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第37話 花言葉に込めた思い

 莉緒達に一歩遅れて、美幸達も到着したそのお店に入って行く。

床も含めて白で統一された店内には、ショーケースがずらりと並べられていた。


「へぇ、思ってたより良く出来てるのね…」


 真知子はショーケースの中の花の造形が想像以上に精巧だったことに感心した。


 材質はステンレスで、金属アレルギーにも気を遣っているのがウリらしい。

そんな良く出来た造形の花には、更に細かく色鮮やかな塗装が施されている。


 各商品には価格の他にもモチーフになっている花の名前とその花言葉の解説書が

併せて設置されており、選ぶ際の目安に出来るようにされているようだった。


「なるほど、チャームのサイズも選べるようになってるのね」


「はい。だから組み合わせるものによってサイズを選べるんです」


 各商品には、大中小の3サイズが用意されている。

大きさとしては、小が1cm前後で、中が2cm前後だったため、隆幸のネクタイ

ピンには小を、美咲達のヘアピンには中のサイズを組み合わせる予定だった。


「それにしても、随分ずいぶん沢山たくさんの種類があるのねぇ…」


「はい。花言葉は、その花ごとにありますから。

あらゆるお客さんに対応出来るように、ラインナップは豊富にしているそうです」


「あはは、美幸ちゃん詳しいね。何だか店員さんと話してるみたい」


「あ、あはは…。まぁ、全部インターネットからの受け売りなんですけれど…」


 真知子に指摘されて、若干興奮気味だった美幸は我に返って赤面していた。


 どうやら、自分で思っていた以上に今日を楽しみにしていたらしい…。

プレゼントとは贈られる側だけでなく、贈る側も意外と楽しいものだ。


 さいわい、美咲達は美幸からのプレゼントを受け取って喜ばない可能性は、ほぼ無い

と言って良い。

 その渡した時の反応を想像しながら選ぶのは、思っていた以上に楽しかった。


「商品の在庫が無い花の場合は入荷待ちになるそうなのですけれど…

バラとか椿は人気の花らしいので、その辺りは大丈夫という話でした」


「そう言うってことは、事前にお店に確認しておいたんだ?」


「あ、はい。流石に前日に買いに来て取り寄せになったら、間に合いませんから」


「そっかそっか。その辺りの判断は、美幸ちゃんらしいね。

美咲ちゃんなんかだと、行ってみて無かったら、その時はその時…って感じだし」


「クスクスッ…。それは、確かに美咲さんらしいですね」


 そこまで話したところで、何気なく店内を見回す真知子。

しかし、目に見える範囲には、先に来ているはずの遥達が見当たらなかった。


 店内には沢山のショーケースがあるので、その影に居るのだろうが……。

防犯上、自分と美幸が別々に手分けして探すわけにもいかない。


「どうする? 遥ちゃん達を先に探そうか?」


「もしかしたら、もう目的の商品の場所に居るのかもしれませんし…。

まずはそっちに行ってみましょう」


「うーん。でも、その目的の場所は分かってるの? ここ、結構広いみたいよ?」


「大丈夫です。お店の構造も、商品の場所も、全部わかっていますから」


「…あ。あぁ、そっか。そうだよね…」


 こういう時に、不意に美幸がアンドロイドであることを実感する。


 普段からメンテナンスをしている真知子でさえ、時折美幸がアンドロイドである

事実を忘れてしまうことがあった。

…そう考えると、本当に美咲達の研究成果はとんでもない高性能さだ。


「…あれ? 居ませんね、遥達…」


「それじゃ、バラじゃなくて椿の方なんじゃない?」


「そうですね。それでは、先にそっちに向かいましょうか」


 先に隆幸用のバラのコーナーに向かった美幸達だったが、そこには遥達の姿は

なかった。


 そこで、次に美咲達用の椿のコーナーへ向かった美幸達。

すると、ちょうど遥達もそこにやってくるところだったらしく、正面にその姿を

確認することが出来た。


「あー! 美幸っち発見! もー! 迷子になっちゃ駄目じゃん!」


「莉緒。あなたが私を引っ張って暴走したのが原因よ。

私としてはとても不本意だけれど、どちらかと言えばこっちが迷子なの」


「あははは…。…まぁ、無事に合流出来て良かったです」


 どうやら、遥達は店の中を彷徨(さまよ)い歩いていたらしい。

お店のカウンターの方から来たところを見るに、この椿のコーナーの場所を尋ねて

来たのだろう。


「わー。これが椿か~。なんか見たことある!」


「あなた…どんな花かも知らなかったのね…」


 莉緒の様子に、遥は本日何度目か分からない溜め息を吐く。

先ほどの遥の発言を鑑みるに、遥達はいつもこんなやり取りをしているのだろう。

…あの沈着冷静な遥が、莉緒には完全に振り回されていた。


「…はぁ。せっかく店内が静かだから安心していたのに…。

結局は自分と一緒に居るあなたが一番騒がしいのね…。…憂鬱だわ」


「遥…本当に大丈夫ですか?」


「え? えぇ。

まぁ…大丈夫よ。まだ我慢できる範囲だから…。

…心配してくれてありがとう」


「いいえ。私の買い物に付き合ってもらっているんですし…当然です」


「美幸、それは違うわ。

私が自分で決めて、ここに居るんだから…。それを間違えては駄目よ」


「…はい。それでも、ありがとうございます」


「あはは。相変わらず、美幸ちゃんは礼儀正しいね。

でもさ、私達…友達なんだからさ、そんなに遠慮しなくても良いんだよ?」


「クスッ…はい。それじゃ、あまり気にし過ぎないようにしますね?」


「ええ、そうね。…でも、莉緒? あなたは少し私に遠慮しなさい」


「ぶー! 酷いよ遥ちん! 差別はんたーい!」


 その一連のやり取りを一歩後ろから見ていた真知子は、密かに感心していた。


 今日、顔を合わせた当初は、莉緒のことを騒がしくはしゃぐその様子を見て、

子供っぽい性格なのだろう…と、考えていた。


 しかし、今の台詞を言った時の表情は、母性を感じさせるような…とても優しい

ものだった。


 もしかしたら…この3人の中で一番大人びているのは、以外と莉緒だったのかも

しれない。


「まぁ、とりあえず…早く商品を選びましょう?

加工してもらうのには、30分ほど掛かるみたいだし…」


「あ、はい。そうですね。

…あれ? でも良く知ってますね?

