第九話 冒険の成果
ゲーム世界に来てから一週間も経つと戦士技能の条件が満たされて戦闘班プレイヤーは『剣術』と『護衛』技能を習得した。
剣術は体さばきや剣を振るう際の最適な姿勢なんかが直感的にわかる優良技能だ。これがないゲーム世界だと力強くて速いだけの素人剣術になる。
護衛はパーティを守る際に必要な立ち位置やモンスターのヘイトを集める挑発の仕方など、これもあるとないとだと大違いだ。
ステータスは大して変わらないのに既に大ネズミだと怪我一つなく退治できるようになってる。
解体班も素材を装備品にシステム的にも加工できるようになる『木工』『裁縫』技能を獲得している。
おかげで防具も低レベルの割にはそこそこ揃えることが出来た。
大ネズミの毛皮は初心者冒険者への支援として買い取ってるらしく、だぶついても買い取ってくれる代わりに冒険者の服以外に加工してくれない。
寒さをしのぐ毛布だとか、使い捨ての包み紙だとかに使用されて捨値で処分される。あとは生産職の新人が練習代わりに生産するだけだ。
フォーマットが出来上がっててギルドの助成金が受けられる冒険者の服以外は職人の手間が増えるだけ損なのだ。
大ネズミの毛皮を使った安い防具が欲しければ自分達で作る他はない。資金難の序盤に生産職の仲間がいることのありがたさが骨身に沁みた。
採取班は魔術職志望のプレイヤーだけじゃなく盗賊職志望など多岐にわたる人間がいて統一された技能を習得していない。
場合によっては解体班に混ざって器用を鍛えたり、戦闘職を得るための経験値稼ぎに戦闘班に混ざったりしている。
盗賊志望のプレイヤーを例に出すと器用を鍛えるために朝方は解体して、昼は遠距離からモンスターに投石して、夜は俺に気づかれないように接近する練習をしたりしていた。
怪しいことこの上ないが、盗賊職に必要な隠密・察知技能のうち隠密技能は察知技能保持者を出し抜くか統率された集団を相手に全く捕捉されないかしないと習得できないのだ。
盗賊職志望の彼が隠密を習得したら別のプレイヤーがこれ幸いと察知技能を習得していたから、自分も練習させてもらって隠密技能を習得した。
あまりに怪しすぎて宿のおっさんから注意をされたが、まあ初心者冒険者によくあることだと笑われるだけで済んだ。
魔法職志望の伊藤は苦戦していたが、高レベルプレイヤーに支援を受けている女子に土下座して技能を教えて貰ったらしい。
『魔力感知』と『魔力操作』技能を習得したそうだ。
それからついでに、Wikipediaにも載ってないような情報を仕入れてきていた。
ウルフ等の防御貫通の特殊攻撃についてだ。これはモンスター限定の特殊攻撃じゃなくて、『気』つまりHPを操作できる奴なら誰でも出来ることらしい。
気による攻撃に防御力を適用させるには、同じように気で防御しなくてはならない。これは魔法にも同じことが言えるらしい。
呪文によっては完全に魔法を遮断できる魔法もあるが、防げなかった場合は防御力じゃなくて精神力で判定されることになる。
これを防ぐために冒険者はMPを直接操作して身体に纏わせる。魔法に魔力で抗うことで鎧の防御を適用させるのだ。
知らなかったら不利なんてレベルの情報じゃない。
長くやってる冒険者なら常識レベルの情報らしい。まあ、職業で戦士職と魔法職になったら上位互換の特技があるんだが。
『気功』と『マジックバリア』だ。両方とも常時発動で防御力に体力か精神のパラメータを追加して、物理・魔法に抗うことが出来るようになる。
つまり今回も上位プレイヤーにとっては知らなくても問題のない情報なんだろう。
いちいち『魔力操作』と『気力操作』技能を習得して状況に合わせて防御するよりも職業を得てどっちかの特技を習得しろってことだ。
確かにそっちの方が強力だし、寄り道をしない分だけ早く成長するんだろうけど、なんだかなぁ。
