「終わりから始まりへ」
金曜日の放課後がやってきた。
今日はもしかしたら新しいカップルが誕生するかもしれない。
なんだか自分自身のことではないのにドキドキしてきた。
自分は未だに座っている多賀を見る。
学校での多賀は普段通りだった。
今日告白するというのに1時間目から6時間目までいつもと変わらず普段通りだった。
多賀はもしかして今日のことを忘れているのではと心配になるくらいに。
自分は多賀の方へと移動する。
「いよいよだな」
座りっぱなしの多賀に声をかける。
告白する本人は普段通りなのに自分の方は凄く緊張していた。
「もう放課後? 早すぎじゃね? え、もう告白しないとダメなのか? このまま帰れないの?」
多賀は涙目で急に焦り出す。
声も震えている。
「……お前、さっきまで普段通りだっただろ。急にどうした?」
「俺1日の記憶がないんだけど。俺何してた? おかしいことしてない?」
訂正。全然普段通りじゃなかった。
「さっき言った通り、普段通りだ」
普段通りだと思ってたけど、そりゃあそうだよな。
好きな人に告白するのに緊張しないわけが無いよな。
「もうアキは準備しとる。多分井川さんも今頃体育館裏にいるんじゃないか? 早くお前も行くぞ」
アキは放課後になった瞬間すぐに教室を飛び出して行った。
あいつは自分自身の事じゃないくせに1日中そわそわしていた。
もうスタンバっているだろう。
それに放課後になってから5分が経とうとしている。井川さんはもう着いてるはずだ。
自分は多賀の腕を引っ張る。
「ちょ、待ってくれ! まだ心の準備が……」
多賀は大分顔色が悪くなっている。
前のやる時はやると言った言葉はどこにいったのやら……。
「少しだけ待ってやるから、早く覚悟決めろよ」
「お、おう」
結局それから5分も経って、やっとの事で体育館裏に来ていた。
前を歩いていた多賀の足が止まる。
「やっぱり……もういるよな」
体育館裏を見ると、今日は暑い日差しが照らしているからか木の影に井川さんがいるのが自分の目にも入った。
放課後に入ってもう10分以上は経ってるからなぁ……とにかく暑そうだ。
「ふぅー……」
多賀は大きく深呼吸する。
「頑張れよ。覚悟を決めろ」
「あぁ。シラガミ、もう1つ頼みたいことがある。背中を思いっきり叩いてくれ。そしたら行く」
お前本当Mだな、と言いたかったがとても言えそうな空気ではなかったから辞めた。
「よし! じゃあ、いっちょいってこいっ!」
バシッ! と大きい音が鳴った。
多賀は少し痛そうに、でも笑いながら「あぁ、行ってくる!」と言い、井川さんの元へと行った。
自分は一応2人からは見えない位置で声だけは届く所の木の影にいた。
会話はまだ本題に入ってはなく、2人はちょっとした思い出話をしている。
「成功したらいいなぁ……」
「本当、そうだな」
1人でに出た言葉にアキも賛同す……………………んっ⁇
「あああああああああ明宏さん? なんで貴方はこちらにいらっしゃるのでせうか?」
あまりのショックに声が震える。
「だって、俺も見たいし」
わがままを言う子どもみたいな顔をしてアキは答える。
「だってじゃねぇよ!お前あっちの通路どうすんだよ!」
「それは大丈夫。赤コーン立ててきた」
アキは親指を立ててドヤ顔する。
「あ、赤コーン? なんで?」
「4月からつい最近、まぁ5月の中旬までかな。赤コーンがちょくちょく立てられてるのを見てさ、なんで赤コーンがあるんだろう、と思いながら入ってみたんだ。入って見たらさ先輩カップルがイチャコラしてた。その時にあっちも俺に気づいたみたいでそれからは姿を現さなくなった。つまりだ。俺が入るまでは誰も足を踏み入れてないってこと! 赤コーン立てときゃあ人間の心理的にここには絶対に入っては行けないという思いが生まれる! 絶対に大丈夫だ!」
アキはそう言ったあとカカカカと笑う。
きっと初めからこうするつもりだったのだろう。
「もし、お前みたいな好奇心溢れる、身体大人の頭幼稚園児以下のバカが興味本位で入って来たら?」
「…………まぁ、俺以上の好奇心溢れて溢れるおバカちゃんはこの学校にいないだろ」
やっぱり考えてなかったか……。
ていうか、そのキリッとした顔を止めろ。
自分以上のバカがいないとかそんな悲しいことを自信満々気に言うな。
はぁ、でも今から戻れというのもなんかあれだからこのままでいいか。
告白しているのを発見したからといって邪魔をするやつはいないだろう。
「こっち側の通路にも赤コーンを立ててるからもっと声が届く所に行こうぜ」
アキがそわそわしながら提案をする。
片方の通路は解放されているみたいなものだし、みんな部活をしているだろうし、アッキーみたいなバカはいないだろう。
そう願いながら自分たちはもう少しだけ2人に近い距離に移動した。
それから数分して、井川さんの「私そろそろ部活いかなきゃ……」という言葉からやっと事態は動いた。
「ちょと待ってくれ。今日ここに呼んだのは伝えたいことがあったからだ」
多賀が本題を切り出した。
緊張からか少し声が震えている。
「私に伝えたいことって? 私がふとったとか? それとも高校生になって大人びたとか?」
井川さんは笑いながら言う。
「真琴。お前のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
井川さんから笑顔が消え、驚いた表情に変わった。
どうやら告白されるとは、これっぽっちも思っていなかったらしい。
