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幕間 その9 長い雪解け

 そこまで聞いたところで、美幸は不意にクスクスと笑い始める。


「『どこか変な人』というのは…。何だか面白い評価ですね?」


「美幸ちゃん…。そう笑わないで下さい。

あの時の私には、本当にそういう評価しか出来なかったんですから…」


 不満そうな表情を浮かべながらも、美幸を軽く(たしな)める美月。

美幸には笑われてしまったが、当時の美月にとっての隆幸は、文字通り謎の人物に

他ならなかった。


 身内から見ても、美咲は頭が良く、美人だった。

基本的には人間嫌いではあるものの、それが気を許した相手ならば、とても明るく

優しい対応をする。


 そんな美咲は、美月から見て自慢の姉であり、憧れでもあった。


 その姉から好意を持たれているのにも関わらず、研究にのみ注力している隆幸の

心理は、どれだけ考えても理解出来なかった。


 それこそ、隆幸が人との対話よりも研究を優先して没頭し続けるような、ある種

危険なレベルの研究者だったというのなら、まだ話は分かる。


 だが、しばらく接してみて分かったことだが、隆幸はむしろその逆で、研究熱心

なのは間違いないのだが、どちらかと言うと研究よりも周囲の人々に気を遣って、

優先するようなタイプだったのだ。


 周囲に親切に接していて、性格破綻者でもない。

しかも、恋愛事が理解出来ないレベルの天然ボケ…ということでもないようだ。

そして、他人の心情に対しては、鈍い…どころか、鋭過ぎるほどときている。


 にもかかわらず、好意的な態度で接している美咲に対して、あまりにもその発言

や行動に、下心が無さ過ぎる。


 隆幸はいつもニコニコはしているものの、そこに他意はなく、あくまで紳士的で

誠実だった。


 特定の相手が居るわけでもなく、原田姉妹と頻繁に接する機会があって…。

それでも、ここまでこちらに反応しない人物を、美月は今まで知らなかった。


 だからこその“変な人”という評価だった。


「クスクスッ…。それで、何時いつ頃からお2人は親しくなられたんですか?」


「それは…そうですね…。

私が隆幸さんと普通に接することが出来るようになったのは……。

…それから、1年半近く経ってからですね」


「ええっ!? 1年半ですか!?

それは……慣れるまでに随分かかったんですね…」


 隆幸は至って善良な人格であるため、普通に接していれば一月もすればある程度

親しく話せるようになるだろう。


…18倍もの時間を掛けた美月は、一体どれほど警戒していたというのだろうか?


 そんな美幸の反応に、美月は恥ずかしそうに俯いた。


「…仕方なかったんです。

なんだかんだと言っても、私もまだ子供だった…というかですね…。

とにかく、裏が無いかを確認したくて、仕方がなかったんですよ。

だって、隆幸さんは研究室でも、ずーっと笑顔で過ごしていて…。

全くその“内心”というものが読み取れなかったんですから」


「あぁ…。それは……確かにその通りですね…」


 美月のその言葉を聞いて、美幸は1年半という期間の長さに、ある程度の理解が

及んだ。…そして、軽く同情した。

 

