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幕間 その11 空振りの告白

「高槻さんは、姉さんに慕われているという自覚をお持ちでしょうか?」


「…何だか、いきなりとんでもない切り口の質問だね…それは」


 ちょうど良く空いていた会議室の使用許可を取って、美月の悩み相談を始めた

隆幸だったが、出だしからとんでもない爆弾が投下される事態となっていた。


「お答え辛いかもしれませんが…お願いします」


「そうだね…。

まぁ、『他の人に比べて気に入られているかな?』程度には思っているよ」


「そう、ですか…」


 隆幸の返答を聞いて少し逡巡するような様子を見せた美月だったが、意を決した

ような表情で、更に追い討ちをかけてくる。


「姉さんは恐らく…いえ、ほぼ確実に高槻さんのことが好きなんだと思います」


「それは…美月ちゃんの口から聞いても良かったのかな?」


「…すみません。自分でもこういうのはルール違反だと解ってはいるんですが…

まずはここから始めないと、話が進まないんです」


 隆幸の指摘に、少し落ち込んだ様子を見せる美月。

その瞳に僅かな後悔が見て取れた隆幸は、背筋を伸ばして真剣な表情を作った。


 なんだかんだと普段から説教をすることが多いとはいえ、やはり姉の美咲を大切

に思っている美月。


 そんな美月が姉のことで後悔を抱える事になっても相談したいと思っている…。

そう考えれば、今回のこの相談がどれほど大事なものなのかが理解出来たからだ。


「それで…もしも姉さんがその気持ちを伝えてきたら、高槻さんは…それに応える

意思はあるのでしょうか?」


「…確認なんだけど、それは今回の相談には重要なこと…なんだよね?」


「はい。ごめんなさい…それを伺わないことには、先の相談に進めないんです」


「……わかった。少しだけ待ってくれるかい?」


「はい。勿論です」


 美月にそう告げた後、隆幸は自分の内に問いかけるように思案してみた。

自分が美咲に告白されたことを想定して、その時にどう思い、何と答えるのか。


「はっきりとは言えないけれど…。

もしも今、そういったことを告げられたなら…きっと、お断りすると思う」


「そう…ですか」


 その回答を聞いた美月は、確認するまでもないくらいに落胆した様子だった。


「ええっと…なんと言って良いのかわからないけれど…

…美月ちゃんの期待に沿えなかったみたいで、申し訳ないね」


「いいえ。…正直に言って頂いて、ありがとうございます」



 隆幸が告白を受け入れる最低条件とは、相手を“心から信じられるかどうか”だ。


 この時の美月は知らないことではあったが、そもそも隆幸がアンドロイドAIの

開発を志したのもそれが理由なのだから、当たり前と言えば当たり前だった。


 確かに隆幸にとって美咲は信用に足る人物ではある。

だが、美咲は良くも悪くも飄々と(・・・)し過ぎていた(・・・・・・)


