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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
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第19話 美幸のどっきり大作戦

 7月25日、土曜日の朝。

ついにやってきた、その日……遥達の姿はいつもの音楽室ではなく、学校の講堂に

あった。


「美咲さん、本日は本当にありがとうございます」


「いや、いいよ。

こういう裏の根回しは、やっぱり主役の仕事じゃないしさ。

それに、歌のレッスンじゃ美月に良いところを持っていかれたからね。

私にも見せ場ってのをもらわないと、姉としてのプライドにかかわるんだ」


 そう言って、美咲は遥にニヤリと笑みを浮かべて返した。

そして、改めて美咲にお礼を言った遥は今度は美幸に向き直って感謝を伝える。


「美幸も、ありがとう。

今日、この講堂を借りられたのは美幸の発案らしいわね。

ここなら音楽室よりずっと良い環境で演奏出来るだろうし、本当に助かるわ」


                  ・

                  ・

                  ・


 美咲が『本番の日の演奏場所として、もっと広い会場をご用意できませんか?』

という相談を美幸から受けたのは、今月の初め頃の事だった。


『遥のためにどうしてもお願いしたいんです』と、美幸に頭を下げて頼みこまれた

美咲だったが……実を言うと、その美幸が悩みのたねだった。


 正直、研究所の名義で『最先端技術の試用実験』の名目なら国公立系のホールを

借りるのは比較的簡単だったのだが、私立であるこの学校と全く繋がりの無い会場

だと、主目的である“遥の母を招く”という点が難しくなる。


 遥にコンクールの入賞経験があるとはいえ、流石に学生一人のために会場を無償

で貸し出す理由が無いので、それだとまず間違い無く怪しまれるだろう。

…それで当日に遥の母が現れないのでは、根本的に意味がなくなってしまう。


 だが……何よりも問題だったのは、美幸の警備体制の問題だった。


 会場を学校とは違った場所に借りる場合、当日の予定を、移動のルートから計画

しなければならなくなる。


 美幸の場合、その存在自体がトップシークレットに該当するために、それを警備

する人員自体も、極力目立たなくする必要がある。


 厳重に警備すればするほど『ここに重要なものがありますよ』と喧伝するような

ものなので、あまりにも目立つ事を覚悟で護衛も出来ないのだ。


 しかも、護衛対象である美幸本人にすら気付かれずにそれを実現するというのは

至難の業と言える。


…まぁ、美幸は自分がそこまでの警備対象だということをそもそも知らないため、

この問題には全く気が付いていなかったのだが。


 まぁ、とりあえずそういう事情もあって、真っ先に……というより、『選択肢と

してそこしかない』となったのが、今、美咲達が居るこの『学校内の講堂』だ。


 しかし、いざ申請してみると、学校側の回答は『生徒の個人的な事情による講堂

の私的使用は許可出来ない』といったものだった。


 そこで、美咲は『美幸の試用実験の一環』として再度申請を試みたのだが……。

今度は、それを証明するように学校側から求められることになった。


…流石は普通では考えられないくらいに厳重な警備を行っている学校だ。

『規則』という面においては、恐ろしく頭が固い。


 美咲としては、別にここで虚偽の申請をして借りても良かったのだが、休日とは

いえ無人というわけではない。


…万が一、遥が使っているところを教員に見咎められれば、後で面倒な事になる。


 何より、先日のタイムカードの件で無理を通してもらった手前、学校側に対して

全くの嘘を吐いて借りるのは、流石の美咲にも少々気が引けた部分もあった。


 そこで、美咲が思い付いた方法とは、その申請の理由そのものをギリギリ本当に

してしまえば良い……というものだった。


 具体的には、まず学校側に先日撮影した予行練習の映像を証拠として提出する。


 そして、今回の講堂の使用用途を『アンドロイドの歌唱発表会』として、改めて

申請するという内容だ。


 正直、映像のほとんどが遥のピアノの独奏であったために、結局は学校側に非常

に微妙な反応をされてしまったが……。


 そこは最後の最後で美幸自身が歌っている事を理由に、遥の演奏を全て『これは

あくまでも美幸の前座です』と言い張った。


 そう説明して、美咲は何とかこの講堂の使用許可を学校側からもぎ取ったのだ。


…まぁ、経緯は限りなく黒に近いグレーではあったが……その辺りが学校側も譲歩

出来るギリギリの落としどころだったのだろう。


 後は、遥の母を見送った後にでも美幸が一度でも歌えば、申請内容は一応は本当

の事になる。


 そんなこんなで、ようやく決着してから改めて状況を振り返ってみると……。