「き、急にどしたの?」
井川さんは多賀の告白に戸惑っている。
しかし、そんな井川さんを他所に多賀は言葉を続ける。
「急じゃない。中学生の頃からずっと好きやった。いや、本当は小学生の頃から好きだったんかもしれない。真琴、お前のことがずっと好きだった」
「いきなり好きだと言われても……。私は今まで学を仲がいい幼馴染としか……」
「だからだ。幼馴染じゃなくて、これからはお前の恋人としてそばにおりたい。……あの頃の俺とは違う。俺はお前を守れるくらい強くなったんだ。だから――」
「止めて!」
井川さんが急に叫んだ。
「もう止めて……! 私分からないよ……。そんなにいきなり色々と言われても分からないよ。私を守れるくらい強くなったって何? 私の中では学はずっと弱いまま。泣き虫なあの頃のままだよ……。それに私だってもう高校生だよ? 自分の身ぐらい自分で守れるよ」
井川さんは今にも泣きだしてしまいそうな声で言った。
「あ、ごめん……」
多賀はそんな井川さんを見て少し俯き、謝る。
「私は学のことをずっと仲がいい幼馴染だと思ってた。学がずっと私のことを好きだったとしても、私はいきなり幼馴染から変わることなんかできないよ……」
その井川さんの言葉を最後に2人は話さなかった。
木が風で揺れる音、体育館でしている部活のかけ声、吹奏楽部の演奏しか聞こえない。
「じゃあ、私部活だから……」
とても長い数秒間の静寂の中で先に井川さんが口を開いた。
そして、井川さんは多賀から背を向け、逃げるように走り出す。
自分とアキは木の影に思いっきり身を隠した。
井川さんの顔を見ると目が少しだけ赤くなっていて涙が溢れていた。
井川さんが去ってから、自分たちは多賀の方を向いた。
多賀の方を見ると多賀はその場でただただ呆然と佇んでいた。
井川さんが去ってから数分がたった。
多賀はまだあの場に呆然とただただつっ立っている。
「どうする……?」
アキが気まずそうな顔をしながら尋ねてくる。
「どうするって言われても……。とりあえず、多賀の所に行くしかないよな」
「あそこで3人でだんまりするのは嫌だぞ。何か言うこと決めてから行こうぜ」
「そうだな……」
今まで色々な人の相談に乗ってきた。
勿論全員が付き合うことに成功してきたわけでは無く、失敗した奴らには励ましたり一緒に飯を食いにいったりして心の傷を癒してあげた。
だけど今回は今までとは大きく違う。
失敗した奴らは振られた後、数日経ってから自分自身で軽く気持ちの整理が出来てから自分に事の顛末を話してきた。
でも、多賀は今振られたばかりで、自分自身の気持ちの整理すら出来てないだろう。
ま、まぁ、まずあれが振られたことになるのかは曖昧なところだが。
「俺は言う言葉が決まった。幸作は?」
「うん。自分も決まった」
とりあえず多賀の元に向かわないと、ことは始まらない。
「じゃあ行こう」
「おう」
自分たちは木陰から出て多賀の所に向かった。
多賀はただただ一点を呆然と眺めながら立っていた。
数分前からピクリとも動いていない。
もう……なんか………………うん。
「お、お疲れ〜すっ……」
とりあえず多賀に声をかける。
「あ。お前ら……。いやぁ、振られてしまったな。協力してくれたのになんかごめんな」
多賀は笑いながら少し恥ずかしげに言った。
その笑顔は無理して作られているのは自分たちに痛いほど伝わった。
「いや、まだ振られたわけじゃないだろ。嫌い……とか無理とか言われたわけじゃないし……」
アキもそう思っていたのか。
「そうそう。いきなり幼馴染から変わることは出来ないって言ってただけで、これから時間をかければ変えることはできるかもしれないし」
自分たちが出した答え。
それは、まだ諦めずにアタックしていこうだった。
「ありがとうな。でも、もういいんだ……」
だけどとうの本人は違った。
「は? なんで? まだ振られてなんか――」
「もういい。今まで溜まっとった事伝えることが出来てすっきりしたし、これで諦めるられる」
多賀は笑っていた。それも作り笑顔だ。
「お前は本当に後悔しないのか? まだ伝えてないことがあるんじゃないのか?」
納得がいかない。
自分には分かる。いや、アッキーも気付いているかもしれない。
多賀はまだ伝えれてないことがあるはずだ。
「諦めるなら全部伝えてからにしろよ……!」
「…………後悔もないし、もう伝えることもない」
「そんなの嘘だ」
多賀の顔が笑顔から歪んだ。
「……なぁ、お前ら真琴の顔を見たか?」
目を赤く腫らし、涙で濡れていた顔を思い出す。
「俺がこのままアタックし続ければまた真琴を苦しめてしまう。俺は好きな人が苦しむのを見たくない。ましてや自分が苦しめているのかと思うと、死にたくなるくらい悲しい。それなら諦めた方がずっと楽なんだよ」
多賀の目から涙が溢れる。
「付き合いたかったし、本当は伝えたいことも残っとるよ……! でもな、これ以上自分を傷つけたくないし、それ以上に真琴も傷つけたくないんだよ!」
自分もアキも何も言うことができなかった。いや、言える言葉が見つからなかった。
「ごめん……。俺は諦める。協力してくれて本当にありがとうな……」
涙を拭い、多賀は自分たちに背を向け歩き出す。
「挑戦することは諦めることよりも難しい。そんなことを誰かが言っていた。理解したよ。諦めることはこんなにも簡単だったんだな」
最後にそう言うと、多賀は体育館裏から立ち去っていった。
自分とアキはただただ黙って見送ることしかできなかった。