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閑話 その7 次期所長の任命

 美咲の決意を聞いた洋一は、顎に手を当てて色々な物事を考え始める。

そんな洋一の次の言葉を、美咲達は緊張した面持ちで待った。


「…まず第一に、その後はどうするつもりなのかね?

試験が無事に終わったとして…18年が経過した、その後だ」


「それは…18年後までには、何か適当な理由を考えます。

当然ですが、現在とは状況も変わっているでしょうし…

今から色々と考えていても、その時には役に立たない可能性もありますからね」


「…理由、か。それだけじゃないんだが…。…まぁ、それは後で話そう」


「??」


 その洋一の歯切れの悪い言い回しに、疑問を覚える美咲。

しかし、そんな美咲を気にすることなく、洋一は今度は美月に向けて話を続けた。


「第二に、美月ちゃんの方は良いのかね?

『保母体験』と最初は言っていたが、ここまでの長期となると…

保母というより、むしろ『第二の母』と言った方が良いだろう。

勿論、美月ちゃん自身も子育てはするのだろうがね…

実質、佳祥君にとっては、母親が2人になるということになるだろう?

…それについても、構わないのかね?」


「はい。姉さんからこの話の詳細を聞いた時に、考えてみたのですが…。

私としては、これといって特に問題はありません。

相手が美幸ちゃんではないのなら、かなり悩んでいたのでしょうけれど…。

私も来年からは正式な研究員としてここで働くことになる予定ですからね。

私の方が、むしろ助かるくらいです」


 今はまだ大学に通っている手前、あくまでもお手伝い扱いの美月だが、来年の春

に卒業を迎えれば、この研究所に就職することになる。


 そうなれば、今のように自由時間での出勤…というわけにもいかなくなるため、

その間の佳祥の面倒を見てくれる人間が自分以外に居てくれるのというのならば、

願ったり叶ったりだった。


「そうか…わかった。美月ちゃんが納得しているなら、その点は良いだろう」


 美月の返答を聞いた洋一は、再び美咲に向き直る。


「それでは、最後…第三の問題だ。…佳祥君には、どう説明するつもりかね?

物心つく前までならまだしも、彼だって何時までも子供というわけではない。

全く成長しない美幸ちゃんに対して、疑問を持つのは時間の問題だよ?」


「それに関しては、ある程度のことが理解できる年齢になったら、佳祥君には美幸

がアンドロイドであることを正直に話します。

流石に隠し通すのは無理がありますし…何より、私たちの仕事を考えれば、佳祥君

も特に違和感は持たないかと思います」


「うむ。しかし…肝心の美幸ちゃんの秘匿性は、どうするつもりかね?」


「それは…言い聞かせます。『他人に話してしまうと、美幸が困るのだ』と。

…大丈夫ですよ、所長。きっと、きちんと理解してくれます。

なにせ、美月と高槻君の子供で、美幸が面倒を見るんですよ?

変な子供に育つ可能性なんて…それこそありえない話です」


「……うむ…」


 美咲の返答を聞いて、再び思案顔になる洋一…。

美咲達の回答を振り返って、改めてあらゆる物事を考えているのだろう。


 洋一がいくら美咲達に甘いとはいっても、やはりそこは責任者…。

当たり前だが、個人的な情だけで決定するのは問題があるからだ。


 そんな状態で5分程度経過した頃、洋一が再び重くなった口を開いた。


「…わかった。君の好きにしたまえ。国への説明は、私が何とかしてみせよう。

…ただし、許可するに当たって、私から1つだけ条件がある」


「条件…ですか?」


 正直、この提案が通る可能性は五分五分といったところだったため、一応の許可

が降りたことは、美咲にとって喜ばしいことだった。


…だが、今の美咲には、それよりも洋一の『条件』という言葉が気になった。


 洋一はこういった状況で交換条件を提示して、断りにくいであろう相手に自分の

要求を通させようとするタイプではないからだ。


「原田君…。

君にはこの新型アンドロイドの件が落ち着いたら、ここの所長を継いでもらう」


「…えっ!? それは、姉さんが次の所長になる…ってことですか!?」


 突然放たれた予想外の提案に、美咲よりも早く反応してしまう美月…。

そんな美月に対して、洋一は再び視線だけをそちらに向けて、静かに頷いた。


 そして、当の美咲はそんな美月に一歩遅れて、洋一に質問する。


「…次期所長、ですか。…流石に、私にはまだ時期尚早じゃないですか?

