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第51話 最近の子供事情

「ん? あれ? どうしたの? 真知子さん」


「…え? ああ、美咲ちゃん。…おはよう」


 4月もあと数日で終わろうか…という、ある日の早朝。

いつものように美幸を迎えに行こうと、ボディ部門へ足を運んだ美咲。


 平常通りなら、既に忙しくその日の業務の準備に追われているはずの真知子が、

珍しくコーヒー片手にボーっとしているのを見て、思わず声を掛けていた。


「うん、おはよう。珍しいね、この時間に真知子さんがのんびりしてるなんて」


 そう言葉をかけながら、美幸の眠る素体保存用のポッドのロックを解除する。

『パシュッ』という小気味良い音と共に、カプセル状のポッドの蓋がゆっくりと

持ち上がっていく。


「あー…うん、まあね。今日はメンテナンスの予定もあんまり入ってないから」


「…ふーん。…何か悩み事?」


 ポッドの蓋が開ききったところで、美幸の寝顔を確認する美咲。

…うん。いつも通り、今日も可愛い。


 通常のアンドロイドなら蓋が閉じきった瞬間に停止するが、美幸は人間が睡眠を

とるのと同じように、自身が眠くなると自然とスリープモードへと移行するように

設定されている。


 そして、それは起きる時も同様で、起床時間を事前に設定し、その時間ピッタリ

に起きることも一応は可能ではあるが、そういった特殊な設定をしていない状態で

スリープモードに入った場合には、目を覚ますタイミングはランダムなのだ。


「え? あー、顔に出てた? ゴメンね? 気にしないで」


 美咲にそう答えながら自らの頬をパシッと軽く叩いて気を引き締める真知子。


 そして、その音に反応してか…美幸の(まぶた)がピクリと小さく動く。

…どうやらお姫様のお目覚めらしい。


「いや、別にそれは良いんだけど…。

何か悩みがあるなら、私で良ければ相談に乗るよ? 

最近、おばさんの件とか美月の結婚式とかで真知子さんにはお世話になってるし。

…あ、美幸……おはよう」


 丁度、目を開けた美幸は…しかし、まだ少し眠そうにしていた。

美月と隆幸、どちらの影響なのか…美幸は寝起きがあまり良くないらしく、寝起き

にすぐ声を掛けると、とても反応が鈍い。


 微妙に覚醒しきっていない美幸の瞳は、まだとろんとしている…。

この寝起きの可愛らしい姿が見たいがために、今日も必要以上に早く出勤して来た

ところもある美咲は、満足した様子だった。


 最近はまた仕事量が増えつつある美咲は、勤務時間も長くなりがちだった。

そこで、どうせなら今日のように早朝に出勤して美幸の寝起き姿を拝もうと、逆に

夕方の早い時間に帰宅する日が多くなってきていた。


…その生活リズムから、一部の他の研究員からは『隠居生活を送る老人のようだ』

と、からかわれている。


「うーん…とは言っても、仕事の話じゃなくて本当に個人的なことなんだけど…。

そうね……他の人の意見も聞きたいし、美咲ちゃんが良いなら、聞いてくれる?

