「自分たちで物語を作ろう」
結局、あの後少しして自分たちは家に帰ることにした。
数十分も無言の状態が続いている。
言いたいことは山程あった。
しかし、自分とアキはお互い口が開けずにいた。
長い沈黙。
時がただただ流れていく。
「あれでよかったのかな……」
先に口を開いたのはアキだった。
「いいわけがない……! 自分は……なんか嫌だ」
「そうよな。俺もなんか嫌だ」
「諦めるのが簡単だってあいつは言ってたな。嘘をつくならもっと分かりにくい嘘をついて欲しいよな……」
「ああ、あんなに苦しそうに言われてもな……」
諦めることが簡単だと多賀は言った。
ふざけるな。
それは違うだろ。
諦めることに覚悟は必要ないのか?
挑戦する為に今まで頑張ってきたことを無にするんだぞ?
そんなの必要に決まっている。
『諦める』そんな一言で無にするのか?
そんなの間違っている。
幸せになろうと努力したんだ。
なら、例え幸せになれなかったとしても、意味は見つけたい。
これまで努力してきた意味を。
だけど、今の多賀には何もみつけられていないだろう。
それに簡単に諦められるってことは、その程度の努力しかしてなかったって事なんだ。
多賀は違う。あいつは簡単に諦められないくらい努力した。
自分は知っている。
あいつが苦しんで苦しんで苦しみ抜いた末に『諦める』選択をし、胸を張って『諦める』と言ってほしい。
「どうにかしてあげたい」
「ああ、そうだな」
自分の言葉にアキが賛同する。
「でも、俺らに何ができるんだ? 井川さんの考えを変えない限りは何も変わらないぜ?」
アキの言葉はもっともだった。
確かに僕たちが何かしたところで学に対する考え方が…………
「あ……」
「どうした?」
そうだ。
僕たちだけではどうすることもできない。
なら、もっと他を頼ればいい。
「ニシとスケさんにも協力して貰おう」
「何をする気だ?」
だけど、井川さんの考えを変えるためには多賀本人がどうにかするしかない。
でもどうやって?
そんなの簡単。
「自分らが井川さんを襲う」
自分が犠牲になればいい。
自分を犠牲にして誰かの為に色々と頑張っていた時期があった。
誰かが幸せそうにしているのを見ていると自分も幸せな気分になれたから。
自分が幸せになることで誰かの幸せを奪うなら、自分が不幸になった方がいい。
自分は主人公にならなくていい。
自分はモブだ。脇役だ。
誰かを主人公に出来ればそれでいい。
そんな事を思っていた自分にある人は言ってくれた。
それは間違いだと。
「誰かの為に頑張ったんだ。なら貴方も主人公にならないと」
その言葉に自分は救われた。
確かに救われたんだ。
でも誰かを主人公にするのも脇役にとって主人公になることだった――
だから自分は脇役を続ける。
「えー……。とりあえず通報するぞ」
「待て! はやまるな!」
アキはポケットから携帯電話を取りだし、自分をガチで引いたような目で見ている。
「襲うって言ったってフリだ。フリ」
「フリとか言うが、俺ら今後の学校生活を生きた屍のように生きないといけなくなるぞ」
確かにこっちが襲うフリだと分かっていてもあっちからしたら本気で襲われていると感じるくらいのことをしないといけないから……まぁ、こ学校中で自分たちの悪評を広められ孤立、最悪退学もあり得るだろう……。だが!
