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第28話 遥のお悩み相談室!

『…それが、今回の相談事?』


 佐藤運輸での千尋の待遇の話を一通り聞いた電話口での遥の返答は、想像以上に

素っ気無いものだった。


…いや、もともとクールな性格が強い遥のことだ。

きっと、彼女としては普通に返答しているだけだろう。


…ただ、表情が見えない分、美幸が勝手に冷たく感じてしまっているのだ。


 電話での友人との会話という経験に乏しく、わくわくしていたからか……。

初めて電話をした時には、特に今のような寂しさは感じられなかったように思う。


…しかし、話題の影響も多少はあるのだろうが、“顔を見て話が出来ない”という事

は、美幸にとって大きな影響を与えてしまっていた。


「いいえ、メインの相談事はそれとは別にあるのですが……。

ただ、その事もここ2日程、ずっと悩んでいるんです。

それで、もしもこれが遥ならどうするのかな……と、思いまして」


『…ご家族には相談したの?』


「あ、はい。一応、その事は相談してみたのですが――」


…と、そこで口ごもる美幸に、遥は家族の反応を見事に言い当ててきた。


『放っておくのが一番……って、言われたんでしょう?』


「!? ど、どうして分かったんですか!?」


『それはそうよ。だって、私でもきっとそう答えるもの』


「そ、そう……ですか……」


 美幸は遥のその言葉に、少しばかり落胆した。

遥の言い当てた通り、初日に美咲達に相談した時も、似たような返答が返ってきて

いたからだ。


 その後、自分でも考えてみたものの……なかなか名案は浮かんでこなかった。


 そこで、他にも聞きたい事があった事もあり、ここは遥にも意見を聞こう! と

思いついたのだ。


…もしかしたら遥なら、他の人とは違う劇的な解決策を思いつくかもしれない……

と期待していた部分もあったため、余計に気分が沈んでしまう。


『美幸、あなたのその優しさは、本当に素晴らしいと思うわ。

でもね? 今回の場合、解決する為には雇用主である社長夫妻の認識を改めさせる

のが大前提としてあるのよ。

…でも、そこで更によく考えてみてちょうだい?

今のその酷い境遇って、そもそもその人達自身が()()()()()()()()()()()()()()()

ものなの。

そんな人物が、誰かに何かを言われたところで、そう簡単に改心して良い人になる

とは……私にはとても思えないわ』


「あ、あの……でも労働基準法とか、そういう決まりもありますよね?

そういうものの力を借りるというのも、難しいんでしょうか?」


『そうね。確かにそういった方向から攻めていけば、どうにかなるかもしれない。

…ただ、それは恐らく一時的な誤魔化しのようなものよ。

だから、そういう解決法は止めておいた方が良いわ』


 その遥の発言に、美幸は微かに不満を覚える。


…助ける方法があるのなら、実行した方が良いのではないのか? と。


『…美幸は真っ直ぐな性格だから“一時的でも助けられるなら、その方が良いのに”

とでも、思っているのでしょう?』


「えぇ!? さっきから何故、私の考えていることが分かるんですか!?」


 先程から、遥は美幸の思考をまるで頭の中を覗いているかのように見事に言い

当ててくる。


…美幸にとって、それは不思議で仕方なかったのだが――


『何故って……そんなの簡単じゃない。()()()()()()()()()よ』


「なっ……は、遥っ! 酷いです!!」


『クスッ……でも、その単純さは、とても貴重で素晴らしいものなのよ?

…だから、あなたはそのままでいなさい』


「何です? それ……もう…………ぷっ……クスクスッ……」


 遥の言い草に反射的に不満を伝えた美幸だったが……。

抗議の言葉を放った後には、すぐに自分もつられて笑ってしまっていた。


…その遠慮の無さに“遥らしさ”を感じて、顔が見えないという不安が、少しだけ

和らいだからだ。


「もう……。

…それで、遥? 何故、その解決策は止めておいた方が良いんですか?」


『とても単純な理由よ……原因が“経営者”だから』


「…? それだと何が難しいんでしょう?」


『皆が皆、あなたみたいに思い遣りがある人間ばかりじゃないのよ。

もし仮に行政にでも訴えて、一時的に待遇改善が出来たとしても、その土屋って

人が後々あれこれ難癖付けられて、辞めさせられるのがオチよ』


「そ、そんな! 何故です!? 土屋さんは別に悪くないはずですよ!?」


『この場合、その人物が善人かどうかは関係ないの。

要は“経営者にとって都合が良いかどうか”……重要なのはこの一点なのよ。

彼らからすれば、自分達に刃向かって来る人を辞めさせて、黙って従う人を新しく

雇い直した方が都合が良いでしょう? 

