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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
22/140

第22話 夏、夕暮れの別れ

 7月……美幸にとって最後の登校日となる日の、夕暮れ。

オレンジ色に染まる学校の正門前には、4人の女性の姿があった。


 その顔ぶれは、美幸、遥、莉緒……そして、美咲だった。


 平常時、美幸の登校はボディ担当責任者の女性研究員が行っていたのだが、今日

は美咲がその研究員に頼み込んで、無理やり変わってもらっていた。



 クラスメイト達は当初、美幸との学校外でのお別れ会を企画していた。


 だが、やはりそうなると美幸の護衛に支障が出るという理由で、その案はすぐに

却下となってしまった。


 だから……というわけではなかったのだが、この日、美幸にはクラスメイト達

からの“寄せ書き”が手渡されることになっていた。


 ただ、それだけではあまりにも味気ないという理由から、単純に色紙を『はい』

と渡すのではなく、少し特殊な方法を使って美幸に手渡される流れになったのだ。


 その方法とは、美幸の前で自分が書いた内容を読み上げた後、別れの言葉を一言

告げてから、次の人に寄せ書きの色紙を渡し、そのままその生徒は帰っていく……

という、まるで演劇の演出のようなものだった。


…だが、実際にやってみると、全員が一人ずつ順番に読み上げる事と、各々が美幸

との別れを惜しむあまり、徐々にペースが遅れていき、全員分が終わるまでに大幅

に時間がかかってしまった。


…結果的に、終業式が終わったのが昼過ぎであったのにもかかわらず、美幸が教室

を出られたのは、夕日が室内に差し込み始めるような時間だった。


「………うっ……っ…………ぐすっ……」


 そもそも、これは莉緒の発案によるもので『皆が美幸ちゃんにちゃんとお別れを

言いたいなら、いっそホントに一人ずつ言っていこう』という話からこうなった。


…しかし、少しずつクラスメイト達が減っていく光景に耐えられなくなった美幸は

途中からずっと声を上げて、泣き続けていた。


 更に、あまりにも悲しそうなそんな姿に、次々にもらい泣きするクラスメイトも

出始めて、最後の方には寄せ書きの内容を読み上げる事すら出来なくなった生徒が

ただ美幸と抱き合って立ち去る……といった光景が繰り返されるような状況にすら

なっていった……。


 本来なら、遥と莉緒も他の生徒と同様にして美幸の前から立ち去る予定だったの

だが……その美幸の悲しむ様子を見て、とてもではないがその場に置いていけなく

なり、美咲に迎えに来るようにお願いすることにしたのだった。


…そして、美咲が到着するまでの間中、こうして正門前で美幸にずっと付き添って

いた2人の元に美咲が到着したのが、つい先程の事だった。



「…2人とも、ホントにありがとね……助かったよ」


 遥達を見つけた美咲は、まず真っ先にそう告げた。


 そして、すぐに美幸の様子を確認してみると……2人に挟まれるかたちで立って

いた美幸は、泣き腫らした顔で、ただただ俯いていた。


 美咲がいつものように頭をそっと撫でてやると、美幸は何も言わずに俯いたまま

で、ぎゅっと抱きついてくる。


…そしてまた、静かに泣き始めた。


 その時、そんな美幸の背中に向かって、莉緒はゆっくりと自らの寄せ書きの内容

を読み上げ始める。


 自分が発案者なのだからと、読み上げたそれは……しかし、莉緒自身の泣き声の

せいでほとんど聞き取れないものだった。


 最後に『また、絶対遊ぼうね?』と告げて、その別れの悲しさを振り切るように

走り去る莉緒の後姿をチラリと見て……一層、美幸の泣き声が大きくなる。


(これは辛いね……。本当に罪な演出だよ……)


 連絡を受けて迎えに来た美咲ですら、その莉緒の姿に胸が詰まる思いだった。


 美幸に楽しい学生生活を送ってもらいたかった美咲は、試験の開始までの間に、

自分に出来る最大限の準備をしてきた。


 書類審査だけでなく、学内の内部調査を専門機関に依頼したり、盗聴めいた犯罪

ギリギリの方法まで使って、学校や生徒、特にクラスメイトの人格は徹底的に調べ

上げさせて、考え得るベストの場所に留学させたつもりだった。


 そして、それは美咲の思い通り……とても上手くいった。

…いや、()()()()()()()()()()()()


(何事も程々が一番ってのは、ホント……よく言ったもんだよ)


