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第60話 莉緒からの友情の証

「それでは作戦会議……というわけだね!」


『………………』


「…え? あれっ? どしたの……みんな? リアクション無し?」


 張り切って声を上げたにもかかわらず、全員が一言も返さなかったため、一人で

焦った様子を見せる莉緒。


…そんな莉緒に、ボソリと遥が呟く。


「…その台詞、午前中に私が既に言ったわ」


「………え?」


 遥の言葉を受けて、莉緒が周りをよく見てみると……美幸は少し感心したような

顔をしており、由利子は可笑しそうに声を抑えて笑っていて、最後の遥はというと

とても……不満気な表情をしていた。


「そ、そんなぁ……遥ちんズルい!

私の今日一番の活躍どころを先取りするなんて!!」


「…そんなの知らないわよ」


「しかも、何で遥ちんの方が不満顔なの!?」


「勿論、あなたと思考が被ったのが、恐ろしく不満だからよ」


「相変わらず酷い!!」


 開始早々始まった漫才を見て、由利子と共に美幸もクスクスと声を殺して笑う。


…結局、『もう今日はずーっと“遥ちん”って呼び続ける!』と一方的に莉緒が遥に

宣言して、その問題はそのまま流れることとなったのだった……。



「…では、改めて。作戦会議だー!」


「…それは良いのだけれど、何故あなたはそんなところに座っているのかしら?」


 現在、ベッドに戻って軽く上体を起こした状態の由利子の周りに、美幸達3人が

集まっている状況……だったのだが、莉緒だけ異様に視点が高かった。


「それは当然、目立つためだよ! あと、うさピョンは肌触りが最高だし!」


 莉緒は由利子の部屋に鎮座している巨大なウサギのぬいぐるみに(またが)っていた。


 莉緒はこの大きなぬいぐるみが大変お気に入りらしく、持ち主である美幸そっち

のけで勝手に命名した挙句、普段から隙さえあれば体ごとダイブしている。


「ふふっ、莉緒さんは本当にうさピョンさんが大好きですね」


「『うさピョンさん』って……。

美幸? ぬいぐるみ相手に『さん』は流石にいらないと思うわよ?」


「いいなー……美幸っち。ねぇ、美幸っち! コレちょうだい!」


「それは駄目です。私だって、とても大事にしているんですから」


「はぁ……。

…うさピョンはもういいから、早く本題に入ってちょうだい」


 早くも脱線した話に目頭を押さえながら、憂鬱そうに遥がそう言った。


『果たして莉緒が居るこの状態で、まともに話し合いなど進むのだろうか?』と、

早くも頭を抱えたくなる遥。


…しかし、最も気を遣うべき相手である由利子が、この騒がしさを歓迎していると

あって、それを理由に黙らせることも出来ない。


…結局、遥は実際に頭を押さえる羽目になっていた……。


「はーい!

ええっと……確か、今日は美幸っちの新しい試験での相談だったよね?」


「はい。

莉緒さんにも昨日、お電話で少しだけお話しさせてもらいましたが……。

今回は心矢君っていう小学校2年生の子と友達になるのが目的です」


「へー、なんか今回は変わった試験なんだねー?」


 今回は遥との協議の結果、莉緒にはあくまで“友達になる”ということのみ伝える

ことにしていた。


 性格も明るく、何一つ悩みなど無さそうに見える莉緒だが、実際は非常に感受性

が高く、涙脆い側面がある。


 そんな彼女が真実を知ったなら、きっと涙を流して、本当に親身になって考えて

くれるのだろう。


 しかしその反面、遥とは違って割り切って考えるような性質ではないので、解決

するまで自分の悩みとして、ずっと引きずってしまう恐れも同時にあったのだ。


 そういった理由から、莉緒には負の側面は伝えない方針に決まったのだが……。

やはり、イジメや引きこもりといった背景を全く知らない場合、試験の目的が曖昧

に感じるのかもしれなかった。


「でもさ、それなら美幸っちは楽勝なんじゃない?」


「…まぁ、それはそうよね。

こんな音楽室に引き籠っていた不愛想な女ですら、友人になれるんだもの。

…確か、初日からある程度は打ち解けられたって聞いたけれど?」


「ほら、やっぱり!

