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第59話 夏目家での作戦会議

「それで、作戦会議……というわけなのね?」


「…はい。ご助力、よろしくお願いします」


「ふふふっ、ええ。

亀の甲より年の功っていう言葉もあるくらいだし、任せて頂戴な」


 今日は日曜日。

補習を受けるために学校に向かう愛と心矢を見送った美幸は、その後、すぐに遥と

由利子の待つ夏目家を訪れていた。


「それにしても……。

はぁ……やっぱり思っていた通り、面倒事だらけじゃないの……」


「あ、あはは……」


 溜め息混じりにそう漏らす遥に、美幸は笑って誤魔化す。


「…でも、学校に多額の寄付をしている資産家の息子でいじめっ子とは……。

分かり易いくらいに厄介な子ね。

私が若い頃なら、ビンタ一発ですぐに解決したんだけど……」


「ビ、ビンタって……」


 由利子の突然のバイオレンスな発想に、軽く引く遥。


 別段、由利子は普段から暴力的な性格というわけではないのだが……。

こう見えて、若い頃から『やるべき時には躊躇なくやるタイプ』だった。


「あはは……。

由利子さん、いじめっ子とはいえ小学生が相手ですし……出来れば、穏便にお願い

します」


「…でも、美幸? 

そういう状況なら尚更、有無を言わせぬような決定的な証拠を突きつける以外には

解決方法が無いと思うのだけれど?

それこそ、その前にあったっていうペンの時みたいに、部外者の目撃証言とか」


「ええ。そうなんですよね……」


 そう。真知子に聞いた当時の経緯によると、以前の件に関しては、その証言者の

存在がいじめっ子に対する追及を妨げる最大の要因になったらしいのだ。


 つまり、逆に言えば、それが無ければ追及も出来たと言える。


「証拠……証言……か。

そうねえ……いっそのこと美幸ちゃんが現場に居合わせることが出来れば、それが

一番良いんでしょうけど……」


 今回の美幸の試験では、研究室で美咲達がその様子を監視しているはずだ。


 当然、研究資料として、こうしている今も一部始終を録画しているため、美幸が

見聞きするだけでも動かぬ証拠が用意出来るということになる。


 桜子には誰にも秘密にすると約束したにもかかわらず、今日、こうして友人2人

に詳しい事情を話して相談しているのも、そもそもその秘密の会話自体、研究所に

居るであろう美咲達には筒抜けであったことに、美幸が気付いたからだった。


…何より、一番聞かれると不味いはずの相手である心矢にも既に聞かれてしまって

いるのだし……もうこの際、解決のためならやむを得ないと判断したのだ。


「でも、流石に私達の学園ほどのセキュリティではないでしょうけれど、それでも

学校に部外者が簡単に入るのは難しいんでしょう?」


「ええ、そうですね。

一応、何か用件がある時には関係者以外も入れるらしいのですが……。

やはりその場合も、基本は学校の生徒が一緒でないといけないらしいですね」


「あら、そうなの?

でも、それなら美幸ちゃんが現場に居合わせるっていうのも難しいわねぇ……」


 遥と美幸のやり取りを聞いて、思案顔でそう答える由利子。

その表情はしっかりとしており、つい先日まで記憶が混乱していたとは思えない。


「それに、美幸が現場に居合わせるにしても、前回の経験があるなら、いじめっ子

も少しは警戒しているんじゃないかしら? 

仮にその場に美幸が居ても、証言者になりそうな美幸の目がある間は、明確な行動

を起こさないかもしれないわ」


「ああ、なるほ―――」


「…いいえ、遥ちゃん。きっと、それは無いわよ」


「えっ…? あの……由利子さん、それは何故でしょう?」


 遥の意見に『なるほど』と答えかけていた美幸は、即座に否定した由利子にその

理由を聞き返した。


 すると、真剣な顔をした由利子は、そう思う理由を詳しく話し始めた。


「普通に考えれば、少しは警戒するんでしょうけど……。

その子、先生が相手でも『バレても問題ない』って言ってるんでしょう?