…あ、美幸ちゃん、おはよう」


 ボーっとしたままではあったが、美幸が上体を起こしたことによって少し離れた

ところに居た真知子からも顔が見えるようになる。


 先ほどの美咲の声はどうなのかわからないが、その真知子の挨拶はなんとか認識

出来たらしく、ゆっくりと美幸は真知子の居る方に向かって挨拶を返した。



「…ふぁ……ぉはよう…ございまふ…」


 いかにも人間っぽいその自然な反応に、傍に居た美咲は思わず笑みが零れる。


「ふふっ…うん。改めて…おはよう、美幸。

まぁ…とりあえず、目覚ましに洗面所で顔でも洗っておいで?」


「……はい~…」


 寝惚け目のままゆっくりとポッドから出てきた美幸は、パタパタとスリッパの音

を立てながら備え付けの洗面台へと向かって行く。


「いつ見ても、あの寝起きの姿は可愛いね。…持って帰りたくなるよ」


「相変わらずの親バカねぇ……美咲ちゃんも」


 そう呟いて、『はぁ…』と一際、大きな溜め息を漏らす真知子。


「でも、実際の子供が居ると大変よ? ウチも今は色々と大変でね……」


「あー、悩みってもしかして……お子さんのこと?」


「…ええ、まぁね」


 真知子の言葉を聞いて、美咲が渋い顔をする。


 美咲は子供どころか、結婚すらしていない身だ。

本当に聞くだけなら問題はないのだろうが、その悩みの種類によっては碌な返答が

出来ないかもしれない。


「あはは……そんな顔しなくて良いわよ。

どのみち、当事者以外には解決が難しい種類の問題だからね…。

今は聞いてくれるだけで、私も少しはスッキリするだろうし」


「そう? それなら、別に大丈夫。

ただ聞くだけで構わないのなら、いくらでも聞くよ」


「…何のお話をされているのですか?」


 美咲が返答したところで、美幸が洗面所から戻って来た。


 だが、美咲は美幸に聞かれたくない話題かもしれないことを危惧して、真知子に

視線で確認をする。

 しかし、それに対して真知子は軽く首を横に振って返してきた。


「…大丈夫。別に問題はないから。

それに、美幸ちゃんならみだりに他人に言いふらしたりはしないでしょうし」


「ええっと…何でしたら席を外しましょうか?

今日も遥が研究室の方に来るはずですし…私なら別に構いませんよ?」


 今日が祝日ということもあって、朝から遥が来る予定になっていた。


 込み入った話なら、先に一人で研究室まで戻っても一人きりの時間はそう長くは

ないだろう。…そういった理由から、美幸は自ら退室を提案してくる。


「いいえ。そんな長い話じゃないし…構わないわよ。

それに、出来れば美幸ちゃんから見た意見も聞きたいから…。

ちょっとだけ、時間良い?」


「あ、はい。私は構いませんが…」


 そう言いながら、ちょうど隣に立っている美咲を見ると無言で頷いてきた。

『美幸が良いなら、聞いてあげれば?』ということのようだ。


「…わかりました。それでは、お伺いします」


「あはは…そんなに一生懸命に聞かなくて良いわ。

適当に聞いて、何か思うことがあったら言う…って程度で良いからね?」


 肩に力を入れて『さぁ! 聞くぞ!』と言わんばかりの美幸を明るく笑い飛ばし

ながら、真知子は場の雰囲気を和ませた。


「まぁ、よくあることなんだろうけどね?

ウチの子がさ、最近引きこもり気味になっちゃって…。

なんか学校で意地悪されてるらしいんだけど……どうしたもんかなぁ…って」


「あ~、そういう話かぁ…。確かに、それは難しいね……」


「…え? 難しいんですか?

意地悪されてるなら、止めさせれば良いんじゃないんでしょうか?」


 当たり前のことを言うような口調で、迷い無くそう答える美幸に対して、美咲達

は少し困った顔をせざるを得なかった。


…そう、確かにその通りではある。…理屈の上では・・・・・・


「それがねぇ……難しいんだよ。

ほら、学校ってさ、ある意味では閉鎖空間でしょ?

だからね? まず、私達みたいな大人が直接は介入し辛いって側面があるんだよ」


「ええっと…真知子さんのお子さんは、おいくつなのですか?」


「小学2年生の男の子。最近は反抗期っぽくなっててね…もう大変よ?」


 少し疲れた様子で答える真知子。なるほど、だから余計に大変なのだろう。

反抗するような年頃なら、今の学校に行きたがらないような状況でも話し合いでの

解決などは難しそうだった。


「小学校、ですか…。

私は実際に通った経験がないので、詳しく解らない部分もあるのですが…。

きちんと教師の方はいらっしゃるのでしょう?

その方達には、そういった問題の解決は出来ないのですか?」


「う~ん…。それも難しいだろうなぁ…」


 美幸のその意見に、美咲が難しい顔で返す。


「教員の方々も、自分の仕事を沢山抱えてるって聞くからね。

トラブルが起きないかをずっと見張ってるってわけにもいかないだろうし…。

それに見てないところで何かが起こっても、今度は明確な証拠がないからね」


「ですが、実際に被害を訴えれば何かしらの対応をしてくれるのでは?

