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幕間 その12 互いの心の内

 いよいよ美月の中学校の卒業式まで残り1ヶ月となった、その日。

隆幸と美月は、2人で一緒に会議室にやって来ていた。


 その目的は言うまでもなく、“今後はどうしていくのか”の結論を出すためだ。


(不味いなぁ…。これは…ちょっと予想外だったな…)


 どこか緊張した様子の美月を前に、隆幸はこの“お試し期間”を設けたこと自体が

はたして正しかったのかどうかに悩む事態に陥っていた。


 というのも、“恋愛”というものにまるで期待を持っていなかった隆幸だったにも

かかわらず、この一年と少しの期間に、美月によってすっかり宗旨(しゅうし)()えすることに

なってしまっていたからだ。


 隆幸は、このお試し期間の間に美月から『何か要望はありますか?』と問われ、

駄目元で1つだけ答えたのだが、その内容とは…


『男らしくなくて、本当に申し訳ないけれど、僕はとても疑り深くてね…。

だから、出来る限りで良いから、僕には一切の隠し事をしないでくれると嬉しい』


…という、客観的に見ても、とても無茶なものだった。


 普通に考えれば、1年以上の期間、ほぼ毎日会う相手に1つも隠し事をしないと

いうことは、ほぼ不可能に近い要求だっただろう。

…だが、美月はその期間中、本当に隠し事を一切しないように努めてくれたのだ。


 勿論、(癖になってしまっている部分もあって)隆幸は美月の目からその心情を、

ことあるごとに読み取って確認してみていた。

…しかし、美月はただの一度も嘘を吐いたり誤魔化したりをした様子はなかった。


 正確には、2人きりではない場で話し辛い話題になった際にも、その場では他人

の目もあるために誤魔化すことはしても、その後2人だけになったタイミングで、

逐一その本心を伝えてきてくれていたのだ。


 そんなやり取りを繰り返しているうちに、気付いた時には、隆幸は美月に対して

だけは、その心情を読もうとしなくなっていた。


 他人を疑わずには居られない隆幸が…無意識に“疑わなくなっていた”のだ。


 それは隆幸にとって全く経験の無いものであり、彼の人生で唯一、本当の意味で

安心して接することが出来る人物になっていた証拠でもあった。


…何より、自分の無茶な要求を、懸命にこなそうとするその美月の健気な姿に、

年齢差を忘れてすっかり惹かれるようになってしまっていた。


(いや…もともと恋人のお試しだったんだから、そうなったならそれで良いのかも

しれないんだけれど…)

                              

 今も会議机を挟んだ正面に座っている美月を、改めて眺める。

やはり、何度見ても自分にはもったいないくらいに、とても綺麗な子だった。


…そう。綺麗な女性…ではなく、綺麗な()なのだ。


 誕生日が2月と遅めの美月は、中学三年生とはいえ、まだ14歳だった。

その横に22歳の自分が並ぶ光景を想像すると…隆幸はとても申し訳ない気持ちに

なってしまう…。


 ただ…隆幸にとって、やはり“相手の心情を疑わなくて済む”ということはとても

大きいことであるのも確かだった。


 実際、美月と共に過ごす時間は心地良いものであり、それ故に、その年齢差には

確かに気が引ける部分があるものの、今となっては簡単には諦めきれない…という

のが、隆幸の今現在の本音だった。


(本当、どうしたものだろうなぁ…。

でも…今後、こんな相手が他にも見つかるとは、とても思えないし…)


 こうして…結局、隆幸は思考の堂々巡りを繰り返す羽目になっていたのだった。




 会議室に入ってからの2人はいつものように雑談をして過ごしていた。


 だが、わざわざこの場所までやって来ている以上、何の話が目的なのかはお互い

に分かってはいたので、その会話はどこか空々しく、わざとらしいものだった。


(ど、どうだったのでしょう…?

この一年と少しの間…。上手くいっていたとは思うのですが…)


 喧嘩するほど仲が良い…とはよく聞くが、美月と隆幸は喧嘩らしい喧嘩は今まで

一度もしてこなかった(まぁ、ある意味では、出会ってから一年半も一方的に喧嘩

しっ放しだったようなものだが)。


 会話の中で、美月が隆幸に軽くからかわれて拗ねてしまう…といったことくらい

はあったのだが、やはりそこは年上というだけあって、隆幸はあらゆる場面で譲歩

してくれていたので、衝突すること自体があまり無かった。


 だが、それが別に何か悪かった…というわけではない。

至って平和な隆幸との時間は、ホッとして落ち着けるものであり、美月にとっては

理想的なものであった。


 決して本人には言わないが、姉との漫才のような会話も嫌いではない美月。

…だが、いくら嫌いではないとはいえ、四六時中それでは疲れるのも事実。


 ましてや、美咲の場合は美月に対してのみ“かまってちゃん”状態になりがちな

ため、何度その発言や行動を注意したとしても、きりが無かった。


 そんな中、隆幸の存在は、ある種の“癒し”だった。


 にこやかな表情で柔らかな物腰の対応をしてくれる…。

そんな、理想的な“常識ある大人”である隆幸は、安心して甘えられる雰囲気を醸し

出していた。


(本当の恋人同士になったら、もっときちんと甘えさせてもらえます…よね?)