その上、その先生を相手に脅すような真似までしてきている。

…こう言っては何だけど、私にはその子が物事を深く考えてから行動しているよう

にはとても思えないわ。

だって、考えてみてちょうだい?

もし、その先生が録音機のような物を持っていて、その言葉を録音していれば……

少なくとも脅迫の方は、それで立証出来るわけじゃない?」


「でも、そのペンを壊した件では事前に証言者まで用意していたって話ですよ?」


「それ、話を聞いた時からずっと気になっていたんだけど……本当にその子の発案

なのかしら?

普段は関わっていないっていうその証言者の子が、自分から進んでその役をやった

っていう可能性は無い?」


「え? 自分から? でも、何故そんなことを……?」


 それまでイジメに無関係でいたのなら、わざわざ自分から参加する必要など無い

はずだろう。


 自然とそう考える美幸には、その理由が心底解らなかった。


「そうねぇ……。

もしかしたら『お前も少しは協力しないと、同じ扱いにするぞ』とでも言われたん

じゃないかしら?

そんな風に言われたら、断るのは難しいってこともあるだろうし」


「何故です? 悪いことに協力するくらいなら、断る方が良いでしょう?」


「ふふっ、美幸ちゃんは正義感が強いものね……。

でも、その“正義感”っていうものがそこまで強くないのなら、ほとんどの子は協力

するんじゃないかしら?

そこで断ったら、今度は自分までいじめられるかもしれないし。

…それに、“多数決”っていうのに弱い人って、世の中には意外と多いのよ?

ほら、聞いたこと無い? 『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って言葉」


 美幸はその言葉を聞いたことは無かったのだが……即座に検索をかけ、その意味

を理解する。


「…そういうもの……なのでしょうか?」


 首を傾げながら自分の思考の方向性に疑問に感じて、思案顔をする美幸。


――しかし、即座に遥がそこに横から会話に割って入り、言葉を付け足した。


「ええ……案外、人間とはそういうものよ。

でも美幸、あくまでも正しいのはあなたの考え方のほうよ?

集団心理でどれだけ罪悪感が薄れたとしても、やっていることは悪いことなの。

さっきの例え話だって、警察官の前でやったら、ただ捕まる人数が増えるだけ。

別に人数が多いからって、行いを許してもらえるってわけじゃないの。

…あくまでそれは錯覚のようなものよ……それを決して忘れないで」


「そうですか……ありがとうございます、遥。

危うく“正しさ”っていうものを見失ってしまうところでした」


「別に良いわ……でも、しっかりしなさい。

今度はあなたが、その子を守るのでしょう?

イジメはどれだけ人数が増えたとしても、悪いことなのよ。

大人数が相手だからって、少数が耐えることが正しいなんて、ありえないわ」


「…はい。そうですね」


…しかし、やはりそこまでで話は止まってしまう。

どうしても『これだ!』という具体的な打開策が見つからないからだ。


「こうして考えると、ますます環境の方が厄介ねぇ……。

学校の警備って、不審者の被害を防げるのはとても良いことなんだけど、逆に内部

で問題が起こった時には、外部からは干渉し辛いっていう難点があるわよね。

本来ならこういう時にこそ職員が対応しなきゃいけないのでしょうけど………。

その職員がみんな揃って自分達の利害を優先するなんて……情けない話だわ」


「本当にそうですね。

私もあと数年で成人しますけれど、そういう考え方をする大人には絶対になりたく

はありません」


「…まぁ、全員が全員、そういう風に思っているわけではないんでしょうけど。

組織って、やっぱり難しいものだから……」


「それでも、私は理不尽を黙認してまで何かを得たいとは思えません」


 どこか達観したような冷めた目をしていることが多い遥だが、今は力強い意思の

込もった目で由利子にそう言って訴えかけてくる。


 その様子を見て、由利子はしみじみと思った。


 “あぁ、結局この子達は似た者同士で……だから無二の親友なのだな”と。


「そうね……それなら、美幸ちゃん?

