茶番劇
白い厨房を静寂が支配する。男は息を呑み、給仕姿の女性は男が口を開くのを促そうと機会を伺っている。
一際耳の長い女性は、そんな二人の様子を見て何をするでもなくただそこに立ち尽くす。
長い間続いた沈黙を壊したのは意外な事に挙動が怪しい男性だった。
「あ、あの――私の……」
「申し訳ないがそういうのはお断りだ。私には義理の娘がいるんだ」
「い、嫌、違いますから話を最後まで聴いて下さい!」
ちっぽけな勇気を振り絞って喉から声を発する彼の勇志を、話すことは何もなくなったとばかりに彼女は即座に踏み躙る。
ガラス細工よりも緻密で、雪の結晶よりも脆い彼のハートはその言葉に叩き潰されそうになるも、辛うじて形を留めて事の核芯へと話題を戻そうと腫れ上がったような口を開けて尽力する。
外から彼の精一杯頑張ったであろう結果を見ていた女性は、堪らなくなったのか助け舟を出す。
「彼がしたい話は恐らく、レシピを伝承させてほしいという内容ではないかと」
一見、柔らかな物腰で話しているようだが、そう口添えする彼女の表情には厳しいものが在り、流石の彼女でもこれは笑えないようだ。
「一つ一つの所作がまどろっこしいとは思っていたがそこまで酷いとは……」
そう言って私も彼女から受け取れる無言の怒りに内心同意する。
彼の行動一つをとっても長年の経験と、そこで培った数多くの技術が必要であろう、料理長という椅子には世辞にも彼が相応しいとは到底言うことは出来ない。
料理長に至る多くの人物は長年の経験から強い精神力と豊富な知識を培うのだろうが、彼はどうやら精神力を鍛え忘れたようである。もしかすると鍛えてこの程度なのかもしれないが。
ともあれ、
「それならば早速ご教授願えるかな? ナシアや御者を待たせているのでな」
「すいません。あ、ありがとうございます。では、その衣服からこちらに着替えてもらえますか」
そう言う彼から白一色で統一された料理人の衣装が手渡される。彼が着ている物と少し違っている為、女性用に作られた物だろう。
給仕に案内され、別室にて着替え終わると手早く準備を整えた料理長に一瞥して料理教室を開始する。
それから一、二時間程して全料理の作り方を覚えると次は彼の味に近付ける試行錯誤の時間が訪れる。
「そうですそうです。やはり貴女は私が睨んだ通り筋が良い!」
「自惚れが過ぎやしないか、料理長? それに貴方の品に比べるとまだまだな気がするのだが」
「最初でこれだけ出来れば上出来ですよ。あと、貴女を称賛しているだけであって決して、自画自賛をしている訳ではありませんから」
自分に自信が無いが故に彼から弱気な発言が飛び出るが、そこは料理長としてビシッと断言してもらいたいものだ。
そんなことを考えながらも手を動かしていると、彼から合格が出た為に料理教室は急遽として御開きとなった。