「そうならない為に変装する」
「変装か……。でも声と体格でバレてしまうだろ。あんまり話したことはないけど結構な付き合いだし」
「そこでスケさんよ。あいつなら声を変える機械ぐらい作れるだろう」
スケさんとは友人である。
小中学校が一緒でよく遊んでいたが、その時もよく分からない機械を弄り、奇妙な発明品を披露していた。機械が好きで頭が良かったため、隣街の国立の工業系の学校に通っている。
適当に声を変える機械作れるかと聞いておけば人柄もいいし理由も聞かずに作ってくれるだろう。
「なるほど。なら西川はなんだ?」
「あいつは多賀を呼び出す係。多賀を呼び出す頃には井川さんを襲わないといけないからな」
ニシに多賀のことを話しても広めることはしないだろう。
だがニシを誘う上で心配なのはそっちではなく、この話に乗ってくれるかどうかだ。
「なるほどなるほど。じゃあ、俺と幸作が襲う係か」
「まぁ、そういうこと。フリっていうても1人でやるのはちょっとな……」
自分が1人で襲おうとしても簡単に逃げられるか、逆に返り討ちにあってしまうだろう。
まぁ、だからといってアキを危険な目には合わさない。
いざとなったら自分だけが犠牲になろう。
これは言ったら猛反発されそうだから言わないが。
「そうだな。正体がバレんのやったらやるけど」
「大丈夫。まぁ、バレたら2人仲良く素敵なスクールライフを3年間送ろうぜ」
「うわぁ……2人仲良く3年間はマジで嫌だな」
アキは自分の顔を見ながらとてつもなく嫌な顔をしている。
「でも、やってくれるんだろ?」
自分は笑いながら問いかける。
「仕方ないな。いっちょやりますか」
アキも笑いながらそれに答えた。
土、日を跨いだ月曜日の放課後、自分とアキとニシは多目的室に来ていた。
変声機のほうは土曜日にスケさんに聞いてみると案の定okを出してくれた。
あとはニシの協力を得れればいい。
自分とアキは今までのことを全て話した。
多賀の告白と僕の提案について。
「儂はその意見自体に反対やな」
ニシはあっさりと反対してきた。
まぁ、だいたいこうなるとは思っていたけど。
「なんでだよ?」
アキが明らかに動揺しながら西に聞く。
「本人が諦めるって言ってるならそれでいいだろ。勝手に第三者が首を突っ込むもんじゃない」
確かに西が言っていることは正論だ。
だけど……
「確かに多賀は諦めるって言っていた。でも、それは言葉だけであって本心は絶対に違うはずなんだ。あの顔を見たら嫌でも気付く」
「そうだそうだ! 俺ももうあんな顔を見たくはない」
「そうは言っても、お前らが親切だと思ってやろうとしていることは大きなお世話になるかもしれないんだぞ。それでもやるのか?」
「「やる」」
自分とアキは声を揃え即答した。
「そうか……それでも儂は反対やな」
やっぱり駄目か。なら違う人間を――そう思ったその時。
「でも、儂も協力しよう。どうせやる事には変わらないんだろ? また誰かに頼むのも大変だろうしなって、なんだその顔は……」
自分たちは唖然としていた。
「いや。てっきり駄目だと思い込んどったから……」
「まぁ、別に多賀君を呼び出すぐらいならええかなぁと。バレたらお前ら差し出せば無傷ですみそうだし。無関係でもでもいける立ち位置だし」
「ひでぇ」
自分とアキはそう言いながらも笑う。
でも、それでいい。
ニシは殆ど関係がないのだから。被害を受けるのは自分だけで十分だ。
「よしっ!やることは決まったな。変声機もすぐ出来るみたいだし、金曜日に計画実行予定で」
「それでいいけど1つ質問がある。なんでよりによって襲うフリを選んだんだ?」
だいたいの予定が組み上がり、後は待つだけと気持ちが整った自分へニシが質問する。
「そういえばどうしてだ?」
アキも不思議そうに首を傾げている。
そういえば襲うフリを選んだ理由を言ってなかったっけ。
「多賀は小学4年生の時に上級生の男子に虐められていた。それを知った井川さんが上級生を止めようとしたがかなわず、大きな怪我をしたことがあった。どうすることも出来なかった多賀はそれを後悔している。だから多賀は井川さんを守ることに執着しているんだと思う」
「なるほどなぁ」
「確かに告白の時もそんな感じのことを言ってたな」
「まぁ、そういうこと。だから多賀が強くなった所を井川さんに見せることができれば気持ちが変わるかもしれないな、と」
それで何も変わらなかったらその時はその時だ。
ひとまず、今の自分たちが出来ることはこれだけだ。
「とりあえず、正体やら計画がバレないよう残りの数日間色々と準備をしていこう。例え結末がどんなものだったとしてもやり遂げようぜ」
早くも金曜日がやってきた。
人の恋沙汰でここまで何かをしようとしたのは初めてだった。
そしてここから色々なことが待ち受けている3年間が始まることを、この時の自分は知る由もない。