それに、本人以外の誰かの証言があれば、証拠の代わりにもなりますよね?」


「そうねぇ…それは本当に美幸ちゃんの言う通りなんだけど…。

ただ…学校ってある種、特殊な世界というか…。

『教室』っていう空間が、1つの小さな国のようなものなのよ。

それで、大体はそういう意地悪をする子供って教室内の権力者だったりするから…

私の言いたいこと…わかるかな?」


 美幸はその真知子の言い回しで、何となくではあったが状況を把握できた。

つまり、他の生徒は被害を受けた特定の誰かを助けるために証言することで、その

権力者から自分が敵視されることを恐れている…ということだろう。


「でも…そうなってくると、対応は難しいね。

『自分が巻き込まれてでも、他人を助けろ!』なんて…大人相手にも言えないよ?

それに、こういった場合は加害者側は人数が多いってのが相場だしね…」


「…ええ、どうやらそうらしいわ。

心矢(しんや)……息子の話を聞く分には、いつも中心に居る主犯格の子と一緒に2人ほど…

大体は3人くらいで悪さをしてくるらしいの」


「大体…ですか? ええっと…特定の人数じゃないんですか?」


 真知子の曖昧な表現に、不思議そうに首を傾げる美幸…。

引きこもるくらい頻繁に被害を受けているのに、『加害者の人数が特定出来ない』

というのは、何か理由でもあるのだろうか…と。


「それがね…私も聞いてて驚いたんだけど、その2人も日によって違うらしいし、

証言役の子とかまで居るらしくて…。

今ではもう…全体では一体何人居るのかすらわからない…って」


「証言役? 何それ?」


 真知子の口から新しい言葉が飛び出して、美咲がその意味を尋ね返す。


「例えばね? 大事にしてたペンを目の前で折られたとするでしょ?

それで、それを先生に訴え出たら、今度は普段は真面目な印象でそういうトラブル

にもかかわらなさそうな子が、突然、名乗り出て言うらしいのよ…。

『さっき、その子が面白がって自分で折ってたのを見ました!』って…」


「うわぁ…………最近の子供のイジメは手が込んでるね…」


「美咲ちゃんもそう思う? 私もその話を聞いた時には流石に驚いたわ」


「…ん? ってことは、今の例え話って…」


「そう…実際の話よ。

その折られたペンっていうのは、息子が前からずっと欲しがってたキャラクター物

のボールペンでね…。

テストで良い点取ったからって、ご褒美に買ってあげた物だったのよ…。

それなのに、それを“面白がって自分で折る”っていうのは……流石に考え辛いわ」


 美咲と一緒に黙って話を聞いていた美幸は、その周到さに絶句していた。

正直、そのくらいの歳の子供が、そこまでの下準備をしてまで意味の無い嫌がらせ

をしてくるとは思っていなかったのだ。


「でもさ…そういう物だったなら、そのペンが証拠にならないもんなの?」


「私だって、そこまでされたらやっぱり可哀想だから先生にも訴え出てみたのよ?

…でも、相手の親御さんが、いわゆる“モンスターペアレンツ”ってやつで…」


「うわー…。こう言ったら失礼かもしれないけど…。物凄く……面倒臭そう…」


 美幸は瞬時に検索を掛けて『モンスターペアレンツ』の意味を理解する。

…確かに美咲が言う通り、厄介そうな相手だ。


「そうなのよ…。

もう『うちの子がそんなことをするはずがないじゃないですか!』の一点張り。

それどころか『こういうのは被害者にも問題があるんです!』って…。

…でも、その言葉を聞いた時に思ったの。

やっぱり、この親は()()()()()()()()()()()()なのね…って」


「ん? どういうこと?」


「それは、何の根拠もないのに『被害者の子にこそ原因がある』って言われたのも

腹立たしかったのは確かなんだけどね?

そもそも、うちの子が“被害者”ならその子は“加害者”ってことになるじゃない?」


「あー、そういうことね」


「??」


 よく分かっていなさそうな美幸に、美咲が補足説明をしてあげることにした。


「ええっと、つまり…その親は自分の子が悪さしたのには気付いてるってことさ」


「え? 気付いてるんですか?」


「そう。それで、その上で我が子を庇っているんだよ」


「……………」


 美咲の説明に、無言で返す美幸。


 それが親心…というものなのだろうか?

