「主人公と脇役」
金曜日の放課後、帰っている井川さんを自分とアキはつけていた。
帰り道の途中で廃工場があるのでそこで襲う段取りになっている。
しかし、井川さんが部活をしていることをすっかり忘れていた、が今日はたまたま休みだったらしい。
多賀の帰る時間と被らなければ意味はないから危なかった。
「後少しだな」
緊張のせいだろう。アキの声は震えている。
「そうだな。多賀の後をつけているニシに連絡するか」
自分は多賀を廃工場に呼び出すためにニシへメッセージを送った。
「……ところで、その……この声はどうにかならないのか?」
「まぁ、自分たちって気づかれなかったらいいわけだし」
2人の声は変声機で全く同じ声になっている。
明らかに機械を通して喋っているだろうと分かるくらい、機械感が凄い。
「あと、今の時点で変装する意味ってあるのか? いつ通報されるか分から無くてドキドキしてるんだけど」
「大丈夫。ここは元から人通りも少ないし通報はされないだろ」
今の自分たちの格好は自分が白のポロシャツにひょっとこのお面、そして身長を誤魔化すためにシークレットブーツを着用している。アキは白のパーカーにおたふくのお面というものであり、まぁ、どっからどう見ても不審者二人組だ。
だが、この時間帯にここら付近を人が通ることはほとんどないため、通報される心配はない……はず……。
「……そろそろ先回りするか」
少し焦りを感じたのと、井川さんがだいぶ廃工場に近いところに来たため、自分たちは先に廃工場に向かった。
多賀 学は1人で考え事をしながら下校していた。
真琴とはあれから一切話しをしてなかった。
シラガミたちには諦めると言ったが、内心全然諦められないでいた。
あの時もっといい言葉があったのではないか?
本当に伝えたいことを真琴に伝えることが出来ていたのか?
変な誤解をされんじゃないか?
…………もう真琴と話すことは出来ないのか?
色々な思いが多賀の頭の中を巡り廻る。
「多賀君ちょっと待って!」
ふいに後ろから呼ばれる声がした。
振り返るとそこには息を切らした西川がいた。
見るからにとても焦っているようだ。
「どうした?」
「い、井川さんが……やばい……」
「は?」
西川の言葉ははっきりと聞こえていた。
しかし、意味が分からず多賀はついつい聞き返してしまう。
「な、なんか……変な……変なふた……ふたっ、二人のおっ……お、オェ…………」
「とりあえず一旦落ち着こうか」
息を切らし、今にも胃の中をぶち撒けそうな西川の背を多賀はとりあえず摩ってあげる。
背中を摩られ少し楽になったのか、背中を摩られながら西川は言葉を続けた。
「さっき変な格好をした二人組が井川さんを見ながら、襲うだのなんだのって……」
「はあっ⁈」
「可愛いだのぺろぺろしたいとか言ってて、廃工場でどうのこうのって」
多賀にとって聞き捨てならない言葉があったがそれはスルーする。
「廃工場ってあのショッピングモール近くの廃工場か?」
「うん。儂の携帯電話は充電が切れてしまっているから、急いで先生にこの事を伝えようと学校に向かっている最中だったんだけど、丁度多賀君を見かけて……」
「分かった……。俺が廃工場に行く。西川はこのまま急いで学校に向かってくれ」
多賀は廃工場に向かって走り出す。
いきなり思いもしていなかったことが起こり、正直に言って彼の脳の処理は追いついてはいなかった。
しかし、大切な人を守りたい。その感情だけが多賀の体を動かしていた。
多賀の姿が見えなくなり、西川はその場に座り込む。
「はぁ……しんど過ぎる……」
学校に向かう気など西川にはこれっぽっちもない。
井川さんを襲っているやつらの正体を知っているのもあるが、大方の理由はしんどいの一言につきる。
演技が苦手なため、彼は幸作から連絡が来るまでの間、多賀の見えないところでその場駆け足をしたり往復ダッシュをしたりしていた。
元々の運動量の少ない新聞部の彼にとってはかなりの重労働だった。
「……報われるといいな」
気がつくと一人でにそんな言葉が口から出ていた。
廃工場の前を井川さんが通りかかりった。
「行くぞっ!」
自分の声を合図に自分とアキは飛び出す。
いきなりお面を付けた怪しい格好の二人が飛び出して来たことによほど驚いたのか、固まっている井川さんの腕をアキが掴んだ。
「なっ――んんっ⁈」
声を出そうとした井川さんの口を自分は手で塞ぐ。
「動くな……動いたら……」
井川さんの両手を背後から片手で掴んでいるアキがもう片方の手で井川さんの首元にあるものを構える。
それは――文鎮。
…………うん。どっからどう見ても文鎮だ。
習字の時間で半紙を押さえるために使っていたあの文鎮……っておいっ!