おじさんだって、所長に就任したのは50歳前後だったんでしょう?」


 確かに研究所の所員達は美咲に対しては友好的な人物がほとんどのため、内部の

反発は少ないのかもしれない。


 しかし、対外的なことも考えれば『はい、わかりました』と簡単に了承して良い

ような軽い問題でもないだろう。


 年齢が若く、何より女性であるということを気にする人間というのは、想像以上

に多かったりする。


 特に、国の関係者の中でも年齢が高い…発言力の高い人物ほど、そういった古い

考え方の人物が多いのは確かだった。


 だが、そんな美咲の心中を察した洋一は、少しだけ笑みを浮かべながらその意見

をはっきりと否定してくる。


「その点については問題ない。君は今回の研究を見事に成功させてみせたんだ。

上の連中も大層ご機嫌でね、今ならそういった案を提示しても、すぐに通るさ。

それから、例の賞の受賞が決まったのも大きい。

今の君の評価は、君が自分で思っている以上に高いものとなっているんだ。

…それに、君には『あの原田美雪の娘』という“強力なカード”がある。

仮に就任後に多少の失態があったとしても、君のお母さんが守ってくれるよ」


「……母さんが…」


 美咲は、切なそうで…しかし、懐かしそうな…そんな微妙な表情で呟く。


「…まぁ、君は自分で思っているよりも、遥かに有能だ。

最初は色々と面倒かもしれんが…慣れれば問題なくなるだろう。

さっきはああ言ったが…君が所長になる分には失態なんて、ほぼ無いだろう」


「所長…ですか。…そういうのは、どちらかというと苦手なんですがね…」


 ある程度の気掛かりを払拭させても、歯切れの悪い返答をする美咲に、洋一は

真剣な表情を作って、更に言葉を続けた。


「性格的に苦手でも、今の内に継いでおかないと…きっと、後悔するよ?」


「それは…どういう意味でしょう?」


 その…取り方によっては脅しとも取れる言い回しに、怪訝そうな顔をする美咲。

だが、そんな美咲に洋一は、忘れかけていた現実をつき付けてきた。


「忘れているのかもしれんが…別に由利子の病気は治ったわけではないんだよ?」


「!!」


 洋一のその言葉に、美咲だけでなく、美月もハッとした顔になる。


「確かに、美幸ちゃんのおかげで、生きる気力を取り戻した最近の由利子は、食事

や軽い運動も出来ているからね…。

体力も多少は戻ってくれたからか、今はまだ(・・・・)安定してる。

でも、結局はそれは抵抗力が多少増して、余命が少しばかり伸びただけなんだ」


「…お医者様は、なんとおっしゃっているんです?」


 堪らず尋ねる美月に、何とか笑顔を浮かべて答えようとする洋一だったが、その

表情からは、悲しさが滲み出てしまっていた。


「一昨年の…一番弱っていた時期に言われたものと全く同じだったよ…。

今から数えて、持っても半年から一年…といったところだそうだ。

…流石にもう、奇跡でも起こらない限り…それ以上は難しいらしい」


 洋一の言葉を『信じられない』という表情で聞いた美咲達。

それもそのはず、最近の由利子は佳祥のこともあって、一際ひときわ、元気な様子を見せて

いたからだ。


「ふふ…。美咲ちゃん、とても信じられない…って顔だね?」


「…はい。正直、最近のおばさんは特に元気そうに見えましたので…」


「以前の、美幸ちゃんの試験をしていた頃のことを忘れたのかい?

