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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
18/140

第18話 近付く、運命の日

「美幸っちって、ホントにあと2週間しか学校ここに居ないの~?

ねぇ、もうちょっと居ようよ~」


 7月も半ばに入って暑さが増してきた、ある日。

お昼の休憩になってすぐに、莉緒がいつものように美幸に話しかけてきていた。


 この一月(ひとつき)で分かったことだが、莉緒は気分によって呼び方が変わるらしい。

今の“美幸っち”は、比較的テンションが高めの時だ。


「ふふっ、ありがとうございます。

皆さんにはとても仲良くして頂けているので、私も『もっと居たいな……』とは、

思ってしまうんですけれど……」


 実の所、美幸の留学にはその存在の護衛・秘匿といったことを始めとして、様々

な目的で、多くの人間が裏で動いていた。


 これがもっと小規模な試験だったならば、あるいは交渉次第で期間の延長も可能

だったのかも知れない。


…しかし、ある程度は教師と学生、共に情報規制が効いてはいるものの、学校1つ

が係わる以上はそれを維持するにも流石に限界がある。


 むしろ、2ヶ月間という期間は『考え得る最大限の期間』と言えた。


「まぁ、こればっかりは仕方ないよね……。

でもさ、これでもう二度と会えなくなるってワケでもないんでしょ?」


「現状で私の口からははっきりとは言えませんが……。

家族に言えば、ある程度まででしたら大丈夫だとは思います」


 クラスメイト全員を研究所の中まで招待するのは難しいかもしれないが、休日に

美咲達の誰かが同行するのを条件に外出するくらいは可能かもしれない……。


 そういった内容をそのまま莉緒に伝えると、少し残念そうにしながらも、どこか

納得した様子だった。


「うん……そっか。

まぁ、美幸っちはなんだかんだでVIPだもんね……」


 そう言って『こ~んなに可愛いのにね!』と、よく分からない理由を呟きながら

莉緒が横から抱きついてくる。


「でもでも、私はこれからもゼッタイ、遊びに誘うから。

だから美幸っちの時間取れたら、その時はまた遊ぼうね!」


 こういった台詞は、一般的には社交辞令だったりする場合もあるのだろうが……

莉緒の性格上、恐らくこれは本気だろう。


 むしろ、こういうところで放ったその言葉通りに、本当に誘って一緒に遊ぼうと

する性格だからこそ、莉緒は皆から信頼を得られているのだ。


「あ……そうだ、美幸ちゃん。

富吉さんのことなんだけど……どう? もう大分だいぶ仲良くなれた?」


 思い出したようにそう言いながら、抱きついてきていた腕を一旦開放して、美幸

の正面に回る莉緒。


…真面目な話だからだろう。

今度は“美幸ちゃん”に、その呼び方が変わっていた。


 美幸が正面に来た莉緒の方を向くと、思った通り、表情こそ笑顔のままではある

ものの、目付きが真剣なものに変わっていた。


 そんな莉緒の様子から、自分のことは勿論、遥のことも本気で気に掛けてくれて

いるのが見て取れた美幸は、どこかホッとした心持ちになって、どう切り出そうか

と迷っていた話題を、自然に口にすることが出来た。


「あの、それなんですが……莉緒さん。

また1つ、私からお願いをさせて頂いても良いでしょうか?」


…莉緒は、遠慮気味な様子の上目遣いでそう言ってくる美幸に『か、可愛い!』と

再び抱きつきたくなるのをぐっと(こら)えて……話の先を促す。


「う、うん! 何かな?

