表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/140

第64話 それぞれの思惑

 三時間目の授業を終えて、愛は隣の心矢が居るクラスへと向かっていた。


 次の授業は体育だ。

授業はいつも2クラス合同で行われるため、着替えも男子と女子がそれぞれ別々の

教室に分かれておこなっていた。


 その教室は毎回どちらが男子だ女子だといったものは決まっておらず、その日の

教師からの指示に従って移動する流れになっていた。


 今日の場合、女子は心矢の教室、男子は愛の教室で着替えることになっている。


(それにしても、昨日の美幸さん……格好良かったなぁ)


 昨日の登校時、心矢に絡んできた亮太を相手に、大声一つ出さず、淡々と言葉を

浴びせ続けて、最後は笑顔一つで完全に黙らせた…。

 そんな美幸の姿に、傍に居た愛は思わず見惚れてしまっていた。


 しばらく歩いてから『すごい!』と褒め称えた愛に、『実は今回は私の大好きな

お姉さんの真似をしてみたんですよ?』と答え返していた、美幸。


 聞けば、その人は美幸より更に美人で、頭も良くて、格好良いのだという。


 以前にその人になりきって真似していた経験があったらしく、今回も比較的楽に

出来た……ということだった。


…だが、控えめな美幸のことだ。


 あれもきっと謙遜なのだろうと、愛は思っていた。

何より、そんな完璧な人間が本当にこの世に居るなんて、とても信じられない。


(でも……ますますマズいよね)


 正直に言って、愛は美幸のことが嫌いではない……。

むしろ、人間としては大好きだと言っても良いほどだった。


 美人で優しくて……そして、心矢だけでなく、愛の味方もしてくれる。


 さり気なく心矢と手を繋げるようにしてくれたり、邪魔するどころか、むしろ愛

の恋を応援してくれているようなふしすらある。


 だから、問題は美幸本人というより、むしろ心矢だった。


 最近は懐いているというより依存していると言った方がいい状態になっている。

昨日の件で、特にそう感じられた。


(やっぱり、美幸さんを早くなんとかしないと……)


 このまま放っておけば、更に心矢は美幸に依存するようになるだろう。


 しかし、美幸は来月末には日本から居なくなるのだ。


 心矢が完全に依存しきってから美幸が居なくなったら、また引きこもりに逆戻り

するのではないだろうか?


 もしそうなら、一刻も早く美幸を乾家から追い出さなければならない。


(大丈夫、心矢君には私が居るんだし。

美幸さんを追い出せたら、私が心矢君の傍に居れば良いだけだもん)


 そう考え始めたら、もうそれ以外に良い方法が無いように思えてきた、愛。


 それに、愛は心矢が大好きなのだ。


 美幸と違って外国へ行く予定も無いし、むしろ心矢が愛に依存するようになると

いうのなら、愛としては大歓迎だった。


(何か良い方法はないかなぁ……)


