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幕間 その19 贈る言葉

 初めのページを開いて、まず3人の目に飛び込んできたのは訂正文だった。

いくつかの注意事項の後、赤い文字で―――


“この日記は、目の前の子との楽しい想い出を忘れてしまわない為にあります”


と、書かれた一文が二重線で消されていて、更にその下に―――


“この日記は、とっても大事な友人達との思い出を想い返す為にあります”


と、書き換えられていた。


「ふふっ…ゆりりん、芸が細かいなぁ…」


 そう言って笑う莉緒の目には、早くも涙が滲んでいた。

莉緒は3人の中で、誰よりも由利子に対して対等な友人らしく接していた。

だからこそ、この『とっても大事な友人』という一文が特に心に響いたのだろう。


 そんな莉緒を気遣いつつ、ページを捲っていく美幸。

(しばら)く捲り続けていると、遂に入院した日に辿り着いた。


 由利子に頼まれていた通り、夏目家の蔵書の中から毎日、違う本を持参して病室

を訪れていた美幸。


 当然、ここからは由利子本人が美幸に言っていたように、その日に持って行った

本の感想が書かれているものと思っていたのだが…。


「ふふふっ…。由利子さんは嘘つきですね…。

本の感想なんて、一言も書かれていないじゃないですか」


 そこに書かれていたのは…毎朝、繰り広げられていた、美幸達の漫才のような

会話の数々だった。


 美幸のこういうところが可愛かった。

 遥のこういうところに感心した。

 莉緒のこういうところが楽しかった。


…という趣旨の文章が、ひたすら続いている。


「…別に良いじゃない。

少なくとも、これなら“思い出を想い返す”っていう目的は、無事に果たせていたん

じゃないかしら?」


「クスッ…そうですね。それなら由利子さんの目的通り…ということでしょうね」


「そっか…。じゃあ…ゆりりんもこんな風に病室で読み返して笑ってたのかな?」


 うっすらと涙を浮かべながらも、ページを捲るたびにその日の光景が蘇ってきて

自然と笑顔になる美幸達…。


 しかし、ある日を境にその楽しげな日記のページは…突然、白紙になった。

由利子が亡くなる、2日前。…体調を崩した日だった。


 日記が途切れたその後も、無言でページを捲り続ける美幸。


 だが、いくら捲っても、まっさらな白紙のページが続いていく。

…にもかかわらず、遥と莉緒の2人も、美幸のその手を止めはしなかった。


 伝言があるかもしれない…とは、あくまでも洋一の予想だ。

このまま最後まで何も書かれていない可能性は十分にある。


 しかし…不思議と3人共、その日記がそれで終わらない確信があった。


 あの由利子が…自らの死期を悟っていたのに、自分達に何の言葉も遺さないはず

が無い。


…その程度には、大事に思われている自信が、美幸達にはあった。


 はたして、その文章は最後の数ページに差し掛かった辺りで現れた。


 突然、『山本莉緒様へ』と書かれたページが、3人に目に飛び込んできたのだ。

そして、その隣のページには『富吉遥様へ』という文字も見える。


 どうやら、3人に向けて…というより、1人1ページずつ、個別に書かれている

らしかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                山本莉緒様へ



 初めて会った時、一目で『明るい子なのだろうな』と分かるほど、あなたは元気

いっぱいの女の子でしたね。

 それなのに、初めに私に聞いてきたことは『自分はここに来て良かったのか?』

というものでした。


 楽しいことは好きだけれど、それ以上に周囲をよく見て、その時に自分に出来る

最善を考えられるのが、あなたの魅力です。


 でも、気をつけなさい。

あなたのようなタイプは周囲に気を配るあまり、自分が甘えるのを忘れることが、

よくあります。


 周りに明るい雰囲気を振り撒くのも良いけれど、無理をする必要は無いのよ?

辛い時はそのまま『辛い』って、言えば良いんです。

悲しい時には、涙を流しても構わないんです。 


 それで周りの子達が戸惑うことになっても構いません。

あなたが感情を抑えてまで元気付けたいって思えるような子達なら、きっと話を

聞いてくれます。慰めてくれます。


 少なくともこれを一緒に読んでいる2人なら、絶対にあなたを突き放したりは

しないでしょう。…だから、時には他人に甘えることも覚えなさい。


 あなたは恐らく、3人の中で一番、我慢強い子なのだと思います。

けれど、いつも強いままで居たなら、周囲の人はみんな勘違いをしてしまいます。


『いつも笑顔で平気そう』『悩みなんて無さそう』『辛い経験していなさそう』


 聞き覚えはありませんか? いつも笑顔でいることの大変さがわからない人には

あなたはそういう風に思われてしまいます。


 だから、これから先の人生で辛く、悲しいことに出会ったなら…素直にそのまま

感情を表に出しても良いんです。“弱さ”は、決して悪いことではないのだから。




  最後に…ここまでの言葉を全て否定するようなことを書いてしまうけれど…


   いつも明るい笑顔をありがとう。あなたの笑顔で、私は救われました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                富吉遥様へ