もしかして、遥もここで何か買ったことがあるんですか?」


「…さっき、カウンターで説明を聞いたのよ」


「あ、なるほど。そうなんですね」


 美幸の意外な鋭さに、冷やりとする遥。

まさか…『今、まさに美幸にプレゼントする予定の商品を加工してもらっている』

とは言えない。


「…うん! これにします!」


 商品はハンドメイドで着色しているらしく、よく見ると微妙に色合いが違う。

その中でも最も綺麗に仕上がっていると思えるものを美幸は選び出した。


 美幸にとって、こんな時に自身のアンドロイドの目は便利だった。

少しの時間を掛けるだけで、細かな違いまで正確に比較、分析することが出来る。


「それじゃ、次は高槻君の青いバラを見に行こうか?」


「はい! 行きましょう!」


 いつもより元気な美幸の様子に真知子は心癒される。

その素直で明るい性格は、何処か見ていてホッとするものがある。

…これは、確かに親バカにもなるだろう。


 ボディ担当ということもあって、美幸とは研究所内でも比較的接する機会が多い

立場ではあったが、それでも『家族』である美咲達に比べれば全然だ。


…美咲達のことが、今はほんの少しだけ羨ましい真知子だった。



 その後、莉緒が再び一人で走り去って迷子になったこと以外には、無事に隆幸の

分も選び出して加工を依頼することが出来た。


 結局、店の入口で待っていた莉緒と合流した美幸達は、商品の加工の待ち時間の

間に、近くの喫茶店で約束通り真知子にデザートを(おご)ってもらうこととなった。


 前回と同様に、変な味の商品を見つけて、それを注文しようとした莉緒に、遥が

真顔で『そういうのは自分のお金で買う時だけにしなさい』と注意しているのが、

まるで母親のようで、その様子を見た美幸が思わず笑っていたのが印象的だった。


 そんな楽しいおやつタイムを堪能した美幸達は、完成の連絡を受けて、再びその

アクセサリーショップに戻ってきた。


「お客様。こちらが、本日ご依頼頂いた商品になります。

今回ご依頼の商品は、それぞれの商品と同じ色の包装をさせて頂きましたので、

その色で見分けがつくようにさせて頂いております」


「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」


 受け取った商品は各々が青・赤・白の三色で可愛らしく包装されていた。

確かに、これなら渡し間違いも起こらないだろう。


「それと…こちらが、先日ネット注文にて承っていた分の商品になります」


「あ、はい。ありがとうございます」


と、更に続いて追加で別の商品を2つ受け取る美幸。


「あれ? 美幸ちゃん、通販でも注文してたの?」


「はい。こちらの花は普段はあまりお店に在庫が無いそうなので…。

今日、一緒に受け取れるように、事前に注文しておいたんです」


 そう真知子に答えると同時に、美幸は後ろに立っていた遥達を振り返って…。

…今さっき受け取った方の商品を差し出した。


「はい、どうぞ。2人とも、受け取って下さい」


「え? 私達に?」

「………!」


 思わず聞き返す莉緒と無言の遥。

…反応は違えど、揃って驚いた様子だった。


「はい。お二人にはいつもお世話になっていますから。

気に入って頂けるかはわかりませんが…。

私なりにピッタリだと思うものを選びました」


 そう言って、2人にサプライズプレゼントを差し出した美幸に返ってきたのは…

莉緒の明るい笑い声だった。


「あはははっ! なんだ、美幸っちも考えることは(おんな)じだったかぁ~…」


「え? 同じ…ですか?」


「クスッ…。実は私達も美幸へのプレゼント用にって、1つ選んでおいたのよ」


 遥はその疑問に答えつつ、美幸にも同じように白くラッピングされたプレゼント

