残念過ぎる男と完璧過ぎる憐れな給仕
沈黙を貫く給仕に付いて行くと、厨房の白い扉が二人の給仕によって開かれる。あちら側の対応を見るからに、悪い状況下に陥っている訳ではないだろうが、その目的が理解出来ない。
私の認識ならば、レシピは人を呼びつけてまで教えるものではない。むしろ、料理人によっては命の次に大切なものだと言い張る輩もいる。
そんな情報を他人に話すのは余程の馬鹿者か、もしくは代々受け継がれて来たものが途切れるのを嫌って伝授する者のどちらかだ。
稀に、自分の才能を他者に開示したいという者もいるようだが。
後者だとしても信頼度が高い、親しい人物に教えるのが普通だろう。
必死にこの展開が訪れた理由を考えるが、まったくもって思い当たる節がない。そもそも、説明も無しに付いて来いと言うのも可笑しな話だ。
私が思考を張り巡らせていると、扉の向こうに不満を募らせたような顔をしたやや肥満体型の男が目に止まる。
洒落のつもりなのか、鼻下の髭は不自然な程整えられていて、自信が無さげなカーキの双眸に、髪は頭に乗っている帽子で隠れているのかもしれないが―――失礼ながら彼の毛根は既に死んでいるものと思われる。
「よくいらしてくれました。まさか本当に来て下さるとは!」
私の入室と共に彼はその不恰好になっていた顔に笑みを浮かべる。声の調子からして、彼は不安を抱いていたのだろう。私の姿を見て安堵しているようだ。
「私が喚ばれた明確な理由が分からないのだが、説明して戴けるだろうか?」
私が口を開くと、目の前の男は目を游がせ始め、口をモゴモゴさせながら、寸でのところで声は発せられる事はない。情けない限りである。この男が本当に料理長ならばどのようにして厨房は廻っているのだろうか。
彼にそんな評価を点けていると、薄水色の髪をした給仕が割って入る。
「それは料理長に代わり、私が説明させて頂きます。――実は、彼の家系は代々勇者様から承った秘伝のレシピを次の世代へと受け継がせているのですが、お恥ずかしい事に我が宿の料理人は料理の腕前が彼と同じ域に達しているものが居ません」
「――そして、兄弟もおらず彼がこんな調子だから伴侶もなく、頼みの綱である跡継ぎも勿論存在しない状況であり、宿の存続に危機が迫っている――っと?」
「―――概ね、その解釈で合っております」
顔に苦笑を浮かべ、歯切れ悪くもそう言い切る彼女の姿には、宿の為に尽くす姿勢が見てとれる。それは正に労働者の鏡とでも言うべき姿であった。
その彼女の姿に感服した私は、微力ながら力添えをする事を心に決めた。