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第58話 イジメの裏側と和解

「心矢君のイジメに関与している…というよりも、中心人物だと思われる生徒なの

ですが…その子は、とある資産家のご子息でして…。

いわゆる、その……当校が多額の寄付を頂いているお宅なんです」


「……………!」


「そういった事情があるせいか、学校の経営陣からの圧力もありまして…。

全会一致でイジメ問題自体をもみ消す形に決まったそうなんです。

それに、イジメの問題はそれにかかわっている生徒さんだけでなく、学校全体の

イメージダウンにも繋がるということもあって――」


「…ですが、それは例のペンを折られた件の時の事情でしょう?

今現在もそのまま続いているのは、何故なんです?

そちらが学校のイメージへの影響も考慮されているということなら、当然、再発

防止のためにも何か対応はとられたんですよね?」


「………いいえ。何も」


「何も!? それは、いったい何故ですか?」


「その子の親御さんが『うちの子がイジメなんてするはずない』と、そう頑なに

おっしゃってまして…。

…それを受けて、学校側も『ないはずの事に対応は出来ない』と」


「そんな馬鹿な話……屁理屈も良いところじゃないですか!」


 ここまで来ると、まるで言葉遊びだ。


 存在するはずの事実が何処か遠い場所に置き去りにされ、ただ目の前の問題を

すり抜ける抜け道を探しているようにしか感じられない。


「…それなら、その生徒さん本人に注意を促すのは?

それなら、学校側の協力が無くとも可能ですよね?」


「はい…。

私もそれしかないと……そう思って、実際にその生徒に注意したんです。

…ですが、結果は期待通りとはいきませんでした」


「…どうなったんです?」


「それが……。

そのペンの件で、一度は問題が大きくなったにもかかわらず結局は無罪放免……と

いうより、親が学校に訴え出てくれれば、何事も無く解決されるのだということの

証明になってしまって。

新米教師の私が何を言っても、『どうせ何事も起こらない』と、そう返されて。

それどころか『あんまりうるさいと、親に言いつけてお前を辞めさせるぞ』と……

そう言って、逆にこちらを脅してくるくらいなんです」


 今にも泣き出しそうな表情で『お力になれず、申し訳ありません』と頭を下げる

桜子に、美幸はこれ以上は追及出来なくなった。


 だから、というわけではないのだが、ここにきて別の疑問が浮かんできた美幸は

今度はそちらを尋ねてみることにする。


「…それなら何故、心矢君は退学にならないのでしょうか?

トラブルの回避を考えるのなら、当然、そういった話も無いとおかしいのでは?」


 桜子の話では、相手の生徒は学校側からしてみれば、便宜を図ってでもご機嫌を

取っておきたい相手だということはわかった。


 だが、それなら心矢が学校に居る間は、イジメ問題はこれからもずっとその周囲

に付きまとうことになる。


 有名私立校である学校からすれば、心矢の存在は、いつイジメ問題が世間に露呈

して学校にダメージを与えるか分からない、いわば『不発弾』のような物だ。


 不登校という明確なマイナス点があるなら、学校としてはそれを理由に退学処分

にすることは十分に可能だろう。


「そ、それは……」


「何です? 正直におっしゃて下さい」


 痛いところをつかれたのか…言葉に詰まる桜子に、その詰まらせた言葉を続ける

ように促す美幸。


…相手の目から視線を逸らさず、なるべく目に力を込めるつもりで見つめ続ける。


「それは……学校にとって、その方が都合が良かったんです。

イジメ問題は、いじめる側が居なくならない限り根本的な解決はしないということ

を学校側もよく解っているんです。

もし心矢君を辞めさせたとしても、ターゲットが他の生徒に変わるだけだ、と。

その点、心矢君はいじめる側がターゲットを変えようと考えない程度の適度な頻度

で登校してくる上に、余程のことが無い限り、大きく騒ぎ立てたりはしない……。

…だから、心矢君を退学処分にせず、定期的に登校することを条件に、特例として

当校の生徒と認めることにしたんです」


「なっ……!

そ、それでは、心矢君は事実上の生贄(いけにえ)と変わらないじゃないですか!!」


「でも……理由はそれだけじゃないんです。

他にも学校側にメリットがありまして……。

先ほど原田さんもご指摘された通り、心矢君は成績が優秀でしょう? 

ですから、仮に彼がこの先、一角(ひとかど)の人物になったとしたら……後からそれを美談に

出来る。

『仮に人付き合いが苦手な生徒でも、成績優秀ならこんなに柔軟な対応が出来る。

当校はそういう素晴らしい環境の学校なのです』と。

…今はイジメの問題もあるので、大々的には言えませんが……。

心矢君の卒業後なら、その辺りも大丈夫でしょうし」


 桜子によって告白された内容は、一般的にみれば予想の範囲内だったが……。

美幸にとっては、予想外だった。


 どこまで行っても大人の事情……。


 かかわった人の誰一人、被害に遭っている子供……心矢の視点で考えている者が

居なかった。


「………………」


「私も『現状がベストだ』などと、考えているわけではありません。

ですが、新米教師の私に出来るのは、こうしてお話しするのが精一杯です。

本当に……すみません!」


 厳しい表情で何も言わずに見つめてくる美幸に再度頭を下げる、桜子だった。



 その後、桜子と共に心矢の部屋を訪れた美幸は、今月の日曜日に特に予定がない

ことと、今のところの登校する予定の日を心矢の口から聞いた後、学校へ戻る桜子

を見送ることになった。


 その時、美幸は玄関で靴を履いている桜子の背中に向けて、先ほどふと浮かんだ

疑問について聞いてみることにした。


「あの、高井先生? 最後に一つだけ、よろしいですか?」


「え? はい、何でしょうか?」


 声を掛けられた桜子は立ち上がって、美幸を振り返る。


「何故……私に先ほどの話を聞かせてくれたのですか?