あの、一番弱っていた時にも、由利子は元気そうに振舞っていただろう。

…あれは昔から負けず嫌いなんだ。

いつも通りにしているならともかく、必要以上に元気そうに見えたのなら…

それは、ただの“やせ我慢”ってやつだよ」


 美咲達は、洋一のその言葉に、すぐに納得出来てしまった…。

娘のように接してくれていた由利子の性格は、美月達もよく知っていたからだ。


 美咲から視線を外して、洋一は少しだけ懐かしそうに話し始める。


「私も…もう今年で81になる。

おかげさまで、私は至って健康だからね…。まだまだ、やっていけるさ。

…だがね、私が今もこうして所長を続けているのは、由利子が居たからだ。

『私が辞めるからって、一緒に辞める必要はないわ』と、言われたからなんだ。

それに…当時の研究所の皆も、私が続けることを望んでくれていたしね」


「それでは、その…おばさんが亡くなられたら、所長は引退されるんですか?」


 少しだけ遠慮がちな口調で、美月がそう尋ねると、洋一は視線を美咲達の方向に

戻して、口元に軽く笑みを浮かべながら答えた。


「すぐに…というわけにはいかないだろうがね。

…由利子との思い出が沢山詰まったあの家で、残りの人生を穏やかに…ゆるやかに

過ごしたいと思っているんだ…」


 今も現役で働いていることも、影響しているのだろう。

洋一は、実際の年齢よりもかなり若く見える。


 しかし、80歳という年齢を出した上で余生の過ごし方を出されてしまうと、

美咲としては…もう、それを否定することなど出来なかった。


「それにだね? さっき後悔すると言ったのは、私でも原田君でもない、別の人物

が次の所長になった場合だ。

その人物が、必ずしも美幸ちゃんの味方になってくれるとは限らないだろう?

…それこそ、海外の研究所からの譲渡依頼を了承してしまうかもしれない」


「それは…」


 ここにきて…やっと美咲は、その“当たり前の事実”に気がついた。


 18年後と言えば、単純に計算しても…洋一の年齢は98歳。

元気にしていたとしても、研究所の所長が務まる年齢とは、とても思えない。


 仮に由利子の亡き後も所長を続けてもらえるように洋一を説得出来たとしても、

結局はいつかはその職を退く時が来るのだ。


 更に言うなら、その時にも都合良く美咲が後を継ぎやすい状況がまだ続いている

とは限らない…。


「由利子の試験の時に、遥ちゃんにもこの所長室で言われていたじゃないか。

『自分で言いだした以上は、家族としての責任を最後まで果たせ』と。

ふふっ…。親バカ、大いに結構じゃないか。

私からすれば、美幸ちゃんを守るために君が所長になってくれるというなら…

今すぐにでも、喜んでこの席を譲らせてもらうよ?」


「……所長。その条件は、ちょっと卑怯ですよ?」


「だが、事実だろう? 

所長になれば、君の発言力も、自由に出来ることも、大幅に増えるのは確かだ。

…面倒なことを差し引いても、メリットは十分にあると思うがね?」


「…………はぁ」


 一際ひときわ、大きな溜息を吐いて一度天井を見上げた後、美咲は少し悔しそうな笑みを

浮かべて、洋一にはっきりとした口調で言った。


「…わかりました。次期所長、やらせていただきます」


「うむ。…よろしく頼むよ」


 そう言って、ニカッとした笑顔に変わった洋一へと、美咲は上司と部下としての

空気を吹き飛ばしながら、負け惜しみのように大声で愚痴を零した。


「くっそ~! 留守番を押しつけられた腹いせに無理やり難題を押し付けてやろう

と思ってたのに~!」


「…………おじさん、本当にこんな・・・人が次期所長で良いんですか?」


 仮にも上司を前にとんでもないことを言う美咲に、呆れた表情を向けながら美月

は洋一にそう尋ねた。


 しかし、洋一はあっけらかんとして、笑顔のままにその質問に答える。


「うむ、構わんさ。…どうせ、その頃には私は退職済み…無関係だからね。

その時になって大変なのは…むしろ、美月ちゃんや隆幸君だと思うよ?」


 その言葉と同時に、さっぱりした笑顔からニヤニヤした顔に変わる洋一…。


 その表情を見て、美月は近い将来巻き起こるであろう“新所長”とのやり取りに

頭を抱えることとなった。


「…最悪、姉さんを失脚させてから、隆幸さんを後釜に据えましょう」


「………うん。やっぱり、美月が一番怖いや…」


 こうして、冷静に姉を追い詰める手段を今から考え始める妹を見つめながら、

美咲がこの日、2度目の戦慄を覚えたところで、無事に会議は終了したのだった。

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