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幕間 その13 一足飛びの婚約

 そんな感情が2人の中に渦巻いている状態で他愛ない話を続けてから、ちょうど

1時間近くが経った頃だった。


「それで、今日の本題…恋人の“お試し期間”の結論なんだけれど…」


「…っ! はい、どう…でしょうか?」


 唐突にその話題を出してきた隆幸は、少し言い辛そうに言葉をつまらせながら、

美月に対して最終確認をしてきた。


「ええっと…結論を出す前に改めてもう一度、確認しておきたいのだけれど…。

美月ちゃんの方には、この一年での心変わりはないかい?」


「……はい。高槻さんさえよろしいのでしたら、お付き合いを…お願い致します」


 予想通りの答えが返って来たところで、隆幸は美月にこのお試し期間を振り返り

ながら、話し始めた。


「…今だから正直に言うんだけれど、僕はこの一年の間に、何かしら別の解決策を

見付けるつもりでいたんだ。

君が罪悪感を覚えず、且つ僕が君の元を離れなくて済むような…そんな方法をね」


「…そうですか。

つまり、お付き合いを回避する方法を模索していた…ということですよね?」


「まぁ…そうなるね」


「…それは酷い話ですね。

何故、初めに“お試し”を提案した高槻さんが、そんな発想をしているんですか…」


 怒っている…というより、拗ねているという表現が適切な顔で、美月はそう答え

返してきた。


…隆幸に対しては、こういう態度も最近では見せるようになってきている美月。

それだけ、精神的に近付いた証拠なのだろう。


「そうだね…でも言い訳になるかもしれないけれど、その…年齢差もあるだろう?

やはりその辺りも考えないといけないんだよ。僕の立場からすればね」


「それは…解らなくはありませんよ?

ですけれど、真剣にお付き合いをして頂けるように頑張っていた私からすれば、

やはり納得いたしかねます」


「うん…わかってる。十分にわかっているんだ。君はとても頑張ってくれた。

僕の予想を遥かに超えて、本当に一生懸命に…頑張ってくれた。

…何も隠し事をしないで1年以上も過ごすなんて…大変だったんじゃないかい?」


 いつの間にかその顔からいつもの笑みが消え失せ、真剣な表情になってしまって

いた隆幸は、美月をまっすぐに見つめながら、そう尋ねた。


 すると美月も、拗ねていた表情を隆幸と同じように真剣な物に変えて答え返す。


「そうですね…。全く大変ではなかった…というわけではありません。

…ですが、恐らく高槻さんが思っていらっしゃるよりは平気でしたよ?

お互いを信頼して支え合う…。

恋人というものは、本来はそういうものではないのですか?」


「うん…君の言う通りだ。

でも、そういう風に心から考えられる人は、多分…そうは居ないと思うよ。

そして、そんな君だったからこそ…

僕は…その『別の解決策』を探すのが、途中で嫌になってしまったんだ…」


 そこまで聞いた美月は、隆幸の言わんとすることを察してその先を促した。


「それはっ……その、つまり……!」


「…うん。こちらこそ、よろしくお願いしたい。

…これからは僕と恋人として、真剣にお付き合いをして欲しい」


「…ぁ……はい。…よろしく…お願いします………」


 自分でも気付かないうちに、緊張を押さえ込んでいたのだろう…。

隆幸からのその言葉に安心して気が緩んだ瞬間に、美月は涙を溢れさせた。


 そんな美月を見た隆幸は、椅子から立ち上がると、美月の傍までやってきて椅子

に座るその体を、軽く後ろから抱き締める。


『あくまでお試し期間だから…』と、今までは手を繋いで歩くことすら、ほとんど

してこなかった隆幸。


 初めて抱き締める美月の肩はとても細く、本当に折れてしまうのではないか…と

思ってしまうほどだった。


 そして…隆幸は改めて思った。

これからは、何があってもこの美しい恋人を守らなければ。

自分は年上であり、男なのだから…と。


…何より、今後、ここまで信じられる人物が自分の前に現れるとは思えない。


 恐らく、これが自分にとって唯一の恋愛になるだろうということを、隆幸は強く

意識していた…。




「それにしても…やっぱり酷いです。

別に、あんなことを打ち明けなくても構わなかったじゃないですか…。

…わざわざ口に出さなければ、誰にも解りませんよ?」


 涙が落ち着いた美月は先ほどの『別の解決策を探していた』という隆幸の発言を

非難してきた。


「…それに関しては、本当に済まなかったと思っているよ。

でもさ、僕の方から『隠し事はしないでくれ』なんて、無茶な要求をしたんだ。

それなのに黙ったままで答えるなんて、フェアじゃないな…って思ったんだよ」


「なるほど…それはわかりました。

…ですが、それはあくまで高槻さんの都合です。

私が傷つくような内容なら、黙っているというのも優しさですよ?

…まぁ、そういう誠実さは高槻さんの良いところだ、とは思いますけれど…」


 最後に少し小さな声でフォローの台詞を付け加えたところで、美月から放たれて

いた不穏な空気が、やっと和らいだ。

…どうやら、隆幸は許してもらえたらしい。


「…許してくれて、ありがとう。

……ところで…もうそろそろ手を放してもらっても、良いかな?

