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第52話 人間とアンドロイド

 予想以上に真知子と話し込んでしまい、すっかり研究室に戻るのが遅れた2人は

既に到着していた遥と、その演奏を聞くために早朝から出勤して来ていた隆幸達に

出迎えられることとなった。


「…そう、そういう話をしていたの」


「はい、その、遥……お待たせしてしまってすみません」


「ああ、それなら特に問題ないわ。

観客も居てくれたし、別に退屈ってわけでもなかったから」


 そう言う遥の視線の先には、穏やかに微笑む美月の姿があった。


「遥ちゃんの演奏、いつも通りとても素晴らしかったですよ。

研究室に来るだけでこんなに素敵な演奏を聴けるなんて、嬉しい限りです」


「それは……どうもありがとうございます」


 美月に真正面から褒められ、恥ずかしくなる遥。


…最近、やっと美月にも慣れてきていた遥だったが、先日のウェディングドレス姿

の美月を見てから、また緊張が舞い戻ってきてしまったらしかった。


「それにしても……心配ね」


「はい。真知子さんの息子さん、大丈夫なんでしょうか……」


「違うわ。私が心配なのは……美幸、あなたのことよ」


「…え? 私ですか? 私、別にいじめられてはいませんよ?

皆さん――ええっと、美咲さんがたまに隆幸さんをいじめるくらいですし……」


『皆さん、人をいじめたりはしませんし』と言い掛けた美幸は途中で言い直した。

そして、その台詞を受けてショックを受ける人物がひとり。


「…僕、美幸にはいじめられっ子に見えていたんだね……」


 わざとらしく落ち込んだ隆幸を、こちらもわざとらしく頭を撫でて慰めながら、

ジトッとした目で姉を見る、美月。


 その瞳は『ほら……また美幸ちゃんに悪影響を与えていますよ、姉さん?』と、

口には出さずとも確かに語っていた。


「いや、あれは……何と言うか、愛あるイジリ……というかさ?

と、とにかく! 本当にイジメとか、そういうのじゃないよ!?」


「美幸、それは今はどうでもいいわ。

私は別に、そういうことを言ってるんじゃないの」


「…遥ちゃんは最近、私に対して冷た過ぎると思うんだ……」


 美幸に話しかけるフリをしながらもバッサリと切り捨てられた美咲は、これまた

わざとらしく本気でショックを受けたようにリアクションをとる。


 ある意味、いつも通りな寸劇を繰り広げる、美咲達。



――しかし…美咲達が明るく笑えていたのは、ここまでだった。



「…私が言ってるのはね?

あなたが、私達、人間を()()()()()()()()()()()()ということよ」


 遥の口からその言葉が出た瞬間――。


 まるで、それまで漂っていた室内のおふざけムードが全て嘘だったかのように

一瞬で消え去っていった。


…すっかり静かになった研究室で、真剣な口調の遥の声だけが響く。


「去年の労働試験の時もそうだったけれど、人間には醜い部分が沢山ある。

勿論、それだけじゃないわ。

人間にも素晴らしい……美しいと言える部分だって沢山あるのも確かよ。

でもね? 私達人間がその美しい部分に注目して、醜い部分を許容出来るのは、

結局は自分も人間で、そういう醜い部分を何処かに持っているからなの」


 その遥の雰囲気に影響されたのだろうか?


 美幸も気付けば神妙な表情を浮かべて、続く言葉に耳を傾けていた。


「…でも、美幸。()()()()()()でしょう?

真面目で、真っ直ぐで、純粋な考えを自然に持っていて……。

そして――あなたは、アンドロイド。人間じゃない。

…だから、私は怖いのよ。

いつか……あなたが、私を含めた『人間』という生き物、全てに絶望して……。

ここに居る私達すら、嫌いになってしまうんじゃないか……って」


 ただ静かに、遥のその言葉を聞き終えた美幸だったが……。


 その言葉が終わると共に『ふぅ…』と一息、大きく息を吐き出すと、その表情を

和らげ、自然な様子で肩に入っていた力をスッと抜いた。


「…そういうことですか。でも……それなら、きっと大丈夫ですよ?」


「そうかしら?

正直に言って、人間の私から見ても酷く醜いものだと思うのだけれど……」


 佐藤運輸で見せつけられた、人間の欲深さ、傲慢さ。

そして、つい先ほどまでしていたという、学校でのイジメの話。


 そこに潜む、人をただ傷付けるためだけに色々な準備をする残酷さ、卑怯さ。

そして、自分の風評だけを気にして碌に他人の迷惑を考えない自分勝手さ。


 美幸がある日突然、『人間はなんて酷い生き物なんでしょう』と言い出しても、

不思議ではないような話ばかりだ。


…同じ人間という立場の遥ですら、聞いているだけでも気分が悪いのだから。


「…確かに、人には酷い部分もあるのは認めます。

…ですが、遥も先ほど言っていた通り、美しい部分だって沢山あるんです。

私は人間の皆さん……もっと詳しく言えば、美咲さん達のような家族、遥達みたい

な友達と寄り添って、パートナーとして生きて行きたいんです。

それなのに、『綺麗な部分だけを見て寄り添っていきたい』なんて……。

流石にそれでは、調子が良過ぎるでしょう?

