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第72話 超高速の失恋

「好きです! 僕と付き合ってくださ―――」


「ごめんなさい」


「いや、美幸さん! 返事が早すぎるよ! せめて最後まで言わせて下さいよ!」


 研究所の所有する浜辺、夕日が美しく景色を彩る時間帯を見計らって行われた

その告白は、美幸の無慈悲な即答によって一瞬で決着してしまった。


「ぷっ…あっははははっ! 凄いね!? これぞまさに“瞬殺”…ってヤツだ!」


「ちょっと、美咲おばさん!

どうしてもって言うから同席を許したのに、そんなに笑わないで下さいよ!」


「…いやいや、悪いね。あんまり見事だったもんで、つい…」


「『つい』じゃないですよ、まったく…」


 美咲の軽い返答に不満顔を見せたのは、隆幸と美月の息子……佳祥だった。

…しかし、そんな佳祥に対して、美咲は変わらずニヤニヤ顔をしながら尋ねる。


「いや~…でも、佳祥君もめげないね。…これで、もう何度目なのさ?」


「それは……。子供の頃のを含めると、正直…覚えていません」


 佳祥は一瞬、告白回数を思い出そうとして、すぐに諦めることにした。

幼い頃から自分の傍にずっと居てくれていた美幸に『好き』と言った数となれば、

それこそ数え切れないくらいほどだったからだ。


「しかし…美幸の方も、ある意味で見事と言うか…。もの凄い即答だったね?」


「それはそうです。私はこれでも一応、アンドロイドなんですよ?」


 そう質問してくる美咲に『この人は何を言ってるんだ?』という、半分呆れた

視線を向けながらそう答え返す美幸…。


 佳祥が生まれてから18年。

美幸は、その純粋さや真っ直ぐさは根底に残っていたが、美咲に対しての発言や

態度は、すっかり美月とそっくりになってしまっていた。


『本質的に美月の要素をを内包している』とはいっても、美幸のAIには勝手に

そう成長するようにはプログラミングされていない。


…結局、こうなったのは美月の傍で生活していく中で、美月に憧れて、目指して

いたからなのだろう…と、美咲は考えている。


「ふーん……『アンドロイド』ねぇ…」


「…何です? 私の返答に、何か不思議な点でもありましたか?」


「…いいや。まぁ、後で話すよ」


「はぁ…そうですか」


 美咲の何か企んでいそうなその顔には、若干の怪しさも感じたが…。

美幸は一旦、佳祥の方を向き直ると、先ほどの会話の続きを話し始めた。


「佳祥君。まずは、ありがとう。…その気持ちはとても嬉しいです。

…ですが、佳祥君も学生さんですし…他に好きな子は出来なかったんですか?

今の高校、男女共学のところでしたよね?」


「ええ。確かに共学でした。

…でも、美幸さん以上に魅力的な人は、やっぱり居ませんでしたよ…」


「クラスの可愛い女子とか…。そういう子は、どうだったんです?」


 美幸は、ごく一般的な感覚として、そう言って佳祥へ尋ねた。

…しかし、その質問をした瞬間に、横で見ていた美咲が『ぶふっ!』と噴き出す。


「美幸、何を言ってんのさ…。普通に考えて、そんなの居るわけ無いじゃん!」


「美咲さん、流石にそれは佳祥君のクラスメイトさん達に失礼ですよ?」


 真面目な質問の最中に笑われたということもあって、明らかに不機嫌そうな表情

で美咲に注意する美幸。


…だが、美咲はその言葉に対して、むしろ呆れた顔で言い返した。


「いやいや…美幸の方こそ、いい加減に自覚しなよ…。

君は15、6歳の頃のとはいえ、あの(・・)美月の容姿、そのまんまなんだよ?

その『美幸以上の容姿』となると、クラス内どころか学校全体に範囲を広げたって

そうは居ないってば」


「……そうですか」


 これが自分の名前だけ出して言われていたのなら、『そんなことは…』と答えて

いたのだろうが…。

 美月の名前を引き合いに出されると、流石の美幸も納得せざるを得なかった。


 今現在も、美月は既に40歳近い年齢のはずなのだが…。

とてもそうは見えないほど、美しいままだった。


 流石に全く変わっていない…というほどではなかったが、『20代半ばです』

と言っても誰も疑わない程度には、その変化は少なかったりする。


「いえ、それでも…ですね。こう…“優しい子”とか、“楽しい子”とか…。

一言に『魅力』と言っても、色々とあるじゃないですか?」


「う~ん…それも難しいんじゃない?

“優しい”ってことになったら、美幸が基準になるだろうし…。

“楽しい”ってことなら、今度は莉緒ちゃんが基準になるでしょ? 