そりゃ、こんなに可愛くて優し~いお姉さんなら、当然だよね!」


 遥の言葉を受けて、何故か自慢げな態度でそう言う莉緒。


…しかし、当の美幸は微妙に困ったような顔でそんな2人に答える。


「それが……実はそうでもないんですよ」


「? あれから、何か問題でもあったの?」


 初日のやり取りを軽く聞いていた程度だった遥が、少し意外そうにしながらそう

改めて聞くと、美幸は何とも言い辛そうに小さな声で呟く。


「それが……ですね。

反抗するのが終わったら、今度は急に恥ずかしくなってしまったらしくて……」


「ああ、なるほど……そういうこと」


 心矢が恥ずかしがっている理由は、考えるまでもなく、この美幸の見た目が原因

だろう。


 自分の容姿について少々認識が甘いのは確かだが、それでも流石に美月の容姿を

もらっている以上、自分が美人の部類に入ることくらいはきちんと自覚している、

美幸。


…だが、だからといって友人を相手に『私が美人だから、恥ずかしがられている』

とは、大きな声では言えなかったようだ。


「だから、もっと気兼ねなくお話出来るようになるにはどうすれば良いのか。

今日はそれを、皆さんにご相談したいんです」


「…なるほど。

つまり、恥ずかしさを忘れてもらえるくらい仲良くなれる方法……ね」


 そう呟いて、思案顔をしてみせる遥だったが……。

何故か、すぐに時間が止まったようにそのまま固まってしまった。


…自慢ではないが、まともな友人は目の前に居る3人以外には居ない、遥。

しかも、振り返ってみれば、自分から動いて友人になった人物となると、一人も

居ないと言って良い。


…よく考えなくても、これは遥にとっては超難題だった。


「ふっふーん!」


…だが、そんな遥を尻目に、莉緒がいかにも自信あり気に皆の顔を見渡した。


『………………』


 しかし、何故だかそんな莉緒に全く反応しない、他の2人。


…そのまま数秒間、時が止まったかのような沈黙が、室内を支配する。


「ふふふっ、莉緒ちゃん。何か、名案でもあるのかしら?」


 如何いかにも『声を掛けてくれ』と言わんばかりの莉緒の自慢気な顔を見て、敢えて

声を掛けないでいた美幸達に代わって、黙ってそのやり取りを眺めていた由利子が

そう語りかける。


「うわーん! ゆりりん、ありがとう!」


 すると、ウサギに跨ったまま、流れてもいない涙を拭うフリをしつつも、莉緒が

由利子に感謝を伝える。


 そして、キッと音が出そうな勢いで隣に座っている2人の顔を睨みつけて、その

不満をぶちまけた。 


「…というか、2人はなんでノーリアクション!?

私が『ふっふーん!』って言ったの、聞こえてたよね!?」


「こういう時には反応しない方が良いのかな? と思いまして……」


「ええっ!? なんでさ!?」


 遥ならともかく、まさかの美幸にそんな返答を返されて、莉緒は軽くパニックに

なった。


 純粋無垢を絵に描いたような美幸が、何故そんな結論に至ったのだろうか。


「いえ……よく美月さんが、美咲さんに対してそういう反応を返しているので」


 パニクった莉緒の勢い任せの質問に対する、そんな美幸の返答に……見事な程に

その場の全員が揃って『あ~……なるほど』という表情を浮かべた。


 確かに美月なら、調子に乗った美咲を平然とスルーしそうだった。

…この中でも特に親交の深い由利子には、もうその情景が目に浮かぶようだ。


「じゃ…じゃあ、遥ちんは? なんでリアクション無しだったの?」


「…何故かしら? 無性にイラッとしたのよ」


「こっちは普通に酷い理由だった!?」


 あまりにあんまりな遥の言い様に、軽く衝撃をうける莉緒。


…しかし、そんな莉緒に全く気を遣う事無く、遥は当たり前のように会話の続きを

促してきた。


「…それで?