 もしも美咲と恋人になったとすれば、隆幸も幸せにはなれるだろうとは思う。


 しかし、出会った当初の美咲ならまだしも、最近では慣れられてしまったのか…

その瞳から心情を読み取るのがとても難しくなってしまっていた。


 こと“愛情”というものにおいては非常に疑り深い隆幸にとって、自分への愛情

を確認した際に、はぐらかされる上に読み取れないのでは、とてもやり辛い。


 美咲のことを疑うつもりは無いが、少なくとも照れながらでも自分への愛情を

はっきりと口に出来る女性である方が望ましいのは確かだった。


 隆幸自身、『物凄く面倒な人間になってしまったな…』とは思うのだが…。

今更、そんな精神の根源的な部分を簡単に矯正できるとも思えない。



 数秒の沈黙の後、隆幸の返答を聞いて以降、俯いていた美月が、そのまま顔を

伏せた状態で、再び話し始める。


「…ここからは、とても…その……恥ずかしいのですが…」


「うん?」


「もしも、それが姉さんではなく…私の方が告白した場合はどうでしょう?」


「………え?」


 真剣に聞いていた隆幸の口から、思わず間抜けな声が漏れ出る。


 相手の心理を読み取ることに長けた隆幸にも想像の範囲外だったその言葉は、

再び室内の時間を止めるには十分な効果があった。


「あの、どう…でしょう?」


「…それが、その……美月ちゃんの最近の悩み…なのかい?」


 混乱した頭を整理するため、とりあえず思い浮かんだ言葉を口にする隆幸。

だが、その言葉が功を奏したのか…上手く話題が逸れてくれる。


「“悩み”…ですか。…そうですね。

私の悩みというのは、つくづく自分が嫌になった…と言いますか…」


「…美月ちゃんが?」


「ええ…」


 返答を後回しにして誤魔化すような形になってしまったことに対しては心苦しく

思いながらも、どこかホッとした隆幸は、そのまま会話を続ける。


「自分が嫌になった…とは、具体的にどういうことなのかな?」


「私は―――私は、今まで色々な物を…姉さんから奪ってきたんです」


「奪う…? チーフから、美月ちゃんがかい?」


 不思議そうな顔をする隆幸に、美月は姉から奪ってしまったものと、その経緯を

説明していった。


…そして、話を一通り聞いた後の隆幸は、難しい表情を浮かべていた。


「…多分、頭の良い美月ちゃんなら、わざわざ僕の口から言わなくても解っている

と思うんだけれど…。

それは、美月ちゃんが“奪った”というよりも、むしろチーフが“選んだ”という方が

正しいと思うよ?」


「それは……」


「それに、少し厳しい言い方になってしまうかもしれないけれど…。

美月ちゃんが勝手に『奪ってしまった』と思い込んで、それを一人で背負い込んで

悩まれてしまったら、チーフの方からみても迷惑になりかねない…と、僕は思う」


「…ええ、そうですね。…すみません」


「あ…いや。ちょっと言い過ぎたかな。…すまない」


「…いいえ。良いんです。

多分、高槻さんの言う通りだと思いますから…」


 知らず知らずの間に熱が入りすぎていたことに気付き、我に返った隆幸は慌てて

美月に謝罪の言葉を伝える。


 美咲の美月への愛情は、隆幸から見ても疑う余地が無いほど確かなものだった。


 だから、だろう…。

隆幸は、自分が今も追い求めている“疑いようのない愛情”を既に得られているにも

かかわらず、自らの思い込みで後ろめたさを感じるあまり、それを素直に受け入れ

きれていない美月に、考えを変えて欲しかったのだ。


 美月にはその愛情を素直に受け入れて、幸せそうに笑っていて欲しかった。

…その笑顔を見られれば、きっと隆幸も今後に希望を持てただろうから。


 “やはり本当の愛情を得られれば、人はこんなに幸せになれるのだ”…と。


「でも…今回限りは違います。

…隆幸さんに関して言えば、姉さんが自分の意思で選ぶ…ということにはならない

ですからね」


「…なるほど。そこで、その話に繋がるわけか…」


「ええ。姉さんが惹かれている人と、私が、その…お付き合いをした場合は…

