怪しい集団
人気のない静かな町を数人と一人の影が宙を舞う。真夜中なので月と星々の明かりだけが頼りだ。複数の影は時折後ろを振り返っては徐々に走行速度を上げる。
影を追う女性は完全に気配を絶っているが、それでも何か引っ掛かる節が見えるのはさすが「裏社会の住人」といったところだろう。
影は町を出ると人が寄り付かなさそうな森林を抜けて岩肌のとある場所で立ち止まる。探るように岩肌を撫でる影は突如手を止めてその部分に力を加えていく。
ゴゴゴゴ、と岩と地面の擦れる音が深夜の森に木霊して、影達の前に人一人が入れる程の入口が現れた。その中にぞろぞろと入っていくと軈て音を発ててそれは岩肌と同化する。入っていく影の中には一人のエルフの女性の姿もあった。
影の一人が立て掛けられていた松明の一つを手にして暗がりの先を照らす。洞窟内は直径五メートル以上はあり、短期間で拵えたにしては広すぎた。中はひんやりとした空気が充満していて、所々に部屋のような空間があった。進んで行くに連れて薬品の匂いが混じって来る。
「お前ら何してた」
最奥の部屋から根暗な雰囲気を感じさせる声がした。影は「失礼します」と告げて頭を下げて部屋に入って行く。室内は機械づくしで床には何かしらの粉末が落ちていたり、何十冊もの書き込まれたノートが開いたまま転がっていた。
「この場所に近付く不審人物の始末に赴いていました」
「まあ、良いか。それで? 始末出来たのか?」
一旦不機嫌を呑み込んで跪く影に問いかける。舌打ちが会話の所々に紛れ込んでいる辺り、彼の心情を窺える。
「いえ……。我々の力不足で応援を引き連れて再度迎撃に向かうつもりです」
「仕事しろよ、能無しが! お前らの存在意義がねぇだろうがよ!!」
白衣を纏った黄緑髪の青年はポケットから毒々しい薬品を取り出すと蓋を開けて影の一人にぶち撒ける。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!」
薬品を頭からかけられた影は、次第に煙を上げて溶け始めた。彼は溶け切って消えた影を鼻でフッ、と嗤う。
「こうなりたくなかったらさっさとそいつ殺して持って来い! 実験材料にしてやるぜ。ははっ、はははははっ!」
「は。お、仰せのままに!」
仮面の奥で歯をカチカチ震わせる影は恐怖心を押し殺して部屋を後にする。彼はその様子を嘲笑っていたが、「そういえば」と前置きして、後ろの一人に目をやり、
「付けられてたんなら追い払えー? お前らほんとに仕事する気あんのか? ……ペナルティーだ。そいつを殺した後でだがな」
と口にする。彼の言葉を聞いて振り向く頃には二つ分の首が飛んでいた。
「何故ばれたのかな? 自惚れでなければ私を見つけるのはそれなりに難しいはずなんだが」
「入口に探知魔法がかけてあんだ。そりゃ、かけた本人は分かるわな」
彼の探知魔法はとても綿密に隠蔽されていてさすがの彼女も一目見ただけでは分からなかった。
「悪いけど茶はでねぇぞ? 代わりと言っちゃなんだが身体を弄くってやるよ」
「性格の悪そうな君に身体を預けはしないさ」
「残念だ。じゃあ、捕らえてからじっくりと改造してやんよ。やれ! お前ら!」
彼がそう叫ぶと洞窟内から三十以上の影が集まって来る。皆短刀を構えていて、雑魚は一人もいない。彼女にとっては雑魚と大差ないが。
「飛んで火に入る夏の虫、一石二鳥とはこのこった! 実験材料の調達と妨害する奴の排除が一度に出来るなんてな」
彼を護るようにして立ち塞がる小さな影の一つの肩に足を乗せた彼は狂暴な目つきで高らかに嗤った。