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MI-STY ~あなたの人生に美しい幸せを~  作者: 真月正陽
第二章 女子校短期留学試験
17/140

第17話 美月のアドバイス

「あー、あ~……」


 静かな音楽室の中、ただただ遥の発声練習の声だけが響く。


「ふぅ……やっぱり、そう上手くはいかないものね」


 まだ、本格的に練習を始めて2回目ではあったが……そのレッスンは早くも暗礁

に乗り上げた雰囲気が漂っていた。



 美幸による歌のレッスンは、今日で2週目に突入している。


…というのも、1週目の初日は美咲の遥への詰問によって美幸が泣き出してしまい

結局はあれからほとんどの時間を雑談して過ごす事になってしまった。


 まぁ、それもあって、美咲と遥はすっかり打ち解けることが出来たが。

…ただ、実質1回分の練習時間をあれでふいにしてしまっていたのだ。


 翌日の日曜日からは真面目に練習に取り組んでみたのだが、やはり腹式呼吸や

それを含めた基礎練習も、付け焼刃ですぐに身に付くというものでもなく。


 当たり前と言われればそれまでだが、原理が分かっているからといってもすぐに

上達するものではなかった。


 そうして、基礎練習は引き続き重ねつつ、それ以外の部分は具体的にどうすれば

良いのかを美幸達が話し合っていたところ、そんな2人に対して『来週来る美月に

聞いてみると良いよ』と、美咲が言ってきていたのだった。


 何でも、『先ずは自分で考え、行き詰ったら妹に聞く』が美咲の人生のモットー

らしい……。


…若干、『姉としてそれで良いのか?』とも思った遥だったが、こう見えても美咲

はアンドロイド研究の第一人者だ。


 その美咲が信頼を置く妹だというなら、何か有効なアドバイスを期待出来るかも

しれない。


――先週までは、そう考えていたのだが……


「あの、少し……構いませんか?」


「…っ……は、はい! 何でしょうか?」


…美月が口を開いただけで遥はどうしても緊張してしまって、とてもアドバイスを

受けるどころではなかった。


 クラスメイトが騒いでいた時に『綺麗な人だ!』とは耳にしていた。


 しかし、その時はすぐに教室を立ち去っていて、写真自体は見ていなかった遥は

『美幸をそのまま大人にしたようなものだろう』程度に思っていた。


 はたして、その日初めて見る美月の姿は……『衝撃的』の一言だった。


 確かに、美幸によく似ている。            

いや、美幸のベースが美月だという話なら、正確には美幸()よく似ている、と言う

べきなのだろう。


…しかし、それはよく似ているというだけで、その印象はまるで別物だった。


 美月は美幸に比べ10cm以上背が高く、顔立ちからは少女らしい幼さが抜け、

更に全体的に何とも言えない気品も漂っていた。


 その非の打ち所のない容姿は、『実は美月の方がアンドロイドだ』と言われても

何の違和感もない。


 美幸が『誰もが恋するような美少女』ならば、美月は『絵に描いたような美女』

そのものだった。


 そんな美月が、視界の端でずっと自分の演奏を眺めているのだ。

ともすれば、冷たい印象を持たれかねない程の、真剣な表情で。


『何か気付いたことがあったら、アドバイスをお願いします』と言ったのだから、

真剣に見てもらえるのは、むしろありがたいことなのだろうが…。


…遥はすっかり“蛇に睨まれた蛙”状態だった。


…きっと、この場に美幸が居なければ、その目に見えないプレッシャーに負けて

逃げ出していただろう。



「クスッ……美月さん、私が代わりにお伺いしますね?」


 隣に立っていた美幸が、遥の様子からその心中を察して、間に入ってきた。

                 

