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第41話 『家族』とは……

 11月28日、土曜日。


 夏目家での試用試験が3日後に迫った、この日。

いつものようにピアノを弾くために、遥は朝から研究所を訪れていた。


「…おはようございます」


 ちょうど研究所の施設内に入ったところで、美幸が出迎えてくれる。


 わざわざ出入口付近までやって来てくれていたことは嬉しかったのだが…。

それ以上に、その浮かべられた暗い表情の方が気になってしまう。


「おはよう。

…何となく予想はしていたけれど、朝から随分と辛気臭い顔をしているのね」


「あ…あの、ごめんなさい…」


「あぁ…いいえ。私の方こそ、ごめんなさい。

…でも、あなたがそんな顔をしていても、美月さん達が戻って来られるというわけ

ではないのだし……もっと気を楽にしていなさい」


 そんなやり取りをしながら、遥は美幸と一緒に研究室内に入った。


「あ、おはよう。遥ちゃん。

今から私はちょっと出るけど、部屋は好きに使ってもらっていて構わないよ」


 2人が入室するのとほぼ同時、扉を開けてすぐのところで顔を合わせた美咲は、

出会い頭にそう言ってきたかと思うと、入れ替わりに出て行ってしまった。


 そして…ほんの数秒で、室内には遥と美幸の2人だけが残されることになる。


 土日の2日間は、必ず遥のピアノを聴くために、わざわざ早朝から出勤してきて

くれていた高槻夫婦の姿は……今日、そこにはない。


「…本当に、謹慎になっているのね……美月さん達」


「…はい。

美咲さんの話では、少なくとも今回の試験の終了までは出勤して来ないそうです」


「…そう。まぁ、そうなるわよね」


 前回の試験の際に、遥の存在が美幸の精神の安定に大きな効果を発揮したことを

受けて、今回の試験も内容から現状の説明まで、ある程度の事情を話すことを許可

されていた美幸は、これまでのほぼ全ての出来事を既に電話で教えてあった。


「…とりあえず、私はピアノを弾こうと思うのだけれど…。

…美幸? あなた、今日はメンテナンスじゃなかったわよね?」


「…えっ? ええ…違いますけれど…」


「最近、1人で弾く機会が減ったからかしら…。

誰も観客が居ないと、妙に味気なく感じてね。

…美幸の所為(せい)よ。責任とって、今日はちゃんと聴いていて頂戴ね」


「……クスッ…はい。わかりました」


 “責任”と言ってはいるが…その声はとても優しい響きだった。

…遥なりに、美幸を励ましたかったのだろう。


 その何処か不器用な言い回しに、美幸は確かに少し元気をもらえた気がした。



『♪~♪♪~♪~♪~……』


「…ふぅ。まぁ、今日はこんなところかしらね」


 一通り練習を終えた遥が一息つくと…何故か美幸が可笑しそうに笑っている。


「…なに? 何処か変なところでもあった?」


「クスクスッ…いいえ。ただ、今日はアップテンポの曲ばかりでしたね?」


「…………たまには、そんな日もあるわ」


 この様子だと、室内の雰囲気を明るくするために速い曲ばかり弾いていたことは

バレてしまっていたらしい…。

…遥は急に恥ずかしくなって、美幸から視線を外した。


 ただ…そうすると、嫌でもガランとした室内が目に入ってしまう。


「…美咲さんとは、よく話したの?」


「あ……はい。何度も、話したんですが……」


 遥にそう答えながら、美幸も静まり返った研究室内を眺める。

元々この部屋は、美咲達の母である原田美雪率いるAI研究チームが使っていた。


 当時は10人で使っていたこの部屋は、普段4人で過ごしていても十分に広い。

特に今は、遥が先ほどまで弾いていたピアノを搬入する際に、余計なデスクを処分

してしまっている状態なのだ。


…そんな部屋に、こうして2人だけで居ると…何処か心細く感じるほどだった。


「…不思議ね。音楽室でも2人だけだったのに、ここだと少し寂しく感じるわ」


「ここには、いつも誰かが居ましたからね…。

ですが、最近はこういったことも多いんですよ?」


 今回の美幸の試験が急に決まったこともあって準備に追われているらしく、

美咲も洋一も会議室や所長室にこもっている頻度が増えたらしい。


 それに伴って、ここ数日の美幸は一人で待機している時間が多くなっている。

…仕方がないことだと解ってはいるが、やはり寂しく感じてしまう。


「そう。それで…美幸は今回の試験には賛成なの?」


「私は……私はアンドロイドですから。

何処でどのような運用をするかを決める権限は…私にはありません。

…だから、そもそも賛成も反対もないんです」


 口ではそう言いながらも、複雑そうな顔をする美幸。

今までの試験では、難色を示すような場面もあったとはいえ、最終的には皆が応援

してくれていた。


 しかし、今回に限っては、美月と隆幸ははっきりと反対の意思を示している…。