当然、していること自体は間違っているとは思うが…我が子を守るという気持ちは

素晴らしいものだ。…確かに難しい問題だろう。


「あ~……美幸? 微妙な顔してるけどさ……多分、勘違いしてるよ?」


「え?」


「その親が、“我が子可愛さに庇ってる”…とか、思ってるでしょ?」


「……え? 違うんですか?」


『どういうことだろう?』という表情で美咲を見つめ返す美幸。

真っ直ぐにそういう考えに至る純粋さに水を差すようで心苦しい美咲だったが…。

やはり、こういったことはちゃんと教えておくべきだろう。


「いや…『そうじゃない』とは、一概には言えないけど…

こういった場合のほとんどはね…“自衛のため”なんだよ」


「…自衛?」


「そう。我が子が悪さしたとなったら、その親の評価が下がる…。

つまり、親の教育がなってないって話になるでしょ?

そういう世間体を気にして……といった理由がほとんどなんだよ。

だってさぁ……自分の子供なんだよ?

その子が役者ばりに猫かぶりが上手いってことなら話はまた別だけど、流石に自分

の子が“本当はどういう人間か”ってことくらいはわかってるさ。

だから……『うちの子はそんな事しない』なんて、心の底から本当に思って言って

いるわけじゃないんだよ」


「それは……酷いですね」


 美咲の説明に、驚きと落胆を隠せない美幸。

その理由は……何というか、あまりにも自分勝手に感じてしまったからだ。


…それでは、その親は被害にあった相手の子どころか、()()()()()()()()()()()()

ことになってしまう。


「そもそも、そこまで必死になって我が子を守ろうって純粋に考えられる親なら、

ちゃんと我が子を問いただして真実を解明した上で、きちんと叱りつける。

対話もせずに問答無用で庇うっていうのは……つまり、そういうことさ。

…こういう親に限って、家に帰ったら『次は証拠を残さないようにしなさい』とか

見当外れな説教して、正しい教育をした気になってたりするもんだよ」


「なんか……妙に実感こもってるね、美咲ちゃん」


「あー……うん。

私の場合は小学校の頃の話ってわけじゃないけどね?

…そういうタイプの嫌な人間は、今までに何度も見てきたし」


「…苦労してるのねぇ」


 真知子の反応に、何とも言えない苦笑いで返す美咲。


 そんな微妙な表情の美咲を見て、真知子は思った。


 無愛想で周囲と碌にコミュニケーションも取らない割に、成績は優秀で美人だと

いうだけで、男子生徒には人気がある……。


…美咲の学生時代を詳しくは知らないが、さぞかし敵も多かったことだろう。


「それが原因で、その……お子さんが引きこもりになってしまったんですか?」


「まぁ、切欠はそれでしょうけれど……。

でも、主な原因は日頃からそういうのが続くことね。

やっぱり日常的っていうのがね……(こた)えるみたいなのよ」


「…クラスには、味方になってくれる人は誰も居ないんでしょうか?」


「それは……隣のクラスに1人だけ居るには居るんだけどね?」


「えっ? 味方が居るんですか?」


 自分で尋ねた事ながら、正直、全く期待していなかった質問に対して、意外な

回答が返って来たため、美幸は思わず驚きと共にそう聞き返してしまった。


 勿論、味方が居る事は素晴らしいことなのだが……話の内容からてっきり孤軍

奮闘した結果の引きこもりなのだと思っていたのだ。


「ええ。

…でもね? その子、実は女の子なのよ……しかも結構、可愛い子でね?」


「うわ~、それは……息子さんは更に大変だね……」


「…そうなのよ。

その子、あいちゃんっていうんだけれど、何故かウチの子の事をとても気に入って

くれててね?

それ自体は見ていて微笑ましくて、良いんだけど……。

逆にそれで余計に目を付けられてるっていう部分もあるみたいなの」


「…揉め事にそういう嫉妬が絡むと、途端にややこしくなるからなぁ……」


「ええっと……可愛い女の子が味方だと、何か不味いんでしょうか?」


 本当にまるで解っていなさそうなその様子に少し和みつつも、再び美幸にも

解り易いように、その理由を解説する美咲だった。 

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