表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/140

第63話 身勝手な逆恨み

「クソッ! 何なんだっ! アイツは!!」


 亮太は旧校舎にある空き教室に忍び込み、一人で腹を立てて叫んでいた。


 時刻は朝の8時半過ぎ。

今頃、教室ではホームルームをしている時間帯だろう。


 完全に担任教師である桜子を軽く見ている亮太は、今日のように気が乗らない日

には、こうして朝から授業をサボることがあった。


 良く見えるようにわざと机の上に鞄を放置しておけば、自分が出席していること

自体は分かるだろうと、授業をサボる際は決まってそうしてあった。


 実際、そうしておけば軽く注意されることはあっても、定期テストで平均点以下

さえ出さなければ、親や教師に本格的に叱られることは、今までも無かったのだ。


「大体、なんで心矢みたいなガリ勉の引きこもりが、あんなに……!」


 誰に言うでもなく、一人で文句を言いながら壁を思い切り蹴りつける。


…だが、同級生の中では体が大きい方だとはいえ、やはりそこは小学2年生。

その程度の力では、当然ながら壁はビクともしない。


 亮太はそんな当たり前のことにすら腹が立ち、そのまま八つ当たりにガンガンと

連続で壁を蹴りつけ続ける。


「アーーーッ! ムカつく!!」


 そして、一人で再び叫び声を上げながら、ついさっきの登校中に起こった出来事

を思い返していた……。




 今日も亮太はいつも通り、母親の運転する車から降りるとすぐに周囲を見回して

心矢の姿を探した。


 最近はどういう心境の変化か、通常通りに毎日登校してくるようになった心矢。


 しかも、亮太が酷い悪口を言っても無視する上に、殴る蹴るをしても、ただ痛み

に耐えるだけで、あまり反応を返してこなくなったのだ。


 以前の心矢なら、悪口を言えば涙を浮かべて睨み返してきたし、暴力を振るえば

『痛い痛い!』と喚いていて、それがとても愉快だった。


 だからこそ、亮太は毎日のように心矢を見つけると何かしら仕掛けて、溜まって

もいないストレスを解消している気になっていたのだ。


…それなのに、最近では思い通りの反応を見られなくて本当につまらない。


 しかも、どういうわけか、担任の桜子も急に朝のホームルームの時に、その日の

全ての教材を教室に一気に持ち込んで、ほとんど職員室には戻らなくなった。


…時期的に心矢が普通に登校し始めたタイミングと被ることを考えれば、明らかに

亮太を警戒してのことだろう。


 別に桜子が教室に居たところで、イジメを躊躇う必要など無いと思っている亮太

だったが、隣のクラスの担任は凄く怖いと噂の体の大きい男性教師だったために、

その教師を警戒して、結局はあまり手を出せないでいる。


 生徒ではなく、教師である桜子が周囲に助けを求めたなら、流石に誤魔化すのが

面倒になるし、問題も大きくなりかねない。


 だから、結局はトイレなどに心矢が向かうタイミングや、桜子が外せない用件で

席を外した時を狙って攻撃を加えるしかない状況だった。


…しかし、折角そんな少ないチャンスを活かしてみても、肝心の心矢が期待通りの

反応が返してこないことが、亮太には不満で仕方なかった。


 だから、亮太はこうして朝から登校中の心矢を探し出して、校舎に着く前に悪口

を言ってみて、それでも無視をするようなら、一緒に居る愛の隙を見計らってこの

旧校舎に連れ込もうと考えていたのだ。


 今度こそ、以前のように泣き喚くまで時間を掛けて殴ってやろう……と。


 しかし、残念ながらここ数日は登校時に心矢の姿を発見出来ないでいた。

そして……恐らくこれは、愛の仕業だろう。


 愛は以前にも登校時間を上手くずらして、心矢を教室まで送り届けていた。

亮太の登校時間を予想して、なるべく出会わないように、と。


 そんな愛のカンが最近は特に冴えているのか……。

心矢が登校を再開してから今日までの間は、全く発見出来ずにいたのだった。


(…もういっそのこと、早朝からずっと見張っていてやろうか?)