家族皆を大事に思っている美幸にとっては辛い状況だった。


「美幸。勘違いしないでちょうだい。

私はアンドロイドの美幸に聞いたんじゃないわ。親友の(・・・)美幸に聞いたのよ」


 その遥の言葉に込められた真の意味に、美幸は気付いた。


 遥は研究者でも家族でもなく…友人という立場だ。

ならば、美幸が遥にどんな意見を言ったとしても、今回の試験に対して直接与える

影響は少ない。


 だから、遥は美幸に自分の立場を度外視して、思ったことをそのまま話すように

言ってきているのだ。


「…ありがとうございます。それと…ごめんなさい。お手数をおかけしました」


「まったく…本当よ。

そうやって気遣いが出来るのは、決して悪いことではないけれど…

次からは、相手と状況くらいはきちんと自分で見極めなさい。

…毎回、私に叱ってもらえると思ったら、大間違いよ?」


 口ではこう言っているが、結局は美幸が再び間違えた時には、遥はまたこうして

叱ってくれるのだろう。


 辛辣な口調で話すことも少なくない遥だが、言葉ほど厳しい人物ではないことを

美幸はよく知っている。


「私は…そうですね…。…正直、迷っています。

所長さんにはいつも良くして頂いていますし、それで奥様を助けられるなら…

私が美月さんを演じることで本当に喜んで頂けるなら、そうして差し上げたいって

思います。……ですが―――」


 そこまで言ったところで言葉を詰まらせる美幸に、遥は心中を察して代弁する。


「…やっぱり、故意で誰かに嘘を吐くのは…心苦しい?」


 遥のその言葉に答えられず、無言で返した美幸は…ゆっくりと(うつむ)く。


「心苦しい…。

確かに、そういった感情が無いわけではないです。

ですが…私は、どちらかと言うと……怖いんです」


「怖い?」


「…はい。

私がこの試験を実行することで、

『何に、どこまで影響を与えてしまうのか』ということが予想出来ないんです」


 美幸がもっとアンドロイド的な思考をしていたのなら、ここまで悩まなかったの

だろうが、美幸は『人の命』というものの重みをきちんと理解していた。

…だからこそ、その影響力を量り切れないのだろう。


「そう…そうね。流石にそれは、私にも分からないわ…」


「なにより、私にとって身近な人との『死別』というものは未知の経験です。

今はまだ、その『夏目由利子さん』にはお会いしたことすらありませんけれど…

この試験で、私は美月さんの役……つまり、娘の役を演じるんです。

近い将来、死別してしまうことを知っている状態で、最後までそれを演じながら

親しく接することが、私に出来るかどうか……それも不安なんです」


 遥は、不意に学園で美幸と別れた時のことを思い出した。


 仲良くなったクラスメイト達と、同じ場所で同じ時間を過ごせなくなる…。

ただそれだけ…たったそれだけ・・・・・・・でも、あそこまで悲しんだ美幸なのだ。


 数ヵ月後に永遠の別れが半ば決まっている相手と仲良くなることに、どうしても

抵抗が生まれてしまうのだろう。


「難しい問題ね…。…でも、試験…受けるのでしょう?」


「…はい。

先ほど、遥が私のことを『アンドロイドではなく親友だ』と言ってくれたのは…

とても嬉しかったです。

…ですが、私がアンドロイドであり、同時にこれからの同胞の未来を担っている

ことは事実なんです。

美咲さん達が言うには、『自分たち人間側が間違った時には、従うだけではなく

諌めてくれるような関係が理想』らしいのですが…。

今回の場合は、会議で正式に決まったこと…つまり『命令』なんです。

しかも、そこに明確な間違いがあるというわけでもありません。

それなのに、個人的に葛藤があるからと命令に従わないアンドロイドは、きっと

必要とされないでしょう」


 いつもぽやんとしている美幸ではあるが、こういったときに遥は気付かされる。


 美幸は自分なんかより遥かに重い立場であり…そして、それをきちんと自覚して

背負っているのだ。


「…わかったわ。

でも、美幸。それなら、あなたは無理やりにでもその迷いを断ち切りなさい。

それが無理なら、せめて隠し切るの。

相手の方からすれば、あなたは人生の最期に傍に居て欲しい人の一人なのよ。

それなら、あなたがそんな風に迷ったままでは駄目よ。

そのまま傍に居たなら、きっと本当にみんな不幸になってしまうわ」


「…わかりました。難しいですが、頑張ってみます」


 神妙な様子で頷く美幸を確認して、遥はその頭をそっとひと撫でする。

そして、前触れなく急に立ち上がると、出入り口に向かってその身を(ひるがえ)した。


「…さて、それなら今度はあっちね。私だけだと動きに制限があるし…。

美幸? 案内をお願いできるかしら?」


「? 何処か行きたい所でもあるんですか?」


「ええ。……美咲さんのところよ」


 そう言って研究室を後にする遥を、美幸は慌てて追いかけていった。




“コンコン”