とりあえず、心矢君の送り迎えをしてあげたらどうかしら?

もしかしたら、そのいじめっ子が何かしてくる現場に出くわすかもしれないし」


「え? あ、はい。

そうですね……では、とりあえずはそれで様子を見るようにします」


 遥と話していた由利子に突然話を振られて、少し驚きながらも美幸はその提案に

同意を示した。


「はぁ……ごめんなさいね?

『任せておけ!』なんて言っておいて、結局は大した対策案を出せなくて」


「いいえ!

由利子さんに聞いて頂けただけでも、少し気が楽になりましたので!」


 役に立つ案を出せなかった事に対してすまなさそうにしている由利子に、美幸は

慌ててそう言って返す。


…すると、今度はその傍らにいた遥が、何処か不満そうな顔で口を開く。


「…美幸。私で良ければ、いつでも電話してきて構わないのよ?」


「あら? 遥ちゃん、ヤキモチかしら?」


「ち……違います!」


『どうせなら自分を一番に頼って貰いたい』という想いから湧いた嫉妬を、由利子

に見事に言い当てられた遥は、顔を赤くしてうろたえ始めた。


…一方で、そんな遥の様子がおかしくなり、由利子と美幸は2人で笑う。


 そして遥は、真っ赤になりながらも何故か美幸にだけ『覚えておきなさいよ』と

小さく呟いて返すのだった……。



 午前中の作戦会議を終えると、いつも通りに体を休めるために仮眠を取っていた

由利子だったが、昼過ぎになると、食事を摂るために再び美幸の手によって起こさ

れることになった。


 久しぶりに友人達と囲む賑やかな食事に喜びながら、美幸の手料理を遥を含めた

3人で食べようとした……のだが――


…四角い机の一角が空いているのを見て、由利子は朝から感じていた疑問を不意に

思い出した。


「そういえば……今日は莉緒ちゃんは来ないのかしら?」


「莉緒さんでしたら、この後にはちゃんと来ることになってますよ」


「あら、そうなの?」


 ここ最近、美幸が由利子のところに遊びに来る際は、遥と莉緒も一緒に顔を出す

ことが多かった。


 そして、いつも騒がしい莉緒はやはり食事中でも騒がしいため、遥に注意される

のが恒例となっていた。


…だが、だからこそ妙に静かな食事に物足りなさを感じて、由利子も莉緒の存在に

思い当たったのだ。


「…ええ。午後からは明るい話題になる予定ですからね……。

私が美幸に『莉緒の合流は午後にするように』と提案しておいたんです。

あの子の居る所では、真剣な話はとても出来ないでしょう?

あの子は……とても騒がしいから……」


 そう遥は言っているが、それは恐らく遥の気遣いだったのだろう。

…莉緒は、やはり明るい話題で騒いでいるのがよく似合う子だから。


「ふふ……遥ちゃんは優しいのね」


「…そんなことありません」


「はい! 遥はとっても優しいんですよ?」


「いや……何故、美幸が答えているのかしら?」


 遥の発言を無視して、美幸が元気良く由利子の発言に答えると……。


『ふふふっ……』


 今度は2人揃って、遥にニコニコと慈愛のこもった笑顔を向けてくる。


「…………これは、厄介だわ……」


 どうやら由利子と美幸が揃うと、事ある毎に遥を褒め殺して来るらしい。


…滅多に無いことではあるが、この時の遥は心底、莉緒の登場を待ち焦がれるの

だった。


「おーい! ごめんくださーい!」


 そんな遥の願いが通じたのか否か……玄関の方から大きな声が響いてきた。

その声は間違いない……莉緒だ。


「莉緒さん、随分早いですね……。

はーい! どうぞー、扉の鍵は開いてますよー!」


 美幸には珍しく、出迎えにも向かわずに、その場から大きな声で返答する。

…それだけ莉緒とは気心が知れているということだろう。


「はーい! それじゃあ……おじゃましまーす!」


 元気の良い返答が返ってきたかと思うと、“ガチャ…ドタドタッ”と、まるで存在

を主張するかのように、大きな音を立てて勢い良く莉緒が登場する。


「こんちわ! ゆりりん! 美幸っち! 遥ちん!」


「あなたね……よそ様の家にはもう少し静かに入って来なさい。

しかも、ここは仮にも病人の部屋なのよ?

