阿弥陀仙人・あみだせんにん
重力をまったく意識していない登場人物が出てくるマンガなり、小説なり、(無重力空間を前提としたもの以外で・・)それって、もしあれば、ある意味すごいと倉本は思います。あのギャグ漫画の巨匠、赤塚先生だって、おそらくそんなことは、想像だにしなかったのではないでしょうか。(バカボンのパパでさえちゃんと地に足をつけて生きているのですから・・・)
どんな、妄想、空想的作品であっても、根本として、いくつかの縛りの中で、書かれているものであります、当然、われわれが日常使っている言語というものもそのうちの一つであります。そういう意味で、抽象画はあっても、抽象小説はおそらく存在しないことになります。
阿弥陀仙人・あみだせんにん
わたしは、やけに、やわらかく、ふんわりとした所にいた。
うっすらと視界に、靄・もや、のようなものがかかっていて、雲の上かどこかに
立っているようだ。
立っている。つまり私がここに、存在している意識はしっかりとある。
私自身が、具象物の一切描かれていない、水墨画の空間に紛れ込んだような・・
そんなおぼろげで、かつ具象的な、イメージが、脳裏に浮かぶ。
視界に見えるものは靄・もや 以外には一切ない。
前後も、左右も一切分からない・・・・
いや、それは事実のようでもあり、うそのようでもある・・
わたしは、少し立ち止まって、状況について考察してみる・・
おそらく、自分の右手がある方が右、左手のある方が左、そして顔が向いている方が前、おしりが、出張っている方がうしろ、主観的な前後左右は存在する。
でも、ちょっと顔を横に向けると、その概念は一瞬にして、変化してしまい、先ほど確認した、元の方向とは、位置がズレてしまう。
絶対的、客観的、鳥瞰的方向性はここに存在しない。
いや、仮に、存在したとして、私には、それを知り得ることが、不可能なのである。
・・・・・・・・・・
いったい私は、何が言いたいのだろうか・・・?
このような、自分ひとりの存在しか、はかり知ることのできない状況に至っては、前後左右、そのような概念は、全く無用だということだろうか・・?
知り得るのは、唯一、上下感覚、足をしっかりと大地に付けた、重力の中での存在感覚、おそらくこれは、不可逆的な性格のものであろうから、正しいといえる。
頭のある方が上で、足の裏の向いている方向が下・・・
これだけは、普遍的、絶対的な縛り、未来永劫にわたっての、約束事である。
いやいや、何を言ってるの・・?
上下感覚、それも、主観的なもので一切信用ならないものじゃないか・・
反論される人もいるだろう・・
しかし、上下が可逆的な、無重力の空間に人物がいる、ということを無意識に認識するのは、たとえそれが小説の中であったとしても、かなり無理があるということ・・
もし、その場所の設定が、地球上に存在しない場所だったとしても、そこを文字通りひっくり返すには、かなり勇気がいるということ・・
地球外の宇宙空間、あるいは、無重力状態と、はっきりと状況確認をした場合以外では、そのいわゆる重力の縛り、というものは、無意識に肯定されるべきものであろうと、わたしは考える。
われわれは、たとえ、常識を180度覆すことが可能な、小説の中でさえも、この重力の中で、何十億年の月日をかけて進化してきたという、この惑星の重力の縛りを無視して、書くことは、やはりできないのである。
少し、横道にそれてしまったが、わたしは、いま、そのような曖昧且つ、絶対的な認識空間のなかに存在しているのであった。
話を進めてみる・・・・
・・・・・・・・・・・
わたしは、そのような中、とりあえず、前に進んだ。
つまり顔の向いている方向にである。当然、まっすぐに進んでいるのか、湾曲しながら進んだのかは知る由もない。
しばらく行くと、老人が、いるのが分かった。
白髪頭で、白い絹のような服を身にまとい、私からは、痩せた背中が見えた。
木製のしっかりとした机に向い、重厚な椅子に腰かけて、一心に書き物をしている。
・・・・・・・・・・
「何をしているのですか?」
「・・・・くじ・・」
はっきりと聞こえなかったわたしは、もう一度、訊いてみた。
「なんの、くじですか・・?」
・・・・・・・
白髪の老人はくるりと振り向いて私のほうを見た。そして、こんどははっきりとした口調で、こう言った。
「阿弥陀くじ、じゃよ・・」
「お前さんのくじを作っているのじゃ・・」
・・・・・・・・・・・・・
わたしは、しばらく、言葉がでなかった
「・・・わたしの・・くじ・・・?」
「うむ、お前さんが、生まれ変わった後、どんな生き物になるか・・決めとるんじゃよ」
「えっ・・・なに・・?」
「それって、来世ってこと・・・」
「ああ、そうじゃよ・・」
バンッ
わたしは、いきなりその、仙人のような老人の前に回り込んで、机に置かれたその紙切れを、略奪しようとした。そしてみごとに失敗し、両手を机に叩きつけた状態でその仙人を睨んだ。