親類とはいえ直接の両親でもない私になら、黙っていても良かったのでは?」


 心矢と話す桜子は、先ほどの話に出てくるような、自分勝手な大人達の事情しか

考えていない人間には見えなかった。


 心矢を心配し、哀れみ、自らの無力さを悔やむ……そんな目をしていたのだ。


…だが、そんな桜子なら真知子くらいには話していてもおかしくはないはず。


 実際、真知子が既に知っているという可能性はゼロではなかったが……。

いくら口止めされていたとしても、真知子なら美幸がこの試験を受けることが正式

に決まった際に、報告事項として何らかの形で教えてきていただろう。


…そう考えれば、これは真知子すら知らない事実だった可能性が高い。


「それが……何だか、自分でも少し不思議なんです」


「不思議…?」


 そう言って俯いた桜子は、自分の心の中を確認するようにしながら、答えた。


「…ええ。

勿論、他にも色々と理由はあるんです。

原田さんが、近く海外へ留学されるということもそうですし、質問されている時の

熱意に押された、というの部分もあります。

そして、これは自分勝手な理由になりますが、ずっと黙っているのが心苦しかった

というのも、大きな理由の一つです。

ですが、私の中で決定打になったのは――」


 そこで一度言葉を切った桜子は、顔を上げて美幸に視線を合わせる。


「一番の理由は、その“目”です。

あなたのその目に見つめられていると、なんだか心の内を全て見透かされてるかの

ような……そんな気分になるんです。

そんなこと、実際にはあるはずがないんでしょうけれど。

でも、そう思うと『どうせ見透かされているなら、話しても話さなくても同じだ』

と、そう感じてきて……。

それなら、せめて自分の意志で、自分の口から言おう……と。

そう、思ったんです。」


「…目、ですか……」


「あの……何だか、突然おかしなことを言って、すみません。

…失礼でしたよね?」


「あ、いいえ。構いませんよ」


 その後、簡単な挨拶をして、桜子は帰って行った。

…だが、最後に話してくれた理由だけは、美幸にはいまいちピンとこなかった。


 “心矢を守ってやらなければ”という思いから、つい熱の入った美幸は、自分でも

気付かない間に美月ばりの詰問口調になってしまっていた。


 そんな時の美幸には、その美貌も手伝って普段の穏やかな雰囲気にそぐわない、

冷たくて強い“迫力”がある。


 その上、隆幸譲りの視線を介した洞察力も、無意識に研ぎ澄まされていたのだ。


…更に、これは完全に偶然ではあったのだが、桜子はそういった雰囲気を本能的に

察することの出来る、鋭い直感を持つタイプの人物だった。


 そのため、美幸の漂わせる雰囲気の影響をまともに感じ取って、勝手に追い詰め

られてしまったのだ。


 しかし、肝心の美幸はというと、自分の整った容姿から来る真剣な表情をした時

の迫力や、視線を介した読心術というものにも、まるで自覚が無い。


…つまり、ある意味で最強の会話術を持っていると言える美幸なのに、本人はその

理由には全く気付けていないのだった。


…しかし、その辺りがどこか、美幸らしいところでもある。




「あ、あの……」


「あ、はい。何でしょう?」


 桜子を見送った後、台所へ戻ろうとした美幸に、いつに間にか後ろに居た心矢が

遠慮がちに声を掛けてくる。


…ただ、俯きながら話すその声にはいつもの棘がなく、どこか覇気がない。


「…どうかしましたか?」


 自分が落ち込んだ時にいつも美月がそうしてくれたように、少ししゃがんで目線

を心矢に合わせた美幸は、出来得る限り優しい声で、もう一度話しかける。


 すると、心矢は俯いたまま、小さな声で呟くように返してきた。


「…ごめんなさい」


「………え?」


「俺、おやつ……美味しかったから……おかわりが欲しくなって……。

それで…台所へ行こうとしたら……先生と話してるの……聞こえて――」


 そこまで聞いた美幸は、心の中で『しまった』と思った。


 話すのに熱が入りすぎて、周囲への警戒を怠ってしまっていたのだ。


 どこから聞いていたのかはわからないが、本人が聞けばショックを受けかねない

内容もあったはず。


…あってはならない、致命的なミスだった。


「そうですか…。あの、ごめんなさい。

私、結局お話を聞いていただけで、何の解決の役にも立てなくて……」


 何にせよ、真摯に対応しなければ…と、まずは謝罪を口にする美幸。

しかし、そう言う美幸に、心矢はブンブンと大きく首を横に振った。


「ううん……そ、そうじゃなくて。

俺、あんなにひどいことばかり言ってたのに……。

お姉ちゃん……俺のために先生とケンカして……うっ…ぅぅ……」


 そこまで言って泣き始めた心矢は、結局はそこまでしか話せなかった。


 正確には別に桜子とは喧嘩をしていたわけではなかったのだが……。


 恐らく心矢は、そこまで自分の味方をしてくれた人物に今まで酷いことを言って

いた事を反省したのだろう。


 美幸がそんな心矢の頭を優しく撫でて、そっと抱き締めてやると、それを切欠に

してわんわんと本格的に泣き出してしまう。


 その姿は強がって意地を張っていた先ほどまでとは違って、歳相応の小さな子供

そのものだった。


 そんな心矢を見て、改めて美幸は強く思った。

今回は“自分が守る側”なのだ、もっとしっかりしなければ……と。

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