 僅か2ヶ月の短期留学。しかも、夏休みの前だ。


『楽しかったね』と言って別れて、夏休みが明けた頃には美幸のクラスメイト達も

空いた席を見て『そういえば美幸ちゃんって2ヶ月留学だったっけ』と呟く。


…そんな程度の話だと、美咲は思っていた。


『楽しかったかい?』と美咲が聞いて『はい、とっても!』と美幸が元気よく答え

返してくる。高々たかだかそんな程度の認識だったのだ。


 しかし、いざ2ヶ月が経ってみると、そこには美咲の予想など比べ物にならない

ほどの強い絆が出来てしまっていた。


…別れが心から(つら)くて、涙が止まらなくなってしまうほどの絆が。


 この様子では、夏休みが明けたとしても美幸を忘れているクラスメイトは一人と

して居ないだろう。


 美咲にはそれが嬉しく……そして同時に、ずっと通わせてあげられない自分が

情けなくて、悔しかった。



 莉緒の姿が見えなくなる頃、最後に残った遥が、寄せ書きを読み上げ始める。


 すると、美咲に抱きついていたその両手を突然離した美幸は、今度は自らの両耳

に当てて『聞きたくないです!』と掠れた声で叫んだ。


 しかし、遥は莉緒のようにそれを無視して読み上げて立ち去るのではなく、読む

のを一旦中断したかと思うと、自分の両手を美幸の両耳のそれに重ねて――


「…美幸、お願いだから……きちんと聞いてちょうだい?」


…と、言いながら、美幸のその手を耳から引き剥がしてしまう。


「大丈夫よ、美幸。別にこれが、私達の今生の別れってわけじゃないわ。

…美咲さん、こちらから会いに行けば、美幸にはちゃんと会えるんですよね?」


「ん? あぁ……部外秘のところは流石に無理だろうけど……。

遥ちゃんに限っては、ウチの研究室程度なら出入り自由にしておくよ。

また今度、1人でも入れるように専用の入所証も作って、渡すように手配しとく」


「はい、ありがとうございます。凄く……助かります」


 そう答える遥を見た美咲は驚き、そして感心する。

よくこの状況下で冷静に受け答え出来るものだ……と。


…これでピアニスト志望で無ければ、今すぐ研究所にスカウトしていたところだ。


「ほら、聞いたでしょう?

またいつでも会えるんだから、泣き止みなさい」


 遥は右手で美幸の頭に優しく……そっと触れる。


「…ぅ……ぐすっ……むり、ですぅ……それに……遥……だってぇ……」


「何を言ってるのよ。

()()ずっと笑顔でしょう? だから、私のこれは泣いていないのよ」


…そう、遥は美咲が着いた時から涙を流し続けていた。

ただ、本人が今さっき言ったように、その表情だけはずっと笑顔を保ったままで。


――本当に、よく()()()()()冷静な口調が出来るものだ。


「ほら? ドラマとかで、よく言うでしょう?

笑顔でサヨナラしましょうって……。

最後が泣き顔なんて、つまらないと思わない?」


「…そん……な、の……わたひ……には……むり……れ、すぅ……」


「…もう……しょうがないわね。

…じゃあ、そのままでも良いから……今度はちゃんと、聞いててね?」


 そう言ってから遥は一歩下がって、再び寄せ書きの内容を読み上げ始める。



「美幸、あなたと過ごしたこの2か月間の思い出は、私の一生の宝物。

あなたは私にとって、一番の親友です。

あなたはアンドロイドだから、心配いらないのだろうけれど……。

どうか、私と過ごしたこの素敵な学校生活を忘れないで下さい――富吉遥」



「…ぅ……うわああああああぁぁ……!」


 遥は、本格的に泣き出す美幸の頭にもう一度そっと触れてひと撫ですると……

手に持ったクラス全員の寄せ書きが書かれた色紙を、美咲に手渡した。


…受け取ったその色紙は、所々インクがにじんで、所々文字が読み取れない。


「…美咲さん。このまま、美幸を連れて行ってあげて下さい。

私は、まだ少し学校に用があるので……」


 遥は相変わらず流れる涙をそのままに、校舎を背に『じゃあね、美幸』と呟き、

穏やかな笑顔のまま、小さく胸の前で手を振り続ける。


…遥は、どうやらこのまま美幸を見送ってくれるつもりのようだ。

莉緒のように立ち去れば、美幸がより悲しむだろうという事への配慮だろう。


 その顔は『私は決して、自分からあなたに背を向けて離れて行ったりはしない』

と、そう言外に言っているような……そんな気さえする。


…ここで、遥のその優しさを無駄には出来ない。


 美咲は泣きじゃくる美幸を抱きかかえるようにして、すぐ傍に停めてある車の

助手席に、押し込むように乗せた。


「…うぅ……ううぅ……ぐすっ……」


…この様子では学校が見える距離に居る間は、美幸はずっと悲しいままだろう。

急いで運転席に乗り込んだ美咲は、エンジンを掛けながら、思った。


 今日は、美幸とずっと一緒に居てやろう。


 この後、研究室で美幸が飽きるまで、思い出話を聞いてやろう。


 仕事が終わったら、研究所と美月に我が儘を言って、美幸を家まで連れ帰って

同じベッドで今日は三人で並んで一緒に眠ろう。


…そして、明日目が覚めた美幸が今日を思い出してまた泣いてしまわないよう、

目を覚ますまで、美月と2人がかりで、ぎゅっと……抱き締めていてやろう。



 美咲は『一刻も早く研究所に帰らなければ』と思い、アクセルを踏み込んだ。


…2人の乗った車に向かって、今もなお、遥が手を振ってくれているのが見える。


 やがて、動き出した車の助手席の窓から優しく手を振る遥の姿が……消えた。


 その時だった――



『ーーーーーーーーーーッ、ーーーーーーーッ』



 学校の塀の向こう側……。

校舎のある方角から、叫ぶような……声にならない、一人の少女の泣き声が響き、

美咲達の耳をつんざいた。


「…っ! ………ぅ……ぁ……あぁ……!」


 その声に反応して、一瞬目を見開いた後、再び両手で顔を覆って泣き出す美幸。


…そんな美幸の姿を視界の隅に収めながら、美咲は改めて思う。


(…ホント……あの子は……。

…大したもんだよ。…これは、敵わないなぁ……)


 遥はずっと、本当に最後まで……笑顔だった。

流れる涙にまるで気が付いていないように……満面の、笑顔だった。


『笑顔でサヨナラしましょう』


 そう自ら言った言葉を、美幸から見えなくなるその瞬間まで、守りきった。

その意地は、想いは……眩しいくらいに美しくて、切なかった。


 今も先程の遥の声にならない声が、美咲の頭の中で何度も反響している。


 美咲はアクセルを強く踏み込んで、霞む視界を何度も拭いながら、研究所へと

車を走らせていく。



――こうして美幸の2ヶ月間の学生生活は、涙と共に幕を下ろしたのだった。

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