「はい、どちらさま?」


「富吉遥です。それから、美幸も一緒に。…その声は美咲さんですね?」


「…何か急用かな? 今、ちょうど会議中でね…忙しいんだよ」


 美幸の案内で訪れた所長室。

しかし、その扉が開かれることはなく、ドア越しに自分達を追い払おうという意思

が伝わってくるような、美咲の冷たい声が返ってくるだけだった。


「…でしたら、後ほどお時間を頂けますか?」


「……いや、しばらくは忙しくなりそうでね。来週あたりなら大丈夫なんだけれど…」


 美幸の話では、もう会議をする段階は終わっているはずだ。


 それに、今日も特にそんな予定があることは聞いていないらしい。

遥が隣の美幸に視線を向けると、無言で首を横に振っていた。


…忙しいのは嘘ではないのかもしれないが、会議中というのは嘘の可能性がある。


 今朝も美幸と一緒に居る時間を最小限に留めたいかのように、遥が現れてすぐに

退室していった美咲。

…そう考えると、今聞いた『来週まで時間が取れない』というのも本当か怪しい。


「出来れば今日中にお話したいんですが…。少しでもお時間は取れませんか?」


「無理だね。今日は何時までかかるかわからないんだよ」


「……………そうですか」


 そう返答して、美幸を振り返る遥。…美幸は再び無言で首を横に振っていた。

どうやら、そこまで時間が掛かる予定にも心当たりは無いらしい…。


 急遽決まった可能性や、美幸が把握していない可能性は決してゼロではないが…

まず間違いなく嘘だろう…と、遥は思った。


 なにせ、遥と美幸が連れ立って所長室までやってきているのだ。

普段は迷惑を掛けまいと施設内を無闇にうろつかない遥がここまでしているのに、

その事実を重要視せずに門前払いするなど、いつもの美咲では考えられない。


…これは明確に“避けられている”と見て、ほぼ間違いないだろう。

どうやら、美咲は何としても遥とは話をしたくないようだ。


「(美幸、このドアのロック…解除できる?)」


「(一応、権限は頂いているので出来ますが…。良いんでしょうか?)」


「(お願い。とても大事なことなの)」


「(…わかりました。今は遥を信じます)」


 ドアの前で小声でやり取りをした後、美幸の手を借りてドアを開錠する遥。


 “ガチャリ”と鍵が開いたのを確認すると、遥はすぐにノブを回して、美幸と

共に室内へと滑り込んだ。


「失礼します」


 いざ入ってみると、室内には洋一と美咲の2人しか人影はなく、その様子も

会議中といった雰囲気でもなかった。

…やはり、先ほどの美咲の発言は、ただの方便だったようだ。


「…遥ちゃん。ここへの無断入室は、流石に許可されていないはずだけど?」


「大事なお話なんです。聞いていただけるまで出て行くつもりはありません」


「そ。なら、警備…呼ぶよ?」


「ちょ…ちょっと待ちなさい、原田君。大事(おおごと)にしないでくれ」


 即座に内線に繋ごうとする美咲に、洋一が慌てて静止を掛ける。


「…富吉さん。一応、ここには部外秘の書類も沢山あるのでね…。

話すにしても、一旦、場所を変えさせてもらっても構わないかね?」