随分と自信満々なようだけれど……あなたは何か策でも練ってきたの?」


「ぐっ……失礼な事を言っても謝罪一つ無いとは、流石は遥ちんだね……。

だがしかし……フフフ……私には本当に秘策があるんだよ!!」


「前置きは良いから、早く言いなさい。酷く鬱陶しいわ」


「遥ちんはもうちょっと私を大事にする事を覚えよう!?」


 騒がしく抗議する莉緒と、それを軽くあしらう遥。


 いつものバカ騒ぎだが、いつもの如く楽しそうにしている2人を、美幸と由利子

は黙って見守り続ける。


…午前中の深刻な話し合いが嘘のような、穏やかで大切な日常が、そこには確かに

存在していた。




「私の秘策――それはね……ズバリ、これだーーっ!」


 遥との一連のお約束の流れを消化した後、莉緒はスカートのポケットから何かを

取り出して、その頭上に掲げた。


「………莉緒」


「ん? 何? 遥ちん、私にホントに策があったからびっくりした?」


「あの、すみません……莉緒さん。

多分、遥達にはその手にしている物がよく見えていないんだと思います……」


 ウサギのぬいぐるみに跨っている影響で、ただでさえ遥達よりも高い位置にいる

莉緒が、更に腕を伸ばして頭上へと掲げたのだ。


 美幸は咄嗟に視界をズームアップして、なんとか確認出来たのだが……。


 単純に物理的な距離の問題で、手の平にすっぽり収まるようなサイズのその物体

の正体など、普通の人間の遥達には分からなくて当然だった。


「あっ……そ、そう。

あの~……ええ~っと……こ、これです……」


 結局は地味な紹介になったのが不満なのか、少し落ち込んだ様子で莉緒が改めて

遥達の前に、その手の平を差し出した。


「これは……銀粘土(シルバークレイ)?」


「そう! 粘土みたいに()ねて形を作って、乾燥させたら後はコンロで焼くだけ!

焼き上がったらブラシで擦れば、綺麗な銀のアクセが手作り出来るのさ!」


「あの……つまり、コレを使うってことでしょうか?」


「うん! これなら小学生でも粘土遊び感覚で一緒に遊びながら作れるし、お互い

に作った物を交換したりしたら、仲良くなれそうじゃん?」


「交換ですか……。

はい! 良いですね! それに、何だか楽しそうです!」


「へぇ……莉緒の提案にしては、案外まともなのね」


「ねぇ、遥ちん。褒める時くらい、普通に褒めて……?」


 相変わらずの遥の物言いに、再び落ち込む莉緒。


…しかし、今回の落ち込み方がわざとらし過ぎたのか……美幸すら反応せずに話を

先に進めていく。


「それで、莉緒さんはご自分でお作りになられたりするんですか?」


「…ん? ううん、私も今日が初めてだよ?」


「今日? あなた、もう何か作ってきたの?

それともまさか……これから何か作るつもりなのかしら?」


 莉緒の若干おかしな返答に、遥はそう聞き返す。


 すると、莉緒は急に真面目な顔になって、その質問に答えた。


「…うん。あのね?

私、この前コレを美幸ちゃんからもらった時にさ……凄く、嬉しかったんだ」


 そう言って、胸元で窓からの光を反射して輝く、赤いゼラニウムのペンダントを

指で摘んで見せる、莉緒。


 友情の証として、先日、美幸から贈られたものだ。

そして……それと全く同じデザインの物が、遥の胸元にも輝いている。


「それでね?