 そんなことを頭の中でぼんやりと考えながらも着替えを済ませた愛は、仲の良い

友達と一緒に体育館へと向かう。

今日は男子は外でサッカー、女子は体育館でバレーボールの予定だ。


「…あれ? 愛ちゃん、いつものタオルは?」


「え? タオル……? ……あっ!」


…考え事をしていたせいだろう。

着替えた教室に忘れ物をしてきてしまった。

そのタオルとは、体育の授業ではいつも使っている物だった。


「教室に忘れたみたい。私、ちょっと取ってくるね!」


 後ろから聞こえる『先生にはちゃんと言っとくね~』というクラスメイトからの

声に『ありがとう~』と返しながら、愛は着替えに使った教室へと急いだ。


                  ・

                  ・

                  ・


 あれから、亮太は美幸への復讐を実行するために、いつもつるんでいる何人かの

取り巻きにもあらかじめ声を掛けておいた。


 相手は女といってもかなり年上だ。

暴力を振るうタイプには見えなかったが、もしそうなった場合、体格差を考えても

亮太1人では敵わない可能性が高い。


 だから、亮太はいつも心矢を一緒にいじめているメンバーにも声を掛けて、協力

するようにしておいたのだ。


 亮太を含めれば合計で6人。十分な人数だろう。


「たしか心矢の席は……あ、これだな!」


 美幸に復讐する準備は既に整えたものの、亮太には美幸との接点が無い。


 そこで亮太は、その解決策として心矢の持ち物を盗むことにした。


 例のペンの件があって以来はしていなかったが、以前はこうして隙を見計らって

持ち物を盗んでは、壊したり、ゴミ箱に捨てたりして遊んでいた。


 だから、前にしていたように心矢が服をどこに仕舞ったか覚えておいて、体育の

着替えが終わった後で、その記憶を頼りに心矢の着替えを探し当てたのだ。


「ホントは鞄の中から何か盗ろうかと思ったが……まぁ服でも良いか」


 亮太の本来の計画では、心矢の鞄の中から何か盗もうと考えていたのだが、今日

は運悪く自分のクラスは女子の着替え場所になってしまった。


 流石の亮太でも、女子が着替えた後の教室に忍び込んでいるのを目撃されて、

変態呼ばわりされるのは避けたかったのだ。


「でも、どれにするかな……。

上着やズボンも面白いけど、それだとすぐにバレるだろうし。

財布でも入ってあれば、良いんだが――」


 上着やズボンが無いと心矢は着替えが出来なくて体操着のまま授業を受けること

になるだろう。


 亮太としてはそれも非常に愉快な展開なのだが、そうなるとすぐに盗難の事実が

露呈して、問題が大きくなってしまうかもしれない。


 亮太はあくまでも美幸を呼び出すための(しち)を探しているのだ。

いくら面白そうでも、そうなってしまっては、まるで意味が無い。


 今回に関しては、心矢が絶対に取り返したいと思うもので、更に周囲の生徒には

盗まれたことが分かりにくいものが理想だった。


「……ん? 何だ?」


 先ずは財布でも無いか探ってみようとポケットの中を探ろうとした時だった。

綺麗にたたまれた心矢の上着の中から、何か紐のようなものが覗いていた。


「…ぷっ……何だこれ!? ダッセェ~!!」


 引っ張り出して見たソレは、ハート型のペンダントだった。

他の生徒に見つからないように、上着と一緒に外して隠していたのだろう。


「いや、待てよ……そうか、コレ! 使えそうだ!」


 亮太の知る限り、心矢は泣き虫だが、女っぽい趣味があるわけではない。


…だとすればコレは、愛か美幸、もしくは親からか……。

ともかく、誰かからの贈り物であるという可能性が、非常に高い。


 もし、この予想が当たっていれば、まさに探していた物そのものだった。


「よし……コレを使って、あの女を呼び出そう!」


『コレが誰からの贈り物だったとしても、きっと心矢にとっては重要な物のはず。

それなら、きっとあの女を呼び出すことができるだろう』と、そう考えた亮太は、

そのペンダントを片手に教室を飛び出すのだった。


                  ・

                  ・

                  ・


 タオルを取りに戻った愛が、ちょうど教室を出た時だった。


 既に授業が始まっている時間帯にもかかわらず、隣の教室から愛とほぼ同時に

出てくる人影があった。


 愛が何気なしに振り返った、その先に居たのは私服姿の亮太だった。


「…げっ! 池崎……」


 体操着を着ていないところを見ると、また授業をサボるつもりらしい。


…と、その亮太も扉の音でこちらに気付いたらしく、こちらを振り返ってきた。

そして、不意に愛と目が合う。


「! 斉藤……ぁ……へへへっ……」


 亮太は愛に見つかって、一瞬だけ驚いたような様子を見せたかと思うと、今度は

急に不気味な笑みを浮かべてきた。


…そのいつも以上に気味の悪い亮太に、思わず顔をしかめる愛。


「な、何よ……気持ち悪い」


「なぁ……コレって心矢のだよな? あの女からもらったのか?」


 そう言ってこちらに見せてきた右手には、心矢が大事にしているペンダントが

握られていた。


「…! アンタッ! それっ!!」


「おっと……近付くなよ!」


 思わず走り寄って取り返そうと思った愛だったが、亮太とは距離が開いている。

本気で逃げられれば、愛の足では亮太にはとても追い付けないだろう。


「それ……返しなさいよ」


「斉藤、お前……あの女と連絡とれんのか?」


「あの女? ああ……美幸さんのこと?」


「名前なんて知るかよ! 昨日、俺を馬鹿にしたアイツだ!!」


 昨日、池崎を馬鹿にしたとなれば、まず美幸に間違いないだろう。


…美幸の直接の連絡先は知らなかったが、心矢の家に居ることは知っている。


「連絡先は知らないけど、家は知ってる。

…でも、それがどうかした?」


「それなら『コレを返して欲しかったら、明日の夕方5時に旧校舎の一番奥の空き

教室まで1人で取りに来い』って、あの女に伝えろ」


「…は? 何言ってんのよ! 今すぐ返しなさい!!」


「嫌だね~!

あっ、もし教師共にこの事を言ったら、ぶっ壊して捨ててやるからな!」


 そう言い捨てて、亮太は愛に背を向けて廊下を全速力で走り出した。


「あっ! ちょっと待ちなさい!!」


 愛が叫んで静止を呼びかけるが……亮太は振り向きもせずにあっという間にその

場から走り去ってしまった。


(ど、どうしよう……!)


 体育館に行くことも忘れ、その場で考え込んでしまう、愛。


 アレは今の心矢にとって、いわばお守り代わりだ。

無くなったとなれば、心矢はまた学校に登校しなくなってしまうだろう。


(なんとか取り返さないと……。

でも、美幸さんに取りに来いって言ってたよね……?)


 今やペンダントは亮太の手の中だ。

機嫌を損ねたなら、先ほどの言葉の通りに壊され、捨てられてしまうだろう。


…そうなると、やはり美幸にお願いして取り返してもらうしか方法がない。


(…あっ……そうだ……。それなら、ああすれば……)


…そんな時、愛の頭の中で、不意に悪魔が(ささや)いた。

これを上手く利用すれば、邪魔者を一掃出来るかも知れない……と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