を差し出してきた。


「あ! 本当です! いつの間に!?」


「あなた達と合流する前に大急ぎで選んで、先に加工を依頼しておいたの。

ほら、合流した後にも途中で莉緒がもう一度、一人で消えたでしょう?

…あの時に、密かに受け取っていたのよ」


 そういえば莉緒が途中で一人で走り去って迷子になっていたが…。

実際にはただの迷子ではなかったらしい。


「せっかくだから、店員さんにも口止めをお願いしておいたのだけれど…。

ここで渡すなら、あまり変わらなかったわね」


 明日渡す予定だった遥は、店員に知らないふりをしてもらえるようにお願いして

いたのだが…まさかカウンターの前で逆に美幸から自分達へプレゼントされるとは

思わなかった。


…事情を知らなかったとはいえ、そういった根回しをその天然さでぶち壊す辺りは

何となく美幸らしい気がした。


「あ、それは…。…ごめんなさい」


「クスクス…。気にしなくて良いわよ。それより早く受け取って。手が疲れるわ」


「あ! はい、そうですね!」


 慌てた様子で受け取った後、手の中に収まったプレゼントを見て心底嬉しそうに

微笑む美幸。

 その表情だけで『プレゼントした甲斐があったな』と思う遥達だった。


 そして、遥達もそんな美幸の手からプレゼントを受け取った。

包み紙はいずれも赤い色だ…。どうやら中身は赤い花らしい。


「遥、莉緒さん。開けてみて下さい」


 そう言う美幸の言葉に従って開封すると…。

そこには、赤い花が3つ集まったデザインのペンダントが入っていた。


「それは『ゼラニウム』という花で、いくつかの花が一箇所にまとめて咲くんです。

その花言葉は、『尊敬』『信頼』『真の友情』です」


「綺麗ね…。それに、花言葉も。とても…嬉しいわ…」


「それだけじゃないんですよ?

特に赤いゼラニウムには、固有の花言葉があるんです。

その花言葉は……『君ありて幸福』」


 そこで一旦言葉を切った後、美幸は遥と莉緒の二人と交互に視線を交わす。


「私は…おふたりと友達になれて、とても幸せです」


と、美幸がそう言った瞬間に、莉緒が抱きついてきた。


「うわ~ん! 急にそんなこと言われたら泣いちゃうじゃんか~!」


 涙ぐんだ莉緒に抱きつかれて、一瞬、驚いた顔をする美幸だったが…。

すぐに落ち着くと、優しく莉緒の背中をさすってやる。


 そうして莉緒を慰めていると、今度は遥が、そんな美幸に向かって――


「ありがとう。…大切にするわ。本当に…」


と、大切そうに両手で包み込むようにして持っている、そのペンダントを見つめ

ながら静かにお礼を伝えてくる。


…その表情はいつか学園の講堂で見せた時と同じく、滅多に見せない満面の笑み

だった。



 美幸達は莉緒が泣き止むまでの間に、迷惑にならないように一旦店を出ることに

した。


 しばらくして莉緒が落ち着いてきた頃に、改めて今度は美幸がプレゼントを開封

する流れになった。


「これは…鈴蘭…ですね?」


 箱の中からは、可愛らしい白い花の装飾のついたヘアピンが出てきた。


「うん! 美咲さん達もヘアピンだって聞いてたし、ちょうど良いかな~って」


「花言葉は『純粋』『純潔』『謙遜(けんそん)』。ほら…美幸にぴったりでしょう?」


「そんな…もったいない評価です。…でも、とても嬉しいです」


 早速、真知子にお願いしてその場で髪に着けてもらった美幸は、言葉通り本当に

嬉しそうにしていた。




…そして、そんなやり取りをする美幸の表情を見た真知子は思った。


 自分が考えていた以上に、アンドロイドが人間の真のパートナーになれる日は

近いのかもしれない、と。

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