ステータスのせいで低レベルで足踏みをしてる奴もいれば、別の職業を習得して該当の特技を習得できない奴もいるっていう。
まあ上位プレイヤーの立場で考えれば複数のゲームシステムを取り込んでるせいで思いつけなくなってるんだろうし、別に情報を隠したわけでもない。
悪いのはいちいち上位プレイヤーの訂正がないと嘘をついたり隠したりして優位に立とうとする一般プレイヤーだっていう話か。
ファンとしては知りたくなかった内情を知ってしまった気がするが、ゲーム世界に降り立った以上はネットで見てるだけとは違ってくるのは仕方ない。
今はとにかく伊藤が教えて貰った技能を習得すべく訓練に励んでいる。
魔力操作で引き出したMPを流し込んでもらって体内を巡る力の流れを感知して動かすってだけの内容なんだが、これが人によって習得難度に差がある。
どうやら器用判定で習得し易くなるらしく、自分はまだ習得できてない。まあ、魔法を使う魔物はまだ出てないからゆっくりやろう。
『気力感知』と『気力操作』技能も独力で習得するのは困難だから、引き続き伊藤が頑張ってくれている。
教えてくれる女子もだが、笑って情報を提供してくれたという高レベルプレイヤーにも頭が上がらない。
どうしても男には嫉妬で嫌厭されるから素直に教えを請いに来たのは新鮮だったらしい。ハーレムクソ野郎と思っててすまんな。
レベルはダンジョン探索で2レベル上がった。案の定、一日ではレベルが上がらなくなったから探索回数を増やすことにした結果だ。
薬草を売って稼ぎを増やすという消極案も出たが、戦闘班が技能を習得したのもあって思い切って武器を買い替えてレベル上げに注力することにした。
いや思ったよりも使いやすいな銅の剣。
切れ味がなくて剣の形をした只の金属の鈍器だけど、毛皮も傷つけないで済むしな。大ネズミも当たり所が良ければ一撃で殺せるし。
まあ、三倍の威力はある鉄の剣を持った女子が初心者ダンジョンにいない理由が良くわかったが。装備って大事だな。稼ぎが倍以上になったぞ。
おかげで昼食を食う余裕が出て助かった。肉体労働をしてるのに昼飯抜きは堪える。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル8 ・職業なし
HP30/30 MP25/25 攻撃21(11+10) 防御18(10+8)
筋力16 体力13 素早さ11 器用7 精神9 知識12
・呪文なし ・特技なし
・技能『採取』『察知』『解体』『隠密』『剣術』『護衛』
・装備『銅の剣(攻+10)』『冒険者の服(防+3)』『大ネズミの靴(防+1)』『大ネズミの四肢カバー(防+1)』『木の盾(防+3)』
でも飯を我慢しても武器を買ったのは間違いじゃなかったな。
中々、成長してきたんじゃないか。これなら初心者冒険者ですとステータスを見せても恥ずかしくない。
わずか一週間でこれだけの成果が上がるのはやっぱりダンストが初心者推奨ゲーム世界なのと序盤を乗り越えられたからか。
初心者エリアを出て、町でパーティを組んでダンジョンを探索する。
言葉にするとたったこれだけなのに何人ものプレイヤーが引退を余儀なくされてきた。
俺達も成長を待つまでもなく解体班も採取班も成果を出してくれたのに一歩間違えればパーティ解散の危機だった。
人間が集まって普通に仕事をして金を稼ぐってことが、実際はどれほど大変なことか。
「俺はもう普通に社会人になるのは無理だな。冒険者一筋で行く」
「今更サラリーマンになるのもなぁ」
「学校はどうする? やっぱ卒業までは通うのか?」
「家族がうるさいだろうし退学するのもちょっとな」
「十年後はどうかわからないけど、俺達はまだバイト代すら稼げないんだぞ。辞めてどうする」