結果論ではありますが…そうなるでしょう?」


「…う~ん。僕は実際にチーフとそういう関係というわけじゃないからね…。

厳密に言うと、そういうことではないと思うんだけどな。

……あの、こういう質問はマナー違反だとは思うんだけれど…。

美月ちゃんは……本気…なんだよね?」


 これまでは年上としての余裕をもって相談に乗っていた隆幸だったが、この時

ばかりはどこか落ち着かない様子になってしまっていた。


…そして、そんな状態の隆幸に、美月は恥ずかしそうにしながら答える。


「…はい。その…初めは将来はこの人が義兄になるのかなと思っていまして…。

だからこそ、余計に警戒していたのですが…」


「あー…やっぱり、そういう理由だったんだね…」


「はい。…その節はご迷惑をお掛けしまして…」


「いや。美月ちゃんからすれば、内容がAIの研究だとはいえ、得体の知れない男

と突然、協力関係を結ばなければいけなくなったんだ。

それに、仮にそういった事情がなかったのだとしても、見ず知らずの他人が相手…

年頃の女性なら、あれは当然の反応だったと思うよ」


 美月は隆幸のその大人の対応に『ありがとうございます…』と頭を下げつつも、

話を続ける。


「それで…あれから2年近く経って、改めて見極めてみたんですが…。

どれだけ観察しても、姉さんと高槻さんは本当に上司と部下というだけで…。

その……そういう意味では、全く進展が見られませんでした」


「まぁ…実際、そういうことは考えてこなかったからね…」


「はい。そうですよね…。

…ですが、それが私にとっては誤算と言うか…予想外だったんです。

『妹の贔屓目(ひいきめ)で見ている』と言われれば、それまでですが…

姉さんは美人ですし、頭が良くて機転も利きます。

それに、気難しく見えますが、一度気を許した相手にはとても優しい人です。

人間的にとても魅力のある人だと、本気で思います。

だから…そんな人に好意的に接されていて、こんなにも関係に変化がないのは…

正直、想定していませんでした」


「…そういうもの…なのかな?」


 美月の言葉に対して、その言葉の意味は理解できるが、いまいち感覚的には理解

できない隆幸…。


 隆幸は相手の心理を事細かに読み取れる、という稀有なスキルを持ってはいる。


…しかし、どれほど精度が確かだとはいえ、そこは心の中のこと。

当然ながら、答え合わせなどは出来ない。


 その上、隆幸はどこかで人間に愛されることを諦めているようなところもある。

…まぁ、だからこそ隆幸はアンドロイドからの愛情を求めたのだが。


 つまり、あらゆる要素を総合すると…通常の環境で隆幸と美咲の間で関係が進展

するという可能性は、限りなくゼロに近かったのだ。


「ここ最近…高槻さんとは研究のことだけではなく、こうしてプライベートな悩み

の相談までお世話になっていて…。

勝手ながら、その…本当に義兄が出来たような気分になっていたんです。

でも、このまま研究が終わればどうなるんだろう? って考えた時に…。

ふと、思ったんです……“離れたくないな”って」


「それで……お付き合いしましょう、と」


「…はい」


 将来、本当に義兄になる可能性もあると考えていた美月は、警戒を解いてからは

自分でも驚くほどにすんなりと隆幸の言葉を受け入れられるようになっていた。


…しかし、その急激な心理の変化に納得がいかなかった美月は、その理由を自身の

中に問い掛けてみたのだ。


 そして、冷静になって振り返ってみた時、ある事実に気付いた。

いつの間にか、隆幸が家族以外の人間で最も詳しく知っている人物になっていると

いうことに。


 警戒を怠らないように隆幸を監視し続けた結果、普段は面倒にならないようにと

男性を避けていた美月にとって、唯一よく知る男性になっていたのだ。


 そして、その監視している間、その発言や行動に対して、ほぼ全くと言っていい

ほど悪印象を持っていなかったことにも気付いた時…。

 美月にとって隆幸は、今までは家族以外に居なかった、“本当に信用できる人物”