「いいえ、そんな必要はありません。

ここから…研究所から出て行ってもらえれば、それで済む話です。

ついでに彼女の入所証も失効させれば、問題は解決しますよ」


 洋一が穏便に事を運ぼうと場所の移動を提案するも、美咲はそれを否定した上に

遥への退去を促してきた。


「…遥ちゃん。分かってる? これはれっきとした不法侵入だよ?」


 冷たい態度を崩すことなく、遥に対峙する美咲。

…だが、そんな遥から返ってきた言葉は、美咲の予想とは違ったものだった。


「美幸と家族として接してあげて下さい。それはあなた方の責任のはずです」


 遥のその言葉に、室内がシン…と静まり返った。


「……それは、どういう意味かな?」


 一瞬、動揺をみせたように見えた美咲だったが、すぐに元の冷めた態度に戻って

尋ね返した。


 そして、遥もそんな美咲を正面からしっかりと見つめ返しながら言葉を続ける。


「…今回の試験に関しての事情は、美幸から大体は伺っています。

そして……私はそれに関しては特に何も言うつもりはありません」


 遥のその発言を美咲は少し意外に感じた。

遥は(勿論、一番は美幸の味方ではあったが)美咲と美月では、どちらかというと

美月の味方のように感じていた。

…いや、味方というよりも、むしろ“憧れ”…だろうか。


 そんな理由もあって、てっきり美月に同調した遥が、今回の試験に異議を唱えに

来たのだと思い込んでいた美咲は、次に言うはずだった『君には美幸の試験に意見

出来る権限は無いよ』という台詞をぶつけるわけにはいかなくなり…。

…思わず、返す言葉を見失ってしまった。


 そんな無言の美咲に対して、遥は落ち着いた様子で、更に続けた。


「…ですが、美幸自身が今回の試験に対して不安を覚えているのは一目瞭然です。

にもかかわらず、最近は研究室に一人きりで待機させることも多いと聞きました」


「…それは、急に決まったことだったからね。

準備に忙しくて、美幸に構っている余裕が無かったんだよ」


「そんな下手な言い訳は結構です。

たとえ忙しかったとしても、平常時の状態だったのならともかく、

こんなに不安そうにしている美幸を一人にすることなんてしないはずです。

ただでさえ、ここにはとても多くの方がいらっしゃるんです。

普段の美咲さんだったら、自身が忙しいという状況なら、代わりになる誰かしらを

美幸の話し相手に寄越しているでしょう?」


「……それは…」


 確かに遥の言う通りだった。

これが普段の美咲なら、こんなに思い悩んでいる美幸を放ってなどおかない。

むしろ、過剰なくらいの過保護っぷりをみせていただろう。


…図星をつかれた美咲は言葉に詰まり、またしても何も言えなくなる。


「状況が状況ですから、話すのが気不味きまずいのはお察しします。

ですが、今の美幸に対するあなた方の態度は、まるっきりただの・・・アンドロイドに

対する態度です。

…試験の内容を伝えて運用するだけなんて、そんなことは誰にでも出来ます。

こういう時にこそ、きちんと話を聞いて、可能な限り不安要素を払拭出来るように

一緒に悩んであげるのが家族の役割でしょう? 