だから、そういった対応しようとするのは、止めておいた方が良いわ。

美幸の正義心は素晴らしいと思うけれど、結果的には土屋さんって人が失業して、

新しく雇われた人が次の()()()になるってだけだもの』


「で、ですが……そんなに簡単に辞めさせられるものなんですか?」


 確か、労働者を守るための法律もきちんとあったはずだ。

雇用主とはいえ、そう簡単に『お前、気に食わないから辞めろ』とはいかないはず

だった。


『法律的には難しいでしょうね……。

でも、嫌がらせのように必要以上に仕事を割り振って、何処か失敗した所で責任を

取らせたり……とか、辞めさせるってだけならいくらでもやり方はあるわ』


「ぁ……それは、確かにそうですけれど……」


 遥の言っている内容は、残念ながら納得できてしまうものだった。


 しかし、千尋の今の状況は酷いものだったし、どうにかしてやりたいとも思って

いるのに、こうして皆に揃って反対されてしまうと――


「……………」


…まるで自分が駄々っ子になったような気がして、美幸は何だか悔しくなった。


『…美幸。

あなたの性格なら、到底納得は出来ないのでしょうけれど……今回ばかりは我慢

しなさい。

そもそも、ブラック企業なんて世の中に数え切れないくらいあるのよ?

今、あなたが勤めている会社だけが何かしらの方法で多少改善されたところで、

全体から見れば大して変わらないわ。

身近な人を見捨てるみたいで辛いかもしれないけれど……。

あなたに出来る事は、試験が終わるまでの間、一生懸命働いてその人達の負担を

一時的にでも減らしてあげる事……きっと、それくらいよ』


「…わかり、ました……」


 ここに来て、美幸はやっと美咲が言っていた『辛い思い』というものが、()()()

()()()()()()()()()朧気(おぼろげ)ながら分かってきていた。


「ですが……その…………とても残念、ですね……」


 納得出来ない理不尽を、無理やりに飲み込む。

その行為に言いようの無い後味の悪さを感じて……美幸は少しだけ落ち込んだ。


『………はぁ…』


…そして、そんな美幸の様子を電話口の口調から何となく察した遥は、暗い雰囲気

を無くすべく、ここで話題を転換することにした。


『…それで? 肝心のメインの相談事っていうのは、どういうものなの?』


「…え? あ……ああ、はい。ええっと、それなんですが……。

私、今回はアンドロイドだっていう事を周囲に隠してテストしているんです」


『ええ、そうらしいわね。

…まぁ、美幸の場合、仮に自分からバラしても、恐らく誰にも信じてもらえないの

でしょうけれど』


 遥自身も、あの音程とテンポが一切狂わない歌を直接聞いていなければ、美幸が

アンドロイドだと、すぐには信じきれなかっただろう。


 実際、数日前から新学期が始まっていたが、莉緒の話では早くもクラスメイト達

の間で『美幸ちゃんは本当は人間で、どこかの国のお姫様だったんじゃない?』と

いう噂が流れているらしい……。


「それで、なんですけれど……。

ある男の人が、ですね……少々、大変でして……」


『…とたんに難しい話題になったわね……主に私に』


…自慢ではないが、美幸と知り合うまでは友人すら碌に居なかった遥だ。


 女子校ということもあって、今まで男子とは付き合うどころか話をしたことすら

ほとんど無い遥にとって、男女間の問題は非常にハードルが高かった。


「あの……内田悠貴うちだゆうきっていう方なんですけれどね?