になっていることを自覚したのだった。


 そんな…いつの間にか美月にとって貴重な存在になっていた隆幸。

しかし、そんな隆幸とは姉も自分もただの仕事仲間であって、それ以上の繋がりが

無いのが現状だった。


 そして、このまま姉と隆幸との間に特別な繋がりが出来ないのならば、いずれは

別れる時が来てしまうだろう…。


 そこで思いついたのが、“美月自身が特別な繋がりを持つこと”だった。


「お恥ずかしい話ですが…正直、私は恋愛経験以前に、家族以外の男性に好ましい

感情を抱いたことが、今までに一度もありません。

だから…これが恋愛感情かどうかということに自信が持てないのは確かです」


「そういったことについては、僕も似たようなものかな…。

まぁ…僕の場合は、“女性に対して好ましい感情を持ったことが無い”というより、

“恋愛というものを真剣に考えたことが無い”と、言った方が良いのかもしれない

けれど…」


「ええ…なんとなく、分かる気がします。

ただ…今後も高槻さんに傍に…私の生活の近くに居て欲しいと、そう思ったのは

本当なんです。

だから、真剣に考えてみて頂きたいんです。どうか…お願いします」


 そう言って頭を下げてきた美月に、隆幸はいよいよ返答に困る事態となった。


 美月の話を総合すると、了承すれば一時的に喜んではくれるのだろうが、結局は

“姉から隆幸を奪ってしまった”ということになり、悩みが解決されるどころか逆に

大きくなってしまうだろう。


 だからといって、ここで断ってしまえば、美月を悲しませるだけでなく、今度は

『隆幸をどうやって今後も自分の傍に繋ぎ止めておくか』という、別の悩みが美月

の中に発生してしまう…。


 悩み相談をして気を楽にするつもりが、どちらに転んでも美月をより悪い状況に

してしまいそうなこの選択に、今度は隆幸が頭を悩ませることとなっていた。


―――そして、隆幸はしばらく悩んだ末に、苦肉の策に打って出る。


「あの…美月ちゃん。

その、僕からの返答なんだけれど…今すぐにじゃなくても良いかな?

ひとつ提案があるんだけれど…」


「はい。それは勿論、構いませんが…。提案、ですか?」


「うん。…正直、今は僕も驚き過ぎて、正常な判断が出来ないんだよ。

それに…こう言うと失礼になるのかもしれないけれど…

今まで美月ちゃんに対して、そういう対象という認識をしたことが無くてさ。

その……判断をしようにも、その材料が僕の中に無くてね…」


 隆幸も混乱しているのだろう。

口に出してみると、微妙にわかりにくい表現になってしまっていた。


…しかし、その言葉の意味を何となく理解した美月は、質問ついでに尋ね返した。


「…つまり、お試し期間を設ける…ということですか?」


「お試し期間…と言うと、何だか軽くなってしまうけれどね。

本格的にそういう関係になる前に、まずはお互いがそういう風に見れるかどうか、

もう一度ちゃんと考えてみても良いと思うんだよ。

…さっきの話を聞く分には、美月ちゃんの方も確信は無いんだろう?」


 隆幸の提案を聞いて、思案する美月。

確かに今は勢いで告白しているようなところもあったし、明確に相手のことを好き

かどうかも分かっていないのに、とりあえず付き合い始める…というのは、自分の

性格的にも合わない行為だ。


 それに何より、研究自体はまだ5年程度は続く予定になっているのだ。

ここで焦って決断して、折角の良好な今の関係を気不味いものにしてしまうより、

慎重に見極める期間を設ける方が良い…というのは、美月も同意できる。


「そうですね…わかりました。それでは、そう致しましょうか。

それで、そのお試し期間はどれくらいにしておきましょう?」


 とりあえず美月が提案に乗ってくれたことにホッとした隆幸…。

あとは今から決めるその期間が終わるまでの間に、色々と冷静に考れば良い。


「それじゃあ、美月ちゃんが今の学校を卒業するまで……なんて、どうかな?」


「私の卒業までですか? ですが…そうなると、まだ一年以上もありますよ?」


 この時の隆幸は、本当に美月と恋人同士になる可能性は低いと考えていた。


 だから、内心では美月に申し訳ないと思いつつも、時間稼ぎをする間に悩みの種

を解決できる、別の方法を考えようとしていたのだ。


…そして、それなら考えを纏める期間は長いに越したことは無い。

隆幸としては、どうしてもこの条件を美月に呑んでもらう必要があった。


「う~ん…そんなに長いかな?

…でも、美月ちゃんが僕とこうして話をしてくれるようになるまでにかかった時間

よりは、まだ短いよ?」


 少し意地悪そうに笑いながらそう言う隆幸を見て、美月は一瞬ポカンとした後、

堪えきれずに思わず笑ってしまう。


「クスクスッ…。…知りませんでした。高槻さんは意外と意地悪なんですね…。

…ええ、わかりました。それでは“卒業まで”で、よろしくお願いします」

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