あなた方が言い出したことなんです。大人ならちゃんと責任を果たして下さい」


「………………」


 遥のその言葉を聞いた美咲は、その冷たい表情を崩さざるを得なくなった。

…今はもう、すっかり戸惑いの表情に取って代わってしまっている。


「はははっ…美咲ちゃん。これは駄目だ。完全に我々の負けだよ…」


「…所長」


 部屋の一番奥で難しい顔で状況を眺めていた洋一が、愉快そうに言った。


「噂には聞いていたが、なかなかやる(・・)お嬢さんだ。

大人を相手に部屋に乗り込んで来て、ここまで言うなんてね…。

そう簡単に出来ることじゃない。……美幸ちゃん、いい友人を持ったね」


「…はい! 自慢の親友です!」


 洋一の言葉に笑顔で答える美幸。その表情はどこか誇らしげだった。


「…富吉さん。悪かった。このとおりだ」


 そう言って、洋一は所長としての立場から深々と頭を下げる。


…その方向が遥の方ではなく美幸と遥の中間に向かっていたのは、美幸に対しても

謝っておきたかったという意思の表れだろう。


「今思えば、我々は君に甘えていたんだろう…。

『美幸ちゃんの悩みは、とりあえず富吉さんに任せておけば良い』とね。

…だが、君の言う通りだ。

まず初めに話を聞いてやれるようにしておくのが“家族”だ。

それなのに、初めから対応を全て友人に丸投げとは…なんて情けない」


「本当です。

頼りにされるのは嬉しいですが、“家族”ならまず出来ることがあるでしょう?

美咲さん? あんまり不甲斐ないようでしたら、私が美幸をこのまま貰って帰って

妹にでもしてしまいますよ?」


「……あはは…。……もしかしたら、それも良いのかもね…」


 美咲は自身を見つめる美幸の不安そうな表情を見て、自分が情けなくなった。


 先ほどまでの自分の遥にしていた態度が、本当に恥ずかしい。

…13歳も年下の女の子を相手に…なんて大人げない人間なのだろう。


「はぁ…。何を言っているんですか…。もっとしゃんとして下さい。

いつもの美咲さんなら『娘はやらんぞー!』くらいは言っているでしょう?」


「ははは、違いないな。美咲ちゃん」


 洋一のその笑い声を切欠に、ようやく室内に温かい雰囲気が漂い始める。

そんな中、自分を落ち着かせるためか…一度、目を閉じて深呼吸する美咲。


「ふぅ…。美幸、遥ちゃん…ゴメン!

言い訳かも知れないけど、気付かない間に余裕が無くなってたみたいだ。

…美月と喧嘩することは、当然、今までもあったけれど…

今回はちょっといつものとは違うしさ……いっぱいいっぱいになってたよ」


 洋一に続いて、今度は美咲がそう言いながら遥達に頭を下げた。

その姿を見て、遥の視線にこもっていた力が、僅かながら抜ける。


「分かって頂けたのなら良いんです。

…正直、私の立場からは、今回の試験に関しては否定も肯定も出来かねます。

ですが、実施される以上は当事者の美幸のことを一番初めに考えてあげて下さい」


「あはは…ありがとう。

でも、そこで気安く『美咲さん達を応援します』って言わない辺り…

やっぱり遥ちゃんは信用出来るねー」


「甘え過ぎないで下さいね。こっちは美幸と莉緒だけで手一杯なんですから…」


 ここまできてやっと不機嫌そうな表情の中にわずかにホッとしたような雰囲気を

のぞかせた遥の様子に、美咲は改めて心の中で感謝した。

……本当に、この子には一生敵いそうにない。




「…クスクスッ…。でも、遥じゃなくて私の方が妹確定なんですね?」


 話が落ち着いたところで美幸が先ほどの遥の『妹にする』発言に言及してきた。


 遥と美幸の背の高さは、あまり変わらない。

しかし、知らない人から見れば、美幸を年上と感じる人も結構いるだろう。

…特に整った顔立ちの人物とは、総じて大人っぽく見えがちなものだ。


 だが、そんな美幸の言葉に、遥は笑いながら言い返した。


「クスッ…あなたこそ、今さら何を言っているのよ。

見た目がどうこう以前に、あなたはまだ0歳でしょう。私の方が16歳も年上よ」


「え…? あっ! そういえばそうでした!」


 美幸のそのある意味間の抜けた反応に、その場の全員が声を上げて笑った。

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