まだ他にも話し合っておきたいこともあるしさ……ね?」


「それは駄目です。

こちらは一年近くも生殺しのような状態を維持させられていたんですから。

今日は私が満足するまで、この幸せを堪能させていただきます。

…それに、良い話ならこのままでも出来るでしょう?」


「はははっ! うん、わかったよ…」


 隆幸は先ほどから、座っている美月の肩を後ろから覆いかぶさるように、しかし

そっと触れるような優しさで抱き締めていた…のだが―――


 ふと隆幸が気付いた時には、泣き止んだ美月の手によって、抱きしめていた腕を

自分では離せないように、がっちりと掴まれてしまっていた…。


 ただ、当然ながら隆幸も、美月がこうしてあからさまに甘えてくるのが嫌という

わけではない。


 これからする話はとても重要で真剣な話だったため、出来ればお互いの顔を見て

話したかったのだが…。


 ここは、もう諦めてこのままで話すことにしよう…と、開き直ることにした。

…どうやら美月だけでなく、実は隆幸も相当浮かれているらしかった。


「まず初めに…繰り返すようだけれど、僕らが付き合うってなると、やはり年齢差

が問題になると思うんだ」


「ですから、それは気にしないで下さい。少なくとも私は気にしません」


 隆幸が話す度に首筋に当たる息をくすぐったく思いながら、この上なく上機嫌な

様子で、美月はそう答える。


 だが、そんな美月に隆幸はなおも食い下がって言ってくる。


「うん。でもさ、やっぱり美月ちゃんも周りの人に変な目で見られながら付き合う

よりも、堂々としていたいだろうし、祝福だってされたいだろう?」


「それは…確かにそうですけれど…」


 言葉では隆幸の言葉にそう同意しつつも、それでもやはり『別に良いのでは?』

とも、同時に思っている美月。


…だが、そんな美月に、隆幸はここで予想外の提案をしてきた。


「だからね? いっそのこと、もう交際宣言じゃなくてさ、思い切って婚約宣言に

しようかと思うんだけど……どう―――」


『どうだろう?』と隆幸が続けようとしたところで、美月は掴んでいた隆幸の腕を

離して立ち上がったかと思うと、今まで見たこともないような速度で体ごと後ろを

振り返った。


「なっ…何を言ってるんですか! いきなり婚約なんてそんな…こ…と……って!

ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」


 あまりにも驚きが大きく、顔を真っ赤にしながら大声で抗議した美月。

しかし、そうして振り返った先には―――


…立ち上がった拍子に勢いよく後ろに下がった椅子の背もたれで胸を強打して、

後ろに倒れて息を詰まらせる隆幸の姿があった。




「…ありがとう。もう大丈夫だよ」


 混乱と驚きで、すっかり気が動転してしまっていたのだろう。

何故か打ちつけた方の胸ではなく、反対側である背中を(さす)ってくれていた美月に、

隆幸はそう答えた。


 そして、今度こそ隆幸は再び美月の正面に座って、改めて話すことにした…。

(物理的に)痛む胸を押さえつつ『真剣な話なんだし、いちゃいちゃせずに初めから

こうしておけば良かった』と、心の中で先ほどまでの浮かれていた自分を軽く反省

しながら。


「さっきは驚かせてごめんね? でも、そう悪い提案でもないと思うんだ。

僕が最初からそこまでの覚悟を見せれば、周囲の人達も文句を言うことは―――

……まぁ、ある程度しかないだろうと思うし」


「それは…そうかもしれません。…でも、高槻さんはそれでよろしいんですか?」


 提案したのは隆幸であるにもかかわらず、そう尋ねる美月。

先ほどまで浮かれていた美月だったが、『結婚』というものを目の前に提示された

ことで、一瞬で我に返った。


 告白を了承してくれたことは、素直に嬉しい。

しかし、婚約までしてもらうというのは、申し訳なく思ってしまったのだ。


 恋人の贔屓目で見ても、隆幸の容姿はかなり良い方だ。

しかも、就職もこの研究所…美咲の助手に付くことが、既に半ば決定されている。


 一般的に見てもこの研究所は国内最大のアンドロイド研究機関というだけあり、

いわゆる“一流企業”というカテゴリーになる。


 そう考えれば、仮に美月との恋人関係が上手く行かなくなったとしても、隆幸の

恋人になりたいと思う人など、他にいくらでも居ることだろう。


 だからこそ、美月には安易に自分と婚約を交わすことは隆幸にとってデメリット

しかないように思えた。

 普通に恋人が別れるのと、婚約の破棄では世間からの印象が全く違うからだ。


 しかし、そんな美月の心配を他所に、隆幸は当たり前のようにサラリと答える。


「それは当然だよ。

それくらいの覚悟も無いなら、初めから付き合ったりなんかしないよ? 僕は。

それに、破局なんてしようものなら、どのみち所長かチーフに殺されるんだし…

そう考えれば、プロポーズのタイミングが早いか遅いかの違いでしかないよ」


「フフッ…クスクスクスッ…! 言われてみれば、それもそうですね?」


 少しおどけてそう言った隆幸に釣られて、美月もつい笑ってしまう。


「…だからさ。今はとりあえず、そういうことにしておこう。

…大丈夫、いよいよその時が来たら、もう一度ちゃんとした形でプロポーズさせて

もらうからさ。

…こんな、流れでなんとなく…なんてのは、やっぱり味気ないしね」


「クスッ…ええ。わかりました。

それなら、次はどんな感動的なプロポーズでも驚き過ぎないように、心の準備を

しておきます。……期待していますよ?」


「これは…自分でハードルを上げてしまったかな?」


「クスクスッ…どうでしょうね?」


 美月は悪戯っ子のような無邪気さでそう言うと、隆幸と共に声を殺して笑った。


…こうして、美月の初めての告白への一年越しの返答は、『隆幸との婚約』という

形で、無事に決着することとなったのだった。

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