プロローグ 悪魔の誘惑
ゲームが現実世界に侵食してきた。いや、ゲームは異世界だった。いや、違うな。
ゲームを元に異世界を創った? 近いが……どっちかというとゲームの力を一般人に与えた。これか?
対価が必要なあたり悪魔が契約者の願いを叶えたってのが一番、しっくり来る。
そう悪魔。現代日本では架空の存在だと見做されてるあれだ。現状を考えるとそういう存在がいるっていうのがスマートな考え方だ。
ゲームキャラが現実世界に出てきた。そんなフェイクニュースが自分にとっての始まりだった。
笑い話のようにSNSに広がった書き込みが事実だと判明するのにそんなに時間は掛からなかった。現実で魔法を使えるようになれば自重できる人間ばかりではないのは仕方がない。
まあ、器物損壊程度の犯罪と、恐怖をそんなに感じない事件で良かった。その後の災害時に活躍したヒーローのおかげでプレイヤーは概ね歓迎されている。良くも悪くも。
そう異能を使える人間はプレイヤーと呼ばれている。ゲームプレイヤー、コスプレイヤー、ロールプレイヤー、略してプレイヤー。
最初に現実で発見された魔法を使う人間から名付けられた。まあ、別にそういう人間が目立っただけで普通の人の方が多いんだけど。
でも、ゲームプレイヤー。これが全ての異能者の本質といっても過言ではないからあってる名称だと思う。
概略だけで判断するとフィクションでよくあるゲームをしてると似た異世界に取り込まれて、現実世界に戻ってきても力は消えなかったって奴だ。
問題なのは、それがどのゲームでも起こるから運営や会社が黒幕ってわけでもなく、基本的にデスゲームだから被害者が多く、異世界に行くのは任意ってところ。
育てたゲームデータは意味をなさず異世界に行くと初心者装備しか持たされず能力も現実準拠。
最弱と言ってもいいのに生き残りさえすればスーパーマンになれると大人気だ。
媒体はチェーンメールで誰か一人でもメールを送るとその後は代償さえ払えば自由に異世界に行ける。リンク部分をクリックするだけ。
チェーンメールにも種別があって違うゲームを題材にした異世界へと行けるからコレクターも尽きない。
金を払ってチェーンメールをやり取りする商売すらある。
政府や警察も対応はしてるけど、規制をするのは不可能だろう。それだけ魅力的で、危険で、不可解だ。
現実世界では異世界に行ってる間の時間経過が百分の一なのも原因だろう。まだ事態発覚から半年ほどだ。
その間の被害者数と帰還者数はもう数千万とも言われている。
成功した人間の輝きと危険さを間近で感じるから単に規制をするだけでは収まらない。
「ふぅ」
ギシッと椅子を鳴らして目の前のスマホを見る。賢しげに世間を評しても自分も危険に飛び込む愚か者に違いはない。
異世界に行って出現するステータスウィンドウからログアウトを選択する。それだけで帰還できる異世界で死亡者数が跳ね上がるのは理由がある。
この事件の元凶を悪魔と言った理由。異世界に行く代償。
十年分の寿命。それこそが代価だ。
払ってしまえばゲームに似た異世界で十年の滞在期間を貰える。十年間死なずに鍛えればスーパーマンの仲間入り。
死ねばそれまで。すぐに帰れば寿命を取られるだけ。
セーブもなしにゲームクリアをするだけでもハードルが高いのに、それを現実でやる。死亡者が多いのも納得だろう。
それでも手が伸びるのは成功者を知ってるからだ。複数のゲーム世界を経由し、何十年もの寿命を取られて尚も笑顔な成功者達。
上位プレイヤー。超越者。
ゲームで寿命を延ばす、あるいは若返る。種族を変える、機械化する。不老不死になる。
それは現実でも有効でこの悪辣な代価をなかったことに出来る。
ここまでお膳立てされて誘惑に抗えるほど人類は強くなかった。いや、少なくとも自分は。
ふわふわとした漠然とした期待と未知への好奇心がスマホのリンクへと目を吸い寄せる。