“お試し期間”と言っても、隆幸とはいわゆる『恋人らしいこと』は、まだほとんど

していなかった。


 隆幸が『後戻り出来ない関係になってしまったら“お試し”の意味が無いしね…』

と言って、最初の段階で、そう決めていたからだ。


 今までは、精々が一緒に出かけるという程度であって、どちらかというと親しい

友人としてこの一年を過ごした…といった方が適切な状態だった。


 これは勿論、美月の年齢的なことが影響していて、もしも美月の想いが恋愛感情

ではないと判った場合に、元の同僚としての良好な関係に後戻りしやすいように…

という、隆幸の配慮でもあった。


 まだ中学生である美月の今後を考えると、

『一般的に言うところの“恋人らしいこと”を一通りしておきながら、

後から「そっか、勘違いだったなら仕方ないね」とは、僕にはとても言えないよ』

…と、いうのが隆幸の意見だった。


 しかし、当初はこの決めごとに納得した…というより『やはり誠実で良い人だ』

と感じて、逆に好感すら持っていた美月だったが、しばらくして少しずつ不満を覚えて

いる自分に気が付いた。


 美咲の髪を奪ってしまったあの時から『せめて、この姉が誇れる自分で居よう』

と、そう心に決めて生きてきた美月は、あれ以降、ずっと自分から誰かに甘えると

いうことを避けてきた。


 美月自身、今までそうして生きてきたことに微塵も後悔はなかった。

だが、それでもやはり生きていれば誰かに甘えたくなる時や弱みを見せたくなる時

が無いわけではない。


 そんな美月がこの一年で辿り着いた結論が、『相手が自分の恋人なら、甘えても

問題はないのではないだろうか?』というものだった。


 親や姉に甘えるのは、はたから見ても格好の良いものとは言えないだろうが、恋人

に甘えている分には、特に問題はないはずだ…という考え方だ。


 ただ…このお試し期間中に、美月が自らの感情を『これは確実に恋愛感情だ』と

結論付けることは―――結局、出来なかった。


 そもそも、よく考えてみれば、こういった心の中の問題とは、明確な正解という

ものがないのだから、時間をかけてみたところで結果が出るとは限らない…。


 隆幸に対しては、以前から悩み相談という形で弱みを見せてきていた美月。

それは“甘え”といっても良いことだろうし、その際にも、違和感や嫌悪感を感じる

ことは一度もなかった。


 そして、恋人という関係が自然に相手に甘えることが出来るものだというなら、

美月にはそんな対象は隆幸以外には考えられなかった。


 隆幸自身は美月との年齢差をしきりに気にしている様子だったが、美月にとって

『恋人=甘えても良い人』という方程式が重要である以上、相手が年上であること

は特にマイナスにはならない。


 7歳もの年齢差がある…ということが、仮に世間的には大きな要素だったのだと

しても、美月にとってそれは大した問題ではなかったのだ。


(それに…他ならぬ隆幸さんなら、私も信用出来ますからね…)


 更にもう一つの問題として、美月の容姿の問題があった。


 “姉に誇ってもらえる妹であるように…”と、常に自分を磨いてきた美月は、性格

は勿論、未だ成長しきっていないとはいえ、現状でも十分に魅力的な容姿の女性に

なっていた。


 しかし、だから…というわけではないが、美月にはこれまでも多くの男性が告白

してきていた。


…それこそ、ドラマの中のように、見たこともない他校の生徒が校門の前で待って

いるといったことも珍しくないほどには。


 だが、当たり前ではあったが、そんな相手のほぼ全てが、美月の容姿を見ての…

いわゆる“一目惚れ”というものだった。


 だからこそ、そういう相手は裏側に“この美しい女を自分の物にしたい”という…

言い方は悪くなるが“所有欲”のようなものが透けて見えることがほとんどだった。


 また、仮にそうではなく、同じ学校の生徒など“何度か話をした”程度には知って

いる人物が相手だとしても、美月が『私のどこを好きになってくれたのですか?』

と尋ねれば、『それを知るためにも、是非、自分と付き合って欲しい』という言葉

が返ってくることも少なくなかった。


…しかし、この返答を聞く度に、美月は急に馬鹿らしくなってすぐに断っていた。


 これは少し考えてみれば当たり前で、相手からすれば、自分の好きになった人が

とりあえず彼女になるのだから、嬉しいのだろう。


 だが、美月からすれば、よく知りもしない相手が自分を好きになった理由を知る

ために、親密な関係になって欲しい…と頼まれていることになるのだ。


 そう考えれば、その台詞が世間的には告白の定番の言葉の一つであるということ

が、美月にはとても信じられなかった。

…冷静に考えれば、酔狂極まりない提案だろうに。


 だが、その点で言えば、隆幸は正に真逆だったと言える。

初対面時には若干自分が傷つくくらいにあっさりとした反応で、その容姿に眩んだ

ような様子は一切なかった。


 そして、何よりも今回に限っては、自分の方が相手と一緒に居たいと思っている

のだから、仮に隆幸がその“所有欲”を持っていたとしても、何も問題はない。


 ある意味、男性不信ともいえる美月にとって、そんな相手は今までに居なかった

ということ…。


 そして、美月自身も隆幸の外見ではなく、その内面を好ましく思ったことが主な

理由だったことから、そんな隆幸が自分を好きになってくれたのなら、そこにある

想いは、信用に値すると思えるのだ。

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