幕間 その14 姉妹の絆
「…どうでしょうか? あまり格好良いものでもなかったでしょう?」
「いいえ! そんなことありません! とっても素敵でした!」
美月の話が一段落したところで、美幸はうきうきした様子で、元気よくそう答え
返した。
「なんだか、当時の美月さんがとても可愛かったです!
とても素敵な話でしたし、遥達にも聞かせたあげたいくらいです!」
「そ、それだけは止めて下さい!
遥ちゃん達に、二度と会えなくなってしまいます…」
焦り気味に美月にそう言われた美幸は『そうですか…』と、残念そうに呟いた。
なんとか納得してくれた美幸にホッとした美月は、再び話を続ける。
「…ほら、酷い話でしょう?
結局、私は姉さんが隆幸さんに密かに想いを寄せていることを察していながらも、
悩みを相談するついでに、姉さんからしれっと奪ってしまったんですから…」
「……あ。…そういえば、そういう話でしたね」
すっかり当時の馴れ初め話に夢中になっていた美幸は、美月の台詞でそもそもの
本題を思い出した。
「ですが、ご本人が言うには、美咲さんもお2人がお付き合いされるのを初めから
期待していらした…という話だったのですよね?
…それなら、特に問題は無かったんじゃないんですか?」
「それは…ええ。報告した時には物凄く祝ふ―――いえ、からかわれましたが…」
素直に“祝福”と言えないくらいにはからかわれたのだろう。
当時を思い返したらしい美月は、微妙に引きつった笑顔を浮かべていた。
「あはは…。でも、その点については隆幸さんはなんて言ってらしたんです?
先ほどの話には、その問題についての解決策は出てきませんでしたが…」
「それは…。
なんというか、その…とても気障な台詞で誤魔化されてしまったといいますか…」
そう言って、美月が再び恥ずかしそうにしているのに対し、その様子を見た美幸
は、また興味深そうに目を輝かせて、その“気障な台詞”を聞きたがった。
「それはどんな台詞ですか!? 是非、それも聞きたいです!」
「ええっと……クスッ…ふふふっ…」
美幸のあまりの食いつきの良さに、少々面食らった美月だったが…。
その姿がだんだんと可愛らしく思えてきて、笑えてきてしまった。
そして、その勢いのままで、口にするのも恥ずかしく感じるその台詞を、一気に
話してしまうことにした。
「それはですね…
『君が自分を嫌いでも構わないし、「要らない」と否定しても構わない。
これからは、僕がずっと君の傍にいて、君が自分を嫌いになった以上に、僕が君を
好きになる…。
君が「要らない」と思った以上に、僕が君を「必要なんだ」って伝えるよ。
…だから、美月ちゃん。
君が僕を信じてくれるのなら、君は君自身が「嫌いだ」と、「要らない」と思う分
よりも「好かれて」、「愛されて」いて、「必要とされている」ことになるんだ。
僕達はこれから先もずっと一緒にいるんだし、傍に居る僕がそう思っているなら、
それでちょうど良いバランスなんじゃないかな?』
…というものなんです」
恥ずかしがってはいるが、美月もその言葉が嬉しかったのだろう。
はっきりと覚えているらしく、長い台詞だったにもかかわらず、美月は思い出そう
とする素振りも見せずに、スラスラと口にしていた。
「……素敵な言葉ですね。それに…なんだか隆幸さんっぽいです」
「ふふっ…そうでしょう? 私もそう思います」
隆幸は伝えるべきだと思ったことは、そのまま相手に伝えるような所がある。
そして、基本がロマンチスト気質なのか…その際に選ぶ言葉が、まるで口説き文句
のようになってしまっていることも多い。
その上、場合によっては、隆幸自身がおどけて意識的に気取った言い回しをする
こともあったため、総じて隆幸は『軟派に見えるが好青年』という評価を周囲から
受けることとなってしまっているのだった。
「…ですが、美月さん。
私の立場から、こういうことを言って良いのかどうかは分かりませんが…
やっぱり、美咲さんには妊娠されたことを自分から堂々と胸を張って言っても良い
と思うんです。
…というより、その方が美咲さんも喜んでくれると思いますよ?」
「何故……そう思うんですか?」
美幸はこう言っているが、美咲が隆幸を密かに想っていたであろうことは、ほぼ
間違いない。
それなら、やはり多かれ少なかれ美咲は傷つくだろう。
黙っていてもいずれは判ることなのだ…。
改まって自分の口から伝えなくても良いのではないか…と、美月は考えていた。
…しかし、美幸はそんな美月に、当たり前のことを言うようにその理由を答えた。
「理由は簡単です。…美咲さんが結婚式の時におっしゃっていたでしょう?