 そんなことすら考え始めていた……その時だ。

ついに探し求めていた心矢らしき背中が視界に入ってくる。


 念のためにその周囲を確認してみると、隣に愛も歩いている。

後ろから見ている状況なので顔はまだ確認出来ていないが……ほぼ心矢に間違い

無いだろう。


『よし、早速からかってやろう』と、ウキウキしながら走って近付いた亮太だが、

そこで心矢の隣にもう一人、見慣れない人物が居ることに気が付いた。


 それは、今まで見たことも無いくらいに綺麗な女の人だった。

そして……その容姿を見て、以前に愛から聞いた話を亮太は不意に思い出す。


 確か、そう……“美人の親戚のお姉さん”だ。


 そんな美人と手を繋いで楽しそうに登校する心矢を見て、無性にムカっときた

亮太は、ここで1つ名案を思いつく。


(そうだ、あのお姉さんにも心矢のカッコ悪い所を教えてやろう!

そうすれば、心矢も前みたいに面白い反応をするかもしれない!

それに、あのお姉さんが心矢のカッコ悪い話を聞いて嫌いになったら、逆に今度は

俺が心矢の目の前で、あのお姉さんと仲良くしてやろうっと!

心矢のヤツ、きっともの凄く悔しがるぞ!)


『これしかない!』と、そう思った亮太は、走り寄ったそのままの勢いで心矢達の

前に飛び出した。


                  ・

                  ・

                  ・



 美幸は突然目の前に現れた、その少年に驚いた。


 道を塞ぐように立っていることを考えると、無関係の生徒とは思えない。

…心矢か愛の友達か何かだろうか?


 とりあえず挨拶をしようと思った美幸だが……そんな美幸が声を出すよりも一歩

早く、その少年はニヤニヤしながら心矢に向けて、こう言い放った。


「よう、心矢ぁ! 今日も女が居ないと、登校も出来ないのかよ!」


 そのいかにも友好的ではない態度に、出かかった挨拶の言葉が喉に引っかかって

ピタリと止まった。


 そんな中、心矢を挟んで美幸の反対側に居た愛が、その人物に即座に反応する。


「池崎! 何の用よ! なんか文句でもあんの!?」


「………池崎?」


 愛の言葉を受けて、美幸は反射的にネットに検索をかけて『池崎』の名前を瞬時

に探る。


 すると、この辺りでは名の通った会社の経営者であり、心矢の通う学校へと多額

の寄付をしたという見出しの地方記事へと、すぐに辿り着いた。


 更にその記事の人物の顔は、少年にとてもよく似ている。

…なるほど、どうやら目の前のこの少年が問題のイジメの首謀者らしい。


 相手が例の『いじめっ子』だと認識したと同時に、無自覚に美幸の表情が硬く、

冷たいものに変わっていく……。


「べっつに~。でもホントのことじゃん!