この講堂の使用許可を巡る問題は、外部の会場を借りられない理由も美幸であり、

学校の講堂を借りられた理由もまた美幸だった……というオチだった。


                  ・

                  ・

                  ・


 その後、遥は朝から講堂内のピアノの音の響き方などの音楽室との細かな環境の

違いを、自分の耳で確認していた。


 そんな微調整もある程度終わって、ちょうどお昼に差し掛かった頃――


「あのー! もう入っても大丈夫ですかー?」


…と、突然、講堂内に響き渡る莉緒の大きな声に、遥は驚かされる事になった。


「あ、はーい! 大丈夫ですよー!」


 遥が『…えっ?』と驚くのを余所に、舞台の上から入口に向かって美幸が大きな

声で答える。


 学校の講堂とは言っても、そこはアンドロイドを2体も常駐出来るほどの私立校

だけあり、その規模は公立のホール程度はある。

入口から舞台上までには、そこそこの距離があった。


「ええっと? なんで……彼女がここに?」


 突然のことに、遥はその状況を掴めなかった。


 本人のその様子から考えれば、莉緒を誘ったのは美幸に間違い無さそうだが……

何と言っても、今日は学校が休みなのだ。


 遥の母のように事前に入校許可を取っているのでもなく、タイムカードも持って

いない普通の生徒の彼女がここに居る。


 それ自体が不思議で、そもそもありえない話だった。


「クスッ、これは美咲さん的に言うと『どっきり大成功』というやつですね!」


 本当に驚いた様子の遥に、美幸が楽しげな笑顔でそう言って振り返る。


 遥のこういった表情は珍しい。

…美月に初めて対面した時以来だろうか?


 美幸がそんなことを遥に言っている間に、入口からは莉緒を先頭にして次々と

生徒達が入ってくる。


 その顔ぶれに、遥は見覚えがあった。

全員が美幸や遥達と同じ教室のクラスメイト達だ。


「何と言っても、今日は“私の歌の発表会”ですから。

クラスメイトの皆さんに限っては、特別に今日だけ入校許可が下りたんです。

…それに遥もこれだけ広い場所なら多少騒がしくしても大丈夫……ですよね?」


 そう美幸が今の状況の種明かしをしていると、莉緒達が傍まで近づいて来る。

…そして、彼女たちの視線は自然と一点に集中し始めた。


「あっ、噂の美月さんが居るよ!」

「わー、本物だよ! 本物!!」

「隣の人って、美幸ちゃんが言ってたお姉さんかな?」


…と、美月達を見つけたクラスメイト達は、いつかと同じように各々が感想を口

にし始め、周囲がだんだん騒がしくなってくる。


 そして、今回も一番騒がしいのは『リアル美人妻だー!』とはしゃぐ謎集団だ。

しかし、美幸にはやはり、その理由がよくわからなかった……。


 そんな、美月達を初めて見たクラスメイトの騒ぎようが美幸の予想を超えて、

収拾がつかなくなりそうになってきた……その時――


「皆さん、はじめまして……私は高槻美月と申します。

皆さんには美幸ちゃんがいつもお世話になっているそうで、私もお会い出来て

とても嬉しいです。

ですが、その……お会いして早々で申し訳ないのですが、あと少しだけで結構

ですので、声量を抑えて頂けないでしょうか?

…ごめんなさい。

お恥ずかしい話なのですが……私、大きな声が少し苦手なんです」


…と、美月が自己紹介のついでにそう言って、クラスメイト達に頭を下げた。

すると、効果は抜群で、本当に“あっ”という間にその喧騒は収まっていく。


『ごめんなさい』と小声で言うクラスメイト達に、美月も『いいえ……私の方こそ

ごめんなさいね?』と答えて、互いに頭を下げ合う。


 その一連の騒ぎから沈静化までの一部始終を見ていた美幸達2人の傍に、美咲が

寄って来て、小さく呟いてくる。


「こういう時の美月は本当に便利だよね。

大抵の状況はすぐにああして収められるから、こっちはもの凄く楽なんだよ?」


 その表情は『いいでしょ? アレ、私の妹なんだよ?』と言わんばかりで、

誇らしくも自慢げなものだった。


…しかし、静かになって美咲のその声が聞こえたのか、美月が耳聡く聞きつけて、

そんな姉を笑顔で注意する。


「あの……姉さん? 私を何かの便利道具みたいに言わないで下さいね?」


 すると、静かな中に迫力の篭もった美月のその台詞を聞いたクラスメイト達の

何名かが『いいな~! 私もあんな風に叱られたい!』と、(今度は控えめだが)

再び騒いでいた。


…そして、今度こそ本当に、美幸には全くその理由がわからなかった……。



 そんな騒ぎが一通り落ち着いた後、クラスメイトの一団から、莉緒が一人だけで

舞台上に居る遥達に近づいて来た。


 今は原田姉妹が揃って、他のクラスメイト達の相手をしている。

どうやら、あちらでは恒例の質問大会が行われているらしい。


「…富吉さん、さっきはごめんなさい。

本当はうるさいのが苦手なのって美月さんじゃなくて、富吉さんなんだよね? 