 あの(・・)隆幸の感情を読み取ろうとするのは至難の業だ。

しかも、今の美月ならともかく、当時の美月はいくら年齢にそぐわない落ち着きが

あったとは言っても、やはりまだ中学生。

流石に無理があったのだろう。


「結局、それだけ長い時間をかけて分かったことと言えば、『他の男性よりは誠実

である』ということくらいだったんです」


「それは……クスクスッ…。

それでは結局、“初めの印象からさほど変わらなかった”ということ…ですよね?」


「…ぅ……」


 今度は、もう笑われてしまうのが予想出来てしまっていたのか…。

美月は美幸に何も反論せず、ただ恥ずかしそうに俯いたままだった。


 何より、美月自身が振り返ってみても馬鹿馬鹿しいと思ってしまっているのだ。


 それまでは、まるで男っ気の無かった姉の近くに突然現れた男だったとはいえ、

あの頃の自分は、いくらなんでも警戒し過ぎだった。


 そこには少なからず『姉を取られたような気がして悔しい』と言う感情もあった

のだろうが…。


 最後の方は半ば意地になっていたことは否定できない。

…あれは美月にとって数少ない、“黒歴史”とも言える1年半だった。


「それで、そんなに警戒していた美月さんが、普通に接することが出来るように

なった切欠は…何かあったんですか?」


 楽しそうに笑い続ける美幸のその質問に、美月は俯きながら返答する。


「それがですね? ある時に、突然、隆幸さんに言われたんですよ。

『別に僕は君の敵になるつもりは無いから、そんなに無理して僕の敵になろうとし

なくても良いよ』って。

そう言われて…やっと、自分が内心ではとっくに隆幸さんを敵視していない事実に

気付いたんです」


「…それで親しくなれたんですか?」


「ええ…。

それに、その時に一緒に『君は僕のことが好きじゃないかもしれないけれど、僕は

君のことが好きだから、大丈夫だよ?』なんていう気障(きざ)な台詞をサラッと言われて

しまいまして…。

こんな言葉を自然に言えるような人を疑っていたら(きり)が無いな…って。

その時に、もう諦めました」


 その美月の言葉を切欠に、今度は2人で一緒になって笑ってしまった。


 そんな言葉をさり気なく女性に言ってくるとは…隆幸をよく知らない人達から

見れば、ただの女たらしだろう。


 その上、そこに“下心が一切無い”というのはある意味では余計に性質が悪い。

…なるほど、そんな人物を警戒し続けても、無駄に自分が疲れるだけだろう。


「それからは、もう普通に敵対心も持たずに接することが出来るようになって…

『この人が将来、自分のお義兄(にい)さんになるのかな?』なんて、(しばら)くの間はそう

思っていました」


「お義兄さん…ですか?」


「ええ。それはそうですよ…?

姉さんの方は隆幸さんに好意を持っているようでしたし、年齢も近いでしょう?

まさか、7つも年下の…当時14歳の私と隆幸さんがお付き合いに発展するなんて

それこそ、夢にも思っていませんでしたよ」


「……改めて言われてみれば、その通りですね」


 今でこそ2人ともが成人していることもあって違和感はほとんど無いが、確かに

中学生の美月と大学生の隆幸では、そんな可能性は低いと思うのが普通だろう。


 時折、面白がった美咲が、隆幸を“ロリコン”呼ばわりしているのを見かけていた

美幸は、(ようや)くその理由に納得が出来た。


 2人が付き合う際は“結婚を前提に”と、『半ば婚約宣言のようだった』と以前に

洋一から聞いたことのあった美幸。


 それを聞いた当初は『なんとも大胆なことをするなぁ』と思っていたものだが、

今、改めてよく考えてみれば、それは当たり前のことだった。


 美月と隆幸が交際を始めたのは隆幸が大学を卒業した後、正式に研究所に入って

から間もなくのことだったらしい。

 なので、当時の美月は高校に入学したばかり…ということになる。


…つまり、外見的には今の美幸とほぼ同じ頃だということだ。


 そんな15歳の女性が、22歳の男性とお付き合いを始める…。

先に婚約でもしなければ、下手をすれば隆幸が警察に捕まりかねない事態だ。


…よくよく考えれば、美咲がネタにしてからかうのも納得というものだった。


「それじゃあ…何か決定的な理由でもあったんですか?」


「…ええ。そうですね」


「美月さんさえ良ければ、聞かせてくれませんか?」


 アンドロイドとはいえ、美幸も女の子。こういう話は興味津々なのだろう。

その瞳も、心なしかキラキラしているように見える。


「そうですね……わかりました。美幸ちゃんになら良いですよ。ただ―――」


 そこで一度言葉を切った美月は、美幸に少しだけ困ったような様子を見せると、

照れくさそうな顔で、こう言った。


「ただ、あまり格好良い話ではありませんから…期待しないで下さいね?」

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