美幸の優しさってのも、勿論そうだけどさ。

楽しさで言うなら、あれ以上を探して……そう簡単に見つかると思う?」


「で…では何か、こう……魅力的な“特技”を持っている…とか、どうでしょう?」


「まぁ、それ・・が“プロのピアニストの演奏以上の特技”なら良いけど…ねぇ?」


 こうして改めて考えると…佳祥の周囲には容姿や性格だけでなく、雰囲気や特技

といった物が、他人より優れた人間に溢れていた…。


…そして、それらを引き合いに出して即座に言い返してくる美咲に、美幸は思わず

渋い顔をしてしまった。


「……今日の美咲さんは、何と言うか…的確に痛いところを突いてきますね…」


「ふふふ…当たり前さ。私だって、伊達に長く生きてないからね?」


 莉緒は大学を出た後も地元の企業に就職したので、今でも暇さえあれば美幸の

ところに遊びに来ている。


 当然、そうなれば佳祥の相手をすることも多くなり、昔からよく一緒に遊んで

くれていたのだ。


 だからこそ、佳祥の中の“楽しい人”の基準と言えば、やはり“莉緒”になってくる

ことだろう。


 一方の遥はといえば、本人の望んでいたようにプロのピアニストになっていた。

今ではジャンルを問わないピアニストとして、忙しい日々を過ごしているらしく、

会える機会が随分と減ってしまっていたが…。


 それでも時間が取れる機会には、必ず美幸のもとを訪れ、美幸のためだけに独奏会

を開いてくれていた。


…そして、やはりその時に、佳祥が同席していたこともよくあったのは事実だ。


 勿論、そんな2人は美幸にとって自慢の親友ではあったのだが…。

今回に限っては、それが完全に裏目に出ていた。


…美咲の言う通り、普通の高校生と比べる相手としては少々厄介なレベルだろう。


「まぁまぁ、美幸もそんなにすぐに断ったりしないでさ…。

とりあえず、今は保留にしとこうよ? ね?」


「もう…。美咲さんは、一体どちらの味方なんですか?」


「それは勿論、私は何時(いつ)だって美幸の味方に決まってるよ!」


「……はぁ。本当に調子が良いですね…」


 文句を言いつつも、その意見には異論が無かったのか…。

美幸は大きな溜め息を一つ吐いてから、『わかりました』と答えると、少しだけ

拗ねた表情で黙り込んでしまった。


…そして、そんな美幸の態度を見て、佳祥はとりあえずホッとした様子だった。


「あの、美咲おばさん。…ええっと、ありがとうございます」


「いやいや、お礼はいいよ。まだ上手くいったってわけじゃないんだしさ」


 断られるところを保留にまで持ち込んでくれたことを感謝して、礼を言ってくる

佳祥に対し、美咲は変わらず軽い調子でそう返した。


 そして、その真っ直ぐな眼差しを見て、改めて思う。

…予想はしていたが、佳祥は『本当に想像通りに良い子に育ったものだ』と。


 佳祥は隆幸と美月の姿を見て、相手の心情を察して思い遣ることを学び、美幸の

姿を見て、純粋さや真っ直ぐさを身に付け、そして……美咲と莉緒の姿を見てボケ

とツッコミに慣れていった。


 結果的に佳祥は、誠実で優しく、しかしユーモアも理解出来るという、バランス

の取れた人間に育っていた。


 そんな佳祥だ。両親譲りの整った容姿と成績も抜群であることも手伝って、学校

での女子からの人気は最高のレベルだった。


…ただ、当の本人が昔からずっと美幸のことを好きだったために、この18年間で

浮いた話は一度たりとも無かったのだが。


(いや~、なんとなく予想してたけど…。やっぱりこう・・なったかぁ…)


 佳祥は今から3年前…中学校の卒業前にも美幸に真剣に告白をしていたのだが、

その時も『高校に入ったら良い出会いがあるかもしれませんから』という理由で

美幸に断られていた。


 そして、佳祥の『では…高校でその出会いが無かったら、もう一度告白します』

という言葉に対し、美幸は『そうですか』という淡白な回答を返したらしい。


…だが、その時の事情を知っていた美咲は、この状況を想像出来ていたのだった。


(しかし、美幸は本当に美月にそっくりになったね…話し方とか、特に。

でも……なにも“自己評価が低い”ってところまで似なくてもよかったのにな…)


 そもそも、その時に美幸がきちんと自分の価値を正しく理解出来ていたのなら、

あの地点で既にこうなることは分かっていたはずなのだ。

…普通に考えて、佳祥にとって美幸以上の相手など、まず現れないだろうに。



 今はもう3月の初め、佳祥があと数日後の卒業式を迎えれば、美幸のこの超長期

の試験がついに終わる…。


 そうなれば、美幸が佳祥の傍に居る理由も無くなり、生活拠点が夏目家から元の

研究所に戻る…ということになる。


 だからこそ、美咲としても、美幸を家族として引き続き傍に置いておくためには

そろそろ次の一手を打っておきたい頃合いだ。


(…うん。まずはあの計画・・・・について、美幸とじっくり話さないとね…)


 そう考えた美咲は、早速、所長室に美幸を連れて行くことにした。

…以前から密かに準備していたことを話すには、ちょうど良い機会だった。

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