『誰にも欠片も遠慮すること無く、愛し続けることを誓いますか?』って。
…きっと、こういう時に遠慮なく自分に報告出来るようになって欲しかったから、
ああいう風に言っていたんじゃないでしょうか?」
「……ぁ……ふふっ……そう、ですね。……美幸ちゃんの言う通りです。
きっと…姉さんはこういう時のために言ってくれていたんでしょうね…。
あの日の言葉には、私もとっても感動していたはずなのに…
また、勝手な罪悪感を抱えて、忘れてしまっていたみたいです」
この『美咲が隆幸を好きだった』という話を聞いた時に、美幸は今までの様々な
出来事を思い返して、納得していた。
例えば、結婚式が始まる前に美咲が美月の控え室を訪れなかったことを、由利子
が『素直じゃない』と言っていたのも、きっとそれが原因だったのだろう。
あの時の洋一がそうであったように、結婚を意識させる衣装に身を包んだ2人が
並んでいるのを見て、万が一、傷ついている雰囲気を出してしまって、隆幸にそれ
を見抜かれることを恐れたのだ。
妹の結婚式のお祝いムードに水を差したくなかったのだ。
そして、きっと美月もそんな美咲の心中を察していたからこそ、顔を出してくれ
なかったことには、何も言わなかったのに違いない。
ただ、美咲もそういうことを気にしている美月に気付いている。
だから、わざわざああやって進行に割って入ってまで伝えたかったのだろう。
『つまらないことを気にしている暇があるなら、目いっぱい幸せになって見せろ』
ということを。
傍から見れば、とても遠回りで…ともすれば、面倒なやり取りにすら見える。
しかし、お互いを理解し、思い遣り合っている原田姉妹のその関係は、美幸には
とても素晴らしく、かけがえのないものに思えた。
昔の話に夢中になっているうちに、気付けばもう半時間ほどで美月の休憩時間が
終わろうとしていた。
「…さて、それではそろそろ戻りましょうか?
美幸ちゃんの言う通り、姉さんにもきちんと報告しないといけませんし…ね?」
「はい! 美月さん、今日はありがとうございました。
今日のお2人のお話…。聞いていて、とっても楽しかったです!」
言葉の通り、楽しそうな表情でそう言ってくる美幸に対し、美月は微笑みながら
軽く…しかし、真剣な口調でこう返した。
「…いいえ。私の方こそ、ありがとうございます。
話を聞いてくれただけでなく、姉さんの大事な言葉も思い出させてくれて…。
やはり、美幸ちゃんは私達の自慢の娘ですね…。…大好きです」
「えっ…ぁ、ありがとうございますっ! 私も美月さんが大好きです!」
そう言って微笑む美月の表情は、日頃から見慣れている美幸ですら見惚れるほど
美しかったため、美幸は顔を真っ赤にして照れてしまい、つい…声が大きくなって
しまった。
そして、そんな様子の美幸を可愛らしく思いつつ、美月は1つの提案をする。
「…美幸ちゃん。研究室まで、手を繋いで行きましょうか?」
「え? はい。それは構いませんが…。急にどうしたんです?」
仲が良いとはいえ、流石に普段から手を繋いで歩いたりはしないからか…。
美幸は少し不思議そうにする。
…そんな美幸に、美月はその理由を伝えた。
「今日は美幸ちゃんの手を引っ張ってここまで攫ってきてしまいましたからね。
やはり、戻る時にも手を繋いで丁重に送り届けなければいけません。
…それが、お姫様を攫った者の努めでしょう?」
真剣な表情でそう言っている美月だったが…
よくよく見てみると、微妙に目元が笑っていた。
…これは、た時折見せる、美月なりの茶目っ気らしい。
「クスッ…分かりました。…でしたら、仕方がありませんね?」
まるでパーティでダンスに誘うように手を差し伸べる美月に、美幸も少しわざと
らしくスカートを軽く摘んで挨拶をするフリをした後、そっとその手を握った。
「フフッ…それでは、行きましょうか?」
「クスッ…はい」
2人はその後、ニコニコしながら無言で研究室まで戻っていった。
仲良さげに歩くその姿は、何処から見ても開発者とアンドロイドなどではなく
本当の―――姉妹そのものだった。
ちなみに、余談ではあるが…その和やかな空気は、研究室に入った瞬間、視界に
飛び込んできた『さっさと白状しろ! このロリコンめ!』とニヤけながら隆幸の
首を絞める美咲のせいで、見事にぶち壊しになった。
そして、美月が休憩していた間中、ずっと作業をサボって隆幸を問い詰めていた
美咲は、結果的に休憩する時間を取れなくなり、美幸の作った昼食を一緒に食べる
ことが出来なくなって嘆く羽目になるのだった。