その……顔を合わせる度に、何度も遊びや食事に誘って頂いていて……。

毎回お断りしているんですけれど、このままで良いのかな、と思いまして……」


『…一応聞いておくけれど、そういうのはその人だけなの?』


 美幸は、容姿が綺麗な上に恐ろしく無防備な性格だ。

放っておけば、餌を撒かれた池の鯉の如く男連中が一斉に押し寄せては、我先にと

言い寄ってくるに違いなかった。


「あ、はい。そういうお誘いをしてこられるのは、その方だけですね。

私が短期アルバイトだという事で、土屋さんが担当区域を絞ってくれたんです。

だから、直接接する機会が多い男性は、その方を含めても2人だけなんですよ」


 美幸は千尋の判断で、方角毎に4つに分かれている配達ルートの内、店舗の東側

のルートのみ担当する事になっていた。


 それもあって、東ルート配達担当の朝から夕方勤務の広瀬耕太ひろせこうたという男と、正午

から夜間まで勤務の内田悠貴という男の2人としか接点がない状態だった。


 そして今回問題になっているのが、その内田悠貴という人物なのだ。


『そう……。参考までに、その内田っていう人の特徴を教えてくれる?』


「あ、はい。わかりました。

年齢は20代半ばで、日焼けサロンで肌を焼いているとのことで、色黒な方です。

それと、髪を金髪に染めていらして、ピアスをいくつもあけてらっしゃいますね。

後は、そうですね……いつも指で前髪を弄っているような印象があります」


『………ちなみに、だけれど、その人について他の人は何て言っているの?』


「土屋さんは『チャラいから絶対に気を許すな』とおっしゃっていました」


『美幸……その人とは今後一切、個人的に関わっちゃ駄目よ。

仕事の話以外は無視して構わないし、聞く耳も持っちゃ駄目。

…というより、どんな理由で誘われても絶対について行っちゃ駄目だからね?』


…そこからの遥は、美幸が『はい、わかりました!』と答えるまで、電話口で必死

になって何度も言い聞かせる羽目になった。


…以前から美幸が悪い人に騙されないか心配していた遥だったが……。

案の定、すぐに面倒そうな人物が近づいてきたらしい。


…いいや、この場合は“悪い人”というより“悪い虫”か。


『はぁ……。

それで? もう一人の男の人は大丈夫なの?』


「あ、はい。

広瀬さんっていう方なんですが、こちらはとても穏やかな方です。

内田さんと同じ20代半ばの方のはずなんですが、性格は真逆の印象でして。

土屋さん曰く『生真面目で人畜無害。これで顔が良ければ良いのに』だそうです」


『…どうでもいいけれど、その土屋って人は随分と遠慮がないのね?』


「あ、あはは……。でも、とてもお優しい方なんですよ?」


『話を聞く分には色々と配慮してくれているようだし、本当にそうなのでしょう

けれど……あなたにかかったら、全員が“優しくて良い人”になりそうよね……』


 美幸の話では千尋は本当に気を遣ってくれている良い人のようだったが、遥から

見れば、たとえ凶悪な犯罪者が相手でも、5分程度の会話さえすれば全て“良い人”

だと判断されそうな気がした……。


…正直、遥としては美幸にはもう少しだけでも警戒心が欲しいところだった。


「あの……遥、今日は色々とありがとうございました。

何だか、少しだけ心が楽になったような気がします」


『そう? まぁ、あなたが良かったなら、それで良いのだけれど。

とりあえず、また何かあったら一人で悩まずに、必ず連絡をちょうだいね?

…親友としては、変な遠慮された方が逆に迷惑なんだから』


『親友』と口にするのに一瞬だけ、間が空いたように思う。


…きっと遥は、電話の向こうでを少し気恥ずかしそうな顔をしながら言っていたの

だろうな……と思い、美幸はつい微笑んでしまった。


 普段クールな遥は、こういうところが魅力的だと美幸は思っている。


 平時は素っ気無い態度でも、クラスで一番と言っても良いくらいに周囲に気遣い

をしていた、そんな優しい子なのだ。


『…ところで、美幸? 今度は私の悩み相談を聞いてもらえるかしら?』


 そろそろ会話も終わりだろうか、という時だった。

不意打ちで、逆に遥から相談事を持ちかけられる、美幸。


「…えっ? は、はい! もちろんです! どういったお悩みでしょうか?」


 遥に頼られることが嬉しくて、つい意気込んでしまう――


…のだが、その相談の内容は……ある意味、とても平和なものだった。


『…先日、運悪く山本さんにあなたと話しているところを目撃されてね。

連絡先を教えてくれって物凄くしつこく言われて……参っているのよ……』


 美幸の頭の中で『富吉さんだけズルイよ!』と、莉緒にまとわり付かれている遥

の姿が容易に思い浮かべられた。


「ぷっ……クスクスッ……!」


 恐らくはその想像通りの光景が繰り広げられたのだろうな……と、我慢出来ずに

クスクスと笑っていた美幸は『笑い事じゃないわ。腕にぶら下がってくるのよ?』

と言ってくる遥に更に笑ってしまい……強めに注意されてしまう。


…結局、その日のお互いへのお悩み相談室は『莉緒さんなら教えても良いですよ』

という、苦笑交じりの美幸の言葉で締めくくられる事になったのだった。

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