これが私達の『友達の証』なら、由利子さんにも何かあげたいなぁって思って。

そんなことを考えてたら、この銀粘土を思いついたんだよ。

それで……どうせなら、みんなの手で作ったのをプレゼントしようかなってさ。

だから今日、美幸ちゃん達と一緒にやろうと思って、こうして持って来たんだ」


 遥は教室にほとんど顔を出さないため知らなかったが、莉緒達のクラスでは今、

この銀粘土でのアクセサリー作りが流行していた。


 クラスで流行っているのは、好きな人のイニシャルをさり気なくアクセサリーの

どこかに彫り込んで、それを身に着けておくと恋が叶う……といった乙女チックな

理由だったのだが、莉緒はその“手作りで作れる”という点に着目したのだった。


「だからさ……遥ちゃん、美幸ちゃん。

今から由利子さんのアクセ、一緒に作ってくれないかな?」


 何時になく真剣な表情でそう提案する莉緒に――遥達は即座に頷いて返す。


「はい! 喜んで!」「勿論(もちろん)、協力するわ」


 そして、由利子は目の前で“自分へのプレゼントを作る”と言ってくれた友人達に

心の中で感動しつつ……その発案者の莉緒に、一つ尋ねる。


「素敵な提案をありがとう、莉緒ちゃん。

それで……それを作るのに、私にも何か出来ることはあるかしら?」


「…え? ああ、うん!

アクセ作りは私達がしないと意味無いから、手伝ってもらうのは駄目だけど……。

1つだけ、ゆりりんにも協力して欲しいことはあるよ?」


「あら、何かしら? 何でも言ってちょうだい?」


「今からよく寝て、素敵な夢でも見てて欲しい!!

…実はコレ、作るのには意外と時間が掛かるからし、それまでずっと起きてたら、

きっと疲れるからさ。

だから、晩ご飯の時間までゆっくり寝て、受け取って喜ぶ準備してて!!」


「……ふふっ! そう……わかったわ。

確かに、それは私にしか出来ない仕事ね?」


「うん! でしょ? じゃあ、よろしくね!」


 そう元気良く言って、美幸と遥を連れて部屋を出て行く莉緒。

完成品は“出来てからのお楽しみ”ということで、別の部屋で作る予定らしい。


「……あら?」


 由利子がふと時計を見ると……既に昼食から2時間半ほどが経過していた。


…いつもなら、一旦は遊ぶのを中断しているタイミングだ。


 あんなに騒がしくしていたのに、莉緒はしっかりと由利子の負担にならないよう

時間に気を配っていたらしい。


「……ふふふっ」


 恐らくだが、別室に移動したのも同じ理由なのだろう。

薄々は気付いていたが……莉緒は本当に能天気、というわけではないらしい。


 そんな友人の優しい気遣いに嬉しさが込み上げてきた由利子は、クリスマスの夜

にサンタの来訪を心待ちにしている子供のようにワクワクしながら……。


 約束通り良い夢を見られるように祈りつつ、眠りに就くことにしたのだった…。



 その後、目を覚ました由利子に送られたのは、沈丁花(じんちょうげ)のペンダントだった。



 沈丁花の花言葉には『不死』というものがある。


 そこに込められた3人の願いを感じ取った由利子は、涙を流して喜び……そして

改めて、『私の出来る限り、長く生きよう』と決意したのだった。




 その日の夜、由利子は眠る直前までペンダントを眺めて微笑んでいた。

胸元に輝くそれは、不揃いの沈丁花の花が3つ集まって作られている。


熟練の職人が作ったかのような精巧な作りで、本物と見紛うレベルの完成度を誇る

―――美幸の作った花。


美幸ほどではないが、綺麗に形が整えられ、慎重つ真剣に作ったのが見て取れる

―――遥の作った花。


手先が不器用で成形が上手くいかず、少し不格好ながら一生懸命さは伝わってくる

―――莉緒の作った花


 3つの花は、“完成度”という意味では統一感はまるで無かったが……。

ジッと眺めていると、不思議としっくり来る。


 由利子にはそれが美幸達3人の絆の表れのように感じて―――微笑ましかった。

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