前触れのない来防
流石に可哀想な気がしてナシアと他愛ない会話をしていると、先程と同じ給仕が料理を盆に乗せて此方へと歩み寄る。
給仕によってテーブルに並ぶのは、薄黄色の液体の中に自己主張の激しい小さなコーンが入ったものと、数多くの野菜が適度な大きさに切り分けられ、その上にしそを擂り潰したタレが掛かったものだ。
どちらも肉を使っておらず、私達にとって食す事が出来る町中では希少な料理の一つである。
「うわぁ~! 良い匂いですね」
「そうだな。レシピを教わりたいぐらいだ」
「追加の御注文等が御座いましたらお呼び立てください。それでは、御食事をお楽しみください」
それだけ言い残すと彼女は別のテーブルへと足を運ぶ。
まだ二十代程にも拘らず、営業スマイルも交える余裕を持っている彼女は、将来的に王城や貴族の下で待女をしているかもしれない。――人生何があるか分からないのだから。
そう思い、初めてこの世界で目を覚ました時を浮かべて頬を緩める。その様子を見ていたらしく、コーンスープを飲んで顔を綻ばせていたナシアの顔ににやつきが宿る。
「何を耽っているんですか? 家に帰りたくなちゃってたりします?」
「そうじゃないさ。――ただ、昔を振り返るとこうしている事が不思議に思えたんだ」
「その話、興味深いですね~。食事が終わったら訊かせてもらいましょうかね」
「食後の満福感で忘れている事を祈っておくとしよう」
意地悪く微笑む彼女に微微笑で応じて、温かな湯気を出すスープに口を付ける。その味は心温まる優しい味だった。そんな風に感じるのは、彼女と過ごした日々が影響しているのかもしれないが。
とにかく食事はどちらとも絶品で、何処か懐かしい気分になった。
食事を終えて部屋に戻り、宿を出る準備をしていると扉を軽く叩く音が三回程耳に入る。扉が開かれると、そこには食堂で見かけた給仕が立っていて、
「突然失礼します。料理長がレシピをお教えしたいとのことです」
と静かに声を掛ける。透き通った青い双眸からは何一つとして読み取れる情報はない。来訪の魂胆は判らず、無表情としか言わざるを得ない顔色はこちら側の返答、基同行する態勢を取ることを待ちわびているようだ。
「――話は理解した。…料理長とやらの所へ案内願えるかな?」
話をややこしくするのは悪手と判断し、とりあえず彼女の話に乗ることにした。応答を受けた彼女は、手の動作で部屋からの早期退出を促す。
無言で伝えられる指事に従い、私達は荷造りも儘ならないで部屋を後にした。