幼年期 三十話 『誘拐#2』
畜生、畜生!俺が森に行きたいと言ったばかりにこんな目になったんだ。これじゃ、お父様やお母様に示しがつかない!いや、今はそんなことはどうでもいい。兎に角フィリナを助けなきゃ!俺は浮遊魔法を使い茂みの上に出て索敵する。すると茂みの中を高速で北北西の方向に移動する影が見えた。
「フレッド!奴は北北西に進んでいる!!俺は目印を付けながら先行するぞ!」
「承知致しました!御武運を!!」
繁殖能力が高いゴブリンが女性を拐う目的は決まっているきっと……。助けが遅くなるとフィリナは癒えない傷を負うことになってしまう。俺は『ファイヤー』で木々に軽い焦げをつけながら浮遊魔法のスピードを上げる。そして茂みを抜けるとゴブリンの体がはっきりと見えるようになり、奴は2mくらいの相当大きな魔物であることが分かる。視界が良くなったことでゴブリンは俺の存在に気付いたのかなんとさらにスピードを上げた。まさか奴は『ブースト』のようなものが使えるのか?このままでは見失う!何か…何か手は無いのか!
「ルキ!」
ゴブリンがスピード上げて腕を振るようになったためか奴の手でフィリナの口が塞がれていたのが解かれる。
「フィリナ!待ってろすぐ助ける!」
不安にさせないようフィリナを励ますが俺自身焦っているので力強く言えているかわからない。
「チッ…」
距離がだんだんと離れていくのに無力な俺は苛立ちを感じて思わず舌打ちをする。……『ショック』という単語がふと脳裏によぎる。そうだ!そいつを使えば奴の動きは一瞬止まり、フィリナも脱出できる。そして倒れた奴の顔面に俺の全魔力を使って『ファイヤーボール』を放つ!背後で無防備になっている今なら『ショック』も通じる。
「フィリナ、逃げろ!『ショック』!!」
バチりといつもの朝の鍛練よりも大きい、空気を走る音が迸る。見事に命中し、奴は転倒する。フィリナが脱出したのを確認して最大出力の魔法を放つために集中、そして即座に発動。
「らぁっ!!」
最大出力とはいえフィリナに被害を与える可能性があるので力を凝縮した小さな『ファイヤーボール』を放つ。初めての試みだったがなんとか成功したようだ。俺の推測ではこの時すでに麻痺が解けているはずだったが奴はまだ倒れていた。球体が体に当たった瞬間にそれは予想を遥かに越えた規模で爆発する。
「わっ!」
「うぐっ!フィリナ、掴まれ!!」
すぐそばにいたフィリナは爆風で飛ばされてしまったので力を振り絞り、浮遊魔法を使って彼女を抱き抱える。そして俺らは数十メートル宙に放り出された。かろうじて助かったもののフィリナが逃げ遅れていたらどうなっていたか…。ゴブリンがいた方を見ると跡形もなく無くなっていたので俺は安心する。
「ルキ……ごめんなさい。」
「いいんだ。こうして二人とも無事でいる。」
フィリナは一人で突っ走ったことを反省すると同時によほど怖かったのか涙を流す。フィリナが泣き止んだので地上に降りると今までの無茶がようやく現れたのかがくりと体が倒れる。
「ルキ!大丈夫!?」
フィリナがすぐに駆け寄ってくれるが睡魔に襲われる。しかし、こんな森の奥で彼女を一人にしてはいけないので必死に意識を保つ。
「平気だよ。それより木々に火はついてない?火事になったら大変だ。」
「ううん。ついてない…ツツ!」
「…どうしたの?」
フィリナが言葉にならない悲鳴を出したので急いで尋ねる。
「周りに小さいゴブリンがいるの!」
まだ魔物がいたのか!俺は急いで立ち上がろうとするが体が言うことを聞かずに倒れてしまう。
「いいの、ルキは寝ていて。今度は私が守る番だから!」
「無茶だ!奴らは数の有利がある、早く南南東へ…」
「ルキ様、フィリナ様良くぞご無事で!!」
そこにフレッドが到着する。助かった。フレッドがいれば百人力だな……。そう思った瞬間に再び強烈な眠気に襲われる。今度は俺の周りでゴブリンを切り刻む子守唄と共にそいつに身を任せた。
目を開け一瞬ボーッとした後意識を覚醒させ、寝ていた体を起こす。側にはフレッドと寝ているフィリナがいるがここは見覚えの無いところだ。
「ここは?」
「最寄りの村の家の中です……。ルキ様!本当にご無事で何より…」
良い歳したフレッドが目を潤ます。
「おいおい、まさか泣くんじゃないだろうな?」
彼は今にも泣きそうだったが徐々にその潤いは乾いていき、今度は安堵の表情から険しい表情へと変化した。
「ルキ様…私は護衛とは名ばかりのただ無能でした。この度は本当に謝罪してもしきれません。どのような罰も…」
「いいよ別にフレッドは最後に助けてくれたし二人とも無事だ。」
「いいえ、それはルキ様の力で私は…私は…!」
キリが無さそうだ。確かにフレッドは来るのが遅れた。だがそれは罰することでもないし、もとはと言えば俺が森に行きたいと言ったからこそフィリナが拐われてしまったのだからむしろ罰は俺が受けるべきである。
「じゃあフレッド、俺はお前の主としてお前に命ずる。このことはお父様、お母様に報告するな。そして気にするな。」
「…はい。」
命令となれば従者はすっかりと受け入れてくれる。このようにな。
「しかしなぜ報告をしてはならないか訊いても?」
「…あのお父様とお母様がフレッドを罰することはないだろうけど話してしまうともう森に行けなくなっちゃうかもしれないからな!」
「あら、起きましたか?ルキ様。夕食を用意しましたがお口に合えば是非お召し上がりになってください?」
そのとき部屋の扉があき、優しそうな中年の女性が現れる。おそらくここの家の人だろう。
「はい、ありがとうございます!」
俺は元気良く返事をした。
ここまで読んでくれてありがとうございます。