すぐに泣くし、弱いし! 心矢なんてクソダッセェ、ただのチビじゃん!」


「はぁ!? アンタ、なに勝手なこと言って―――」


…と、愛が亮太に向かって大声で反論しようとした……その時だった。


 その亮太と愛との間に、美幸が滑るようにスッと素早く割り込んだ。

その体は愛の方に対面しており、愛からは完全に池崎の姿が消えてしまう。


 そして、目の前に立ちはだかった美幸はニコッと笑みを浮かべると、静かな声

で、こう言った。


「…愛ちゃん。何も気にせず、このまま学校へ向かいましょう?」


「…えっ? あの、でも……」


「私、こうして毎朝3人一緒に仲良く登校するのが大好きなんです。

だから……ね? お願いします」


 美幸は、まるでそこに居ないかのように、亮太に背を向けて愛に話しかける。


 その表情はあくまで穏やかで、とても優しいものだったが……。

どこか有無を言わせぬような、目に見えない迫力があるように思えた。


「う、うん……わかった。心矢君、行こっか?」


「…………(コク)」


 亮太が現れてから無言で耐えるように俯いていた心矢は、そんな愛の呼びかけに

黙ったまま頷く。


 そして、目の前の亮太を避けるように大回りに歩道を迂回して、再び学校への道

を歩き始める、3人。


…しかし、そんな心矢達に対して、後ろから亮太は大声で怒鳴りつけてきた。


「オイ、前ら! 聞こえねぇのか! 俺を無視すんじゃねぇよ!」


 その声が大きかったためか、登校中だった周囲の他の生徒達も、何事かと亮太と

心矢達の方をチラチラと盗み見てきていた。


…亮太の声で一瞬で静まり返った通学路に、にわかに緊張が走る。


 すると、美幸はその場にピタリと立ち止まって心矢の頭を優しく一度撫でた後、

繋いでいた手を一旦放し、体ごと亮太の方へと回れ右の要領で振り返った。


…但し、先ほどまでの笑顔が嘘のような……酷く無感情な顔で。


「…な、なんだよ! なんか文句でもあ―――」


「あなたの言葉には、全く価値がありません。

聞く価値も、考慮する価値……どちらも全く、ありません」


「………ぇ?」


 亮太の言葉を遮って、美幸はピシャリとそう言い放った。


 そのあまりにも急な雰囲気の変化に対応しきれない亮太は、思わず間抜けな顔

でポカンとしてしまう。


「そして、残念ながら私には、そんな言葉を口にするあなたそのものにも、価値

を見出すことが出来ません。

…視界に納める必要性すら、感じないほどに――」


 美幸の扱う言葉の意味を全て理解出来たわけではない亮太だったが……。


 自分が『見る価値なし』と言われたことだけは、何となく分かった。


 美幸がこちらを振り返ったにもかかわらず、亮太を見下ろすことなく、何も無い

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


 そして、その言葉に怒りを覚えた亮太は呆然としていた状態から復帰して、再び

大声で美幸に怒鳴りつける。


「なんだそれ! どういう意味だ! この俺を馬鹿にしてんのか!」


「…ですが、朝から少々(やかま)しいですね。

これでは、ご近所にも迷惑になりますでしょうし……。

そんなに叫ぶのがお好きなのでしたら、今から山奥にでも行って、お一人でずっと

叫んでいて下さい――」


 美幸は自分で『聞く価値が無い』と言っていた通り、亮太の言葉には反応せず、

まるで独り言を言うように、ここまでただ淡々と話していた。


…だが、ここで初めて視線を降ろし、しっかりと亮太の目を見つめた美幸は――


「…大丈夫ですよ?

あなたみたいに人を傷付ける事しか出来ないような人が一人居ないくらいで、誰も

困ったりなんてしませんから」


――と、最後に言い放ったのだった。


「……ぅ……うぅ……」


 その言葉と同時に、美幸は亮太に『ふふっ……』と薄く微笑みかけた。


 しかし、その笑顔には能面のように温度が無く、“ただ笑顔という表情を作った”

というだけのものであり、ある意味では無表情でいるよりも余程、相手に恐ろしさ

を感じさせる種類のものだった。


 案の定、亮太は本能的にその笑顔から言い知れない恐怖を感じ取り、何も言えず

に泣きそうになりながら無意識に数歩、後ずさる。


 そんな亮太の様子を確認した美幸は、無言で心矢達の方に振り返ると、その手を

再び繋ぎ直して、今度こそ温かな笑顔を浮かべながら、登校を再開させた。


 そして……その場には周囲の生徒達に注目され、ヒソヒソと嘲笑される亮太だけ

が、一人残されることになったのだった……。


                  ・

                  ・

                  ・


「クソッ! クソッ! あの女!

ちょっと年上だからって、調子に乗りやがって!」


 美幸は『亮太が居なくても、誰も困らない』と、あの時そう言っていた。


 そして、こうして旧校舎にこもって授業をサボってみても、誰も自分を探そうと

しないという、現実。


 それが、誰にも自分が必要とされていないことの証明のように感じて、自分から

進んで授業をサボっているにもかかわらず、無性に腹が立ってきていた。


「斉藤といい、あの女といい……なんで心矢なんかをチヤホヤするんだ!?

絶対、俺の方が凄いじゃねぇかよ!!」


 亮太は他の生徒よりも少し成長が早く、同級生の中では体が大きい。

その上で親の社会的な立場も手伝って、何もしなくても大体の生徒が逆らってくる

ことは無かった。


 しかも、亮太の両親は子供の教育というものをわずらわしく思うタイプだったため、

『子供の悪いところを矯正するのは学校の仕事だ』と、普段から無責任に我が子を

褒めるだけで、何か悪い事をしても、ろくに叱りつけなかった。


 そういった周囲の人々が作り出した環境から、亮太はとても大きな勘違いをして

しまっていたのだ。


 “自分は生まれながらにして選ばれた人間で、誰よりも偉いのだ”と。


 だからこそ、今日の美幸の発言は亮太には我慢ならないものだった。


 そんな、“この世の誰よりも偉いはずの自分”を、あろうことか『必要が無い』と

言い放ったのだから。


「もう心矢なんて後回しだ! あの女ぁ! 絶対に後悔させてやる!」


 亮太は旧校舎で一人、そう大声で怒鳴り散らすと、美幸への復讐を誓い、その

具体的な方法を考え始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