廃工場の中に力づく連れて行くのではなく、何かで脅して誘導させるとアキに伝えておいたが……。
え? 何故に文鎮?
「動いたらこの文ち」
「動いたら俺の仲間が突き立てているナイフが首に刺さるぞっ!」
馬鹿正直に文鎮と言おうとした正真正銘馬鹿の言葉を自分は急いで遮る。
井川さんも首元に何かを構えられているのは分かっているのだろう。しかし、何を構えられているのかは井川さんから見えていないためナイフだと信じたのか顔を青くさせる。
うわぁ……凄い絵面だな……。
今自分の目には青い顔をした井川さんの背後で文鎮を構えるおたふく仮面が写っている。
「と、とりあえず今からあの廃工場の中に入る。ふっ」
やばい。一瞬たりとも気を抜いてしまえば吹き出してしまう。
「俺に付いてこい。刺されたくなかったら一言も喋らず、無駄な抵抗はするんじゃねぇぞ」
その言葉に対し井川さんは無言で小さく頷く。
それを確認し、自分達は廃工場の中へと進んだ。
廃工場に入ったあと、井川さんの両腕を背後に縛り、正座をさせたあとに足も縛った。
これで井川さんは動けない。
「な、何が目的なの?」
井川さんは弱々しく震えた声でそう言った。
「そりゃあ、可愛い子にすることっていったら一つしかないだろ」
アキの言葉に井川さんの表情は強張る。
「この……変態ども……」
井川さんは涙目で頰を少し赤らめ呟く。
……何だろうか。
女性に頰染め上目遣い涙目で罵られるって……何か……こう……上手くは言えないが……。
「俺何かに目覚めそう……」
あ、こいつと同類になるのは嫌だ。
横でボソッと呟いたアキの言葉に我を取り戻し自分はアキにへと耳打ちをする。
「あとは多賀が来るまでの時間潰しだ。体に触れるのはガチでアウトなやつだから、言葉だけでなんとか場を持たせるぞ」
「了解」
アキはそう言うと井川さんの方に体を向ける。
「変態? なんで変態なの? え? いったい何を想像したのかな?」
おいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
急発進し過ぎだろ!
セクハラじゃねぇか!
「うぅ……」
アキの言葉に井川さんは更に顔を真っ赤にさせる。
「まさか口だして言えないこと? 嘘っ! やらしい〜。お前の方が変態じゃん!」
井川さんは羞恥からか体をプルプルと撼わす。
「へ、変態じゃないもん……」
「いやいや変態だね。俺はただ制服着たJKの写真を撮りながら可愛いねとか綺麗だねとかをただただ囁きたかっただけなんだけどな〜」
グラビアアイドルのカメラマンか。
「それなのに。これだから思春期は……」
「絶対に通報してやるっ……」
羞恥と怒りからか井川さんの顔は凄いことになっている。
「おいおい、聞いたかこう……すけぇ。俺らを通報するとか怖いこと言ってんぞ」
え? もしかして今こいつ幸作って言いかけたか?
「そうだな、ミスターあんぽんたん。通報はまずいな」
「そうだよな。もう何も言えなくなるくらいの恐怖を刻み込むしか」
そう言ったアキに焦りを感じの自分はアキの肩に手を置き再度耳打ちをする。
「おい。分かってるんだろうな。ただでさえセクハラまがいなことして大分危ない状況なんだ……これ以上は余計なことはするなよ」
「分かってるって」
アキはそう言うと再び井川さんの方へ。
「どうせ、今からエロ同人みたいな展開になるのを期待しているんだろう。このビッチが」
おいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁈
さっきよりも酷くなってるじゃねぇか⁈
「止めて……」
「止めてとか言いながら興奮してんだろぉ?俺は分かるぞ、このクソビッチ」
アクセル全開じゃねぇか!
ブレーキ踏め!ブレーキ!
