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隠し部屋と宝箱の姫君③

 身の丈の数倍はある本棚にはびっしりと隙間なく本が敷き詰められており、そのほとんどが見た目からして古本だ。その本にどれだけの価値があるか分からない。しかし、丁重に扱われている辺り、少なくとも目の前の人物には貴重な物らしい。


「それで何用だ? 単刀直入に言ってくれ。私の趣味の時間を余り潰されては困る」


 青にやや紫が混じったような髪と目を持つ男は静かに目と本を閉じる。最初の言葉はずいぶん優しめだったようで、本来はこのような話し方をするのだろう。


「申し訳ありません。先程目覚めたばかり故、思考回路が正常に機能していないのです。ご機嫌を損ねた事、深くお詫び申し上げます」


「分かっているならいい。それより何用なの……客人とは、珍しい事もあるものだな」


 本から顔を上げた男は少し驚いた顔を見せたが、その後は先程と同じような表情に戻った。


「接待の用意を。そうだな、今はお互い疲労が溜まっていそうだからリラックス効果のある茶を出せ」


「畏まりました」


「さて、取り敢えず好きな所に腰掛けてくれ」


「それではお言葉に甘えるとしよう」


 少し歩いて、拓けた場所にあるソファーへと腰を下ろす。それ以外の場所は大抵本が積まれてあり、空いている椅子を探すのは大変そうだ。


「汚いだろう? これでもまだ綺麗な方なんだがね」


 男は苦笑して、近くにあった山のように積まれた本を退けて椅子を空けるとそこに座る。退かされた本達は宙を舞っており、彼が腰掛けると各々の本棚へと帰っていった。


「いや、構わない。私はフィアットという者だ。次は貴方の名前をお聴かせ願えるかな?」


「これはどうも。紹介が遅れたな。私はベルン・アクセシスという者だ」


 ベルンと名乗った男は獣人族のような少女が運んで来た紅茶と受け菓子を私に勧めながら、こちらを一瞥して紅茶に手を付ける。いきなり踏み込んだ事は質問出来ない。焦らず、時間の許す限りで吊り上げるとしよう。


 そう思っていた私とは裏腹に、ベルンはこちらが聞き出そうとしていた話を切り出した。


「早速だが、君が連れてきた彼女について話そう。彼女はざっくり言うと人工生命体だ。発明者は私で、彼女は私の最高傑作だった。しかし、それ故に私には起動する事さえもできず、万が一にも何かの拍子で暴走しないようにと致し方なく宝箱に封印していたんだ。――どういうわけか君と『同調』に成功して起動したようだが」


「は、はああ……。そうだったのか。災難だな」


「なに、君程じゃない。よりにもよって『ディアン』と同調してしまった君程では、ね」


 ベルンは何度目になるか分からない苦笑を顔に表すと、菓子を紅茶と共に喉の奥へと流し込んだ。


「ディアン、というのは?」


「ディスピアー・ポウラン。略してディアン。かつて存在した邪神の名で人々の間では絶望の代名詞となっている。彼女はその名に恥じぬだけの性能があると自負している。現時点でも一国くらいならば三日もあれば滅ぼせるだろう」


「……確かに私という一個人には荷が重すぎるな。そちらでどうにか出来ないだろうか」


「すまないが、こちらも手に負えないからな。返品不可だ。しかし、上手く扱えれば性能は折り紙付きだ。潜在能力も考慮すれば最強と言っていいかもしれない……」


「潜在能力? まるで人間みたいだな?」


 ベルンは私の問いに微微笑を見せると、近くの本棚にあった一冊の本を手に取った。パラパラと捲れていた紙が、あるページで止まった。


「君には話しておいた方が良いかもしれないな……。ディアンは人間に近いが人間ではない。生物という枠組みに入れるかどうかも正直怪しい所だ」


 そう言って彼は開いた本の一部分を示す。そこには私では解読出来ないような暗号が紙の余白を少しも残さないように綴られていた。その中でも表図だけは何となく分かった。


「ここを見てくれ。この図には体の仕組みが載っているが、心臓とも言える部分の『魔核』が他とは異なるんだ」


「……もしや、悪魔の心臓か!? 確かに動力源としては最高かもしれないが、下界にある材料ではその膨大な力に耐え切れないはずだ!」


「それを可能したのが私だ。時間はかかったがな。そして、改良の末に完成したのがディアンというわけだ。最高の魔導人形を作れた私は満足したが、彼女はそれだけではなかった――」


「成長する、のか?」


 静かにベルンは頷く。冗談じゃない。初めから基礎能力全般が生物を超越している魔導人形だ。それが更に上がるというならば天使や悪魔をも超える可能性がある。暴走は予想以上に危険だ。神の使徒が暴れては、殆どの生命体が皆平等に無力だ。逃げ出すのだって大した意味はないだろう。


「しかし、彼女は自我を持っているようだった。危険半分、救いも半分。一見すると自我を持たない個体の方が安全に思えるが、暴走すればどっちみち同じだ。寧ろ、自我を持たない者は壊す事でしか止められないが、持っているならば心に呼び掛けて思い留まらせる事も出来る。……全ては君次第だ」


 神妙な面持ちで発する声は先程までとは重みが違った。少女の暴走。それは実質的に逃げ延び難い死を意味する。これは――


「これは責任重大だな。世界を滅ばさないように極力機嫌を取るとしよう」


「ああ、全く以てその通りだ。くれぐれも彼女の取り扱いには注意を頼む。私を死なせないでくれたまえよ?」


 ベルンは気軽に笑い、紅茶を口にする。全く……とんだ拾い物をしてしまったようだな。

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