正直、私はその絶対音感っていうのをよく知らないし、辛さとか程度も、あんまり

分かんなくってさ……。

…ええっと、こうやって話す分には、大丈夫なの?」


「…ええ。

私の場合、会話として聞き分けられる範囲なら、声の大きさは大丈夫よ」


 気を遣って気持ち小さい声で話している莉緒にそう答えながら、舞台から客席に

降りて、その正面にまわる、遥。


「…それと、こちらこそ気を遣わせてごめんなさい。

それでその……絶対音感の話自体は美幸から聞いたのだろうけれど、その様子だと

私のこと知ってるのは、山本さんだけなのかしら?」


 小声で話しているということもあったが、しきりに後ろのクラスメイト達を気に

するその素振りから察した遥は、莉緒に確認するようにそう尋ねた。


「あ……うん。

美幸ちゃんが『遥は気を遣わせないように皆に黙ってるから』って言って……。

私達で話し合って、他の人には秘密にしようってことになったんだよ」


「へぇ……そうなの……」


 その話を聞いて、遥に小さな疑問が浮かぶ。


…なら何故、莉緒には話したのだろう。

今日、ここに招待するというだけなら適当に誤魔化せそうなものだ。


「あ、あの……富吉さん」


 すると、莉緒が舞台上の美幸をちらりと盗み見てから、遥に手招きしてくる。

内緒話がしたいらしいその仕草をみて、遥は莉緒のすぐ傍まで寄っていった。


…余程、表情に出ていたらしい。

莉緒は小声で、遥が疑問に思っていたその理由を聞かせてくれた。


「私が知ってるのはね、これから昼休みとかに富吉さんのとこに会いに行った時に

困るかもしれないから、だってさ。

…実は、前から『私も富吉さんと仲良くしたい』って言ってたんだけどね?

それもあって、ちょっと前に美幸ちゃんに頼まれたの。

『私がここを去った後も、遥が一人にならないようにお願いします』って」


 話し終わった後、『「私がこう言ってたのは秘密」って言われてたから一応ね』

と言って、自分の唇に人差し指を当てると『シーッ』という声と共に、悪戯っ子の

ような顔で莉緒はニヤッと笑った。


 以前、同じような仕草をしていた美月を見た時には、美しさに見惚れてしまった

遥だったが……目の前の莉緒のそれは人懐っこく、何処か安心できるものだった。


「ふふっ、本当は富吉さんにこそ秘密にするべきなんだろうけどさ。

富吉さんは美幸ちゃんの気持ち、多分知ってた方が良いだろうなって思ったから。

だから、ちゃんと伝えとくよ。

…ホント、良い子だよね……美幸ちゃんって」


「…そう。わざわざ話してくれてありがとう、山本さん。

でも、そうね……私はあの子があまりに良い子過ぎて、この先悪い人に騙されない

か、心配だわ」


 遥は思った。美幸は本当にお節介なアンドロイドだ。


 本当にお節介で――誰よりも、優しい子だ。


『富吉さん、何だかお母さんみたいだね』という莉緒に、『失礼ね……同い年よ』

と遥が返したところで、背後に誰かが近づいてきた気配がする。


 気付けば、舞台上から降りてきた美幸が、遥達の傍までやってきていた。


「お二人とも、何の話をしていたんですか?」


「…ん? いや、美幸っちは良い子だね~っていう話だよ?」


 そう答える莉緒に『遥もちょっとクールだけど良い子なんですよ』と自分の事を

色々と話し始める美幸を見た遥は、この一月半ほどの出来事を振り返っていた。


 一応は事情があったとはいえ、ろくに他人と関わってこなかった自分には、美幸は

出来過ぎた友達だ。


「………っ……」


 不意に泣きそうになった遥は、涙を堪えるために顔を上げて頭上に掛かっていた

時計を見上げるフリをして、それを誤魔化した。


 意図せず目に入ったその時計が示す今の時刻は……12時41分。


…気付けば、母がやって来る13時まで、もう20分もない時間になっていた。

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