行によって化物ヒツジは五匹を討伐するのが限界だった。普通に売ったらむしろ稼ぎが減るな。
でも高レベルモンスターを狩った恩恵は大きかった。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル9 ・職業なし
HP30/30 MP25/25 攻撃21(11+10) 防御28(10+18)
筋力16 体力13 素早さ11 器用7 精神9 知識13
・呪文なし ・特技なし
・技能『採取』『察知』『解体』『隠密』『剣術』『護衛』
・装備『銅の剣(攻+10)』『冒険者の服(防+3)』『化物ヒツジの鎖帷子(防+10)』『大ネズミの靴(防+1)』『大ネズミの四肢カバー(防+1)』『木の盾(防+3)』
成長が鈍っていたレベルが狩場を変えた途端に上がって知識が向上している。これはネズミの巣穴で一歩間違えれば死んでいたトラップに気づいたことや防御貫通システムを利用したからかな。
後は何といっても化物ヒツジの鎖帷子だろう。職業を得てないからこれでも低品質らしいが十分な防御力がある。
素材だけでも500ゴールドもする毛皮を本職から買ったらいくらかかったことか。商人の手数料も上乗せされるんだぞ。
まあ一匹から二人分は装備を作れるから値段はもっと下がるだろうが、自分達で用立てた方が明らかに良い。
しばらくは全体に装備が行き渡るまで化物ヒツジを狩るべきだな。他の冒険者に会うのが憂鬱だが。
装備は武器+盾+鎧+靴+アクセサリ×2だから、装備できるのは6枠まで。これで装備限界だな。
以外とアクセサリの許容範囲が広くて助かった。鎧下とか籠手とか、帽子とか腕輪とか指輪とか多岐に渡る。
両手武器にして盾を装備不可にする代わり高威力の剣を装備するとか二刀流にするとかダンストは装備が比較的自由に弄れる。
他にも装備枠には適応されなくなるが身体に着ていることは出来る。腕輪を装備して冒険者の服を着てはいるが装備表示からは外したり。
すると防御力のシステム的なバリアにはプラスされなくても、実際に着ているから敵の攻撃を防いでくれたりする。
ちょっとした裏技テクニックだな。
ハーレム先輩からの情報によると装備枠に登録してないと魔力や気力を流し込んでも上手く敵の魔力や気を防いでくれなかったりするらしい。
高レベルになると装備されてない武装なんて意味をなさないのだとか。
そういう場合は別ゲーのシステムにある装備枠を利用すると上手く機能するそうだが、今度は物理的に持てなくなる。
ゲームによってはアイテムボックスに置いていても装備してることになるシステムもあるらしいから、一回そういうゲーム世界にシステム習得に行くんだとか。
最終的に上位プレイヤーは何十個もの武装を装備して戦ってるんじゃないのかと考えているらしい。
こういうシステムコンボ的な要因は他にも色々とありそうだな。上位プレイヤーになれるかどうかは情報を上手く集められるかにもよるのかもしれない。
「うっめえな羊肉。現実で食ったことなかったけど」
「化物ヒツジに獲物を変えて本当に良かった」
「やっぱ洞窟でネズミ相手にしてると気がめいってくるんだよな」
「わかるわ。ずっと囲まれてると心配ないって知っててもプレッシャーだっつーの」
「こっちは冒険者が目障りなほどたむろしてるから奇襲の心配もないしな」
「本当に奇襲の心配ないか?」
「やめとけ。一応は仲間だってことにしとけ」
「マジであいつらムカつくんだが」
「ほら食え食え。腹が膨れれば大抵は許せる」
「なんで300ゴールドもするんだろうな羊肉。突撃イノシシは450ゴールドも肉の値段なんだろ? 一角兎の方が好きなんだが」
「何とモンスターによっては食うだけでステータスが上昇します」
「え、聞いたことない。ゲームやネットに情報上がってた?」
「これも秘匿情報。上位プレイヤー仕事しろや!」
「まあ秘密にしとけば知らないで来た別ゲーの実力者が強力なモンスター肉を売ってくれるかもしれないし」
「知らないから肉を捨てる危険の方が大きいような」
「一般プレイヤーが秘匿するのは嫉妬が理由だろうなぁ。上位プレイヤーになりそうな奴の邪魔をしたくてたまらないんだろう」
「自分達が強くなる邪魔になってるだけで上位プレイヤーは何をされても上位プレイヤーになりそうな気がする」
「せやな」
「理屈で測れる存在じゃないしな」
パチパチと燃える炎で羊肉を焼いてバーベキューをして帰った。
売った化物ヒツジは二匹だけ。個人の手取りは80ゴールド。後は羊肉のお裾分けを宿に渡して寝た。
まあ、装備が整うまでは仕方ない。鉄の剣も必要だからネズミの巣穴にもまた行かなくっちゃな。