「ゲームアイテムの現金化は十年毎のログアウトにしか出来ないしな」
「でも現実にいるのって次のゲーム世界に行くまでだろ? そんなに現金を手に入れる必要あるか?」
「別ゲー界のチェーンメールは金が必要なこともあるぞ」
「一瞬、何を言ってるんだと思った。別のゲーム世界のことか。それも数万しかしないしな」
「そもそもゲーム世界にまたログインするのか。夏休みも終わるし寿命が減りすぎると家族が悲しむぞ」
「俺もプレイヤーになるの反対されたな」
「テレビで親より遥かに若いのに子供が寿命で死ぬドラマとかやってるしな」
「あれノンフィクションだぞ」
「ヴィランになった子供を庇う親とかヒーローも大変だよな」
「時間の流れが違いすぎて心構えが出来ないんだよ。ゲーム世界から子供を連れて帰還したプレイヤーすらいるんだぞ」
「どうやったんだろな。アイテムボックスがないと物品すらも持ち帰れないのに」
「召喚術とか従者契約とかゲームシステムでプレイヤーと関連付ければいけるらしい」
「ダンストにはシステム的にないからな。子供は作るなよ」
「時々、子供に会うためにずっと同じゲームにログインし続ける奴もいるよな」
「妊娠がわかって慌てて現実に帰還する奴もな」
「それでお互いの家族を巻き込んで修羅場になったりもするんだよな」
「ハーレムは日本では中々、理解されないからな」
「むしろプレイヤー間で常識になったことの方が驚きだよ」
最初は真面目な話をしてたのに脱線して何時の間にかハーレムの話題になっている。
責められないな。男子高校生ゆえ仕方ないことだ。
「そういえば伊藤、例の人とはどうなったんだ?」
「秘密の勉強会が高レベルプレイヤー公認になってハーレム状態になったんだろう?」
「ちげーよ。弱すぎて茶々を入れられてるだけだ。女子はもう職業を手に入れてるからな」
「それで手取り足取り教えて貰ってるなら只のツンデレなんだよ!」
「羨ましいぞ、この馬鹿!」
「にしてもよく高レベルプレイヤーに直に会いに行ったな。俺だったら秘密にしたままこっそり教えて貰う」
「俺も一回や二回で覚えられたら秘密にする気だったが無理だったからな。長時間とか何回も男と会ってたら向こうの迷惑になるかもしれないだろ」
「イケメン度数が高い」
「向こうもハーレムに男が近づくと邪険にするかと思ったら、そうでもないんだな」
「ラノベでよくある女を侍らせたクズ男とか現実じゃ滅多にいないぞ」
「いや、いるよ。でもそういうクズは奴隷を買ったり契約でプレイヤーを縛ったりと初心者プレイヤーを支援したりしない」
「イケメンで強くて金もあるからハーレムになるだけで、最初から狙って初心者プレイヤーを支援してたわけじゃないみたいだぞ」
「女性に限定したのも男性プレイヤーが問題を起こしてからだって話だしな」
「ああ、最初に聞いた暴漢の話って実体験なのか」
「最初に支援したハーレム男はともかく後追いの真似をしたハーレム男は狙ってるだろ」
「無理強いして身体を強要したりしないからセーフ」
「現実じゃハーレムとか二股の最低男扱いなんですが」
「ファンタジーなら受け入れられる。不思議だよな」
うん、このままじゃハーレムの話をして一日が終わるな。
いつもならそれでいいんだが、今日はちょっとマズい。
「現実の話もハーレムの話も一旦置いといて、ダンジョンの話をしよう」
初心者ダンジョン、ネズミの巣穴。これが俺達が必死に探索しているダンジョンの名前だ。
内部は暗く岩山の縦横に穴が穿たれている構造で、他のダンジョンと違い階層がなくモンスターも大ネズミしか出ない。
ちゃんと探索すると暗がりに潜んだ大ネズミに急襲されるそこそこ面倒くさいダンジョンだ。まあ、察知技能さえあれば隠密技能すら持たない大ネズミなら簡単に発見できるが。
俺達は入り口の、明かりが外から差す大広間で延々と大ネズミを狩り続けていた。