 初めて美月と対峙する人は勿論、ある程度は見慣れているはずの研究所の所員達

ですら、何か切欠があれば高確率で()()なってしまうので、もはや美幸にとっては

見慣れた光景だった。


 そんな美幸の言葉に、何となく理解した美月も話相手を美幸に変更する。


「ええ、わかりました。

それなら、美幸ちゃん。2人は先週もこんな風にして練習を?」


「はい。一度ピアノを弾きながら遥に歌ってもらい、その声の音程がずれた箇所を

今度は私が歌って見せて、それをお手本に遥がまた歌う……といった感じです」


 美咲の『反復練習も重要』という意見から、そうして繰り返し歌うようにしては

いるのだが……どうもそこから先に進む気がしない。


 すぐに効果が出るわけでは無い事は理解していたものの、心のどこかでこのまま

同じ場所で足踏みしたままになるのでは? と不安を感じていた。


 変化している実感がないからか、どうも現状を思ってしまい、内心では『これで

本当に上達するのだろうか?』とすら思い始めていたのだ。


「そうですか……。

うん。それなら、ここは美幸ちゃんの強みを活かしてみるのはどうでしょう?」


「私の強み……ですか?」


「ええ。美幸ちゃんが()()()()()()()真似して、その改善点を伝えるんです」


 美月の考えた案とは、先ず隣に立って歌うのではなく、遥と同じようにピアノの

前に座って歌うこと。


 そして、正しい音程で歌うのではなく、()()()()()()()()()()()()、というもの

だった。


…美幸はアンドロイドゆえに、音程もテンポも外さずに歌唱出来る。

しかもその記憶も、人間とは違い正確に細部まで思い出すことが可能だ。


 つまり『ついさっき遥の歌った歌』を、文字通り“完全再現”出来る。


「…そうやって、一度目と全く同じ状態を再現した後に、今度は正しい音程で再び

歌ってみるんです。

そして、その違いを比較・分析して、遥ちゃんにその内容を伝えてあげて下さい」


 その内容を聞いて、『なるほど……』と、美幸は思った。


 発声方法が人間と同じなのだから、頭の角度や姿勢、吐く息の強さや舌の使い方

などの調整をすれば、全く同じとまではいかずとも、近い発声は出来るようになる

かもしれない。


 しかも、この方法なら比較するのは自分のデータ同士になるのだから、その違い

や改善点もより明確だ。


「わかりました! 今度はその方法を試してみます!」


 早速、ピアノの前で“遥の歌った『虹の海』”を美幸が歌い始める。


 すると……それを聞いた、先程まで緊張で固まっていた遥が『クスクス』と笑い

始める。


「クスクスッ……改めて美幸の綺麗な声で聞くと、分かりやすくて……。

美幸、今の貴女の歌……本当に酷いわね?」


『なっ……遥のその台詞の方が酷いです!』と、遥にぷんすかと怒る美幸。

だが、そんな美幸に、遥は何故だか以前よりももっと親近感が湧いてくる。


 ただでさえ人間と見紛う美幸が音程の外れた歌を歌う姿は、まるで本当の人間の

友人のように思えたからだった。


                  ・

                  ・

                  ・


(二人とも……本当に仲良しなんですね)


 じゃれ合うように仲良く喧嘩しているその姿を見て、美月は一安心していた。


 一週間前。美幸を泣かせてしまったらしい美咲に“教育的指導”をした時の事だ。


『何だかんだと心配してたけど、美幸も自力で良い友達を作れてて安心した』と、

美咲がしみじみと零していた。


 美月はこれまで、その飛び抜けて優れた容姿の影響から、同性からのやっかみを

受けるのは日常茶飯事だった。


 そのため、今でも姉以外の女性への態度や言動には細心の注意を払うようにして

いる。


 それに比べて美幸は、良くも悪くも素直な性格。

無自覚に放った一言で周囲の反感を買い、酷い目に遭わないか……と、ずっと心配

していたのだ。


…しかし、それはどうやら美月の杞憂だったらしい。


 この様子なら、『仲良くしてくれている』という他のクラスの友人達とも本当に

上手くいっているのだろう。


(ふふっ……こんな調子では、もう姉さんを『親バカだ』なんて言えませんね)


 周りの学生達の人柄が良いこともあるだろうが、美幸も思いの外、上手くやって

いるらしい。


 無意識に美幸のことを過剰に心配していた自分に気付き、思わず笑みが零れる。


「美月さん! 何だか上手くいきそうだそうですよ!」


 そう言って、子犬のように走り寄ってきた美幸の頭をそっと撫でながら、美月は

心の中で『でも、私もなかなか子離れは難しいかもしれませんね』と、思った。


                  ・

                  ・

                  ・


「どうもありがとうございます、美月さん。とても助かりました。」


 美幸に少し遅れて歩いて来た遥が、美月にそうお礼を言った。


 先程までは緊張仕切りだった遥だが……美月の表情が笑顔になった事で、多少は

マシになったらしい。


「いいえ。姉さんにも頼まれていましたし、私自身も何か協力したかったので。

ですが、これで一応は面目躍如でしょうか?」


 人差し指を唇に当ててウインクしながら、そう言って茶目っ気を含んだ微笑みを

見せる、美月。


…そんな、漫画でしか見ないようなわかりやすく可愛らしい仕草も、不思議とよく

似合っている。


 そしてその『絵に描いたような美女』の人間らしい仕草に、遥は思わず見惚れて

しまう。


(ただ綺麗というだけじゃなく、優しくて、適度に冗談も理解出来て……。

しかも、頭までキレるなんて、本当に凄い女性ひとね……)


 その日、美月へ強い憧れを感じた遥は『将来は自分もこんな女性になれたら』と

ぼんやりとする頭で、そう思うのだった。

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