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幕間 その18 主の居ない部屋で

 夏目家、由利子の部屋には美幸に遥、莉緒の3人が集まっていた。


 由利子が入院してから暫くの間、ここにやってくることが無かったからだろう。

久しぶりということもあり、遥と莉緒は部屋に入るなり無言で室内を見回した。


「ここはそのままにしているのね…。

主が居ないのだから、今後もずっと…というのは難しいのかもしれないけれど…

私は…このままの方が、どこか落ち着くわ」


「うん。そうだね…。まぁ…今はちょっと、静か過ぎる気もするけど…ね」


 遥の言葉に同意しつつ、莉緒は誰も横になっていないベッドを眺める。

美幸によって整えられたシーツは、今は皺一つない。

…だが、その様子が、逆に寂しい雰囲気を醸し出していた。


「所長さんが言うには、次の予定がない間はこのままにしておくそうです」


「…そう」


 由利子は居なくなってしまったが、家具を含め部屋の全ての物はそのままの状態

で置いてあった。


 夏目家は一般的な家に比べると、大きい部類に入る。

そのため、空き部屋すらあるような今の状態で、わざわざ由利子の部屋を整理する

必要性は特になかった。


「ところで、美幸。今後はここで暮らす…って聞いたのだけれど…そうなの?」


 その暗い雰囲気を変えるためなのだろう。

遥は、いつもよりも幾分か明るい口調で、美幸にそう尋ねる。


 そして、そんな遥の意図が伝わったのか、美幸と莉緒の調子がその言葉を切欠に

いつものように戻ってくる。


「はい。ですが、佳祥君は美月さんの所に行ったままなので、今後の私はここから

高槻の家へと通うことになりますね」


 美幸の試験のためとはいえ佳祥がここに居たのは、あくまで病気で会いに来辛きづら

由利子に対する配慮だった。


 そのため、由利子が居なくなったことで佳祥は本来の居場所である高槻家に移る

ことになったのだ。


 だが、だからといって試験まで終わるわけでもないため、美幸はこの夏目家から

通うことになっている…のだが、その美幸の発言に遥は不思議そうにする。


「通う? 確か…ここからだと、美月さんの家までは結構な距離じゃなかった?」


 高槻家は、夏目家から見れば、研究所を挟んでちょうど反対側に位置している。


 研究所から直接あちらに向かうのなら、そこまで大した距離にならないが…

ここからだと、徒歩では少し時間が掛かり過ぎるだろう。


「はい。ですから、美咲さんのお車をお借りする予定になっているんです」


「車? 車って、あなた運転免許は持って―――って、ああ…そうか。

そういえば、アンドロイドに免許は関係なかったわね…」


「…えっ? ええ、そうですよ? あの…遥?

もしかして、私がアンドロイドだってこと…忘れてました?」


「そうね…なんだか、最近は“そういう設定”程度にしか考えていなかったわ」


「あーっ! ダメだよ遥ちん! そのネタはわたしのなんだから!!」


「ネタって……。莉緒さん……あれ、天然ボケじゃなかったんですね…」


 突然の莉緒の過剰反応に、なんとか返答を返す美幸だったが…

遥はそんな莉緒に微塵も反応せずに、会話を続ける。


「それじゃ、その美咲さん本人はどうするの?

車が無いんじゃ、研究所に通うのも大変じゃないのかしら?」


「はい。ですから、美咲さんは近々、ここに引っ越してくる予定なんです。

それで、研究所には所長さんの車で一緒に行くらしいですよ?」


「へぇ…成る程ね。…そういうこと」


 美幸の説明で、おおよその状況を察する遥。

今はこうして居るとはいえ、佳祥の世話をするために高槻家に行った際、話の流れ

でそのまま泊まったりする時などもあることだろう。


 ただ、そうして美幸がここを空けることになった日には、当然だが、洋一はこの

家に一人きり…ということになってしまう。


 洋一も、もう80代…。何だかんだ言っても、高齢なのだ。

美咲としても、一人で過ごさせるのは心配…という事情もあるのかもしれない。


「それにしても…。美幸が車の運転、ねぇ…」


 納得はしたものの、何故か微妙な表情のままの遥。

性格も考えれば、安全運転で通うのだろうし、事故の心配も要らないだろう。


…というよりも、そもそも美幸はアンドロイドなのだ。

その気になれば、プロのレーサー並みの運転すら可能ということになる、はずなの

だが…。


「私、以前からずっと思っていたのだけれど…。

美幸と『ハイスペック』っていう言葉って、イメージに合わない…というか。

純粋に、似合わないわよね…」


 どこかふわふわした雰囲気の美幸にどうしてもイメージが追い付いてこない遥。

しかし、そのあまりにもあんまりなように、美幸は不満げな表情になった。


「遥…。その台詞は…なんだか莉緒さん並みに酷い扱いですね…」


「ええっ!? いやいや! 美幸っち!? その台詞も大概、酷いよ!?」


 そうして、突然のとばっちりを受けた莉緒のツッコミに美幸が笑ったところで、

何となく部屋の雰囲気が明るいものへと変わっていった。


 今日、ここに集まったのは、3人であの日記帳の中身を確認するためだ。

…そして、そのことはこの場の皆が把握している。


 しかし、せっかく戻ったその明るい空気を惜しむあまり、敢えて誰もその話題に

触れようとはしなかった…。


…結局、それから暫くの間はいつも通りの他愛ない雑談が続き、本題の日記帳の話

になったのは、日が傾き始めた頃だった。




 夕日が窓から差し込む時間帯になって、ようやく避けてきた話題に触れることに

なった3人。


 不意に会話が途切れたタイミングで、美幸が『それでは、そろそろ…』と言って

日記帳を取り出した瞬間に、今までの雰囲気が嘘のように室内に静寂が訪れる。


「…何だか、今、不思議な気分なんだ。

この中にさ、由利子さんから私達宛ての何かが書かれていたら嬉しいな…って…

そう思うのは確かなんだけど…。…なんていうのかな、なんか…不安…」


「莉緒さん……」


 いつも勢いで押し切るようなところがある莉緒が、そんな言葉を呟きながら、

困ったような表情になるのを見て、美幸が心配そうにする。


「あ…あははっ! ごめんね? 2人共! 私らしくないよね!」


「いいえ。そんなことはないわ…。

それだけ、あなたが由利子さんを好きだった…ってことでしょう?

私なんかより、余程、他人との関係を大事にするのが莉緒なのだし…。

むしろ、その方があなたらしいわよ」


「…っ……うん。ありがとう…遥ちゃん」


 再び会話が途切れて訪れた、その静寂の中…。

改めて遥と莉緒を見た後、美幸が意を決したようにその日記帳の鍵を開ける。


『カチリ』という音と共に外れた留め金を傍らに丁寧に置くと、美幸はゆっくり

とそのページを(めく)り始めた―――

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