ダンジョンは核が無事なら自然にある魔力、マナを使用して延々とモンスターを生み出し続ける。どのモンスターを生み出すかはダンジョン毎に違い、放置をすると外にモンスターが溢れ出す。
これをダンジョン災害といい、この災害が起きると普段は争わないモンスター同士が争いだし進化し始める。一旦、進化をしたならばダンジョンもまた進化したモンスターを生み出し始める。
すると今度は格上のモンスターによるダンジョン災害が起きる。これをダンジョン蟲毒といい、どんどん強力なモンスターをダンジョンは生み出していくようになる。
最後にはダンジョンの核自体が意思を持って動き出す。これが魔族でいう魔王。人間でいう神だ。
今も何処かでダンジョンの核が意思を持って動き始めている。これに対抗する為に魔族も人間もダンジョンを管理し、自分達を強化し続けている。
まあ、こんなゲーム設定が土台になってる世界だから初心者冒険者へある程度は支援をしてくれるのだ。
「フィールドだと最高難易度でもレベル20~30あれば余裕なのは何でだ? もっと人外魔境になってもおかしくないのに」
「生まれたモンスターはダンジョン付近に留まる習性があるから。時たま本能に逆らえるほどの知性を持ったモンスターがFOEとして出没するぞ」
「え、マジで。ゲームじゃありえないよな?」
「人間も魔族も自由意志があるからなぁ。現実になったならそうでないと設定的におかしなことになるんだろう」
「辻褄を合わせるために無理をしたせいで余計におかしなことになる。サブカルあるあるだな」
「現実だぞ」
「ゲーム世界だけどな」
俺達がいるのは始まりの町ソルトといい、元は岩塩が主な輸出品の何処にでもあるような町だった。
事情が変わったのは二十年前にプレイヤーがこの世界に来てからだ。白い肌と金髪、碧眼が普通の人間とも肌・髪・目が黒く耳がとがってる魔族とも違うプレイヤーは当初相当もめたらしい。
その立場は皮肉にも人間の国家と魔族の国家による戦争によって向上した。どちらの勢力にも協力するプレイヤーという人種を厚遇しなければならなくなったのだ。
特に最初期に来たプレイヤーは強く一人で戦場の趨勢を左右した。おそらくは上位プレイヤーか、相当な高レベルプレイヤーだろう。
戦争が終わり休戦状態になった後、幾人かのプレイヤーは貴族として国に召し抱えられた。
人間側の国家で貴族となったプレイヤーの一人が領地として欲したのが、この始まりの町ソルトだった。
この町はプレイヤーがやって来る初期スポーン地点の傍にある。西・南西・南に広がる初心者エリア、黄昏兎の草原はいくつもある初期スポーン地点の一つだ。
世界の入り口とも言える場所を確保した貴族プレイヤーは次に産業育成か後輩プレイヤーへの支援にか低レベルダンジョンの核を買い漁ると町の周囲に植え込み始めた。
これがソルトが始まりの町といわれるようになった由来であり、初心者ダンジョンがいくつも存在する理由だ。
二十年の年月でダンジョン災害が起こったこともあれば、レベルの高いダンジョンの核をよそから輸入したこともあり冒険者にとっては活動しやすい町になっている。
「ネットに書き込んでプレイヤーを勧誘したりとか、すげーよな」
「事業家だな。D世界に来れるかは運次第だし初期スポーン地点も複数あるけど、D世界は他も似たような事業をやってるし」
「ダンストが初心者プレイヤー推奨世界になった一番の理由だもんな。ダンジョンを好きに設置できるのは強い」
「でも下手をすると魔王が量産されるんじゃ」
「そうならないようにモンスターを定期的に間引いてるし、強いダンジョンは核を砕いて高品質の魔石にしてる」
「強力な魔道具の材料になって更に強力な軍隊を配備できるしな。国から褒章として貴族の地位を上げて貰ったんだっけ」