仙人はすかさずくるりとわたしに背を向け、肩越しに・・・
「ほほほ、いきなりなんじゃ・・・?」
仙人は笑い声を洩らしたが、その眼光は鋭くわたしを見据えていた。
「知りたいんです、見せて下さい」
・・・・・・・・・
「ああ?・・知りたいじゃと・・」
「・・・はい」
「ダメ・・・」
仙人は、大きく口をあけ、舌を出して言った。
まるで、いたずら好きの、アインシュタイン・(子供)のような顔であった。
「なんで、・・・」
なんだか、こちらも子供みたいな口ぶりになった。
「なんでって、面白くなかろう・・来世が分かってしまったら・・・」
「なんで、・・」
まるで幼児に戻ったような、感覚になっていたわたしは、言葉をそのまま口に出していた。
「ふふふ、わがままな、ぼくちゃんじゃのう・」
戯と緊張の錯綜した、すこしボヤけた空気が、周囲に漂う・・
「後悔せんか・・?」
「うん、・・・・・・・」
ぼくは、くびを大きく縦に振った。
「人間とは、限らんのだぞ・・・」
・・・・・・・・・・・
「えっ・・・そうなの・・?」
わたしは、我にかえった、等身大の35歳、元の自分に戻っていた。
・・・・・・・・・・・
「人間は来世も、人間じゃないんですか・・・?」
「だれが、決めた? そんなこと・・」
仙人は、目を細めて、私のほうを見た。
・・・・・・・・・・
「えっ、そんなベーシックなところからのスタートなの・・?」
わたしは、動揺していた・・・
(どうしよう、シロアリや、ナメクジ、いや、動物ならまだいい、もしそこに自分の来世が、毒キノコとか、書かれていたらどうしよう・・・)
・・・・
はっ
わたしは先ほどの、仙人の言葉を思い出していた。
阿弥陀くじ・・・・
(ええと、その紙に書かれている生物から、一つ、このおっさんが、くじで決めてそれが、つまり、自分の来世ってこと・・・?)
わたしは、一瞬で、今度はそちらに興味が移ってしまった。
どんな生き物が選択肢に入っているのだろう・・・?
「あの・・・?」
「なんじゃ・・?」
「その生き物・・っていうか・・選択肢って、どんな・・・?」
「・・・・・・・」
「まだじゃ・・」
「・・・・えっ・・?」
「まだ、決めておらん、これから書くんじゃ・・」
そういって、仙人は、向きを変えて、再び机に向かおうとした。
(ということは・・・)
(あり得る、まだ来世で、人間になるチャンスが・・)
「あのう・・・仙人・・さま・・」
・・・・・・・・
「なんじゃ、急にかしこまりおって、気持ちの悪い・・」
「その、・・・」
「その選択肢に是非、人間を入れていただけないかと・・?」
仙人はすこし、頭を掻きながら・・・
「いまのところ、考えておらんが・・・」
(やっぱり・・)
(このくそジジイが・・・)
・・・・・・・・・
「そこを、是非、その、」
「仙人様の、御意向で、なんとか・・」
わたしは、できる限りの愛想笑いを仙人に向けた。
・・・・・・・・
「なんじゃ、おまえ、来世も人間でいたいのか・・?」
「ええ、もちろんです」
(だれが、すき好んで、ゴキブリに生まれ変わりたいもんか・・)
・・・・・・
「なら、これからの、おぬしの やるべきことは決まったのう・・・ホホホ」
そう言って、その老人は、わたしをポンと、後ろに突き飛ばした。
「えっ、」
雲間のような隙間から、みるみる下界に突き落とされていく
やはり、ここでも、しっかりと重力は感じている。
うわああああああ、
絶叫さえも重力には逆らえず、やはり、後から落ちて来る。
・・・・・・・・・・
(はっ・・・ここは?)
先ほどの雲間からうっすらと視界が明けると、そこは、病院のベッドの上、
神妙な面持ちで医師と付き添いの看護婦が、薄れた意識の中、ぼんやりと見える。
ベッドのわきに窮屈そうに設置された機械のスクリーンには、心拍数やら呼吸数やらが、一目で分かるように、大きく表示されていた。
・・・・・・・・・
「病院? なんで、ここに?」
・・・・・・・・
「あ、交通事故・・・?」
わたしは、少しづつ、記憶を取り戻していった。
どうやら、わたしは、瀕死の状況から、無事、生き返ったようだ。
・・・・・・・・・・・
(がんばってみるか・・生まれ変わった気持ちで)
白い病室の天井から、あの仙人の最後の言葉が、聞こえてくるようだった。
おわり
言葉は抽象的なものである という言い方は正しいと思います。ゾウのような…という言葉1つでもいろいろなイメージを持たせることはできます。抽象性が、マンガと比して、小説の優れているところだと言われる方もいるでしょう、抽象という言葉にはいろいろな意味があり、それゆえに誤解を生んでしまうことにもなるのですが、つまり、空中浮遊した、あがやへらぷら的な性格ともちゃらぺらとちょ的な性格の二人が、どうちぃちょっとればんななら、したところで、行きつく先は、もちぇらへらぷら、にしかなりえないということ、そう、倉本は結論づけます。