「ビッチじゃない……」
「それなら逃げるそぶりを見せたらどうだ? 何故しない? んん? んんっ?」
……これはヤバイ。
アキが何かに目覚めてる。
自分達の正体がバレたらマジで終わる。
主にアキの人生が終わる。
バレた時にもう悪ふざけとかのレベルでは済まされない所まできてしまった。
「誰か助けて……!」
とうとう井川さんは叫んだ。
廃工場の周りは人通りがかなり少ないため、多少の大声は大丈夫だと思うが何か口を塞ぐものを用意した方がいいかもしれない。
「誰も来るわけないだろう?」
アキがそう言った時だった。
工場の扉が開く音がした。
皆んなが一斉にそっちを向く。
そこには多賀がいた。
やっと来たか、と言いたいところだがなんとかその言葉を呑み込む。
「真琴! 大丈夫か!」
「学……」
多賀を見て井川さんは廃工場に入って初めて安堵の表情を見せた。
それとは違い多賀は見たことが無いくらいに厳しい表情を自分達に向ける。
怒っているのが誰から見ても分かるだろう。
「お前ら……今すぐ真琴から離れろ……」
多賀は拳を鳴らしながら僕らに近づいてくる。
正直に言って今すぐにでも逃げ出したい。
「なんだいきなりお前……ヒーロー気取りですかこの野郎っ! あぁんっ⁈」
あまりの迫力にアキの口調がいきなり変わった。
声が声だけに笑いそうになるからやめてほしい。
「その子は大切な幼馴染だ。ただそれだけだ」
多賀は真剣な表情を崩さない。
まぁ、あっちからしたらガチで好きな人が襲われてるからな。
「それがヒーロー気取りだって言ってんだよ! ああんっ⁈ お前に一体何ができんだああんっ⁈」
「少し痛い目にあってもらうことになるが……」
「なんだと⁈ ああんっ⁈ おま、お前少し痛い目って具体的にはどれくらいの痛さだああんっ⁈」
何を聞いてんだよ!
あと、ああんっ⁈を多発させるのやめろよ!
最近のヤンキーでも絶対にああんっ⁈なんて言わないからな。
おまけにザコ臭がプンプンする。
「母親の張り手ぐらいの痛さだ」
答えるのかよ! しかもなんだその例え!
「あ、ああんっ⁈……け、結構痛いじゃないかこの野郎っ!」
お前は何をびびってんだよ!
「母親の張り手はな……体よりも心の方がダメージがでかいぞ……」
どうでもいいよ!
「くっ……! なら先手必勝! 俺が先に母親並みのビンタを喰らわしてやらぁ!」
そう言うとアキは多賀へと飛び出した。
ああ、完璧にやられるパターンだなこれは、とか思った時にはアキの体は地面に叩きつけられていた。
「がっ⁈………………いってぇ……!」
「悪いな。誰もビンタするとは言ってない」
アキは投げられた。
とても綺麗な一本背負いだった。
まぁ、こうなることは予想通りだ。
だって、多賀は中学の時の柔道の全国大会でベスト8に入った程の実力者なのだから。
ちなみに今は高校の柔道部に所属しており、夜から練習している。
「お前はどうする?」
多賀が自分の方を振り返り問いかける。
自分は未だにのたうちまわっているアキに目を向けた。
さっきまで井川さんにしていたことを考えればこれぐらいの報いは当たり前だな。
「あぁ……クソっ……あれ? 俺のケツ二つに割れてね? これ絶対に割れてるよな?」
……あまりの衝撃で頭が逝ってしまっているようだ。
相当な報いだと思ってたが、なんだか可哀想になってきたな。
まぁ、あれは絶対に母親の張り手を超えている。
あれが母親の張り手レベルなら、こいつの母親はゴリラだ。ゴリラ。
「やられる未来しか見えねぇ……」
そう言いながらも自分は多賀の目の前に立つ。
「分かってるのにやるのか?」
「当たり前だ。このままで終われるわけないだろ」
自分達のために井川さんを襲っていたのなら今すぐにでも降参してすぐに逃げ出していただろう。
でもこれは自分達のためにではない。
これは全て多賀のため。
「さしずめお前は姫様を助けにきた主人公。俺はその主人公を引き立てるだけの脇役みたいなもんか……」
自分は多賀に対し、拳を構える。
この一つの物語の主人公のために。
「でもな、こっちにもただただやられるわけにはいかない理由がある。来いよ、主人公。脇役の意地ってもんを見せてやるよ」