「上手くやったよな。別ゲーム世界出身者とかは真似しようとダンストのチェーンメールガチャをやったりするらしい」
「それで魔法職が迫害される魔女狩り世界やダンジョンからモンスターが溢れすぎて人間や魔族が消えた修羅界に繋がるんですね、わかります」
「D世界に来れて良かったよな」
「チェーンメールで爆死したならゲーム世界にログインしなきゃいいから、セーフ」
「ダンストのシステム習得が出来なくなるのは痛いな」
「そういう時は同行者設定でD世界に連れて来て貰えばいいんだぞ。自分のログイン世界は変わらないから毎回、同行者が必要になるけど」
まあ、まだ初心者プレイヤーで初心者冒険者の俺達が気にする内容じゃない。
重要なのはダンジョンはまだ沢山あるからネズミの巣穴に拘らなくてもいいということだ。
「でも一番、倒しやすいのは大ネズミなんだよな。低レベルでタフなだけだし」
「俺達も強くなってるし武器も揃ってきた。別のダンジョンに挑戦してもいいんじゃね?」
「千匹以上も虐殺したせいか大ネズミも襲い掛かってくるまで時間がかかるようになってきたしな」
「いや、入り口にいただけなのに五分もせずに次々と襲い掛かって来てた今までがおかしかったんじゃないか」
「ダンジョン災害が起きる直前だったのかもな」
大ネズミだといくら何でも稼ぎが悪い。戦闘は短時間で終わるのに待ち時間が長く、ダンジョンの中に深く入り込むには洞窟は複雑で遭難が怖い。
明かりを持たないと戦闘も出来なくなるから剣か盾を置いていくことになるし、運び出すのに時間もかかるようになる。
察知技能は全員が持ってるわけじゃないから奇襲されるかもしれないし、万一に逃げ出す時は解体班や採取班から犠牲者が出るかもしれない。
「なるほど、ネズミの巣穴を深く潜るのはないな。でも他のダンジョンでも似たようなことになるんじゃないか?」
「明かりのない洞窟タイプ以外のダンジョンも多いよ。一見はフィールドに見えてもダンジョンの核があるなら、そこはダンジョンだし」
「森タイプとか草原タイプとかのダンジョンな」
「次は食えるモンスターを討伐しよう。15ゴールドだと肉が出てくることは滅多にないし、昼に食うには高い」
「宿じゃ昼食は作ってくれないから屋台で食ってるけど最低でも20ゴールドはするんだよな」
「え、安いな。相場は25ゴールドくらいじゃね。何処の屋台?」
「南門の近く」
「今ならウルフが相手でもパーティなら察知も戦闘も問題ないな」
「いや察知し損なったら防御貫通の特殊攻撃で即死するかもしれんウルフは無理」
「500ゴールドも報酬があるのは伊達じゃないっていう」
いま考えるとスポーン直後の俺はよく死ななかったな。
たぶんHPを消費して気を使ってたウルフは攻撃はともかく防御はおざなりになってたんだろう。ただでさえ低くなってたHPに急所の目玉を抉られて怯んだのが致命的だった。
そもそも初心者エリアに現れるウルフは縄張り争いに負けてやって来たウルフ界の負け犬だ。
一角兎は逃走だけならウルフ以上の素早さになる脱兎の特技を持ってるし、察知技能を保有した器用特化だ。
ウルフは兎を捕まえられずに少ない小動物かスライムを獲物として食べるしかなくなり腹を空かせるようになる。
そこで最終的に個体の強さがバラバラの人間にイチかバチか襲い掛かってくるのだ。まあ被害は出るかもしれないが初心者エリアに居座ると冒険者が討伐に来るからどっちにしろ先はない。
問題となるのは俺みたいにスポーンしたばかりのプレイヤーとかだ。犠牲になりたくなければ寿命を諦めて泣く泣くログアウトするしかない。
初心者冒険者の手引き、ダンスト編にも丁寧に書いてあった。絶対に戦おうとするなって。
スポーン直後にウルフを相手にして生き残ったなんて現実に戻ってもネットに書き込まない方がいいな。死者が増えるかもしれん。