前にも言ったけど、私に出来ることだったら、何でも協力するよ?」


 美幸に頼られるのが嬉しい莉緒は、抱きつくのこそ堪えたものの、つい前のめりに

身を乗り出しながら答えたため、互いの鼻先がぶつかりそうになった。


 美幸は、莉緒の顔が突然目の前に来たことに驚いて、思わず身を引くが……。

すぐに我に返ると、勢い余って少し恥ずかしそうにしている莉緒を見て、笑いが込み

上げてきた。


「クスクスッ……。

そんなに一生懸命に聞いて頂いて、ありがとうございます。

それで、そのお願いなのですが……あの、莉緒さんのおちからで、ですね――」


…その後、美幸の“お願い”の詳しい内容を聞いた莉緒は、とても楽しそうな表情を

浮かべながら、ノリノリで承諾したのだった。



 そんな事があってから、数日後の日曜日。

この週末には、いよいよ遥の母親を学校に呼んで、ずっと練習してきた『虹の海』

を聞いてもらう……という時期になった。


 美月のアドバイスの効果もあり、効率的に音程の修正が出来てきた結果、遥の歌

は回を重ねる毎に確実に上達していった。


 特にここ最近では、繰り返しおこなっていた腹式呼吸や発声の練習もやっと実を結び

始めて、徐々に声にも力強さが出てきている。


 今ではプロ顔負けとまでは流石に言えないまでも、少なくともアマチュアバンド

のボーカルが務まる程度くらいにはなってきていた。


…まぁ、あくまでも『虹の海』という曲のみ言えば……ではあったが。


 遥も『もう完璧ね』とは言わずとも、『自分が納得出来るレベルにはなったわ』

という自己評価を出せる程度になれた事に、一定の成果を見出していた。


 そして、そんな状況の中で前日に話し合った結果、今日は全体を通して予行練習

をしようという話になっている。


 実は、遥の母が学校に来て遥のピアノを聴く機会は、ある程度あるらしい。


 以前に聞いていた通り、グランドピアノで演奏できる環境を有効活用している

らしく、重要なコンクールが近くなった際には、学校で演奏をしてみて最終確認

をしているという話だった。


 今回も、遥は『8月にあるコンクールの最終確認』だと、母には伝えている。


 実際、それも目的の一つであり、まるっきり嘘を吐いているというわけでもない

ので、その点については疑われる心配も無いだろう。


…ただ、今回は“最後に『虹の海』を弾き語りで歌う”というだけだ。



「おはようございます、遥!」

「おはようございます。遥ちゃん」

「…どーも、遥ちゃん。おはよーさん」


 三者三様の挨拶を口にしながら、美幸達が朝の音楽室に入ってくる。


「おはようございます、皆さん。

今日は3人全員でいらっしゃったんですね?」


「はい! 今日は最後の練習なので、是非3人で……という話になったんです!」


 美幸は朝から元気良く返答をしてくれた。


…こちらからレッスンをお願いして、土日休みを潰させてしまっているのに、美幸

はこうしていつも笑顔で付き合ってくれている。


 その性格の良さにも感謝していた遥だが、何よりも自分と過ごす時間を楽しんで

くれているのが伝わってくる、その無邪気な笑顔がいつも嬉しかった。


…しかし、その練習も今日で最後……後は本番を残すのみとなる。


 改まって振り返ってみると、遥は『ついにここまで来たか』という感慨深さと、

同時に何とも言えない名残惜しさも感じていた。


…それはきっと、この練習が遥にとって楽しいものであったという証拠だろう。


「…オ、オハヨウゴザイマス。ハルカチャン」


 入室早々、『なぜ一番年上の姉さんが一番適当な挨拶なんですか!』と、美月に

お説教されていた美咲が、既に疲れた顔で、そう改めて挨拶してきた。


「はい。おはようございます、美咲さん。

…でも、3人共こちらにいらして、お仕事の方は大丈夫なんですか?

勿論、私としてはこうして来て頂けたのは、とても嬉しいのですが……」


「あぁ、それは大丈夫。

ちゃんと優秀な義弟おとうと君が留守番をしてるからね」


 その美咲の発言に……しかし、美月だけは僅かに渋い顔をした。


 今朝の隆幸は、いつものようにわざとらしく拗ねてみたり、美月に甘えてきたり

するような素振りを見せず、実に素直に、にこやかに見送ってくれた。


 余程の緊急事態でもない限り、誰かが研究室の留守番をしておいた方が良いのは

確かなので、ありがたいのは間違いないのだが……。


 美月はその時の隆幸の雰囲気が、少しばかり妙だったように感じていた。


…言葉では表現し辛いが……敢えて表現するなら、何かが()()思えたのだ。


「…美月、気にしなくても良いよ。

高槻君は、あれで()()()()()()()()んだから」


 いつの間にか傍に居た美咲が、美月にそう小声で話し掛ける。


「あ……ええっと。はい、姉さんがそう言うなら……」


 姉のその言葉で、すぐにハッとなって我に返る美月。


 そうだった。今日の目的は遥の歌の最終確認だった。

隆幸がどうでもいいというわけではないが……今、気にすべきなのは遥達だ。


「……………ふぅ……」


 そう思って、美月はひとまずは隆幸のことは置いておくことにした。


…よく考えなくても、何だかんだいっても“ただの留守番”だ。


 美幸が起動してからは、仕事にも余裕が出来ているし、別に隆幸に多大な負担

が掛かっているというわけでもない。


…それに今の口ぶりだと、美咲は今日の隆幸の様子について何か知っているよう

だった。


 それならば、その内に折を見て改めて聞いてみれば良い……そう思った。


「…ええっと、あの……本当に大丈夫なのでしょうか?」


 一瞬流れた微妙な雰囲気を敏感に察知した遥は、少し心配そうな顔つきで再度

そう聞いてくる。


…しかし、すぐに美咲がそんな遥に対して、明るい口調で返答してきた。


「大丈夫だって。

この子、なんだかんだで新婚だからね。きっと、旦那が恋しいんでしょうよ」


「あっ……もうっ! 姉さん!