…だから、大丈夫なんです。

人間ではないアンドロイドの私にだって、そういった部分を……許せます」


「そう……それなら、私達はこれからも出来る限り、あなたを失望させないように

しないといけないわね?」


「クスッ……遥はそんな心配をしなくても大丈夫ですよ。

今のところ、友達としての遥は百点満点の『親友』なんですから」


「ふふっ……ありがとう。そういう意味なら、私もそうよ……」


 徐々に室内の緊張が解れていく中で、『成る程、こういうことなのか』と、美月

は一人、心の中で呟いていた。


 美咲が遥を評する際に、度々たびたび『あの子には敵わない』という言葉を使っていた。

その理由を、今まさに目の前で垣間見た気がしたのだ。


 よく見ている、というのは勿論だが、自分達“家族”が、美幸を思い遣るあまりに

避けるような話題でも、必要だと判断すれば“友人”として切り込んでいく……。


 そういう意味で言えば、美幸の精神のより深い部分に触れられるのは、実は親友

という立ち位置に居る遥なのかもしれない。


「何となく、ですけれど……。

姉さんが言っていた『遥ちゃんには敵わない』という意味が分かった気がします。

…これは、私達も見習わないといけませんね?」


 遥達に聞こえないように小声で傍に立つ姉にそう囁く美月だったが……美咲は首

を横に振りつつ、こう答え返した。


「いいや、見習うだけじゃきっと駄目なんだよ、美月。

あの子は“友人”、そして私達は“家族”。

ただ単に真似をして、同じようになってしまったら駄目なんだ。

家族には家族にしか出来ない接し方っていうものがあるはずなんだし。

…それに、私があの子に『敵わない』って思う部分はね……とても単純なんだ」


「単純……強さとか関係性とか、そういった部分ではないんですか?」


「ああ、違うさ。

私が敵わないって思ったのはね、あの“優しさ”だよ。

きっとね……美幸と同じかそれ以上に優しいんだよ、あの子は。

…でも、だからこそきっと、ああして美幸と親友で居られるんだろうさ」


「優しさ……」


 美咲の言葉を受けてもう一度、笑いあう2人を眺める、美月。


 普段からクールな遥は、ほとんどその表情を崩すことはない。

…ただ、思い返せば、美幸と話をする時にはピアノの演奏中でもない限り必ず美幸

へと視線を向けていた。


 注目すべきなのは、その視線だ。


 美月には、隆幸のようにそこから細かい感情まで読める才能は無いが、それでも

その瞳は優しく、とても温かい何かが込もっている……そう感じられた。



「私……決めました。美咲さん、ちょっとよろしいでしょうか?」


「うん? どうしたの?」


 遥達と過ごした祝日。

その翌日に、美幸は……“とある決意”を胸に美咲に声を掛ける。


「私……真知子さんの息子さんと、お友達になりたいです」


「…友達?」


「…はい。

私は今まで色々な場面で、何度も遥達に救われました。

だから、友達の大切さと重要性は十分に理解しているつもりです。

同級生とは色々な事情で上手くいかなくて、反抗期で親や先生方とも素直な態度で

コミュニケーションを取れない。

それなら、同級生でも大人でもない私なら、丁度良いのではないでしょうか?」


「それで“友達”、か……」


「はい!」


「うーん。…よし、わかった。

どうにか出来ないか、ちょっとこっちでも考えてみる」 


「はい! よろしくお願いします!」


 もし今回の美幸の希望を通すなら、それは何がしかの理由を付けた『試用試験の

一環』として扱わなければならない。


 でなければ、真知子……スタッフによる個人的な利用という状況になってしまう

ので、上にはとても報告できないだろう。


 実施するにしても、前回の由利子の身の周りの世話がそうであったように、何か

納得させられるような、もっともらしい“建前”を用意する必要があった。


「それじゃ、もし希望が通って詳細も決まったら、その時にまた改めて話すよ」


「はい、わかりました。お待ちしています!」



 こうして、美幸の次の試用試験の施行が決まった。


 内容は『引きこもりの子供とコミュニケーションをとり、改善を試みる事』。


 そして、主な目的は『対象を庇護する立場になった際の対応の観察』だ。


 今までの美幸の試験ではあくまでも、こちらから提示した内容を実行させている

だけだったが……今回は初めて本人の希望した内容で実施することになる。


 美咲も『初めての美幸からの希望なのだから…』と、なんとか実現出来るように

奔走したし、真知子もこの提案には感謝したし、所長である洋一達も、美幸のその

心根の優しさに感激して、手放しに賛成していた。



――ただ、そんな中で唯一、遥だけはこの話に難色を示していた。


『たとえ相手が小学生だったとしても、入り組んだ人間関係に、安易に横から割り

込むのは危険ではないか』『もっと調べてからでも遅くないのではないか』と。


 しかし、当然ながら、そんな表向きには部外者である遥の意見は無視される形と

なり、今回に限っては大した事前調査を行うことも無く、あらゆる事が早急に決め

られていった。


 誰一人として、“美幸の親友の遥”の意見を重要視しなかった。


 どれほど美幸と仲が良かろうとも、“ただの友人”というだけの一般人の意見には

重さなど無かったからだ。


――しかし……後になって思えば、この判断が今回の試験の“最大の失敗”だった。

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