「一角兎は100ゴールドだけど隠密で仕留めるにしても手間がかかるし一部の奴しか参加できないぞ」
「でもレベルはともかく金だけなら稼げるし、ウルフも隠密でやり過ごせるんじゃない?」
「ウルフは気力感知を持ってるから察知技能と同じことをして来るし、鼻で獲物を追跡するんだよな」
「気力感知はともかく嗅覚で追ってくるなんて技能や特技はあったか?」
「現実化にともなうシステム外能力だな。俺達が現実に出来ることは出来るようにゲーム世界だろうと狼に出来ることはウルフにも出来る」
「なんだそれ、ずりぃ」
「たぶん別ゲーの能力を持ってくるプレイヤーが一番ずるいって思われてる」
「あとは突撃イノシシか幻覚狐か化物ヒツジあたりが候補かな」
「ゴブリンは?」
「ダンストでゴブリンはヤバい」
「十レベルになるまではレベル差なんてないようなものだからな。低レベルの内は装備の差が、実力の差」
「あいつら普通に鉄の剣を持ってるからな。しかも集団で群れる」
「進化すると明確な知能を持つから国家を築き始めるんだよな。鬼種として人間、魔族の次に文明を作るのってあいつらじゃなかったか」
「いやゴブリンより先に獣人が文明を持つはず。こっちは色んな雛形のモンスターがいるから」
「むしろ文明も国家も既に形成されてて土地が広すぎて発見できてないだけじゃ」
「可能性は高いけど、だからこそ高報酬で討伐が推奨されてるんだろう」
「魔王や神様に下克上をするからか」
「どうしても知性があると征服して支配しようと画策するんだよな」
「素直に従うとは思えないんだが」
「奴隷の首輪とかあるじゃん」
「原作でラスボスの魔王を討伐した後とかどうなったんだろうな」
「2で国家分裂した後からスタートだったのってそういう」
「神様も世を儚んで隠れ住んでたしな」
「人間が言うことを聞かなくなったんだろうなぁ」
「そもそも原作で魔王を倒しに行った理由って復讐じゃんか。悲惨な結末になるのはしょうがなくない?」
「こうして考えるとダンスト主人公ってクソだな」
「ハッァア!? いやいや、どう考えても王家を襲った魔族の方が悪いに決まってるじゃん!」
「テロリストに襲われたからって相手民族の国家を滅ぼすのはNG」
「元から火種はあったし、国家全体で怒り狂ってたから制御できなかったってだけだろ」
「魔王も神様も表舞台から消えたから後々になって民族融和の国が出来たって考えると一概に非難も出来んな」
「それは続編の主人公が頑張ったからだぞ」
うーん、ゲームとしてダンストをプレイしたのは随分と前だからストーリーはいまいち憶えてないんだよな。
ゲーム世界となった現実世界のダンストだとか、ゲームシステムだとか、色んなゲーム世界での初心者冒険者が知っておくべき情報だとかを調べるので手一杯だった。
ダンストD世界は前提となる国家や宗教も異なるからストーリーは参考にならないっていうのもあるし。
「歴史問題は拗れるから議論するのは止めよう。主人公とか英雄視されてるから面倒くさいことになる」
「英雄視じゃなくて、れっきとした英雄だぞ」
「魔王が戦闘狂で笑って相手をしてくれたからヒロイック的な叙事詩になったけど、英雄か?」
「弱者は死ねって感じで魔族も殺してた独裁者だったからセーフ」
「魔族は救われましたか?」
「魔族ヒロインは救われたぞ」
「それって征服王朝の姫様を浚った蛮族と何が違うん?」
「魔王が負ける前に主人公に与してたから魔族ヒロインも売国奴なんだよな」
「やめっ止めよう! ゲームやアニメで冷静に考えると変だなってことはよくあることだ!」
「ゲームが現実になるとゲームでの矛盾や理不尽が途端に黒い陰謀になるの笑う」
「笑えないよぉ」
うん。ダンジョンの話に戻そう。候補はイノシシと狐とヒツジだったな。