…あと、その渾名で私を呼ぶのは止めなさい」


 対面早々に遥からのお説教をもらう莉緒。

しかし、『早速怒られちった!』と笑う莉緒の顔には、反省の色は全く無い。


…が、そこは根は真面目な莉緒のこと。

すぐさま由利子に『騒がしくってゴメン!』と、一言だけ謝っていた。


 その声の大きさが既に問題ではあるのだが、謝罪であることには変わりない。

だからこそ、遥は何とも言えない表情を浮かべる他なかった。


「ふふっ、良いのよ。私は騒がしいのは嫌いじゃないしね」


「うん。ありがとー。ゆりりんは優しくって好きー」


 莉緒の言葉に、密かに微妙な顔をする遥。


…この子は、まだ知らないのだ。

由利子は、問題の解決策の第一候補に迷わず“ビンタ”を選択する人物なのだと。


「あーっ! みんなで美幸っちのご飯食べてる!

いいなぁ……すごくおいしそう……」


「あ、良かったら私の分を食べられますか? まだ手を付けていませんし」


「え? 美幸っち……良いの!?」


「ええ。私が食べても、栄養にはなりませんから……」


 美幸には味覚は備わっているため“美味しい”かどうかの判断出来るが、その食事

を消化して栄養を得ているというわけではない。


 こうして由利子達と共に食事を摂るのも、半分は趣味のようなものだった。


「やったー! それじゃ、遠慮なくもらうね?」


「莉緒、あなた昼食は済ませてこなかったの?」


「え? お昼ご飯は家で食べてきたけど……。

でも、美幸っちのご飯美味しいし、ちゃんと残さず食べられるよ?」


「いや、そういう問題?

こんなことは言いたくないけれど……あなた、太るわよ?」


「あ~、それなら大丈夫! 私、何故だか食べても全然、太らないんだよ!」


 そういう莉緒の腰周りは、美幸や遥ほどではないが確かに細い部類だった。


 それでいて遥達とは違って背も高く、出る所は出ていて、全体的なスタイルでは

3人の中で一番良いのも事実だった。


「!? 『全く太らない』ですって?

…全部、胸に行ってるのかしら……まさに女の敵ね……!」


「あ……あー……あはは、は……」


…そんな遥の地獄の底から響いてきたかのような声を前に、不意に莉緒は命の危機

を感じ取る。

『しまった! 失言した! 何とか話を逸らさないと!』と。


「あっ! でもでも、美幸っちも太らないじゃん!」


「あなた、何を言ってるのよ。そもそも、美幸はアンドロイドでしょう?」


「あ、そう言えばそうだった。

あははっ、たまに忘れるんだよね、その設定……」


 そんな莉緒の台詞に、今度は美幸が微妙な表情を浮かべる……。


…分け隔てなく接してくれるのは嬉しいものの、自身がアンドロイドであることを

こうもはっきりと『設定』と言い切られてしまうと……。


 何だか自分のアイデンティティが崩壊しているような……そんな気がした。


「ま、とりあえず冷める前に食べようよ! いただきまーす!」


「…そして、これだけ引っ掻き回しておきながら、最後に乱入したあなたが最初に

食べ始めるのね……」


 呆れ顔の遥と、横でその様子を静かに眺めながらクスクスと笑っていた由利子も

莉緒に続いて食べ始める。


 こうして、この日もやはり、莉緒が遥に色々注意されながら……親友達と過ごす

美幸の昼食は、騒がしく明るい雰囲気で過ぎていく……。


 そして……美幸は1人、自分の作った料理を楽しく、美味しそうに食べてくれる

大切な友人達を後ろから眺めつつ、幸せな気分に浸るのだった。

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