遥ちゃんに何を適当な事を吹き込んでいるんですか!!」


 いつものようにからかってくる美咲を美月が注意して、なんとなく室内に明るい

空気が戻ってくる。


 この時の美月は、口では怒ったように言いつつ、内心では気を遣ってこちらを

茶化してくれた姉に感謝したのだった……。



「ところで、先ほどから気になっていたんですが……そのカメラは何ですか?」


 朝の挨拶が済み、雰囲気が落ち着いて来た頃合で、入室時から美咲が手に持って

いたカメラを指差して、遥がそう尋ねた。


 流石にテレビカメラほどの大きさではないものの、一般家庭用の手の平サイズと

比べると随分と大きい……本格的な動画撮影用のカメラだった。


 ご丁寧にも、撮影時に使うのであろう固定用の三脚まで用意されている。


「あぁ、コレ? 今日はレッスンの最終日でしょ?

だから、記念に残しておこうかなって思ってさ。

流石に本番はこういうの持ち込むのは辞めとこうと思ってるから、大丈夫。

いや~、居残り組のウチの男連中が『是非、美幸ちゃんの勇姿を撮ってきてくれ』

って、ギャーギャーうるさくてねぇ。

まぁ、そういうわけで、こっちの都合で悪いんだけれど……最後の遥ちゃんの歌が

終わった後で良いからさ。

今日だけ、美幸が『虹の海』を歌う動画を撮らせてもらっても良いかな?

あと出来れば、その時には遥ちゃんにピアノの伴奏をお願いしたいんだけど……」


「えっ? ええ、それは別に構いませんが……。

私のピアノの練習も頭から撮影される予定なんでしょうか?

最後の美幸の歌の部分だけ撮りたいという話でしたら、先に歌の伴奏をくらいなら

しますけれど……。

始めから一通りとなると、結構なお時間お待たせすることにもなりますし」


 申し訳なさそうにそう提案してきた遥に、美咲は首を振る。


 そして、その姉の代わりに三脚の準備をし始めていた美月が、微笑みながら遥

のその質問に答えた。


「いいえ。差し支えなければ、遥ちゃんのピアノも一緒に撮影させて下さい。

きっと、これも良い思い出になると思いますし……。

何より、私が遥ちゃんのピアノを聴くのが大好きなので」


「…えっ……あ…………はい」


 憧れの女性に自分のピアノを褒められ、遥は黙って顔を赤くする。


…そして、そんな遥の様子を見て、美幸は遥に表情が少しずつ戻ってきている事に

嬉しさが込み上げてきた。


 初めはアンドロイドのように無表情で、感情に乏しい女性なのかと思っていた遥

だったが、実際にはそうではないと最近は分かってきていた。


 恐らく、遥はその絶対音感の影響もあって、この学校への入学以前からも周囲と

敢えて距離を取って生きてきたのだろう。


 そして、その中で少しずつ、感情を表に出さないことに慣れていってしまったの

ではないだろうか?


 そこには、遥自身の年齢にそぐわないクールで大人びた性格と、回転の速い頭脳

も理由としては確かにあるのだろう。


 しかし、やはり失ってしまった『母親との楽しいピアノの時間』が、最も大きく

影響しているのだと、美幸は考えていた。


…何故なら、母親とのピアノの思い出を話す時には、決まって遥は無意識に温かい

笑顔を浮かべていたのだから。


 今、少し離れた所で『私の歌の後に美幸に歌われるのは恥ずかしい』と美咲達と

話している遥のその横顔も、相変わらず表情の変化自体は少ないままだ。


…だが、そこに“アンドロイドのような冷たさ”は不思議と感じられない。


 土曜日の本番、演奏が始まってしまえば、もう美幸にはそんな遥を見守っている

事くらいしか出来ないだろう。


 歌のクオリティ自体は、練習の甲斐もあって比べ物にならないくらい向上した。


…しかし、だからといって絶対に上手く行くとは……やはり言い切れない。


 だが、たとえどのような結果が待っていたとしても、どうかこの遥の“温かさ”が

再び失われてしまいませんように……と、美幸は心から願うのだった。



 その後、一通り予行練習が終了した美幸達は、レッスンを早めに切り上げて皆で

食事をして帰る事になった。


 途中、はしゃぎすぎた美咲が美月に本日二度目のお説教を受けるといった場面も

あったものの……。


 美幸には、それを眺めている遥のクールな横顔も、何処か楽しそうに見えた。

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