 あなたに初めて会ったのはお正月でしたね。私が会いたがったからみんなが気を

遣ってくれて連れて来てもらったのが切欠でした。


 最初のうちは少し人間嫌いなのかと勘違いしてしまいましたが、あなたは本当は

とても周りの人が大好きなのですね。


 周りの人が大事だからこそ、不快な思いをさせないために敢えて遠ざけている。

『絶対音感』…私は持っていないから解らないけれど、きっと大変なのでしょう。


 ですが、あなた自身も他人を嫌ってはいないとはいえ、多くの人との深い関わり

を望んでいるわけではないようだし、その遠ざけ方や限度を弁えていれば、それは

大事にはなりません。

…あなたはとても頭の良い子だから、その心配もいらないでしょうし。


 ただ、1つ心配なことはあります。あなたは少し…私の娘達に似ているのです。

私が危惧すること。それは『とても自己評価が低い』ということです。


 謙遜しているだけなら構いません。それは、ある意味では美徳ですから。

ですが、あなたの場合はそういうことではありません。


 あなたは周囲に嫌われるのを覚悟の上で、敢えて厳しいことを言ったり、大事な

誰かの為に、危険な賭けに出る時があります。


 それはあなたなりの優しさなのでしょう。あなたが自覚できていない、3人の中

で最も大きいと言っても良い、あなたの魅力でもあります。


 ですが、その優しさ故の行動で、あなたが実際に嫌われたり酷い目にあったなら

その助けられた大事な誰かは、あなたが傷ついてまで得た結果に喜ぶでしょうか?


 あなたの優しさ、決断力、胆力…。どれも素晴らしい物です。

だからこそ、きちんと自覚しておいてください。

あなたは、あなたが思っている以上に周囲に必要とされています。


 自信を持ってください。そして自覚を持って、自分も大事にしてください。

あなたは、あなたが大事だと思う人から見ても『大切な人』なのです。




    最後に…いつも皆と一緒になってふざけたりして、御免なさいね?

        

 いつも皆をまとめてくれてありがとう。あなたのお陰で私は楽しく過ごせました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「…ぐすっ……ひっく……」


「莉緒さん…」


 由利子の遺した言葉の通りに、莉緒はいつものように無理に笑い飛ばすことも、

耐えることもせず、ただ涙を流して悲しんでいた。


「美幸…。今は、このまま暫く泣かせてあげましょう?

この子…結局、葬儀の時も私達のどちらかが泣くまで我慢してたみたいだから…」


「……はい。そうですね」


 莉緒は遥の言うように、葬儀でもずっと泣くのを我慢していた。


 それは、友人の大事な“悲しみ”が『もらい泣き』というあやふやなものになって

しまわないように、という…ささやかで、優しい配慮だった。


 遥はそれが解っているからこそ、無理やり慰めようとはせず、そっと莉緒の隣で

微笑んでいた。


「……………」


 そんな遥も、悲しくないわけではない。


…ただ、今は悲しみよりも嬉しさの方が勝っていたことで、泣かずに済んでいた。


 由利子から最後に贈られたその言葉の中に、一度も『ピアノ』という言葉が出て

こなかったからだ。


 由利子のことだ。恐らくこれも意図的にそう・・したのだろうが…。


 遥にはその気遣いが、とても嬉しかった。


 由利子の言葉は、簡単に言えば『遥を高く評価している』という内容だったが、

それはピアニストとしてではなく、あくまでも富吉遥という、“一人の人間”として

の評価だった。


…遥にとって今までの誰かからの評価とは、常に“ピアノを伴うもの”だっだ。


 ピアニストを志す身としては、それに不満がある…というわけではない。


しかし、それはつまりピアノが『メイン』で、遥という人間はその『オマケ』

ということの証明でもあった。


 だからこそ、由利子の遺した言葉は、本当に嬉しいものだった。


 由利子の言葉は、遥が大事だと思う人からの、“友人の遥”に対しての心から

の褒め言葉だったからだ。


 そして、同時に思う。


 これからは由利子の言う通り、自分のことも助けなければ、と。


 何故なら、今、目の前に居る2人の友人達なら、自分の身に何かがあれば、

きっと本気で悲しんでしまうのだろうから…。

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